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【Congratulations】 そして おかえりなさい

「もうお帰りですか?つれないな、お嬢様は」


訊き慣れた敬語に私は耳を疑います。

これがもしも冗談だったり、誰かのものまねだとしたら本気で怒ります。

「悪い騎士っていわれていましたね」

「言ったでしょ?」

顔を上げられず、私は彼に言葉を続けます。

彼がケイである、それを確かめる為に。

「アーサーだと思いました」

「あれは私の義理の弟です。ほんとうに、お嬢様も眼鏡かけて日々の美的感覚磨くことをお勧めします」

「……ふふっ、本当だ。本当に貴方ですね」

笑ってしまうと、彼らしからぬ珍しく戸惑った表情をしました。

訊きたいことはたくさんあります。だから話を尚も続けます。

「どうして消えたの?」

「ダーインスレイブという魔剣を甘く見てました。でもまぁ、あのウィルスにかかったインフィニティ集団を一掃できるんだから凄いですよね。カリバーンじゃなくてもことは済みましたが……ダーインスレイブを使うのは私の本来を引き出す必要があった。トリスタンにしたことが、私にかえって来たってわけですね。お嬢様は終いにはアーサーと間違えたり、もしかしたら最初の修道院のギネヴィアの告白の件で、ランスロットなんていう奴と間違えられるんじゃないかとひやひやしてたんで先手を打ちました。まぁ、案の定上手く言って良かったですよ」

「べらべらべらと人の気も知らないで」

上げたくも無いのに両頬に大きな両手を添え上げられ、上を向いてしまいました。

すぐ身近にケイの顔が在ります。

「私はもう貴方のオンラインキャラクターではないですよ」

その表情には、あの見慣れた皮肉っぽい表情も、神経質そうな不快を伝える顔もない。

悪戯っぽい子供っぽいだけの表情がありました。

こんな顔もできるんだ、と最後に初めて知りました。

「泣かせてしまってどうする?ケイ卿」

「…おや、女泣かせのトリスタンに言われたくはないな」

「黙れってもらおうか」

苦笑しながらもそのケイの後頭部に見事なチョップを決める背の高い男。

トリスタンは私に微笑みかけ、そして私の後ろにいる与六君を見ました。

「ごめん……」

与六君が最初に発した声に、トリスタンは「馬鹿言うな」と言います。

「お前は私を助けてくれた恩人。そして初めの診断の時に、私の最愛の人に勇気をくれた人だと言うのを知らないだろう?」

「えっ?じゃああれが」

「金の髪のイゾルデ、でも会うなんてことは間に合わなかったがね」

哀しげに笑い掛けながらも、彼は与六君に近寄ると頭をくしゃくしゃ撫でます。

「それぞれ話す事もあるあろう。与六は借りて行くよ?あと真穂さん」

トリスタンは私に言いました。

「ケイはとっても嫌な性格だけどどこか憎めない馬鹿だから、大人になってみてやってくれないか?」

「早く行け馬鹿」

「レディに優しくするんだぞ~。可憐な人だ、まるでトルコキキョウのような」

トリスタンの口上は長く続いていましたが、あきれ顔の与六君にずるずる引っ張られ遠くなってしまいます。

「気にするな、全部ケイが悪いからな、だそうだ」

「えっ?」

「乱入クエストの件だよ。むしろ腕が冴えて面白かったらしい」

「そうですか」

「で、ありがとうってどうしたんですか?嫌に素直だったから驚いた」

話を淡々ときり返し来る調子に、私は追いつかないままも、

言葉を続けました。


「あなた、よくよくこんな私につきあってくれたから」

「本当にそれ、わかってくれます?もぉ、大変だったのなんの!最初から思ってましたよすんごく面倒な人だなぁって。蓋を開けたら我儘、素直じゃない、嫌味でいて、女性として礼節もない。なんだか意味のわからない乳だけ大きい下品で上の欠片もない人だと思っていましたとも、はい」


