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8 荒野の転機

「人生、一寸先は闇って本当だな……」

 ウーノは操舵室の操縦席で独り言を呟きながらコンソールに指を滑らせている。

 モニターに船の詳細なデータを投影し、そこから修理に必要な作業、物資、緊急性など分類していく。

「地獄みたいな星だと思ったけど、そう悪くないじゃないか」

 昨晩、ウーノをこってりと絞った後、寝室に帰る彼女は幾分元気そうに見えた。具体的に何が変わった訳ではないが、悩みを話せたのが大きかったのかも知れない。少なくとも、大学に居たときよりはマシに見える。

 後一年、連邦に戻るのか、どこか他国へ逃げるのか、彼女がどういう選択をするのかは判らなかったが、こうして二人きりで過ごす時間も悪くない。

 上機嫌で修理プランを組み立てて居ると、外部から通信が入った。モニターには“フリック”の名前が映し出され、ウーノは露骨に顔をしかめた。

 彼は生来他人を好き嫌いする性格ではないが、馴れ馴れしくレニーに迫るこの男だけは好きになれなかった。

『おーいレニーさん。居ないのか? おーい』

 間抜けそうな声を無視する訳にも行かず、ウーノは渋々応答した。

「はい、ウーノです」

『お、あんたか。良い物を持って来たんだ、レニーさんに取り次いでくれよ』

「先輩はまだ寝ていますので、僕が伺いますよ」

 まだ早朝だ。レニーの寝起きはかなり悪く、フリックへの感情を抜きにしても進んで起こそうとは思わない。

『そうか、寝てるのか……。まぁいいや、外で待ってるから来てくれよ』

 フリックは少し残念そうだったが、あまり気にしてはいないようだった。

 ハッチを開けると、初めてこの星に来た時と同じように、黒皮を着た男たちが並んでいた。7・8人と前よりは少ないが、手には見た事もないような銃を持っている。

 両手で抱える程大きく、重量感のある黒い機械は金属製で、プラスチックで出来た収束光拳銃ほどの洗練さはなく、工業機械の様な無骨さだった。

 ウーノは一瞬襲撃かと思った。しかし、男たちは芸を終えてご褒美を待つ犬のように笑顔で、剣呑さは欠片もない。

 その中からフリックが前に出て銃を掲げる。

「見てくれよウーノさん! 町中から集めた、古代の武器だ!」

 フリックが持ってきた銃は確かに古い物だった。船のデータベースで調べた所、約200年前に作られたプラズマ兵器の元祖と言うべき銃で、多くの軍が採用しベストセラーとなった名機だ。

 この星に移住した開拓者達も使用していたらしいのだが、もうどれも動かない上に修理や充電技術も廃れ、今では家のお守り等に使われていたらしい。

 フリック達は、それをレニーなら直せるのではないかと思い、手分けして町から集めたという。

 彼らは彼らで真剣に町の事、将来の事を考えている。ウーノは昨日、レニーを子ども扱いしたばかりなのを思い出し、先ほどの自分の態度を深く恥じ入った。

 警備隊の人間はプラズマライフルを工作室に運び、これから仕事だと言って戻っていった。フリックも仕事はあるのだろうが、レニーたちに関する事なら天下御免と嘯きながら、リタの居る医務室に入っていく。

 サボりたいだけじゃないかと先ほどの自己反省を少し改め、ウーノはライフルの点検に入った。

 

 点検が終わる頃、レニーがようやく起きてきた。自分とウーノの分の紅茶を持って工作室に入るや、大量の武器に驚く。

 ウーノが訳を話すと、レニーも守備隊の気遣いに感じ入った様子で「ありがたいな」と感謝を口にした。

 プラズマライフルは全部で十丁。驚いた事に、200年の時を経ても銃は錆一つなく、内部にも目立った劣化は認められなかった。

「凄いですね、この銃。五丁はダメでしたけど、残りはバッテリーを充電すればまだ撃てますよ」

「グリップにテミスと書いてある。年中戦争をしている国だった筈だ。こういうのは得意なんだろう」

 戦争は科学を飛躍的に進化させる。テミスは小国ながら100年以上も戦争を続け、現代兵器の基礎となる技術をいくつも作り上げた国だ。

 流石に現代兵器の収束光拳銃に威力は劣るが、虫相手に不足はない。ウーノはプラズマライフルのバッテリーを外しながら、胸に希望を感じていた。

「これなら叫虫の巣へ乗り込めるかも知れませんね」

「……どうだろうな」

 だがレニーは、カミルの様子から、これでもダニロは承諾しないだろうと考えていた。

「恐らくあの男は、星間船が直るのを待つだろう」

「なるほど……。船で巣を攻撃すれば安全ですからね」

 いかに強力な顎を持っていても星間船には意味を成さない。ましてや空からとなれば、ただ一方的に攻撃するだけだ。

「……修理が終わるまでどれぐらいかかる?」

 唐突なレニーの質問にウーノは一瞬思考を空回りさせたが、すぐに彼女の意図を察してため息混じりに答えた。

「少なくても半年はかかります。しかも、物資が足りません。どこかで材料だけでも見つけないと……」

「そうだろうな」

 ウーノに精査させるまでもなく、レニーはある程度の見当をつけていた。

「そうなると、次は誰かが死ぬかも知れない」

 レニーは工作室の隅に設置したゲージを見やった。その中には子供の叫虫が入っている。最初は暴れて檻を破ろうとしたり、レニーたちを見る度に威嚇音を発していたが、今は大人しく体を丸めて休んでいる。

