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6 『Knight player』 【利用しましょう】



あの景品がいったいなんだったのか俺にはいまいちわからないまま、4日が過ぎた。

トラントと言えば相変わらず俺が外出するたびに、女性を見かけては

最上級の褒めちぎり言葉を並べて称え倒す勢いの賞賛ぶり。

でもあいつはこの街のほとんどをNPC。

つまり、実像無き虚像だとあいつは分かっているのだろうか。

なんてことを想いながら、俺は公園のベンチで金時計をいじくる。

蓋をあけてぐりぐりと押せば、タッチパネル式携帯電話のようなこの時計。

何をしてるか、というのはクエストを探している。


『なんかよさげなのはあったかい旦那?おじさんさ、朝から痔が酷いのよ。

 だから暫くちょっとAI機能期待しないでって方向で頼むわ』

「おい、おさっさん。仕事しろよ」

『えーっ、おっさんこれ副業。本業はもっとハード』

「じゃあなんだよ」

『俺様の本業、し・り・た・い』

「いい。もういい。今鳥肌立ったわ」

『ふふ、あ、言っとくわ。あの景品はお前のオンラインキャラクターのHidden job

解読のヒントなんだよ』


公園のアイスクリームの女性に対し讃辞を送っているトラントを見やりながら、

AIの梵天丸が言う言葉を聞く。


『欠けた剣の欠片に関するなにか。街に図書館という機能がある。上手くしたらやつの正体がわかるかもな』

「でもあいつ……。わからないでほしいって言ってた」

困り果てた顔。

そこには相変わらず真剣みなんかなかったけど、目を見ればわかる。

あれは本気で知られたくないのだ。でもどうしてだろう?

「なんでだろうな」

『そりゃ、お前。ペナルティのことだろう』

「は?」

『あら、知らないの?ペナルティだよ。オンラインキャラクターは自分から決して己の正体を言わない。言いたくない。知られたくないという共通確固な意志がある。それをプレイヤーが解き明かす為に問う自動始動機能をエンドオブワールドっていうんだわ』

「世界の終わりって、大げさだな」

『大げさじゃないのよねそれが。一度その機能が始動したらね。正解を一発であてない限りは以外は強制的にこのゲームから抹消されるってこと』

抹消。

そういえば俺は何かこのゲームに興じる前に大事なことを見落としてないか。

「思ったんだけどさ。このゲームでクエスト行くだろ?失敗するじゃん。そしたらさ、このリリーって通貨が減少するのか?他には何にもないのか?あとあと、抹消するって」

『クエストに関すればオンラインキャラクターが大怪我になるだけだ。つまりは完治するまでクエスト参加不可能。もしそれでもオンラインキャラクターを酷使する場合はそのキャラクターが消失するな。まぁ、その場合は新しいキャラクターメイキングだ』

「はぁ?それどういうことだ。じゃあ、俺の場合だとトラントが」

『消えてとりあえず新しいキャラクターを作るって作業になるわけだ。残機みたいなもんがあってさ。各プレイヤーに3回あるんだそうだぞー。お前もトラントが気に入らないならまた作れよ』

とお気軽に言ってくれる。

そんなこと言われてもなんとなく出来ないのはきっと、このゲームの特性だろう。

オンラインキャラクターが隣にいて、俺に話し掛けてくる。

ほとんど普通に友人と接している時となんら変わりがないような実在感。

そんなやつを、「消す」って神経が俺にはなんかないんだ。

「あいつに不満なんてない。だから、そんなのしない」

『ま、お前ならそういうだろうなぁっておじさん思ったわ。あ、あと抹消ことだけどさ

ちなみにゲーム開始から本日で6日経過している現在でそんな目にあっているのは8人。抹消されている』

「……抹消ってどうなるんだ?」

『さぁな、俺はただのAIだぜ。わかるかよ。でもまぁ何の情報もないってのはやばそうだな。エンドオブワールドなんてガキ臭いネーミングだろうが、とにかくは世界が終わるっっていうとんでもない仕掛けがあるわけだ。第一このゲーム参加はハイリスクを伴っている。ま、いろいろわかってくるだろう。じゃ、そういうことで』