相変わらずのマシンガン的な嫌味皮肉に、私は一個も嫌な気分ではありません。

寧ろ痛快でした。

そしていつかこの言葉も本当に聞けなくなるのがわかるから、

心のどこかで切なくなっていたのかもしれません。


***


「…トリスタン」

「ん?」

やってきたのは円卓の間と呼ばれる場所から離れたバルコニー。

そこに外の風景を眺めながら、トリスタンは相槌を打つ。

こんな態度でもあいつは聞いてくれると知っている。

だから少しだけ、決めたことを聞いてもらおうと思った。


「俺、実は先生だったんだ。新卒で教員採用試験に受かったんだぜ?すごいだろ?」

「よくわからないんだが、まぁ良かったな」

「しかも俺すんごく評判いいセンセイなの!保護者も同僚も子供等にもさ!」

「なんだか本当かにわかに信じがたいが」

「あ、でもケイみたいなやつからはうざいって」

「あれは例外的なやつだからそこまで気にするな」

こちらを向いたトリスタンは、いつものように聞いてくれる。

声も言葉も心地よく、トリスタンはなんでも受け止めてくれる安心感がある。

だからこそ、俺は誰にも話したことのない事を口にした。


「でも俺、一年でセンセイ辞めた。なんでだと思う?」

「辛かったのか」

「うん」

「…?」

「俺の副担任していたのは高校三年生。ひとりひねくれたやついたんだ。担任も手を焼いていたんだけどどういうわけが俺になついた。椎名っていうんだ。俺は…成績で人を見ないから好きだって」

「そうだろうな」

「一年間一緒に過ごしていた。そいつが家庭でいろいろあったこと、教師に裏切られたこと。いろいろあって大人が信じられなかったこと。でもひとつひとつ乗り越えてた。あいつさ、卒業したんだ。無事に。成績も伸びて、進路も決まってた。でも卒業した後、あいつはクラスメイトのひとりを殺したんだ」

「……」

「俺はどうしたか理由を聞いた。そしたら理由を言って最後に笑って言うんだ」

「………どういった」

「卒業したから先生に迷惑かけない。それが嬉しいって」

「……」

「俺は何を教えていたんだろう。俺は、何をわかったきがしていたんだろう。愛情が足りる事なんてないのが人間だったんだ。人間は永遠の愛情欠乏症なんだよな。俺、それがわかってなかった。あいつは、俺に何を学び、俺はあいつに何を教えていたのか。勉強を教えるんじゃない。教師ってそうだろ?」

「…与六」

「逃げたよ。でももう逃げない。俺、もう一度だけ頑張る」

トリスタンの真っ直ぐな目を見て言う。

「俺は誓うよ、お前との絆に。俺はもう逃げない。俺が逃げたら、教師が逃げちまったらいったいあいつらどうしていいかわかんないもんな」

「もう大丈夫なんだな」

相棒からの確認に俺は、力強く頷く。

するとトリスタンは「はははっ」と笑い、抱きしめてきた。

力強く、頼もしいその力に、俺は「大丈夫だよ」と何度も言う。

トリスタンは身体を離し、頭ではなく背中をばしっと叩いてこう言ったのだ。


「それでこそ、俺と絆が繋がったマスターだ。与六、俺はお前を誇りに思う」

「俺もさ、トリスタン…」

「…じゃあな、もう行け」

「………うん」


指輪に手をやる。二回ひねった後、最後にもう一度トリスタンの顔を見た。

「お前は、俺が成りたい兄貴だったぜ!」

出来る限り明るく言おう。

別れが寂しいものであらないように、別れたら次の出逢いを楽しみにするように。

相棒だから解ったのだろうか。

トリスタンも応える。


「誰に負けても、負けるな。自分にだけは絶対に!ま、お前には簡単すぎるな!友よ」

「かいかぶりすぎなんだよ、バーカ!プレッシャーになるだろ」

「プレッシャーなんぞはね返す男になれって、なっ!」



大きな声で笑うあいつに負けないくらいの声で笑った。

その笑った勢いで俺は指輪をあと一回回す。

届いただろうか。


トリスタンにもらった、たくさんの勇気とまっすぐな意志に。

どれほど嬉しかったか。

どんなに救われたか。


言葉にするのは容易い。だから今は胸に秘めて、やがて志で示そう。

トリスタンが示した、たとえ偽りでも僅かでも希望にかけるその魂のように。



***


「さて、邪魔者はいなくなりました。その指輪、捨てますか?」

ケイの思わぬ提案に私は目を白黒させる。

「それが帰る手段なんでしょ?私と一生傍にいてファンタジーを楽しみませんか?」

案外真剣そうな態度と口調をもってケイは話しますが、

それが彼の手口だと私は容易に知っています。ですから言い返しました。

「貴方みたいな人といたら胃に穴があきます。もっと、優しい人を探しますよ」

「そうですか」

ほら、とても簡単に引き下がりました。

「……ケイ」

「はい?」

どうして私はもっと彼と話をしなかったのでしょう。

親しくなるチャンスなんていくらでもあった。

感謝する言葉だってたくさん言えたのに、彼の屈託ない笑顔を見たのも、

これほど親しげな態度に会えたのも最後の最後なのです。


「私、お姉ちゃんに会うのが怖い」


だから最後の最後で貴方を心配させていいですか?