 その事から、叫虫にも学習能力が備わっている事が判る。次からまともに船を相手にするとは思えなかった。

 町の防壁は幅1kmが四方。船の居る西を除いたとしても、プラズマガン五丁を追加した程度で、安定して叫虫を防げるかは判らない。

 宙を見つめ深い思案に入ったレニーを見て、ウーノは思わず声をかけた。

「先輩……、思いつめちゃダメですよ」

 レニーはハッとしたように顔を上げ、苦笑した。

「判っている。……でも、出来る事はしよう」

 そういって作業を再開する。

 ウーノは安堵し、追随しようとすると、扉が開きフリックとリタが入ってきた。

 彼女は歩けるまでに回復しているが、まだ全快ではなくフリックに手を引かれている。

「フリックっ」

 レニーは目で叫虫が居る事を合図したが、フリックは困ったように頭をかいた。

「いや……、オレもそういったんだけどさ。リタがどうしても二人の作業を見たいっていうんだよ」

 リタは申し訳なさそうにレニーへ頭を下げた。

「ごめんなさいレニーさま。でもわたし、叫虫なんか平気です」

 強張りながら気丈に見せようとする姿は平気とは思えなかったが、本人が大丈夫というのだから止める事も出来ず、レニーはリタを隣に座らせた。

「ところで、銃はどうだった? 使えるか?」

 フリックの声は期待を隠していない。

「多分大丈夫です。試射してみないと判りませんが、検査段階で不具合は見つかっていません」

 ウーノはバッテリーを手にとって銃の仕組みを簡単に説明した。フリックは腕を組んで考え込む。

「という事は、電気があれば動くのか?」

「はい。しかし、一丁をフル充電するには、この町の電力を二日分消費します。今の所、星間船がないと運用は難しいでしょう」

「二日分……。とんでもねーなそりゃあ」フリックは感嘆と惜しみの入り混じったため息を吐く。「その分威力はあるんだろ?」

「鉛をぶつけるよりは遥かに」

 ウーノの言葉に、フリックは一応納得したようだった。

「あの……、レニー様」

 リタに袖を引かれレニーは彼女に視線を向けた。

「あの叫虫さん、弱ってるんですか?」

「……どうした?」

 レニーが尋ねると、リタはゲージの中に備え付けた器を指差した。その中には水が注がれている。

「お水飲んでないみたいです……」

 それが少女には不思議だった。水を与えたウーノも理由が判らないらしく、小首を傾げている。

「先輩が町から貰ってきた水を与えたんだけど、何故か全く飲まないんだ。警戒しているのかも知れない」

 野生の動物の中には人間の匂いがついた餌を食べない物も多い。ウーノはそう判断した。しかし、少女の頭には別の予想が浮かんでいた。

「叫虫さんも、美味しい方がいいんじゃないかな」

 リタは船に来てからずっと地下水以上に清潔な連邦の水を飲んでいる。そこから思いついた発想だったが、その言葉はレニーに一つの疑いをもたらした。

「ウーノ、あれは汚染されている奴か?」

「はい、勿体無いので――」

 言いながら、ウーノもレニーと同じ疑念を抱き、その発想を後押しするように伝えた。

「……川の水です」

 レニーは頷き、ウーノを倉庫へと走らせた。

 何が起こっているのか判らないフリックとリタはその様子をぼんやりと眺めている。

 ウーノが戻り、器の水を地下水と入れ替え叫虫の前に差し出す。叫虫は三つの目で器を捉えると、頭の触覚を水につけ、やがて音を立てて飲み始めた。

「飲んだー!」リタは喜ぶ。

「贅沢な叫虫だな」フリックが変に感心している。

 レニーは事態を把握していない二人に向き直った。

「それどころじゃない。とんでもない事だぞ、これは」

「……どういうことだ?」

 フリックはリタを抱きかかえてレニーを見た。彼女は呆れを押し込めてゆっくりと説明する。

「あの叫虫はろ過されているにも関わらず川の水を飲まなかった。なのに、地下水はすぐに飲んだ。つまり、かなり汚染に敏感なんだ」

 地元出身の二人は神妙に頷いている。

「……それで?」

 彼女は焦れたのか珍しく語気を強めた。

「じゃあ、奴らはいつも何を飲んでいるんだ?」

 ようやくフリックもレニーの意図を理解する。

「そうか……。叫虫は綺麗な水しか飲まない。つまり、叫虫の巣にはその水があるって事か……」

「うん。まずはその巣の場所を探そう。幸い手元には発信機があるから、叫虫に取り付けて放せばすぐに判ると思う」

 レニーが取り出した指先程の機械を見て、ウーノは苦笑いを浮かべた。


 町から北へ10km地点。荒野の真ん中にゲージがぽつんと置かれている。

 電子音が鳴り、ゲージが少しだけ開かれた。

