≪『 END OF WORLD 』≫
『ユダ相続母体ウイルスは現在トラントに浸食。
対象を破壊しない限り、インフィニティが継続されてクエスト破棄不能。
お前のすることは、なんとかしてこの状況を足止めだ』
わかってる。やることわかったよ。
ケイ達が俺を庇う様に挟んで立つ。
俺の身体が何にも言うことを聞かずに状況を静観している。
ただ空にいるトラントを見ていた。
無表情ではない。
感情があり、言葉を情緒豊かに話し、強い。
「でも、こんなの……」
絶対あいつじゃない。
「トラント!!戻ってこい!!!わからないのか?」
「わかるわけがないでしょ?馬鹿ですか、あなたは」
ケイが苦笑しながら、小剣を器用に構えている。
「だって!」
「気を鎮めろ……与六君。周りは敵だらけ。
ユダに操られているオンラインキャラクター達までいるんだ。正直、負け戦」
マリアの冷静な声でもっても、俺の気持ちは収まらなかった。
不安や絶望がいっぱいだ。
どこかで俺は思っていたんだ。
トラントさえいればなんとかなる。あいつはなんとかしてくれるって…。
騎士で、強い……ドラゴンまで倒した男なのだから。
「幻に頼った結果が腑抜けですか」
「……なんだ……って?」
「希望は捨てなさい。貴方しかできないから、私とマリアは貴方を保護している」
「……それってお前」
マリアが哀しげな眼差しを一瞬向けた後、周囲の警戒に戻る。
ケイもそれ以上口を開かなかった。
俺は相互の二人をみやる。
なにをさせたがっているのか、俺にはわからなかったのだ。
「なに言ってるんだよ、お前等」
俺はプレイヤーだ。
無力だろ?それなのに、どうしてトラントを取り戻すって言うんだ。
『トラントが消えればユダが呼応消滅をする。増殖にかけすぎたな……脆い。与六』
「なんだよ」
梵天のおっちゃんの声が遠い。
でもでっかい声でイヤリングから響くんだ。
『 この冒険の世界を終わらせてやるんだ……与六 』
頭の中が真っ白になって、頭がかっと火がでたみたい熱くなる。
「なに言ってるんだよ!!!」
『与六!』
「だって俺、約束した!!!!見つけないって……俺!!」
笑った顔。怒った顔。
いろんなトラントの顔を知ってる。
俺はいっぱい話したんだ。あいつと、いっぱい時間を共にした。
親しくなって仲良くなってそれから、もう乱入クエストで言葉交わすことも無くなった。
でも信じていたんだ。
話しかけている言葉は絶対にトラントに届くんだって。届いているんだって。
絶対にもとにもどる。
それからまた冒険しよう。いっぱい、たくさん旅をしよう。
陰陽の虚現なんてものなんてお茶の子さいさいに見つけてやってさ。
それから俺はいつかお前の話を聞くんだ。お前の口から聞くんだ。
どんな冒険をしたのか。
どんな人だったのか。どんな人を大切にし、何を守ってきたのか。
まだ終われない。このゲームはまだ続けないと。
『与六!!』
「おっさん!!!!俺にできるわけないだろ?!!」
『ならみんな五体満足に現実に帰れない。お前も、同じか?!
お前もこの世界にずっと住むっていう性質だっていうのか!!?』
「それは」
『答えろ!与六、お前が大事に思っているのはなんだ。
それは、どちらにある!?このアヴァロンか?それとも……お前を信じて待っている子供達か』
「俺は……だって」
『戻るって決めてたんじゃねぇか。坊主!!!いや、与六!!!いいや!!センセイよぉ!』
「……でもっ!」
思いっきり地面を蹴る。
その時、ナグソールの身体の奥で何かが光った。
輝く光の柱が一射し、天空から射し込んでいた。
その光にひびがはいり、ガラス片のように砕け散りながら何かが飛び込んできた。
スーツ姿の女性。
色白の肌に、顔立ちがくっきりした端正なつくり。
ゆっくりと立ち上がった胸の上には金時計が揺れている。
直江真穂さんだった。
現れた瞬間、静をもって鎮まる戦場が、大きく轟いた。
「マリア!!すまない!!!」
「構いません!!!行きますよ!!!!」
マリアに言葉をかけ、ケイが魔物たちの間を走り抜ける。
それを援護するように、マリアは絶え間なく銃の引き金を引いていた。
ナグサールが真っ先に真穂さんを狙う。
彼女は教会の扉を開けようと必死に手を動かすが、開かない様子だった。
ケイもまだ間に合いそうにない。
「真穂さん!!!」
この危機。
瞬間になっても、俺はみんながもとめることを起こさない。
ナグサールの剣と、同じく黒龍に乗るトラントの剣が真穂自身を狙う。
プレイヤーには攻撃は通らない。
けれど、あれはもはやウイルスによってデータを書き換えられた形象物。
何が起こるかわからない。
その時、背後でけたたましいノイズ音が響く。
振り向けば白と黒の文字模様が宙に浮いて繭のような形作っていた。
