See you my partner
完全なるフィクションの再現の現出化。
今回の件で可能とされたのかその判断は上にいくのだろう。
モーリー氏が事態を収束に向かわせたあの四人のプレイヤーに依頼したのは、
現在時刻から三時間後に抹消される『アヴァロン』の凍結だった。
方法は簡単だ。
なんだってオールアクセス権限を持つモーリー氏の手引きなのだから。
ブラックボックスの中に侵入し、『守護者』と呼ばれるセキュリティプログラムを起動させればよい。ただし、一度起動させたらもう、二度と『アヴァロン』にアクセスすることは難しいだろう。それでも構わないと氏は言っていた。
彼の愛弟子たる子どもたちがシステムの中だけでも永遠に生きることができる。
それがせめてもの彼の救いなのだという。
耄碌した男の戯言でも、狂信者とでもなんでも思ってくれてもよい、と彼は言う。
氏の懇意なる関係者しか打ち明けられなかった今回の件。
いくら懇意でも彼の言うことが理解できなかったが者は多いが俺はなんとなくわかる気がする。それが狂ったもの、間違ったものであっても、彼と彼を繋ぐあのゲームは確かに
「アイ」のある関係だったのだろう。それが愛か哀かは別として彼らの中には筆舌につくしきれないものがあったに違いない。
とにかく、話を戻そう。この話を語ればそれこそ途方もない話になるだろうから。
依頼されたプレイヤーは金時計の中に内蔵されている装置とこのホテル自身(というかこのホテルの無駄な階層自体アヴァロンシステムの大本なのであるが)を連動。
ブラックボックスの中にAIがご案内するということだ。
案内者は四人。いずれも彼らプレイヤーを導いてきたニュージーランドの試験者たちだ。提案したのだ。
現在、ブラックボックス内の『守護者』を起こしたようだ。
ゆえに引き換えとして現在既存のプレイではできない現象が引き起こされている。
完全なる架空の世界への自己投影。
つまりオンラインキャラクター達の架空世界にそのままの形で入り込むといったものだ。
安全のため、彼らにはある指輪が渡されている。
ひねることで姿が消せる指輪―というものらしく、共にいたオンラインキャラクターにはプレイヤーの姿は見えるがほかには決して見えないという代物だ。
三回ひねればさようならばいばい。そんな意味の指輪。
完成させた夢のプログラムだったが非公開事項にした後、凍結プログラムとなった。
理由は明白。完全メディア廃人を大量に発生させてしまう可能性があるからだった。
ということはだ。
今、直江真穂は相棒のケイのいる世界に行っていることになる。
もう無粋な解説まがいな言葉を並べる事をやめよう。
物語の語り手を、彼らに帰そうと思う。
彼らがいて、そして共に歩いたキャラクター達がいてだからこそあった話なのだろうから。
( ファンタ試案報告書 最終項目 島国試験地 日本GENNAI MOTOORI )
***
美しい都市。
清潔感のある街並み。
街の中央には白亜の綺麗な城郭が見えます。
心奪われる王都―しかし建物のつくりもさることながら目を奪われたのは、
笑顔の多い街の人々でした。
架空と思えぬほどの臨場感、そして確かにここに実在している錯覚を覚える感覚。
「真穂さん」
呼びかけてきた与六君を振り返り頷きます。
なんとなくわかっていました。
ケイはどこかトリスタンのことを知っている言動をしていたような気があったのです。
だからきっとケイのいた世界に来ると言う事はトリスタンがいる世界であり、
与六君も共に在ると思っていました。
「なんて話すのですか?」
「…わからない。あいつ怒ってないかな…いや違うな。あいつ俺を見てどう思うだろ」
「どういうこと?」
「ケイにしてもトリスタンにしても、俺たちを見て俺たちとどういう間柄だったのかって、
覚えていると思う?…不安なんだ」
確かにそうでしょう。でもだからどうというわけでもないのです。
「彼等がたとえ私達のことをわからなくても覚えていなくても、それは…それでいいのかもしれないでしょ」
「どうして?哀しいじゃん」
「貴方本当に大人?」
「無理です。俺はきっと子供の心をもったままの大人なんだよ」
唇をとがらせて拗ねる与六君をため息交じりにたしなめました。
「たとえ、そうだとしても。あいつは嫌な奴だけど、私は伝える言葉を伝える」
