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5 『俺は主人公、と名乗る君』 



正直に言おう。


俺はこの招待状にかなり興奮した。

このしょうもない現実世界から一瞬でもログアウトできて、楽しいゲームの中に

実際に体験できるなんて、わくわくしないわけないだろ?

しかも、なんと今回、俺は試験プレイヤーとして参加。

それも世界規模のでかい計画に関わっている関係者って訳だ。


「俺って最先端だぜ!そうだろ?」

『はい、それまでだ。大志を抱けと人は言うが、過ぎたる大志を胸にひっそり秘めるのもまたおつなもんだと思う。おじさんは』


この熱き俺の猛りに冷水をかけるのが今回、俺のAIである「梵天丸」というらしい。

ゲーム中のナビゲーションシステムというもので、各プレイヤーごとについているらしい。

現実側面はこいつが相棒。

そして、ゲーム的なことでいうなればオンラインキャラクターが相棒だそうだ。

でもその俺の相棒というのがなんとも困ったやつだ。


「レディ、貴女がこの世界に生まれたこと事態が奇跡だね」

「おい、そこの。恥ずかしいからその薔薇しまえって」


女とくれば見境無しに口説きまくり、カップルがいれば煽る。

街中で平然と跪いては花を捧げて愛の言葉を熱烈に語り尽くすこの男。

このよくわからん男――自己紹介ではトラントと名乗ったこの頼りなさそうな男が、

今回俺のパートナーなのだ。

正直に言おう。

俺とこいつにいったいどんな共通点があるっていうんだろう。

恥ずかしいからよく見栄をはって、男友達には二人とつきあってるって言ってるが、

実は立派な年齢と彼女以内歴がイコールで結べる。

ということは、だ。

俺は今、この年齢に至っても童貞だ。

こいつは女好き。

どこにいったい共通項があるっていうのだろうか。

「女性がいればどんな人でもその美を湛えなくては我慢できない性格なんだ」

今、歯が光った。漫画みたいなやつだ。

惜しげもなく花を取り出しては囁きまくる。

いったいその花はどこからだしてるんだか。

「……よく言うぜ。超絶不細工がお前の目の前に現れたら同じ事できるのかよ」

トラントは意図が分からないというような顔色をうかべ、俺にいう。

「不細工とはどういう基準なんだい?女性は皆個性あって美しい花だ」

これを心底本心で言っているようなので、俺はいよいよ理解に苦しむ。

性格診断かにかのテストで、俺はよくわからないけれど、気がついたら海原の船の中にいた。

その船の中で俺はただ、なにかヒステリーをおこしている女に言っただけだ。


「素直になれって!ツンばっかじゃ男はへこむぞ!!」


そんな発言で、どうしてこんな男が俺とベスト相性に選ばれたのか謎だ。

『まぁ、いいじゃねぇか。お前達はいい感じだぜ、様子見てると』

