7 【世の中にはよくあることです】
樋口与六君とクエストを受けること二日前に遡ります。
夜があけて、身支度を調えたあとケイを部屋にいれました。
大丈夫だったか?と尋ねようとは努力しました。
「いえ、本当に夜の街は楽しいですね」
けれども彼のこの発言に、私のなけなしの申し訳なく思う謙虚な心は四散します。
素知らぬ顔のまま、適当にクエストを選び取り即座に、一つ受けました。
そう、私は樋口与六君に出逢う前にもうクエストを受けています。
依頼内容は「サーチェスティンの花大量入荷」でした。
手元金は5000リリーで、100000本入荷発注を追加しなくてはならないのです。
1リリーが100円だったとすると、渡されたのは換算すれば5000円。
サーチェスティンの花は1本250リリーします。それを100000本必要なわけです。
必要経費は2500000リリー。手元金だけで買えてたったの50本。
全く足りません。
【簡単だと思ったんですかぁ~?】
佐助の明らかに小馬鹿にした声がイヤリングから高音質で聞こえてきます。
「難易度の見方わかってたんですか?それとも視力が悪いとか?」
「やかましいです。眼鏡の貴方に言われたくもないですし」
ケイが鼻で嗤いながらたしなめてきたので言い返してやりましたが、
この全く屁でもないというような余裕顔。腹が立ちます。
ほおって置いて下さい。
そうです。私は難易度の見方を間違ってしまいました。
受けた依頼は大きな星がでかでか1つ、
依頼の掲示板に紐で巻かれた羊皮紙の上に焼印されていました。
星の数が1つだけだったので難易度1だと思ったのです。
案の定それは大きな誤解で、1は小星が5つ揃ってようやく大星となっている仕組み。
私はまんまと早とちりをしたわけです。
【依頼を棄権することもぉ。できないことはぁないんですけどぉ】
どうせペナルティがあるでしょう。
契約金を返すとか、あとは余分にお金を払えというのでしょうか。
【信用問題にかかわるんですぅ。依頼を受けますとかいっても拒否られるパターンあり】
「なんでそんなところはリアルなんですか」
【なぁに言ってるんですかぁ?主旨は流動的かも知れませんがあくまでこのゲーム目的
わかってますぅ】
確かオンラインゲームの多様性をあらゆる側面から検証するためのテストプレイです。
おそらくですがあらゆる企業以外にも公的機関も介入しているのかも知れません。
でも一介の私のようなプレイヤーには関係ない話です。
「私、ゲーム本当に久しぶりなんです。3DSやPSP3が玩具でしたっていうような時代でしたけれど、でも……うちはあまりさせてくれませんでしたし……」
姉とよく相談したことを思い出します。
私がDSで姉がPSPをおねだりして、貸し借りしようという相談。
でも結局は姉妹で遊べないねって、がっかりしてたのは……本当に昔の話です。
「もうちょっと手加減してくれたっていいんじゃないですか?
それに、私のキャラクターのケイさんは、吟・遊・詩・人!!ですし」
と、ここぞとばかりに皮肉たっぷり辛さ大さじの配分できつく言ってやります。
するとご自慢の笑顔で彼はこう言ってきます。
「だったら、私が誰か……あててみますか?」
ひやりとする気配に、ケイを見つめます。
怜悧な眼差しがこちらを見据え、口元は相変わらず嘲笑っている形をとっています。
「でもまぁ、貴方のような成長は全て胸にいき果てたような女性にわかるわけがありませんよね。
おおっと失礼。これは貴方たちの世界ではセクハラというんでしたね。すみません。
失念してました。私にはとうてい女性とは思えないほどの横柄さと品のなさを余すことなく披露していらっしゃるとしても、です。
そんな女性であるお嬢様を、このようにお嬢様なんて呼び方で女性扱いしてご自分が、女であると自覚させたあげることもボランティア精神というものなのでしょうね。これ礼儀ですね」
「これでも告白されたことくらいあります」
「ほぉ、どういう嗜好の男性だったのですか?大丈夫でした?」
「その男性は……?ということですよね」
「はいもちろんです。貴方のような方に心を一時でも傾かれたのではその方の心の蝕まれ具合が本当におかわいそうで。恋の詩でもいかがでしょうか」
この男は。
いったい何がどうして嫌われたのでしょうか、わかりません。心当たりもあまりないです。
だいたい初対面の人に好感をもたれこそすれ逆は、これが初めてかも知れません。
「まぁ、私のせいでもあるならば少しだけ考えをあげましょう」
「なんですか」
どうせくだらない嫌味に決まっています。
「寄生する。それになればいかがですか?」
「はい?」
寄生――パラサイトのことでしょうか。聞いたことがあります。
確かランクをあげるために強い人と一緒に冒険して、それで強い装備を手に入れます。