通信が一方的に切られる。

梵天丸が応答する気配など無し。相変わらず不気味なことを言ってくる。

あとに残された身にもなれっているんだ。冗談じゃない。

俺は、もしかしたらなにか「命」の危険があるかもしれないゲームに

巻き込まれたって言うのか。

「……へ、へでもない」

震える両手をぎゅっと握り込む。膝の震えを押さえつける。

現実なんかよりもこっちの方が楽しいに決まってる。ゲーム実像世界。

ここでならきっと俺は主人公になれるんだ。

不意に、俺の目の前にアイスクリームが差し出される。

チョコとバニラのツイストアイス。顔をあげればトラントが二つ持っているうちのひとつを差し出してくれていた。

「食べないのかい?あのタンポポのようなお嬢さんがくれたんだ。

女性というのはどうしてこう慈しみ深いのか。ねぇ?与六」

「……」

「与六?」

「お前さ。いや、お前らってさ俺等プレイヤーに正体を知られたくないんだろ」

「……うーん、そうだな。俺は知られたくない」

「どうして?お前だって偽名より本名で呼ばれる方がいいだろうが」

トラントは隣に座ると黙ってアイスを食べる。

食べたあと一呼吸置いて俺の問いかけにこんな返事をよこした。

「呼ばれるのならば真に愛した人達に呼ばれたいって思うんじゃないかな?」

なんというか耳障りじゃない低音の声。

大人の男の声って言うんだろうな。俺の高いのとは偉い違い。

耳に受け入れられる声だからだろうか、トラントの言ってることに抵抗なく納得できる。

「与六のこと案外気に入っている。楽しむことに貪欲なくせに、どうでもいいところまでお人好しなところ。でも知られたくない。抹消は嫌だしね」

「……殺される……ってこと」

「それはない。ただ、このゲーム参加者としての権利を永久に喪失する」

「喪失ってそれだけ?」

「棄権した場合と同じになると聞いている。だからさせないでくれよ。

 私はまだ少し旅をしたいんだよ」

トラントに微笑まれる。なんか目を逸らした。

男女に対しての発言全てがいちいち恥ずかしいやつだ。

「必要ないだろ?お前は」

照れ隠しにそう言えば「無論」のごとく、頷いて見せた。

「じゃあ、初クエスト……行くぞ」

強引にアイスクリームを一気食いする。

手で軽く口を拭ったあと、金時計の画面が指し示す。

クエスト一覧からひとつを選び出し、クリックする。

すると、瞬く間だにあたりの公園の風景が歪んだ。

穏やかで麗らかな木漏れ日をもたらしてくれた森林も、

噴水も、あどけなく語らう人達も、公園のアイス売りのお姉ちゃんも消えていった。

現れたのはログハウスのような大きな一室。

向かって左側には木目のある受付カウンターには妙齢の女性と若い女の子が二人並んでいた。

中央にはあたたかみのある木目の大きなテーブルに、奥には暖炉がある。

暖炉傍には大きな獣の毛皮が床に敷いてあって、そこで何人かが語らっている姿がある。

右手にはなにやら髭のおじさんがバーテンみたいなことをしている。

何人かの人が金時計の立体液晶モードにしてクエスト内容を確認していた。

俺の金時計もさっきから赤く明滅している。

依頼を受けましたという証だ。

とりあえず募集人数がふるに集まるまで、テーブルの席に座る。

募集人数は四名。

クエスト名は「幻灯キノコ30コの採取」。

場所は森林地帯というように書いてあって、昼。気候は平常だ。

一人で集めるには非常に面倒そうだし、第一俺は植物の知識がない。

幻灯キノコというのをアーカイブで探してみたがどの絵も下手くそでどれが正しいか

わけがわからない。

あと、言うならば出てくるモンスターがなかなかおどろおどろしい。

ゾンビっていうやつが徘徊しているらしい。


(……勘弁してくれ。俺ホラーゲームだけは避けてたんだからさぁ)


トラントがまだ食べきっていなかったアイスをのんびりと食べている。

少々拍子抜けした。

こいつの場合一目散に受付のあの女性を口説きにかかると思ったのだがアイスを食べるのに夢中。

「トラントってアイス好きなのか?」

「あぁ、俺の好きなのは紅茶とアイスだよ」

と言う。こうみればただの子供みたいだ。

ため息をつく。

なんだかどっかの兄貴と並んでどっか遊びに来てるみたいな錯覚。

自転車の後ろにのっけてもらって何処までも行った夏。

焼き芋食べるために一緒に落ち葉をかき集めた秋。

寒かったから震えていたら兄貴が毎回肉まんを買ってきてくれた冬。

鞄をもって兄貴と同じ高校に通うことになった春。

それからの俺は決して誉められた人間じゃない。


(駄目だって……もう思い出すのはやめだ)