「本当か?」

『うん、そうそう。って聞いてる限りはな』

「見てねぇじゃん」

『あ、俺めんどくさがりなのよ。そこ、よろしく頼むね。ほらおじさん歳だから』

欠伸混じりのAIの声に対し、盛大にため息をつく。

AIは梵天丸っていうお酒の名前かって言う感じのおじさん。

どうせなら無愛想だけど素直な、可愛い女の子が良かった。

オンラインキャラクターだってそうだ。

女や恋愛をこよなく愛するこんな変な軟体みたいな弱そうな男なんて嫌だ。

できればもっといかついキン肉で産まれましたみたいな戦士が良かった。

雑踏。摩天楼。狭い青空に、頬を撫でる風。

そのどれもに特別奇異なところは全くない。

けれど、この胸にぶら下がる懐中時計をTシャツごしの上からごとしっかり握り込む。

どきどきが違う。俺は、期待している。

この経験が絶対に、俺の何かを目覚めさせてくれる事を。

「では、買い物だろう。与六くん」

「てめぇその名前はなし。俺は、曼珠沙華疾風丸っていう素晴らしい名前が」

「難しそうだし覚えられないわ。与六がいいだろ?君に相応しい」

俺はこの名前がとてもとてもジジ臭くて好きじゃない。

でもついて回った名前だし、第一このゲームはプレイヤーが実名を義務づけられている。

冒険の準備のために訪れたポストに、俺は紙を放り込む。

そこに書かれているのは紛う事なき俺のリアルな実名だ。

樋口与六。

せめて名字は格好いい彼女を見つけて、お婿さんになりたい気分になる。


―― 受け取りました。プレイヤー:樋口与六。AI:梵天丸並びにキャラクター:トラント様の、ご入店受理されました。では心ゆくまでお買い物をお楽しみ下さい ――



***



ポストに放り込んだ紙が帰ってくる。

でも手元に書かれたものは五〇リリーと明記されたカードになっている。

そして、周囲の景色のその摩天楼が、昼の様相からすぐさま変化した。

広告塔に、ネオンサイン。

街の街頭の青と朱が灯り、光る。

その耀きは夜街へと、零と壱、アナグラムへと変更され編纂されて変貌していく。

夜の市場。往来に人が行き交いその石建物が連なる。

その軒には工芸品。武器、宝玉に採掘道具やサバイバルセットなど並んでいる。

「おぉぉぉぉ!!!これあれじゃない!!回復アイテムとかじゃないか?!」

「……私はこんな草を食べるのか?」

なんていうトラントの言葉など無視。有象無象の草が立て籠に入っている。

それをエプロンをつけたおじさんが店番に立って、売り子をしている。

他にも瓶にイモリとか、虫の結晶が並べられている。

効能は「毒消し」や「麻痺治し」などで、これもまた俺のテンションをあげるものだ。

「じゃあ冒険の基本だな!この傷の草を五枚くらい」

「一枚10リリーだから、全部なくなると思うぞ、与六」

「与六言うな!このトランプみたいな名前の野郎のくせに。良いんだよ!