あとは自分で地道にやっていくという方法でしょうか。
それを確認すればケイは「はい、正解です。がんばりまちたねぇ」と赤ちゃん言葉で
誉めてくれました。大変むかつきました。
「でもそれには強い人で、かつ・・・お人好しじゃないといけないんじゃないですか?」
「いるでしょう。一人くらいは」
いけしゃしゃあとケイは言います。
眉を顰めながら私はその毒舌エセ紳士の言っていることを吟味します。
確かにいるでしょう。でも、そんな人をどうやって探し出せばいいのでしょうか。
「失礼ですが、お嬢様。頭は映像カメラですか?」
「…………」
黙して怒ってみます。しかし彼の空色の目はどこまでも澄み渡る空のように、
清々しい爽やかさを湛えながら純粋に私を心配したようです。
こちらのやり方もなるほど、私の心に堪えるものがあります。
ケイは、AIの佐助といなのるあのうるさい人の話を知っていました。
つまりナイトプレイヤーとウィザードプレイヤーという存在を知っていました。
その分類はオンラインキャラクター。
つまりケイ達のような者達の職業によってそう呼称されるのも重々承知していたのです。
「そんなこと、どこで知ったの?」
「あなたが身支度を終えて私を部屋にいれたあと、朝食を近くですませてきた数分の時間に、そちらにある冊子に目を通しました」
冊子といいますと、佐助が面倒臭がって私にこのゲーム説明があらかた書かれたものです。
ポケット国語辞書くらいの厚さはあります。
それをたった40分で読破したというのでしょうか。
「貴方……本とか好きな人?」
「さぁ、好きとかではなく必要だったので速く物を読むのが得意なだけです」
と淡泊に言いながらも空色の目が明るい表情をのせてきらきらと輝きます。
本が好きなのはあたりのようです。これほど素直にこえてもらえるとは思わず、
不覚にも「かわいい」と思ってしまい……。
「まぁ貴女には無縁の趣味でしょう」
前言撤回です。やっぱりちっとも可愛くはありません。
「でも、そんなのわかんないじゃない……?」
「持ちかければ良いんじゃないですか」
ケイが私の耳元に無遠慮に近すぎるくらいに傍に寄ります。
慌てて後退れば、彼は「失礼」と一言断り、私の片肩に手をそっとあてながら
ちょうどささやきかけるような口調でした。それにケイが話し掛けた言葉はどれも甘い言葉ばかり。
【いやぁ~ん☆そんな甘いこと言われちゃぁ、私嬉しくって鼻血出ちゃう】
もちろん、私に向けてなわけがありません。
私のAIの佐助を褒めちぎり、おだて、
彼女(?)の自慢する天才技術を顕在させてほしいというのが狙いでしょう。
よくも思っていないことを口にすることができます。
【はい!ヒット!!ちょちょいとハックしました~、でもぉ、すぐプロテクトかかってるから暫くこちらの足取りつかめないように細工をしないといけないのぉ。だ・から、すこしばっかナビお休みね。ばああーい。あとあとよぉく】
耳のイヤリングからの音声が大きなノイズ音を最後に切れたのです。
「ちょ、待ちなさい!情報がこちらに全くありません」
「大丈夫です。こちらをどうぞ」
ケイが冷静にテーブルの上にある電子端末を拾い上げました。
本の形をとったそれは、ひらくとリストが断片的に飛び出しています。
上から下へと高速でスクロールするそのリスト。
私には全く見えないし読めません。
けれど情報の羅列はそれでおわり。
紙の引きちぎれるような音を残し、本まるまる燃え消えてしまいました。
「そんな……」
寄生なしの実力勝負。
私一人でやりきれというのでしょうか。
できないこともないかもしれません。でもそんなこと・・・初めてです。
姉がいないゲームプレイなど、やったことがありません。
『たまにはひとりでやってよぉ、私観る側に回りたいし』
『ひとりでやったってつまんなーいって言ってたの、誰だっけ?』
『ちぇ、ひどい~。まーちゃん、いい加減に優しい子になってよ』
中学生の私と、姉の姿が思い出されました。
奥歯に力をいれて食いしばり、なんとか声に出そうな弱音を黙殺します。
視界に、ひらひらと大きな手が蝶みたいに飛んでいます。
「あの、お元気ですか?」
ケイでした。
「……別に」
眉を顰めてこちらをのぞき見るケイに、心底表情を歪め視線を逸らしてしまいます。
このいけ好かない人に、なんだか弱った顔を見せるなどいやでした。
駄目です。ゲームの話は、いえゲームに関するそんなものは全部嫌いです。
「……」
ケイは何も言いませんでした。
でも盛大に大きなため息をついたあと、痺れをきらした彼は言います。
「……どうでもいいですけど、読めていますよ。で最適だと思われる人物も補足しました。
プレイヤーは樋口与六。オンラインキャラクターは、トラントという男。このキャラクターの職業は騎士ですよ」
「……」