見ればマリアの姿がない。説明を求めて自分のイヤリングを叩く。
≪ END OF WORLD 起動しました… ≫
鶴姫が俺に答えていた。
その城と黒の繭から真っ直ぐな閃光が伸びる。
ケイは真穂さんを抱え転がっていました。ナグサールに命中したそれは、拡散し、
様々なオンラインキャラクターの脚を焼いた。
開いた教会の入り口に、
真穂さんを投げ込むと、ケイは剣を振りかぶるトラントの迎え撃つ。
ひらひらと、俺の肩に落ちたのは…何かのお守りだった。
それは誰のものか分からない。
よく軍隊なのである小さな勲章のような手作りの不格好なもの。
「マリアの…か」
俺は懐にある黄色いハンカチを思い出したように取り出す。
その両手に乗る二つの残ったものを、見つめ。
俺は目からこぼれそうなものを耐えて、
ぎゅっと両手を合掌した。
「おっさん……俺だけじゃないんだな」
『……与六』
「別れは…哀しいんだな。どうして俺はそんなことを忘れていたんだろう」
哀しくて苦しくて、自分の気持ちしか見えていかった。
みんなの気持ちなど考えず、自分のこころのままに自由に在れた。
長所だといわれたこともある。短所とも言われたことが在る。
ではどちらかと言えば俺は、きっと短所だと今なら認められるだろう。
俺の自由の為に、今までどれだけのものを蔑ろにしてきたのか。
傷つけてきたのか。
理解できなかったのか。
俺は前を向く、そして、梵天丸のおっさんに言った。
この世界も、俺の冒険も終わる言葉を口にする。
***
「ふふふっ、付き合わせてわるかったのぉ」
「マスター」
若い子に抱きついたり、若い子に息子の名前を読んだり、それは楽しいものだった。
わしの気持ちをわかったのだろう。
マリアは嘆息をもらし、頭を抱えて頭を振った。
でもそれから思い直した顔をすると、銃口をわしのほうに向けるのだ。
「心を通わせた者、そのお互いを殺し合わせる体験をさせる。なんとも酷いシステムじゃ」
「…意志が戻ってなによりです。医学療法で多大な貢献を、マスターはされたことになるのでしょうね」
「どうかのぉ?わしの場合は既に老いた兵。
そして、現実に背を向けた愚か者よ。全てに鈍感になる方が、どれほど生きやすいかよぉくわかったわい」
笑ったつもりだが、どうやらマリアにはお気に召さなかったようだ。
とても哀しげな顔をしてわしを見つめるのじゃもん。
「この一時だけじゃ、わしがわしたりえるのは。さて、若い人の礎になってやるか」
「御家族のもとに、戻れますよ」
「マリア、いや…命に人間と言う優劣をつけない奇特な娘よ。
そして、軍人であり続ける事を望んだ娘。全くわしとは正反対じゃの」
微笑んだ彼女は頷く。きっとわしがこれからいう名を予感したんだろう。
安心しきった顔でわしを見つめておった。
名を呼ぼう。
戦争はわしのすべてを奪い去った。
憎いものでしかない。
だがそこに生き、その職に誇りを持った女の名を呼ぶ。
「ナジェージダ・アンドレーエヴナ・ドゥーロワ、
わしはお前の言う…鉛筆の方が宝石よりもすばらしいというのに同感じゃった」
「どうして?」
懐に持っていた手紙を、差し出す。
それは戦争で死んだ家族の手紙の一部だった。
「結婚指輪はわしを慰めなかったが、
手紙の…鉛筆か何かで書かれた言葉はなによりも素晴らしいわしの生きる糧だったよ」
凛々しい面持ちの娘は微笑む。
ドゥーロウは、わしに歩み寄るとぎゅっと抱きしめてくれた。
わしはそのまま、瞑目し。
全ての事の顛末を彼女に託したのだった。
瞑目しながら過ぎ去った日々に浸り、笑む。
こんな心地は久しく忘れていた。
夢のような冒険物語。おとぎ話のようなどきどきする物語。
でもそれは決して自分の世界ではない。
戻るべき世界はただ一つ。この虚たる空間ではないのだろう。
どれほど、厳しく哀しく、
理解されがたいあの世界で逢っても、そればかりじゃないともう一度この幻想の世界が教えてくれたから。
もう一度、世界を終わらせる言葉を彼は言う。
***
ずいぶん久しぶりのこいつの顔を正面からしっかり見た気がする。
こいつは知らないだろう。どんだけ俺が必死だったか。
目覚めさせるヒントを探しもとめていた。
バイトの合間に、安月給のあいまに、端末に、そして図書館にその術を探していた。
白い文字列と黒い文字列。
アスキーコードというのだろうか。その規則がある文字が鎖のようにトラントに絡みつく。
「なにをする!お前は…終わらせるつもりか?!」
トラントの声で話す。
「永遠の世界を、もっとこいつと冒険をしたいのでは?わかった。返そう…返すだから」
トラントの顔で訴えかける。
「このシステムは一度起動したら取り返しがつかない…そうだろ」
「お前は…子供じゃなかったのか」
