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2 邂 逅

「君はこの国を愛していないのか!」

 真っ赤になって怒鳴る学長が見えた。私が退学する事に怒っているのだ。

 彼は、用意した研究室、設備、人材、それらに掛かった費用と時間。そして大学が如何に私に期待していたか。如何な労力を費やしたかを語った。

 そして最後に出てきた言葉がこれだった。

 何かを言い返そうと思うのだけど、言葉は一つも沸いてこない。

 結局の所、私は国など愛していない。

 人はただ無限に広がるこの宇宙で、ちっぽけな星々に縋りながら、身を寄せ合い生きていくだけの存在だ。国なんか必要じゃない。

 

「お前は失敗だった」

 父は言った。

 幼い頃から特別な教育を施し、必要な物は何もかも与えて来たのに、それがすべて無駄になったと。

 かつては彼を尊敬していた。偉大な父として、一人の科学者として。

 だけど、今や何の感慨もない。そこら中に溢れる、つまらない権力者の一人でしかない。その彼が失敗だと言うのだから、そうなのだろうと思う。


「なんてバカな奴だ」

 大学の仲間だった奴らはそう蔑む。

 常に栄達の道を競い合う彼らは、自分の意思でトップ集団から脱落した私を理解出来ない。狂ってしまったとでも思っているのだ。

 だけど、賢い選択とは何だったのか。

 言われるままに戦争の道具を作り、そしらぬ顔で生きることか。

 真理の追究だと、自分がしたことの結果から逃げることか。

 私には、そんな生き方は出来ない。

 それが愚かな選択だとしても、納得の出来ない道は歩めない。

 どんなに辛くても、自分は間違っていないと思いたい。

 ……けれど。

 少しだけ疲れた。

 今はこのまま眠っていたい。

 ……静かに、……深く、闇の底へ。

 ――そういえば。

 一人だけ私を褒めた奴が居たな。

 ――微笑んで ――それでいいんだと

 あいつは。


「……先輩。起きてください先輩」

 レニーが目覚めると、眼前に不安げなウーノの顔があった。

 意識を眠りの底から引き上げながら、状況を確認する。彼女を守った殻は解除されており、粘体は水へと変化し床へ広がっている。全身が濡れているのはそのせいだろう。

 首と手足にシールが貼られている。そこから伸びるコードはウーノの持つ機械に繋がっていた。

 ウーノはその機械をしばらく見つめていたが、満足げに頷き、顔を上げる。

「メディカルチェックをしておきました。特に問題はないですよ」

「……大有りだ。全身が痛いしだるい……」

 シールを剥がし始めたウーノに、レニーは呻く様に毒づく。

「それで、船の状況は?」

「核融合炉・燃料槽共に異常なし。動力部はかなり酷くやられているようで、AIは中破と判定しています」

「居住区画は?」

「無事ですが、中はメチャクチャでしょうね……」

「原型を保っているだけで奇跡だったんだ。今はシャワーが浴びられればそれでいい」

 片付けるのは自分だと言いたそうなウーノを無視して、レニーは質問を続けた。

「そうだ。あの町の様子はどうなっている?」

「まだ確認していません。壁だけで済んだと思うのですが……」

 もし人を巻き込んでいたら大変な事になる。レニーはバラバラに千切れ飛んだ緊張感を集めなおし、モニターへ船外の状況を表示させた。

「これは……」

 ウーノが絶句する。

 船の後方に一区画分ごっそりと抉られた壁が見える。材質は土を固めて出来ているようで、不時着のクッションになったらしく、壁と船の距離は50mも離れていない。

 だが、問題はそこではなかった。画面下部に大勢の男が写っている。

 頑丈そうな皮の服に身を包み、その手には銃らしき物が見える。恐らくは鉄や鉛を吐き出すタイプで、それぐらいならば二人の着るパイロットスーツを貫くことは出来ない。しかし、当たれば痛いだろうし、剥き出しの頭を狙われたら十分な脅威だった。

