10 巣 へ
カミルはまず、突入へ向けて人選を行った。
最初は自分を含めていたが、守備隊の要である彼に万一の事があれば取り返しがつかないとダニルに諌められ、仕方なく残る事となった。
志願者を募り、そこから五人を選抜する。フリックを筆頭にどれも若く才気溢れる隊員達で、ウーノの指導によりプラズマライフルの扱いを教わった。
次に、レニーからの要望で山の周囲を探索した。施設があるのだから、物資を運ぶ道もあると考えたのだ。
その道路は叫虫が登った場所よりかなり東側に見つかった。遠回りになるが、車が通れるのでむしろ近道になる筈だ。
問題はレニー達だった。
カミルとしては、絶対に行かせたくはない、しかし、彼女は頑として首を縦に振らない。そしてウーノもまた、レニーを一人行かせる訳にはいかないと同行を固持した。
ウッドロックの北西に位置する岩山。
ただひたすら灰色と茶色が織り成す景色は苔すら生えないと言われ、人間の来る場所ではないと暗に警告している。
その山間を縫うように二台の車が走っている。
道幅はあるのだが、大して整備されていない路面はゴツゴツとしたむき出しの岩場で、それほどスピードは出ていない。
「虫がいないな」
先頭車両の助手席でフリックは不審がった。
山に入って二十分近くになる。山に入った瞬間襲われるものだと思っていたが、未だに一匹の虫にも遭遇していない。
「前の襲撃でかなり減らしたからな。ほとんど残っていないんじゃないか」
ハンドルを握る長髪の隊員はすでに緊張感が緩んでいるようで、かなり楽観めいている。
フリックは通信機を取り出し口に当てた。
「レニーさん、聞こえるかい?」
『……どうした?』
レニーとウーノは後続車に乗っている。先頭に乗りたがるのを無理に拒否した為、出発時はやや不機嫌だったのだが、声からは緊張感のみが伝わる。
「虫が一匹も見えない。どういうことだろう?」
『……判らない。だけど、こっち側は何もない荒野だけだ。狩りの探索ルートから外れているんじゃないかと思う』
なるほどとフリックは納得した。荒野には小さな昆虫ぐらいしか生息していない。山の逆側に主な狩場があるのだとすれば、こちら側に虫が居る理由はない。
『だけど、近づけば間違いなく虫は居る。気を抜くなよ』
「了解」
短く答え、フリックは車の上部から上半身を出した。ガタガタと揺れる中双眼鏡で前方を確認する。
道は曲がりくねりながら緩やかに上へ上へと登っている。
「フリック! フリック!」
呼ばれてフリックが車内に戻ると、後部座席から隊員がコップを差し出した。
「こんだけ開けてるんだ。居たらすぐに判る」
髭を貯えた最年長らしい気遣いに、フリックは自分が気負い過ぎていると気付きシートに着席した。コップに注がれた水を一気に飲み干す。
「悪いハンク。ちょっと興奮しちまって」
「気持ちは判る。女神様の前だからな」
ハンクの軽口に、他の隊員達が笑う。フリックは苦笑しながら、後ろをついてくるレニーを思い浮かべた。だが、彼女が自分に甘えるシーンなどというものは、頭をどう捻っても出てこない。
「命張った程度じゃ振り向きそうにないぜあのお姫様は」
「それでも張るのが荒野の男だ」
ハンクがニヤリと笑い拳を差し出した。フリックが拳を合わせる
「当たり前だ。見ず知らずの町の為にここまでしてくれた人を死なせちゃ、どこにも帰れねぇ」
ハンクが「そうだ」と頷いた。彼らにとって水や虫退治も大事だが、レニーとウーノを無事に帰す事が第一だった。
それぞれの覚悟を乗せて、車は尚も山道を進んでいく。
やがて、左右に広がっていた斜面が徐々に接近し始めた。本を閉じるように丘は崖となり、切り立つ壁へと変化した。
「出そうですね」
後続車の助手席でウーノが誰にともなく注意を発した。
「うん」
後部座席のレニーが星間船の外部端末を取り出し、通信を開いた。
「フリック、多分ここを抜けたら例の平地だ。そろそろ虫が出ないとおかしい」