身体の輪郭が解けて砕けて無くなっていくのを感じる。
これはそうか、お前に触れているからか。
俺もお前に浸食されているんだな。じゃあ、時間がないな。
「我は汝の虚像の主。我はそなたの真の主にあらず。我が従えるのは汝の虚陰の意思なり」
言葉にすれば大層だが、とりあえず、トラントはただ偽りの名において俺に従うだけ。
真なる主はまた別にいるのだろう。
ならどうして俺とお前が出会ったのか、その答えを知りたいと言えばお前は笑うだろうか。
「されど我はさらなる忠誠を望む。汝、その真陽の意思の中。その断片を我はしめす」
お前になにを俺は望むのだろう。
これ以上こんならしくないお前を見たくない。いいや違うな。なんだろうな。
上手く言えない。
「上出来だ。しかし与六、困った奴だ。約束を破ったな」
知っている調子の声に思わず顔をあげる。あげればきっと続きは言えなくなるのに。
苦しみながらもそこにあるのは微笑みだった。懐かしい表情。
どこか困った者を見るような、どこか優しい深い眼差し。
「お前だって約束破ったじゃん。無事っていうのはお前も含まれてたのに」
「そうだったのか?でもほら、女性は泣かせていなかっただろ?ケイは無事だったと思う」
「……あれあいつがはめたんだぜ」
「えぇ!!!!そうだったのか!!!!なんとしたことだ…!!!」
本気でショックを受けているようだった。
かなり険しい顔をしてぶつぶつつぶやいた後、トラントは言う。
「じゃあ、代わりに殴っておいてくれないか」
「自分でやれよ、何言ってんだよ」
耐えられなくなって俺は、顔を背ける。
しかし、背けた先にすかさず刃が向けられていた。
刃の欠けた剣。それを俺に向けながらトラントは言う。
「背を見せるな。俺にそんな最後の姿を見せつけるのか?
そんな臆病者ならば俺はたとえこの厄介なものに憑かれてなくてもお前をここで斬るだろう」
「……トラント」
「それはもう俺の名前ではない。分っているな?間違えてお前を斬らせるな」
「いいのかよ」
「与六、俺はこのまま己を失いたくはない……」
「だけどさ!お前出逢ってないじゃないか!!」
「くどいぞ!!斬られたいか!!」
「嫌だ!そんなの!」
「与六……!」
声を荒げ、俺を急かすトラントの……その欠けた部分に触れる。
まるで子を寝かせる前の物語を語る親のように、語りかける。
「これはお前がある勇士と戦ってできたものだ。
欠片は倒した勇士の体内に入り込み、お前のもとから失われた。誰が持っていたか」
愛した女が持っていた。
そして仇であるお前を罵ったのに、それでもいつしか愛した。
薬のせいだったかもしれない。恋愛と言う麻薬のようなものだったのかもしれない。
いや、もともと二人は惹かれあっていたのか。
己の身分を吟遊詩人と偽り、彼女と過ごした日々から想いあっていたのかもしれない。
けれども別れた。
だって彼女は主君の決められた女性。
やがて男も違う女と結ばれる。しかし結ばれた女のその名に、彼女の名前を込めていた。
呼ぶ時に一度たりとも想わないわけがない。愛していたのだから。
そして最期も会いたかったはずだ。
だから俺の呼びかけに応えたんじゃないか。
もしかしたらお前は巡り合えるのかもしれないと思ったのか。
最愛の女性に。
たとえここが架空のもので、
己の器も、魂すらも虚飾だと知っても絶望しても探したかったんじゃないのか。
だとしたらこの結末は本当にお前は名の通りだ。
「悲しみの子――トリスタン、眠ってくれ」
***
ケイは目を見張り、対峙する相手を見つめているようだった。
遠目でもわかる。
彼は剣を下ろし、相手に向かってなにか神聖な礼をする仕草をしていた。
俺は見つめる。その姿の最期の最期まで。
消えるその瞬間まで見つめている。
欠けた剣が確かに貫いていた。
なによりも驚愕していたのは彼についていた母体のウイルスだろう。
驚愕の内に自分の事態を把握した後、忌々しげに剣を掴む。
しかし抜くことを、彼の意思が許さなかった。
「……トリスタン」
命じたのは俺だ。眠れって、言ったじゃないか。
これがあいつもウイルスも止めてしまえる唯一の方法。
みんなが期待した手段だろ。
俺に嘆き権利なんかない。
歩みを、彼に向けて行く。歩いていたのに、次第に走っていた。
次第にその輝きが増し、トリスタンだった姿形が消え始めて行く。
「トリスタン!」
呼び声に応えることもなく、トリスタンはそのまま―
黒い龍もまとめて全て消え去っていく。
イヤリングから声が聞こえた。
『トリスタン:ロストだ。ユダの反応も消えた。作戦は半分成功だ』
トリスタンが消え去った後に、二輪の花が置いてあった。
白と赤の薔薇。
瑞々しく咲くその大輪には、雨も降っていないのに幾つかの滴をたたえていた。




