11 遺 産
施設内はそれほど広くもなく、コントローム・ルームはすぐに見つかった。
レニーとウーノは星間船の外部端末をいくつかのコンソールに繋ぎ、施設の情報を浚っていく。
しばらくののち、レニーが全員を集合させた。
ルームの中は扇状にデスクとコンソールが配置されており、彼女の座るメインデッキを囲む形でウーノと隊員達が椅子に腰掛ける。
「まず、この施設が浄水施設だと言う事が改めて判った。200年も前に、今は亡き地球連合体が荒野の緑化を目的に建設したらしい」
「それが何故放棄されたんですか?」とフォレスト。
「判らない。その部分は丁寧に消去されている。ただ、放棄は緊急だったらしく、設備や装置は稼動時のままだ」
フリックが手を上げる。
「って事は、動かせるのか?」
「難しいな……。この施設は衛星軌道上の太陽光発電装置から電力を受け取っていたらしいが、衛星はとっくに大気圏へ落ちて灰になっていると思う」
レニーの情報をウーノが立ち上がり補足する。
「それに、あちこちが痛んでいます。技術的には直せない事もないですが、再稼動には数年かかると思います」
隊員達はさして落胆する様子もなく黙って頷いている。その気持ちを代弁する為、フリックが再び手を上げた。
「で、これからどうするんだ?」
「うん。私たちの目標は、第一にバクテリアの回収。第二に施設の再稼動。第三に女王の退治だ。バクテリアはプールに行けば手に入る。再稼動は今言った通り現実的じゃない。問題は女王の居場所だ」
「判らないのか?」
フリックの問いにレニーは首肯する。
「最初は生体反応を見ればすぐに判ると思ったけど、虫の巣はこの平野の地下に張り巡らされているらしい。これほど広範囲の地中は携帯端末では探査出来ない」
「じゃあバクテリアの回収だけか?」
「いや、叫虫の温床になっている浄水施設を、出来れば破壊しておきたい」
レニーは白衣のポケットからペンを半分に切ったような棒状の物を幾つか取り出してみせた。
「前に爆弾を作る機会があって、結局使わなかった物だ。これ一つでのこの建物ぐらいは吹き飛ばせると思う」
爆弾はプラスチックのケースに入っており、見た目からはその威力を想像出来ない。それだけに言い知れぬ不安を隊員達に与えた。
「もしもの場合はこれを使うとダニロには言ってある。けど、これからもここで暮らしていくみんなの意見が聞きたい。爆破に賛成の者は手を挙げて貰えるだろうか」
隊員達は少し迷った。今まで水に困っていた為、立派な浄水施設を破壊する事には抵抗があった。しかし、レニーが新しい浄水施設を作ると言っている上に、叫虫の巣をそのままにして置くのも危険が大きすぎる。
ややあって、全員が手を挙げた。
「うん、それじゃあこの施設を破壊する。この建物に一つ。浄水プールに一つ。爆破自体は離れてから端末で遠隔操作する。間違って起爆することはないから安心して欲しい」
「あ、ちょっと待ってください」
ピルトが腰を上げ、おずおずと疑問を口にした。
「脱出はどうするんですか? 車は一台しかないし、もう一度あの平原を突っ切るのはかなり怖いですよ」
「うん。私も同意見だ」
レニーは肯定しながら、メインモニターに施設の見取り図を表示させた。一階はコントロール・ルームと、いくつかの管理部屋で構成されており、地下はただ広い空間になっている。
「地下に駐車場があって、浮遊車が三台残されている。道が舗装されていないからもしかしてと思っていたけど、大当たりだった」
「動くんですか?」ピルトが訊く。
「動くはずだ。それに、浮遊車の構造は簡単だからな。もし壊れていても直せると思う。無理だったらまた別の手段を考える」
ピルトは納得した様子で座りなおした。
「ここまでで質問は?」
レニーが隊員達を見回すが、誰も異論はなく黙したままだった。
「なら、行動に移そう。私と他の隊員でプールに行き、水の回収と爆弾の設置をする。ウーノは浮遊車の準備を」
そういうと、ウーノはゆっくりと首を横に振った。
「プールには僕が行きます」
レニーは露骨に眉を顰める。
「難しい事をする訳じゃない。どっちが行っても同じだろう」
「いえ、何か問題があった時、僕の方が対応出来ます」
はっきりとした物言いに、隊員達は少女が激怒するのではないかと心配した。しかし、意外にもレニーは簡単に引き下がる。
「判った。なら私は浮遊車を用意する。これを頼む」
ウーノは爆弾と水を回収するケースを受け取ると、隊員の方に向き直った。
「それと、誰か二名先輩に付いて行って頂けませんか?」
「ウーノ!」
さすがにレニーから咎める声が上がったが、ウーノは引かない。
「ダメですよ先輩。何があるか判らないんですから護衛は必要です」