「……どうしますか?」

 ウーノの問いかけにレニーは操縦席から身を起こす。全身から抗議の悲鳴が上がるが、構ってはいられない。

「放っておく訳にもいかないだろう。少なくとも船が直るまではご近所になる連中だからな」


 2人は念の為に収束光拳銃を腰に釣った。

 連邦警察に正式採用されているタイプで、装甲服を相手にする事が想定されている為に、小型ながら威力は高い。

 ウーノは船外活動服の着用も勧めたが、レニーは動きにくい上に相手からは顔が見えず、無用の不安を与える恐れがあると固辞した。

 ハッチを開く。ラグファリアの乾いた風が砂埃を巻き上げる。

 視界が通ると、まさか少年少女が現れるとは思っていなかったのだろう、男達にあからさまな動揺が走った。

 様子見を続ける彼らに、レニーが一歩を踏み出し、惑星ラグファリアへ降り立つ。

「私はレニー。後ろの男はウーノと言う。私たちは星間航行中にトラブルが発生し、やむなくこの星へ不時着した」

 虚実を交えた説明に、男たちは顔を見合わせる。レニーは言葉が通じているのか不安になったが、群集の先頭に立っていた壮年の男から文明社会の公用語が発せられた。

「この町の守備隊を任されているカミルというものだ」

 一人だけ冷静にレニー達を観察していた男だった。丁寧に磨き上げられた黒皮の服といい、確かに他の男たちとは毛色が違って見える。

「災難には同情する。失礼だがあなたが船長か?」

 理性的な話し方だった。いきなり撃ち合いという事態は避けられそうだ。

 レニーが頷くと、カミルは船を見上げた。少しだが煙が上がっている。

「かなり痛んでいるようだが、爆発はしないのか」

「ない。あればここで悠長に話してはいない」

 レニーの簡潔を極めた説明だが、カミルは納得したようだった。実際、星間船の内部に火災や緊急性を伴う問題は起こっていない。

「今後の予定を聞かせて貰いたい」

「船の修理をしなければならない。しばらくここで滞在させて貰いたい」

「どのぐらいに期間になる?」

 レニーはウーノを振り返った。船の検査は彼が行っている。

「判りません。早くて1ヶ月。状況次第では、1年ぐらいかかるかも知れません」

 カミルは少し困惑の色を見せた。レニーが言葉を継ぎ足す。

「出来る限り急ぐつもりだ。船が直ればさっさと飛び立つ。あなた方に危害を加えるつもりはない」

「だが、私に決定権はない」

「ならば誰に?」

 レニーの問いに、群集が割れその合間から老人が現れた。カミルが一歩下がり、老人が前に出る。

「町長のダニロだ」

 日に焼けた顔に刻まれた年輪からかなりの老齢に見えるが、口調はハッキリとしており、2人を突き刺す眼光に陰りは見られない。

 ダニロは崩壊した壁を指差す。

「お前さんは今"危害を加えるつもりはない"と言ったが、あれはなんだ?」

 非難は覚悟していたが、単刀直入に切り出されるとは思わなかった。だが、ここで怯むほど彼女は大人しくない。

「不時着と言った。意図した訳じゃない」

 敢然と言い返すレニーにウーノは不安が湧き上がる。だが、銃を持った相手に下手に出るのも不味い。

 ダニロは明らかに気分を害したようで、語気が荒くなる。

「それはそちらの事情で我々とは関わりない事だ」

「悪いとは思っている。だが、何度も言うが私たちはただの旅行者で、特別なものは何も持っていない」

 言いながらレニーは気付く。ダニロの視線が彼女の脇を掠め、船体へと向いている。

 確かに星間船に特別なものは載っていない。だが、それはレニー達にとっての事であり、原始的な銃を構える彼らには想像も出来ない程、高度なテクノロジーが詰まっている。

「その船は動くのか?」

「動かない。直したとしてもあなた方に扱える物でもない」

 レニーは即答するが、ダニロの興味は薄れなかった。

「故意であろうとなかろうと、壁の代償は払われなければならない。私はともかく、町の者は納得しないだろう」

「なら交渉の場を用意して欲しい。お互いの妥協点が見つかる筈だ」

 だがダニロは首を横に振る。

「それは出来ない。お前さん達が逃げない保障がどこにある?」

「船は動かないと言った」

「我々には判断出来ないことだ」

「……なら、どうすると言うんだ?」

 レニーの問いに、この場を覆う緊張がキリキリと引き絞られていく。その中でウーノだけが気付いた。レニーの声は微かに震え、真っ白な肌が薄く赤みがかっている。それらは決して恐怖しているからではない。彼女は激怒しているのだ。