RPGの攻略王と呼ばれた俺がそう断言したんだからいいんだ」

だがトラントはまだ納得した顔をしない。

「……買ってもいいがそれは俺が使うのだろう?ならば俺は使わんぞ。あれがいい」

彼が指さしたのはその薬草を日干しにしする前の、新鮮な状態から煮込み、

浄水と共に解け合わせた優れものをいれこんだ回復薬というものだ。一本五〇〇リリーする。

「はい?」

あれを買えるだけの金銭を俺がもっているわけがない。

「だって草を食って回復って……。俺は草食じゃないぞ?」

「お前は肉食系男子だよ」

その性質、その食い下がらない部分もとても。

「……?肉を食べてはいけないのか?与六の国は」

そういう意味じゃない。が、説明する気もない。

是が非でも回復するために食べて貰おう……と俺は五枚購入した。

「ありがとうよ!そうだ、これあげる。一等は良い感じだぞ」

渡されたのはくじ引き券。

握りしめつつもあまり期待はしない俺は、それをトラントに渡す。

「……?」

「これ、あの赤白垂れ幕がかかっているとこで引いてきてくれ」

「与六はひかないのか?」

「あたった試しがないんだ。そういう運試しなのは」

テッシュか、要らない化粧ポーチしかあたったためしがない。

貰っても財布のレシートともたまるのが常だった。

でもトラントは俺の掌をそっと取る。

驚いて見上げれば、実に愉快そうな表情で言いのけてくれる。

「ひいてごらん。やってごらん」

「は?」

「自分で買ったのだから、自分の運を試される機会を得たのは君だ」

「いや、俺は」

「大丈夫だ」

どうしてだろう。

こいつは最初から俺に全幅の信頼を預けている。

理由なんか分からない。

根拠だって説明してくれない。

でも、こいつは俺を信じる。

俺自身、とっても自分に自信がないのに、さらっと言うんだ。

「なぁに俺をひいたんだ。あたりだよ」

「それは、性格診断ってやつで」

「オンラインキャラクターがどれほどいるか。梵天丸にきいてごらん」

『八〇〇〇〇キャラクターいるなぁ。あ、だいたいだぞぉ~?』

梵天丸が愉快そうに鼻歌を歌いながら何かキーボードを叩く音だけは聞こえる。

こいつは日常なにをやってるやつなんだか。

にこやかに笑って促すトラントは、どうやらくじ引き券を受け取る気がないらしい。

迷った。でも、十秒くらいでまとまった。

「ま、俺は幸運の最先端だから」と得意げに言い放っておく。

するとやつは言う。

「あぁ、そうだ。お前を信じる」

すっと心に溶け込み、透き通らせる。

トラントは不思議なやつだ。こいつの言うことは信じられる気がする。

券を握りしめて係員に渡すと、そいつは巨大なあみだくじを表示してきた。

天辺のさきどれかに名前を書けと言う。

何万通りもあるというそのさきに、だ。

トラントを振り返れば彼は何にも言わない。

ただ、腕組みをして俺を見守る方向から動くこともないといった態度みたいだ。

それでいい。



***



あみだくじが開票される。

辿りゆける名はひとつのみ。その奇跡を得られるのもひとつのみ。

ここに来ているプレイヤー達は、あみだくじの様子を面白げに見守る。

薄く笑うその表情のどれもに、誰一人本気で当たると思っている者はいない。

幸運などないと、達観している気でいる。

俺は彼等に比べればみっともないくらい内心祈った。

いや、違うな。

幸運が俺に来ることを真剣に信じたんだ。

幸運が俺についてこいと命じていたに近かった。

トラントの眼差しが、まぁ、気に入っている。

見咎めるのでも見透かすでもない、ここにある俺事全て受け止めているような、

優しげというには語弊がある。近い言葉は、「認めている」というところか。

あんなにも、根拠なく利益関係なく、ただ信頼を向けてくれる。

こんなの久しぶりで……少し懐かしい。

樋口与六。

名前の順が来たそれは、辿りに辿って星のマークにたどり着いた。

その呆気ない結果の照覧に、目が丸くなる。

トラントは頷いてくれた。

その意味を示す係員が高らかに声をあげる。

「当たりです。では、貴方にスペシャルプレイスとしてあのヒントを差し上げます!」

途端に係員が何か、箱を渡してくる。

あけてそれを覗き込んだ時、柔らかい煙が吹き出してくる。

吹き出したそれを、反射的につかみ取ると剣が出てきた。

見事な細工の剣だったのに、残念だが欠けている部分がある。

欠けている部分に、触れようとしたら強烈な眩暈に襲われた。




龍が見える。

誰が倒れている。

倒れた人を助ける人がいる。

けど助けた人は……物凄く憎しみをこめて言葉を投げつけてくる。


どうしてだ。それでも投げつけてきた言葉を送るこの人は、

なんで泣いているんだ。





気がついたときには俺の目の前には煙も箱も、あのあみだくじの会場もなくなっている。

ただ現実世界でよくみかける街の中の雑踏。昼の青空に帰ってきていた。

「……与六」

ぼんやり呼ばれた方向へ目を向ける。

トラントが心配そうにこちらを眺めている。手まで差し出してくれていた。

その手を、俺は取らずに思ったことをトラントに言う。

「……欠けた剣の欠片ってどこにあったんだ」

トラントの差し出された手が、引っ込められた。

差し出した手をひっこめるなんて彼らしくない態度だった。

けれど、なんとなく意味が俺にはわかってしまった。

それが単なる思い過ごしではなく、事実彼が望んでいることだということを

俺は彼自身の言葉でよくわかった。


「与六。頼むから、俺は誰か……わからないでくれないか」




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