やや間があってフリックが応答する。
『こっちもその話をしていた所だよ。警戒する』
言葉通り、前方を走る車の上部にフリックの上半身が現れた。左右の窓からもそれぞれの隊員が首を覗かせている。
「こっちもやりますか?」
レニーの隣に座るフォレストが銃を掲げる。カミル推薦の優秀な若者で、年齢は20代後半ながら非常に落ち着いており、普段は部隊長を務めているという。
「走行中に当てる事が出来るか?」
レニーがそう返すと、フォレストは肩を竦めて運転手を指差す。
「ピルトが真っ直ぐ走らせたら撃てます」
「じゃあ今すぐこの道を均して下さい!」
『出た! 上だ!』
ピルトの抗議に被ってフリックの緊迫した声が飛び込んできた。
レニーが首を窓から出して空を仰ぐと、壁の上に何かが蠢いているのが判る。
「そのまま。様子を見る。撃つなよ」
通信機へ指示を出し、2台の車は一定の速度で進む。ようやく蠢く何かをはっきり叫虫だと視認した途端、谷間に例の叫びが轟いた。
崖で反射した声は四方八方から聞こえ、レニーは思わず身を竦めた。
『降りてくる!!』
フリックが叫ぶと、前の車から特殊なフィールドに閉じ込められた高密度のプラズマが次々と放たれる。
「撃つな! フリック、ダメだ!」
慌ててレニーが注意するが、聞こえていないのか射撃はやむ気配がない。崖に当たったプラズマが炸裂し、車へと岩の欠片が降り注いだ。
一際大きな石がレニー達の前に落ちた。運転手が必死に避けるが、ウーノ側を軽く擦りフロントガラスにひびが入った。
ゴンゴンッと石つぶてに屋根を叩かれようやく気がついたのか、通信機の向こうでフリックが射撃の中止を指示するのが聞こえる。
「フリック! どうせ当たらない。一気に突っ切った方がいい」
『……判った。進路上以外の標的は無視する』
叫虫は次々と道路に降り立つが、走行中の車には手出しが出来ず殆どが後ろを追従しはじめる。中には勇敢に進路を塞ぐ固体も居たが、時速60kmで走る2t近い鉄の塊に弾かれバラバラに吹き飛んだ。
ほどなく車は渓谷を抜ける。
周囲をさらに高い山に囲まれた平地が現れる。茶色い土に草が生え茂り、タイヤが大きく轍を残していく。車は一気に速度を落としピルトが悲鳴を上げる。
「土が柔らかい! 足がとられそうです」
「頑張れ! 止まったら終わりだ!」
レニーの言葉にピルトは唇を噛んで集中力を上げた。
「追いつかれそうだ」
フォレストは後ろを見ながら報告を上げる。レニーが通信機を手にした瞬間、前方を走るフリック達の車が消えた。
「え!?」
彼らの轍を追っていたピルトが急ブレーキを踏んだ。その数メートル先に車体の半分を地面に沈めた車が見えた。レニーが通信機を構え直す。
「フリック無事か?」
『……何が起きたんだ?』
「突然地面が陥没した。けが人は?」
『大丈夫だ。怪我はない』
「ならすぐに抜け出してくれ。車は捨てるしかない」
後部ガラスを割って4人が抜け出す頃には、叫虫は200m程まで接近していた。数は10程度だが、威嚇音と少し違った泣き声を発している。
「施設まで走れ!」
「わ、わかった!」
フリック達は銃を背中に回し、森へ向かって走り始めた。
「フォレスト、ウーノ、迎撃するぞ。ピルト、車を揺らすなよ!」
無茶だと叫びたいのを堪えて、ピルトは必死にハンドルとアクセルへ意識を集中させた。陥没にも注意を払わなければならない。
フォレストが車の上部から上半身を出し、叫虫へ向けてプラズマライフルを撃つ。慣れない武器に関わらず次々と叫虫を四散させていく。
ウーノとレニーも加わり、あっという間に追ってくる叫虫は居なくなった。
「凄い威力ですね、これは」
フォレストは満足そうにプラズマライフルを眺めた。叫虫に使用するのは初めてだったが、考えていた以上に効果はあった。頭と心臓を精密射撃しなければならなかった今までの銃と違い、高密度プラズマは標的に当たりさえすれば粉々に弾き飛ばす事ができる。