「…へぇ」
「なに?」
「ちょっと素直だなって。真穂さんっていっつもツンツンしているイメージだった」
「…それはきっとケイに影響されたんです」
「そうかな」
「そうなの、行きますよ」
先に行く。後ろからクスっと笑う声が聞こえてきます。
私は、なんだか心の底からこそばゆくなって気持ち足取りを急いでいました。
***
門がある。しかし、通れない。
俺たちは別に質量がなくなったわけじゃないから立ち往生していた。
困って、困って、困りぬいていた時、ふと誰かが来たのだ。
「あけてくれ」
「は、はい!!!」
ひとりの青年が現れると門兵はかしこまって開門の合図を中の仲間に送る。
「入りましょ」
「う、うん」
真穂さんの言葉に頷いて俺たちはその青年の後に続いた。
栗色の髪に日に焼けた肌。凛々しい面持ちとその雰囲気が歴戦の迫力を放っていた。
騎士の姿だが、どこか遠いところからの帰還か随分汚れている。
「ガウェイン兄さん!」
「…?ガレスかっ?!」
しかし近寄りがたい雰囲気がひとりの人懐っこい笑顔で消え去っていく。
兄さんといって慕ってきたガレスと呼ばれる姿を認めると、ガウェインという騎士は柔らかい微笑みをもって迎えた。
「兄さんが死ぬかと思ったんだ…」
「馬鹿を言うな。緑の騎士の一撃など造作も無い…なんってな、言ってやりたいところだが幸運に恵まれた。俺はまだまだ未熟者だ」
「義姉さんもすごく心配していたんだよ」
「そうか、早く顔を見せて安心させないと」
微笑ましい兄弟の光景を見ながら誰なのか真穂さんが尋ねてくる。
トリスタンを目覚めさせるための手段を探す時に、俺はガウェインの名前もガレスの名前も知っている。
円卓の騎士の中で最も豪胆な騎士、そしてアーサー王の真の親類という人か。
「彼ともう一人の騎士との対立が大変な事になった。あのガレスが殺されてね」
「…殺され…えっ?」
「多分もうすぐ現れると思う」
俺はあたりを見回した。
そして「彼」はそこまで時間をかけずに現れた。
「ガウェイン!」
「ランス!お前、ここに帰って来ていたのか?」
ガウェインの顔がより穏やかになる。
現れたのは目を疑うほどの美しい容姿をした騎士だった。
ランスと呼ばれたその男はガウェインの傍まで寄ると親しげに話しこんでいる。
「あの人?」
「ランスロットといって湖の騎士って呼ばれている人だ」
「…あの人、ガウェインって人と親しいの?」
「親友だ。あと、ランスロットとガウェインは相当強かったっていうよ。アーサーと同じ」
「ケイってやっぱり弱いのね」
「うーん、わかんない」
「でもあの人がどうして対立なんてするの?」
「ガレスを殺すんだ。ランスロットが…」
「どうして」
何故を繰り返すのも無理はない。
ガレスはとても慕ってランスロットを見ているし、ランスロットもガレスを可愛がっている。ガウェインも同じようにランスロットのことを大変信頼しているように見えるし、逆ももちろんだった。
ではなぜ?
「ガウェイン、よく帰ったな」
一声にその場にいる騎士も兵も全てが伏礼をする。
良い、と言われてようやく騎士たちは顔をあげた。
誰かと真穂さんも問わない。俺も説明しない。説明するまでも無いのだ。
その腰に帯びている剣は、真穂さんがブラックボックスに入る前に持っていた剣とそっくりだったのだから。
「カリバーン、そしてエクスカリバーを所持する者はアーサーしかあり得ない」
「うん、分っていますけど…あれ」
「どうしたの?」
「あっくん…?」
「はい?」
「いえ、なんでもありません」
真穂さんは黙り込んで、いやそれよりも王の傍にいる女性にその注意を向けていた。
誰かと彼女が問いかけるから、俺はまた教える。
「ギネヴィア王妃。アーサー王の奥さん…そして」
「ランスロットって人と愛し合っているんですね」
何も説明する間もなく、彼女はただ視線を潜めて交わし合う男女を見ています。
冒険譚を嬉々として語るガウェイン。
そして、それを微笑ましく頼もしげに傾聴するガレスとアーサー。
三人が気づかぬ間に、二人の視線が交わされていた。
控えめに見つめるランスロットとギネヴィア。
黙り込む真穂さんに俺は言う。
「あの二人が愛し合ったことが円卓の騎士の結束を壊す事になったんだ」