「そうだぜレニーさん。どこに叫虫が居るかも判らないんだ」
フリックが続けてウーノの意見を推した。それをきっかけに、隊員達からも次々と賛成の声が上がる。レニーはキッと周囲を睨んだ。
「私は子供じゃないんだぞ」
「わがままを言わんで下さい」
それまで黙っていた最年長のハンクが諭すように語り掛ける。
「みな、レニーさんには感謝している。その恩人に怪我でもさせたら、我々は町に帰れない」
「カミルの旦那に殺されちまうぜ!」
フリックの追撃に笑いが沸き起こる。次に、フォレストが前に出た。
「貴女は優しい人だ。私たちをここに連れてきた責任を感じているんでしょう? 私たちは自分の為にここに居る。貴女は貴女のすべき事をすればいいんです」
レニーは反論を試みるが、彼らを納得させる材料は見つからなかった。
「判った」不承不承ながら頷く。
「みな細心の注意を。もし危険があれば、水なんていいから逃げろ。機会はまたある」
レニー、ピルト、そしてディータという青年を残し、残りの人間でプールへと向かう事になった。ドームに一番近い扉の前に5人が集結する。
「ここからはハンクさんが指揮を執って頂けますか」
ウーノが尋ねると、ハンクは肩を竦めた。
「わしは年を取ってるだけだ。フォレスト、頼む」
フォレストが意表をつかれ周囲を確認するが異論の声は上がらない。
「判りました」と承諾して一同の前に立つ。
「これから作戦を開始する。目的はバクテリアの回収と爆弾の設置だ。ウーノさんは回収を。その間、私がプールの爆弾を投げ込む」
ウーノは頷いて爆弾をフォレストに手渡した。胸にしまい、説明を続ける。
「ここを出たら間違いなく叫虫と遭遇する筈だ。密集隊形で360度カバーしながら行動する。時間をかければかける程叫虫が集まり作戦は困難となる。迅速な行動が鍵だ。みんな抜かるなよ」
「おう!」と威勢の良い声が狭い廊下に広がる。
ウーノが扉に外部端末を繋ぎ、合図を待って開いた。フォレストを先頭に、円を描くように五人は移動を開始する。
叫虫は閑散としており、難なく仕留めるとすぐドームに辿り着いた。ウーノが扉を開ける間、隊員達が周囲を警戒する。
「油断するな。奴らは玄関の方に集まっている筈だ。すぐにこっちに気付く」
フォレストが注意を促し、そろりそろりと建物に侵入する。
ドームの内部は、広いプールが三つと、複数の機械が置かれているだけで、大きく開けていた。水を飲んでいた叫虫達が一斉に鳴き始める。フォレストが負けない程の大声で叫ぶ。
「虫が集まる! 急げ!!」
ウーノが素早くプールの水をバクテリアごとケースに汲みキャップを閉める。フォレストは振りかぶって爆弾をプールに投げ込んだ。
「よし、撤退……」すると言いかけ、彼は異変に気付いた。
爆弾を投げ入れたプールが大きく渦を巻き始めている。
「作動したのか!?」
ハンクがウーノに問う。
「爆弾が作動してもこうはなりません。なんだこれは……?」
水は回転しながらどんどんと量を減らして行き、やがてプールの底に巨大な穴が姿を現した。
「フォレスト隊長、なんかやばいぜ」
フリックが不安げに言うと、フォレストは我に返り隊員達に振り返る。
その背後で突然轟音が上がった。穴から大量の水が吹き上がり、巨大な水柱が聳え立つ。
「中に何かいる!!」
ウーノが叫んだ瞬間、柱を切り裂いて巨大な鎌のような物体が隊員達を薙いだ。ウーノとフォレストは咄嗟に屈むが、ハンクが弾かれプールの淵を滑って行く。
水柱が収まり、鎌の持ち主が現れた。
三つの目と鋏状の顎を持ち、ぬらぬらとした粘液に光る胴体からは六本の足が生えている。それは叫虫と似た形だったが、大きさが全く違った。頭を持ち上げた姿は、10mはあるであろう天井に届きそうな程高い。そして、タンクのようにまるまるとした腹はまだ穴へ続いている。
「女王だ!!」
ウーノは確信を持って叫んだ。ハンクは致命傷ではないようで、駆けつけたフリックに肩を借りて立ち上がっている。
フォレストが銃口を女王に向ける。
「撃て!!」
彼の号令でウーノと隊員達が射撃を開始した。高密度プラズマと収束光が女王の体で炸裂する。
しかし、高熱源体は粘液に邪魔され甲殻を剥がすに留まっていた。
「効いていないのか!?」
フォレストが愕然としていると、痛みを感じるのか女王は体を捩り、建物を震わせる絶叫を発した。
振動でドーム上部の膜が割れて次々と落下する中、女王が怒りに燃える三つの瞳を隊員達に向けた。
「撤退!逃げるぞ!」
フォレストは素早く決断した。
出口に向かう隊員達の背中を、女王が顎を広げて追う。それをウーノは収束光拳銃の最大威力で迎え撃つ。