「だけどバッテリー残量に気をつけろ。予備はないからな」
レニーが確認すると、フォレストの銃には90%の電力が残っていた。しかし、車が一台使えなくなった今、叫虫の殲滅戦を断行しなければならない可能性もある。
「先輩! あれを!」
ウーノが指差した先で、車が落ちた穴から叫虫が這い出し、天に向かって大きく嘶いた。
それに呼応するように、平原のあちこちから叫虫が這い出してくる。その数、範囲は、瞬く間に広がり、収まる事を知らない。
「まさか、この平原の下は全部巣になっているのか……?」
レニーの頬を汗が流れた。動揺が隊員達にも伝播していく。
「これはまずい! レニーさん!」
フォレストが片端から打ち砕くが、とてもすべてに対応できない。レニーは銃を仕舞い、ピルトの肩を掴んだ。
「お前に託す。施設まで飛ばしてくれ」
「落ちたらごめんなさい!」
急な重荷だが、ピルトは懸命に答えた。車はグングン加速し、フリック達に並ぶ。
「施設を開ける! 全力で走れ!」
後方へ離されながらフリック達は目線だけで承諾する。その間にウーノが上部から体を出し、最大威力の収束光で後方を大きく薙いだ。広範囲の叫虫が消し飛んでいく。
森の入り口は鉄線と蔦で編まれたフェンスになっていたが、フォレストがプラズマで大穴を空け、ピルトが車で吹き飛ばす。
施設には玄関と思しきシャッターがあった。そこへ車を横付けする。
フォレスト、ウーノ、ピルトが飛び降り四方へ銃を構える。レニーは星間船の外部端末を作動させ、シャッターへアクセスを開始した。
「開けられるんですか!?」
ピルトが見る限り、苔にまみれたシャッターは堅牢でビクともしそうにない。
「人類がもっとも真剣に取り組む事の一つは、“いかに手を触れずに扉を開けるか”だ」
レニーの言葉通り、端末から電力を供給されたシャッターはあっという間にプロテクトを外され、緩慢にだが重い口を開き始めた。
そこへフリック達がよたよたと追いつく。そのすぐ後ろには叫虫が迫っている。
「火炎瓶!!」
フォレストが車に積んであった小瓶を取り出し、フリック達の後方へ投げた。ピルト、ウーノがそれに倣う。小瓶が割れ、地面に濃縮された燃料が広がる。ウーノが威力を弱めた収束光で点火すると、一気に燃え広がり炎の壁となった。
その間に全員が施設の中へ逃げ込み、車が入ったのを待ってレニーがシャッターに閉鎖を命令する。
閉じられていく扉の向こうで、炎に包まれた叫虫が悲鳴を上げるのが見えた。
完全に扉が閉まると声は聞こえなくなり、深い闇が訪れた。
車のエンジン音と、フリック達の荒い息遣いだけが聞こえる。
ピルトがヘッドライトをつけた。
そこは施設の受付らしく、無人のカウンターと待合用の椅子が並んでいる。
「ここは叫虫が入り込んでいないのか?」
フォレストは慎重に銃を構えながら様子を伺うが、どこにも叫虫の存在を示す物は見当たらない。まるで違う世界へ迷い込んだかのように、外とは景観も空気も隔絶している。
「これは……?」
レニーが壁に書かれた文字にライトを当てた。古い英語体でU.M.A.地球連合体と書かれている。
「まさか……。こんなところに?」
ウーノは容易に受け入れられないとばかりに、何度もライトでその文字をなぞった。
「それって何かヤバイのか?」
フリックがようやく呼吸を整えウーノへ問うが、抽象的な質問に答えは出せず、代わりに歴史を語った。
「地球連合体というのは、僕たち人類が発祥した星にあった国です。人口増加、環境汚染に曝されながらも星から出る事を拒み、突如全国家へ戦争を仕掛け、宇宙を未曾有の混乱に陥れ、最終的に滅びました」
「そんな傍迷惑な国の施設がなんだってこんな所に……?」
フリックも同じ疑問を抱いていた為、レニーへ回答を求めたが、彼女も首を横に振る。
「私も判らない。……取りあえずコントロールルームへ行こう。情報媒体があるだろうから、何か判るかもしれない」