素直に打ち明けたら貴方はなんというのでしょう。

貴方は、別れる時だから優しい言葉を私にさし出すのでしょうか。


「この後会うのですか?」

「うん」

「なら今度は自分から踏み出してみなきゃ馬鹿ですかね」

「……」


できるものならしています。

でも私は、取り返しのつかないことをあの人にしています。

傷つけて、奪って、貶めています。

そんな私が踏み出すことを、彼女はどう思うのでしょう。


「真穂、昔のあなたがどうか私はしりませんが、今の貴方は自分が思っている程、最低じゃない。

人である醜さもそのまま受け止める事が出来る人を、それほど最低と私は思いませんよ…?」

「……でも」

「だから、今度こそ、もう放さないで。この掌にきちんと幸せを包めるものならば頑張って。

受け止める事ができるようになったんですから」

最後に彼が私に寄こしたのは、厳しい言葉と優しい言葉をまぜこぜにしたもの。

実に彼らしからぬはっきりとした言葉ではないものでした。

「曖昧なのは申し訳ない。でも私は珍しく思っているようだ。貴方と別れるのは結構哀しいものだったんだね」

敬語でない彼は、とてもきついイメージもありました。

でも私にとって今は親しげでいて切なくさせる以外なにものでもありません。

でもその一歩を私は踏み出せません。

彼を抱きしめる事ができませんでした。


「しょうがないお嬢様だ。こちらから踏み出すのはこれが最後だよ」


ふわりと身体が浮きました。

抱きしめられていました。抱きかかえられていると言う表現が近いかもしれません。

優しく壊れ物を扱う様に繊細に抱きしめる力加減。

どうしてこの腕から逃れるような別れが今あるのでしょう。


「真穂、ウィリアムテルも言ってるだろうな。私達は架空の世界でしか君たちを守れない。

君が辛くて傍にいてほしい世界に、私達は決して触れるも感じることもできない。

無力なんだ。でも君を幸せにするのは現実にいる男でもない」


お姫様だっこと言う格好なのでしょう。

驚いて見上げればケイはその指をそっと私の指輪に触れていました。


「貴方を幸せにするのは貴方自身。それに、私もお嬢様に言いたいことがありましてね」

「……なんなんですか」


笑った顔は本当に無邪気で、子供っぽい。

忘れまいと私はその顔を瞳に焼き付けます。

笑顔で彼は言いました。


「素敵な冒険をありがとう。楽しかったよ、真穂」


ケイの手で指輪が数回廻されました。



***


戻った部屋は自分のホテルの部屋。


ベッドに倒れ込んでいた私は起き上がれば、まるで夢だったような

そんな錯覚に襲われます。

でも、金の時計を見つめました。

そして――壊れてしまった指輪のようなものを拾い上げながら、

何も言えず沈黙していました。


瞳も閉ざしていました。

無の世界は時計と秒針の音が忙しなくなります。

その中で私は今までのファンタ試案の日々を思い返していました。


出会いと別れをこれほど意識し、感情にし、そして

心揺さぶられたことは本当の懐かしく、久しぶりでした。


「ありがとう……」


金時計を撫でつけて私は言います。


ドアからノックが鳴ります。

ひどく控えめな弱弱しいノックに、私は誰か察しがつきました。

以前の私ならどうしたでしょう。


きっとシカとを決め込んで寝入るか、テレビを見て無視をするか。

関わらない事を選んだのでしょう。


「はい」

返事をします。

それからスリッパを履いて、ドアの方に向かいました。

この向こうにいるのは姉でしょう。

笑お姉ちゃん。


いろいろな想いがあって身がすくみます。

でもドアのノブに手を伸ばし、握りました。


彼がくれた程良い距離の優しさを、今度は私は彼女に返せるでしょうか。

その始めとして、


私からドアを開けました。




これにてファンタ試案はおしまいです。

以後は改稿があっても誤字脱字などです。


読んで下さり、誠にありがとうございましたっ!


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