「違うでしょ。そのつもりはなかったんだと思う」
俺の言葉にいとも簡単に真穂さんは否定する。
けれど続きの言葉を彼女は言う事も無く、ただ二人の許されざる恋心を抱く男女を見ているのだった。
「さぁ、ガウェイン。その冒険譚を聞かせてくれ!円卓に行こう」
「はい!」
王の招きに、騎士は実に爽やかに頷いたのだった。
***
広間に通されると、騎士たちは円卓に席にそれぞれ向かいます。
どこでもいいんじゃないのかと思うけれど、席がきちんと決まっているらしいのです。
ガウェインも、ランスロットも自らの所定の席に向かい、腰を下ろしました。
他の騎士たちも入って来ます。
王は続々と埋まっていく円卓の席を、微笑みをもって眺めていました。
「なに気色悪い笑みしてるんだ、馬鹿」
その王の背後でぼそっと呟く悪態の言葉。
私は、真横に聴こえたその声の主を振り返ります。
サラサラの明るい茶色がかかった前髪からのぞく空の青。
きつく細められ、アーサー王に向かって文句をこぼしています。
見知った顔でしたが慣れた口調ではありませんでした。
同じ文句でも、敬語が外れるとこれほどまでに態度が悪く見えるなんて思いもしません。
「出たな、悪い騎士」
声を飛ばす若い騎士に、彼は困惑顔で煩わしげに言い返します。
「うるさいぞ、ボー…えっと坊や?」
「ボールスだ!ケイ卿」
「おおっと、失礼。…アーサー、お前仕事滞っている。後で部屋にこもれ」
と言い残すと、颯爽とした足取りで席についた。
「王の前だぞ」と注意を飛ばすガウェインに、
「はーい」と言いながら席に着くケイは全く反省の意を示していません。
逆にボールスは猛省して項垂れる様子。
ガウェインはきつくケイを睨みますが、ケイは素知らぬ顔でアーサーを見ます。
アーサーは苦笑。同じように、ランスロットも苦笑するばかりでした。
「さ、聞かせて下さい。楽しみにしてるのは俺だけではないでしょ」
場を柔らかくしたのは耳残りの良い爽やかな声色でした。
聞き覚えのある声に私よりも、与六君は反応しています。
ただ見つめるばかり。
あたたかい笑顔に、大きな手を組みながら、円卓の席に座る騎士。
「トリスタン…」
「ほらほら、早く聞かせて下さい。ね?」
ガウェインは不承不承ながらも語りだします。
彼の浮かない顔も、次第に喜色が浮かびあがっていき、熱がはいって行きました。
「あいつだ」
「変わらないですね」
「ケイも、嫌な奴って感じ」
「悪い騎士って…本当に…そうだよね」
「……うん」
話しに興じて行く円卓を見つめながら、私は言いたくない可能性を言葉にこぼしました。
「見えていないのかな…」
すぐ隣にいたのに、ケイはこちら側を通って円卓の席についたのに。
全くこちらに視線をむけることなく、
座してはただ話をつまらなさそうに傾聴するだけでした。
彼の瞳に私はなく、彼の言葉の先にもう私はいないのです。
それが予想以上に堪えて、私は震えてしまっていました。
「真穂さん…?」
「……」
泣いてしまっていた私の手を、与六君はぎゅっと握りしめてくれました。
あたたかい掌。質感のある大きな手。それを噛みしめながらも、ケイがもう二度と隣にいることがないのを、実感していました。
やがて話は終わり、円卓の騎士たちは散会します。
王も場を去り、私達は名残惜しげにケイやトリスタンの後姿を眼で追っていました。
私はたまらず、その背中に言います。
「ケイ!」
止まりもしない背中。
それども尚も言い重ねました。
「ありがとう!」
込める気持ちは一個も言葉に収まりきれません。
収まりきれなくて心が溢れて、涙があふれて、そして止まらなくなりました。
けれど彼に追いすがっても、彼は私をわからないでしょう。
それでもいい。
この言葉が貴方に届けさえすればいい。
気持ちがたとえひとつも伝わらなくてもいいから届いて。
貴方と共に歩んだあの冒険譚を、その記憶になくても、
その経験にそっと刻みつけてほしい。記憶になくても心に、心がないというならば魂に。
不可能だと言うのならばその想い全ては私が覚えておく。
だから―。
「ケイ…ありがとう。貴方が私の相棒で本当に…良かったんだよ」
指輪を捻る為に手を添えます。
私の世界に戻る為に、与六君と共に、ゆっくりと指輪を回しました。
その指が横からぎゅっと握りしめられます。