「ナイトプレイヤーです。しかも、キャラクターはとっても女好き。加えてこの樋口与六の情報もあの佐助さんが盗み取っています。いいですか?」
「えぇ、なんでもいいわ」
私は顔を上げます。ちゃんと普通になっているでしょうか。
涙は流していないから、きっと顔は赤くはないと思いますが。
「ケイさん、私のこと嫌いでしょう」
「……」
「……あのね。私もこの壮大で残念な馬鹿馬鹿しい世界計画なんてものおさらばしたいんです。私には仕事があるし、友人もあるし、家族もいます。それは今まで私が培ってきたもので大切なものなのです。棄権すればそれがみんな失われる……?信じたくはありません」
ケイは煙たそうな表情をした後、欠伸をして歩いて行きます。
まだ話の途中です。あまりにも失礼じゃないですか。でもいい、私は堪らず声をはりあげていました。
「私を、早くこのゲームから出して下さい!」
先を行く、ケイの靴音がぴたりと止みました。
彼は……すぐこちらを振り向くと思っていましが、全くもってこちらを振り返る気配がありません。
「とある高名な魔術師がなんで死んだか、お嬢様はご存知ですか?」
聖書、でしょうか。
詳しく分かりませんがケイが低く小さい声で呟いていました。
なんのことか考え込みましたが、思案の時間をケイは与えてくれませんでした。
「行きますよ。真穂」
その呼びかけに頷きながら、金時計を取り出します。
長針短針秒針さえも全て零時にもどしてしまいました。
家の画面が歪み、何か電子記号の羅列が浸食し始めます。
すぐさま光景が瞬いたこと思うと、私は違う場所に来ていました。
どういう仕組みなのか、
検索すれば「仮想映像現出」と現実との境界線表記を区別するのは金時計だと言っています。これが全くの現実であれば金色のまま。しかし境界ポイントに近づけばそれは銀色に輝きます。完全なる映像空間になれば、私は入ることも出来ず、オンラインキャラクターのみの介入となるようなのです。
ここは集会所のような場所で、金銭やアイテムが入り用の時はここで依頼を受けて達成してお金を貰うらしいです。他にお金を稼ぐ方法はといえばプレイヤー自身がなにか職業を得ることらしいが、そんなものは私にはないです。
「……ま、獲物がいないのは仕方がありませんね」
と見渡したあとで、ケイは暖炉の前に歩いてその獣の毛カバーが掛かっているソファーに
腰を下ろしました。
周囲は幾人もの人、人、人ばかり。映画で出てくる酒場がもっと上品になった感じの空間です。摩天楼の連なる街の光景ではない、こちらは本当にゲームの世界の中のものに似た空間でした。
「・・・・・・」
身の置き場がなくて、私はケイの傍に行きます。
しかし座るところがなかったので、しょうがなく床におしりをついて彼の傍のソファーに
もたれかかろうとしました。
「どうぞ」
「はい?」
ケイの声と同時に体が引っ張り上げられ、ソファーに文字通り置かれます。
見上げれば彼は見下ろしていました。
「……優しいですね」
「ボランティアです」
なるほど女性扱いをすることで私が女の人であるという自覚を促す効果の、
ボランティアの一環行動らしい。私は笑顔を作り込み、声までつくりこんで言いました。
「ありがとうございます。ケイさん、本当に感謝しますわ、ほほほほほ」
「なぁに、いくら肉の皮が厚いとはいえ地べたに女性を座らせることなどとうてい出来ない芸当ですよ。お嬢様。いくらお嬢様でも、ねぇ。これ、礼儀です」
無口であれ。私がこの男と接するときに最初に得た技能はこれかもしれません。
むすっとした顔をした後、そっぽを向きます。
するとその顔にいきなりお茶を差し出してくるのです。
あたたかいそれは頬に熱く、びっくりしました。
「いいですか?あれが与六です」
指し示された方角に、まだ幼顔の残る背の小さい少年がいます。
十代の年齢に見えますがどうなのでしょう。
隣にはなにやらぼんやり顔の男が居ます。
こちらは鈍色の外套を着込み、分厚い黒いブーツを履き姿の男です。
金色の髪は短く、四方八方と毛先がツンツンした頭です。
子供がそのまま大人に成長してしまった成人男性の、印象をなんとなく感じました。
「では、いいですか」
あれがナイトプレイヤーです。
そして明らかに私より年下の、浅はかそうな少年です。
彼を私は今から利用するのです。金をできるだけ奪い去って。
「依頼は幻灯キノコの採取にきちんと乱入クエスト補正をかけてくれました」
「あの人が?」
「えぇ、佐助さんです。本当に有能ですよ?良かったですね」
でも性格に難アリです。
少々迷いましたが思い直し、彼に歩み寄りました。
酷いことをしてしまうかもしれません。でもだからなんだというのですか。
世の中にはよくあることです。
人が人を利用して利益を搾取する。
その社会勉強だと思ってくれればいいのです。
だって被害は軽微でしょう?
これはゲームなのですから。