バッテリーを限界まで使った巨大な高熱線が女王の全身を舐めた。粘液を蒸発させ、体中を焦がし、女王は堪らずとなりのプールへ飛び込んだ。
「今のうちに!!」
その隙にウーノ達はドームを脱した。
女王との戦闘が起こる少し前、レニーは地下への扉を開ける作業に入っていた。
その様子をピルトがそわそわとしながら見つめている。
「なんだ? トイレか?」
ディートがからかうと、ピルトは「違うよ!」と怒鳴ったが、相手の肩を竦めさせただけでそれ程効果は得られなかった。
二人ともレニーより少し年上でそう離れているようには見えないが、長身長髪のディートの方が、背が低く髪を短く刈り上げているピルトより見た目も態度も幾分大人びている。
「じゃあ何をそわそわしてるんだ? 浴場覗く時みたいだぞ」
「レニーさんの前でなんて事言うんだよ!」
ピルトは非難するが、レニーは二人の会話に関心がないようで黙々と端末を操作している。
「僕は運転以外ダメなんだよ。叫虫が出てきたらと思うと怖くて堪らない」
正直にいうと、ディートが声を上げて笑った。
「お前、そんなで良くここまで来たな」
「僕も町の為に何かしたかったんだよ」ピルトは口を尖らせる。「ディートだってそうだろ」
「俺はまぁ、暇だったからな」
「暇ぁ!? よくもそんなトンチキな理由で命を賭けるよ」
「大義名分があれば良いってもんじゃないだろ。せっかくの人生だ。好きに生きないとな」
「話中だが、問題が起きた」レニーが外部端末から顔を上げた。「扉の向こうに叫虫がいる。地下は奴らの縄張りらしい」
ピルトが顔を引きつらせた。
「ど、どうしますか? みんな戻るの待ちましょうか?」
レニーがディートに視線を向けると彼は肩を竦めてみせた。
「いいですよ。俺は」
「なら強行突破する。叫虫の数は少ない。浮遊車に乗り込めば奴らも手は出せないと思う」
ピルトが頭を抱えた。「僕は戦闘とか苦手なんですよ」
「うるせえ、覚悟を決めろ。町の為に頑張るんだろ」
ディートの励ましにピルトはしぶしぶ承諾する。
「扉が開けば浮遊車まで一直線だ。問題があればすぐにここまで戻るぞ」
レニーの言葉に二人は頷く。すぐに扉が開き、ジメジメと湿った空気が流れ込んできた。彼女は躊躇いもなくその中へ飛び込む。
駐車場は広く真っ暗だったが、幸いにも浮遊車はすぐ近くに停めてあった。レニーはコントロール・ルームから持ってきた鍵をドアに差し込むが、開かない。すぐに別の鍵を試す。
真っ暗な空間に、叫虫の声が木霊し始めた。
「奴らこっちに気付きましたよ!」ピルトが悲鳴を上げる。
「うるさい。周囲警戒だ」
二人は暗闇をプラズマピストルに付属しているライトで照らす。ピルトの明かりに叫虫が入り込んできた。
「でた!!」
「出るだろそりゃ!」
ピルトより早くディートが撃った。叫虫に命中し、炸裂する瞬間周囲を明るく照らす。複数の叫虫が接近してくるのが見えた。
「こっちに来てる!」
「撃つんだよアホ!」
二人の射撃で駐車場全体が明かりはじめた。壁に大きな穴が幾つも空いており、そこから次々と叫虫が現れている。
「キリがないぜレニーさん!」
さすがにディートも気を揉むが、同時にレニーがドアの開錠に成功した。
「乗り込め!」
三人は浮遊車に飛び込みドアを閉める。内部は先頭に運転席があり、後部に座席が二つずつ連なる七人乗りの構造になっていた。
レニーが運転席に座り、操作盤に外部端末を接続する。その間、ゴツゴツと浮遊車の表面を叫虫が叩く音が響く。
「だ、大丈夫かな」ピルトが堪らず動揺を声に出す。
「俺らの車でもあいつらは顎が出せないんだ。こいつは未来カーだぞ」
大した根拠ではないが、ディートは豪胆にも銃を立てかけてのんびりと椅子に腰掛ける。その様子にピルトも少し落ち着いたのか、銃を抱き絞めながらその隣に座った。
ディートが洗濯機の調子を聞くかのように軽くレニーに問いかける。
「動きそうですか?」
「問題なさそうだ」
浮遊車はバッテリーが完全に尽きていたが、収束光拳銃のバッテリーを、外部端末を介して繋ぐと、静かに体を持ち上げた。内部に明かりがつき、ピルトが歓声を上げ、ディートが口笛を鳴らす。
「さすが、大したもんですねぇ」
「当たり前だろ」
なぜかピルトが答えるが、レニーは操縦幹を握ったまま沈黙している。
「どうかしました?」
「うん。すまない……」
珍しく殊勝な様子に二人は驚いた。レニーは頬を掻きながら素直に現状を説明した。
「地上への扉を開くのを忘れていた」
浮遊車のヘッドライトが、次々と集まる叫虫を照らしている。とても車外には出られそうにない。
ディートがやや呆れたように呟いた。
「つまり、閉じ込められた……?」