 頭部にいくつかの機械を取り付けられた叫虫は、ゆっくり扉を押し開けると、そろりそろりと外へ出て、周りに誰も居ない事を確認するや、脱兎のごとく駆け出した。

「やっぱり山の方か」

 星間船操舵室の正面モニターを移動する光点を見てフリックは納得顔だった。

「調査はしなかったんですか?」

 副操縦席に座るウーノからすると当然の疑問だった。

 山はここから40km程の距離で、日帰りでも行ける。寧ろそんな近くにある脅威を確認しないのが不思議だった。

「実は何度か調査隊を送ったんだ。だけどあの山は入り組んでいて、とにかく道が狭い。そんな所で囲まれたら終わりだから、奥へは行けてないんだ」

 自分たちの力不足を悔いているのか、フリックは言い辛そうに答える。

「そろそろ映像を表示させよう」

 レニーがリタを膝に乗せて主操縦席のコンソールを操作すると、叫虫の頭部に取り付けられたカメラからの映像がモニターへ表示された。

 叫虫は迷う事無く一点に向かって直進している。ひたすら荒野を進み続け、周囲の様子が赤茶けた土から、灰色の岩肌へと変化していった。

 一瞬叫虫が見上げたらしく、大きな山々が映り、その谷間を駆けていく。

 大分登った所で、他の叫虫が現れた。その数は一匹二匹と増えて行き、それらはすべて同じ方向に向かっている。

 急に谷間が開け、四方を山に囲まれた平地が姿を現した。

 地面には草が生い茂っており、荒野とはまるで違う美しい草原を成していた。その中心に巨大な緑色の塊が見える。

「なんだ……ここは?」

 レニーが身を乗り出した。

 その塊は苔に覆われた建物だった。苔の隙間から灰色の建物が見える。小さな学校程度の大きさはある。どう見ても人間が作ったとしか思えない施設だった。

 リタとフリックは初めてみる草原に、ただ呆然としている。

「入植時の物でしょうか……?」

 ウーノの予測に、レニーは考え込んだ。

 こんな山の奥へ建てなければならない施設はそう多くない。カルト宗教か、人に知られたくない研究か、外側を見るだけでは判然としない。

 窓やシャッターは硬く閉じられている。カメラ付きの叫虫はその周囲をぐるりと回り込み、草の壁とも思えるフェンスをよじ登った。

 その先にはもう一つ建物があった。こちらはドーム型をしており、その上部は薄い半透明のプラスチック製で、あちこちが破れている。

 叫虫は器用に壁を登り、隙間から内部に入り込んだ。

 中は、巨大なプールになっていた。一面にびっしりと藻が浮かんでおり深さは判らないが、その水を何匹もの叫虫が飲んでいるのが見える。

「そうか……」レニーが椅子から立ち上がった。「ここは浄水処理施設だ」

 ウーノは映像に目を見張った。そして納得したように首肯する。

「おい、説明してくれよ」

 状況を理解出来ないフリックから不平の声が上がった。

 レニーは腰に手を当て、考えを整理しながら着想を描写していく。

「この水はどこから来ている? この山奥で地下水を汲み上げているとは思えない。そうなると、雨水や川の水が流れ込んでいるんだと考えられる。ならどうやって浄水しているのか……。200年も前の施設が稼動している訳がないから、電磁波やフィルターを使った浄水じゃない。そうなると、バクテリアによる浄水しか有り得ない」

「バクテリア?」

 フリックはさらに解説を求めた。レニーは逸る気持ちを抑えて、丁寧に言葉を選ぶ。

「バクテリアは単体だと目に見えないぐらい小さな生き物で、それが集まって、藻のように見えているんだ」

「じゃあこの水の中に漂っているのはそのバクテリアなのか?」

「うん。後で映像解析すれば詳しく判ると思うけど、こんな集まり方をするのはE-301シリーズだと思う。遺伝子改良されていて、人体に有害な物質を根こそぎ食らって増殖する。あまりに浄水化し過ぎて魚が生きられないという理由で、現代では禁止になっている物だ」

 レニーは水の問題が起こった時から、船のデータベースを使って浄水について調べていた。そして、その過程で予めバクテリアには目をつけていたのだ。

 それが今、200年の時を越えて彼女の前に姿を現した。彼女自身信じられない思いだが、現にこうして水を浄化し、叫虫と緑を育んでいる。信仰心など持ち合わせてはいないが、何か空恐ろしい運命を感じずにはいられない。

 そうしている間に、カメラを取り付けた叫虫は水を飲み終え、仲間とじゃれている。その中の一匹がカメラの存在に気づき、ひとしきり触覚で弄んだ後、噛み砕いてしまった。

「あーあ……」

 リタが残念そうな声を漏らしたが、レニーはそれどころではなく、腕を組み急速に連なる想像に結論をつけた。

「ダニロと話そう」


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