 ウーノは覚悟を決める。彼女がこうなった時、物事が平和的に納まった事はない。

 ダニロは後ろに控えるカミルに何かを小声で囁いた。カミルの眉根が僅かに上がる。

「お前さん達の処遇はこちらで決めさせて貰う」

 カミルが銃を構えた。無表情に近いが、子供に銃を向ける事に抵抗があるのだろうか、僅かに苦渋の色が滲んでいる。他の男たちもそれに倣い、次々と銃口がレニーを捕らえる。

 ダニロは宣言した。

「その間、身柄を拘束させて頂こう」

 その瞬間、レニーの怒りが爆発した。反射的に腰の収束光拳銃を引き抜き空を撃つ。

 彼女の激情を解き放ったかのような最大威力の高熱線が青空を迸り、光の柱を作り出す。

「動くな!」

 呆気に取られるダニロへ銃口を向ける。カミルも男たちも、咄嗟の事に反応出来ず銃を構えたまま固まってしまっている。それ程の早業だった。

 レニーは髪が逆立つ程の激しい衝動を押さえ込み、落ち着いた声で語りかける。

「今のは、私たちの文明が作り出した太陽のまがい物だ」

 言いながらゆっくりと群集を見回した。誰の顔からも動揺と恐怖が見て取れる。

「私は話し合いを望んでいる。それを武力で拒否すると言うなら、その身で人知の行き着く先を知るといい」

 レニーは本気だった。彼女は殺し合いとは無縁の世界で生きてきたが、余りにも一方的な言い分に従う気にはなれない。

 本当に引き金を引けるのかはその瞬間まで判らないだろう。しかし、度重なるトラブルと疲労でまともな精神状態を保っている自信はない。

 もう一丁の収束光拳銃が男たちに向けられた。ウーノがレニーの隣に立ち銃を構えている。

 押し潰されるような緊張感の中、二人は辛抱強く返答を待った。だが、ダニロはこちらを見据えたまま動かない。

 ――だめか。レニーの中を不安が過ぎる。

「皆、銃を下ろせ」

 老人が言った。

「判った、話し合おう」


 交渉の場は星間船の側で行われた。

 ダニロは町の中へと提案したが、ウーノがどうしてもと断り、荒野に簡易なテントとテーブル、椅子が運ばれた。

 中にはレニー、ウーノ、ダニロ、そしてカミルの4人だけが入り、ほかの人間は町へと戻された。

 交渉は、意外なことにダニロの謝罪から始まった。

「過去にもこの星を訪れる者たちは居たのだが、彼らは総じて略奪者だったと記録されている。その経験からお前さん達には強引な手段を取ってしまった」

 レニーは黙している。ロストプラネットに訪星する人間の殆どは国を追われた犯罪者なのだから、略奪は有り得る話だ。だか、自分たち以外にこの辺境へ来る人間が居たのは少し意外だった。トレパ星域の航路管理局が公表する資料では、建国以来通過した者は誰もいなかったからだ。管理局が嘘をついているか、別ルートがあるかのどちらかだろう。

「訪星者は多いのか?」

「いや、そう多くない。ワシが知っているのは、14年前に一度だけ。もう死んでしまったがね」

 何が起こったのかは想像が付く。文明の差を利用し略奪を繰り返し、ついに討たれたのだろう。

「許せとは言わぬが、こちらの事情も判ってくれると嬉しい」

「許そう」

 レニーはそういったが、全面的に彼らを信頼した訳ではない。船を奪おうとまでしたのは自衛とは言えないからだ。だが、そこに拘っていては話が進まない。

「まず、あなた方の欲しい物が知りたい こちらで用意出来る物があるかもしれない」

「なら武器だな。ワシらには武器が不足している」

 そこはレニーが気になっていた所だ。町を覆う壁と武装した集団。それは明らかに町が何かの脅威に晒されている事を示している。

「残念だが武器はさっきの拳銃しか持っていない。だけど、あなた方は十分な銃を持っていたじゃないか。それでは不足なのか?」

 ダニロがカミルを横目で見た。彼が担当なのだろう。

「足りない。奴らはいつも集団でやってくる。今の数では心もとない」

「奴らとは?」

 カミルは顎に手を当て、天井を見やった。何かを頭に描き、どう形容するか模索しているように見える。やがて一つの言葉を見つけた。

「虫だ」

「虫……?」

 思わぬ返答にレニーとウーノは顔を見合わせた。二人とも虫の存在は知っているが、町を襲うような種類は聞いた事がない。

「その虫はどういうものなんだ?」

「実際あれが本当に虫なのかは判らないが、我々は叫虫と呼んでいる。奴らは固い殻を持ち、我々と変わらない程の大きさで、人間を襲う」

 レニーの記憶では、かつて人類の母星に、人間を遥かに超える昆虫が存在していたと記憶している。だが、進化の過程で小型化していき、現在それだけ大きな陸生の昆虫は確認されていない。ましてや積極的に人間を襲う集団生物など、虫じゃなくても聞いた事すらない。