右側のバーテンにお酒をだしているなら貰おうと歩み寄った時。

金色の時計が銀色に変わった。


「あの……私と一緒にクエストに行って頂けませんか」


話し掛けてきたのは今時見ない黒髪をアップしている女性。

灰色のパンツスーツ姿の、どこかあどけなさの残る童顔の女性。

しかし俺の目を釘付けにしたのはその上着スーツにはちきれんばかりの、

ボリューム満点な双丘だ。なんという大きさ。揉んでみたい。

ごっくんと思わず生唾を飲み込んでしまう。

「ふふっ」

「なんですか?ケイ」

「いえ、とてもじゃないけれど私にはまねして下さいと嘆願され土下座されても情けないみっともないと、できない芸当かと。これ礼儀として、ね」

俺を一瞥しながらまたフフフッと薄笑いを浮かべる。

一見執事に見えたが腰につけている短いサーベル、

よくみれば軽装にあしらわれた服装、あと黒い長いブーツなどを見れば

なにか執事とは一線をひいているようなやつにも見える。

薄茶色髪に、空色の明るい目をした鼻筋とおった眼鏡男。

明らかに俺を笑いやがった。

「私のパートナーが失礼しました。

私は今回クエストに参加させてもらおうと思ったのは実は……偶然ではありません。

お願いがあってきました」

「……?」

こんな美女が俺にお願い。

いろいろご褒美を期待してしまう俺は鼻息を抑えながら、口角を引き締めた面持ちで

彼女を見つめた。俺的一番男前なドヤ顔だ。

「それは俺が主人公オーラ出まくりだからですかお姉さん」

「……?はぁ、じゃあそういうことにします」

肩すかしくらった気持ちになった。

どういうことだ。俺に光るものを感じたから俺に声をかけたんじゃないのか。

「……あなた初めてのクエスト参加でしょ?私もなんです。あと私には望みがあって」

「……?」

「いつもの生活に戻りたい。他にはなんにもいりません。だから、お願いです。

私と一緒に組んでくれませんか」

「はい?でもなんで俺を」

「さっき言ったじゃないか」

ケイという男が口をはさむ。

「君という人に惚れたから、だそうですよ。お嬢様は」

「ば、馬鹿。なに言ってるのよ……」

頬を赤らめケイの耳を引っ張る彼女の光景を俺は眼前で見ながらも、

先ほどのそのケイが言っていた言葉が脳髄まで染み渡っていく。

「おーい、与六?」

ぱたぱたとエコーとともに微風が感じられるがそんなものはどうでもいい。

動悸だけがどんどん俺の中でみなぎってくる。

「なんだ。この気持ちは……」

「はい?」

「ぶっふっ!!!!くく……」

呟く俺に、驚きの顔を向ける真穂さん。おまけでケイがなにやら肩が震えている。

「なぁんてな。気のせいか……でもいいですよ!俺だってクリアする為しかかんがえてない」

久しぶりに使った敬語は間違ってないだろうか。

彼女は俺の言葉をきくなり、嬉しそうに手をとった。

「よろしく……えっと」

「俺の名は……樋口与六です。こっちはトラントです」

「そう、よろしく。私は直江真穂」

駄目だ。名前のせいでまったく格好がつかない。

ケイは余計に肩の震えが激しくなる。笑われていると気がついた。

でも彼女は笑わなかった。

それがまたこそばゆい感覚を感じさせる。

「えっと、じゃあ、早速行きますか?」

「はい。持ち物は大丈夫」

「いけね。ちょっと待ってて下さいね。そこの店で買うんで」

さっさと準備を終わらせる為にすぐ傍の店に買いに走った。



***


「ね?とっても真っ直ぐでしょ?読み通りの性格に、職業もあたりでしょう」

ケイが面白そうに笑います。

トラントさんと先ほど紹介に与った与六さんは店でなにやら

わいわい楽しそうに買い物をしています。

その様子がなんだか見ているとほのぼのして、表情が緩んでしまいます。

「上手くやりましたね。寄生プレイできそうじゃないですか。恋自覚もわからぬお子様ですがまぁオスという面では貴方のドが過ぎた女の匂いに惹かれているのだから、全く人間は動物ですよね。あ、言い過ぎました?」

「そうね。言い過ぎです」

私は微笑みながらケイの言葉に相槌をうちます。

与六の無邪気な顔。

それを愉快そうに相槌をうちながらも言いたいことを放題に言っているトラントさん。

騙したくはありませんでした。でも仕方がないのです。

ゲームから暫く離れていた私にとって、このゲームで「陰陽の虚現」なるものを

手に入れる自信など毛頭ありません。

せいぜい与六さん達を利用させて貰います。

その思惑に関して、彼にこれっぽっちの良心が苛まれる気持ちになりません。

「貴方の言うネギをしょった鴨というのでしたっけ。与六くんはいい捨て駒です」

「まだ棄てません」

「えぇ、利用できるところ利用し尽くし、骨までしゃぶり尽くして捨てましょう」


ケイの言葉に私は、笑って与六さんに、聞こえないように呟きます。


「よろしく。ナイトプレイヤーの僕くん。せいぜい私の踏み台になってね」



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