「原生生物なのか……?」レニーが問うと、ダニロはかぶりを振った。

「判らん。だが、我々がこの星に移住した時から存在していたのは確かだ」

 人間が広大な銀河に生存圏を広げるにあたり、多数の生命を持つ星を発見する事もあった。しかし、そのほとんどは単細胞生物で、母星のように多彩な生物を擁する惑星は未だ見つかっていない。あれは、真実奇跡の星なのだ。

 だが、惑星の改造における急激な環境の変化で、謎の進化を遂げる生命も確認されている。苔しかなかった星が大気調整を行う300年の過程で大森林を形成した例もある。

 ――昆虫が巨大化する事も有り得るのだろうか……。

 レニーの常識では考えにくい事だが、人類は未だ生命の解明に到っていない。

 興味深い話だったが、とても今結論が出せるものではないと思考を切り替えた。叫虫が何者であろうと、利用しない手はない。

「ウーノ。船のレーザーは使えるか?」

 レーザーはデブリ除去用の物だが、鉱物の塊さえ切断する熱線が虫に効かないとは思えない。軽く焼き切るだろう。

 ウーノは手帳サイズの外部端末を操作し、船の状況を調べた。

「2つとも使えます」

「なら、私たちが壁の役目を果たそう」

 レニーは星間船を壁際に寄せ、固定砲台にする構想を説明した。

 聞き終えるとダニロとカミルは慎重に協議をしたが、ダニロによほど大きな決定権があるのだろうか、最後は彼の一声で承諾した。

 レニーは提案を続ける。

「だがこれは壁の役割を代理しただけで、修繕にかかる費用や人材を補填した事にならないだろう」

 ダニロは考えていた事を先に言われ、不思議そうにレニーを見つめる。

「あなた方は電気を使っているな」

 その考えに確証はなかったが、ロストプラネット化したとは言え、元々は文明の一員だった彼らの祖先が、電気の利便性を忘れる筈がない。

 予想通りダニロは続く言葉を待っている。肯定の証だ。

「その電力はどこから来ている?」

 さらに予想外の質問を重ねられ、ダニロは完全にレニーの思考を見失った。こうなると後は彼女の話に追従するしかない。

「……石油を使っての火力発電だ」

 これもレニーの予測通りだった。彼らの文明レベルで発電となると方法は多くない。歴史的に考えて石油が本命だ。しかし、そうすると石油の供給先が問題になる。交渉準備の間、星間船の探査では町の周囲に油田は見られなかった。

「石油はどこから?」

「他の町から買っているが……」

 ダニロが言い淀む。ここが町の泣き所だろう。

「なら、町の電力の一部を私たちが提供しよう」

 星間船は核融合炉を積んでいる。出力調整が必要だが、町の一つぐらい軽く100年は養える。長年石油に頭を悩ませてきたダニロに、この提案を蹴る理由は何もない。

「その代わり、私たちの滞在の間、町への立ち入りを許可して貰いたい」

「本当に電力が貰えるなら、そのぐらい喜んで許可しよう」

 その後、町の電力消費量を加味し、半分をレニー達が負担する事となった。実際すべての電力を賄ったとしても余裕はあるのだが、無駄に星間船の利便性を見せたくはなかったし、今後の為に交渉のカードを残して置きたかった。

 さらに、町での決まり事などの細かい打ち合わせを行い、夕暮れに交渉は終わった。

 最後にダニロが二人を夕食に誘ったが、ウーノが慌てて、自分たちは三ヶ月の間旅していた事、トラブルの連続で心底疲れている事を丁寧に説明し、後日改めてご相伴に預かる約束をした上で断った。

 ただし、これ以上彼女を煩わせると、すべてを灰燼に帰して船に引きこもりかねない事は胸の内にしまっておいた。

 こうして、少年少女のラグファリアでの生活が幕を開けた。


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