Case.10 MAHO
PCから離され、私も雅之も中央本部の管理下になった。
どういう扱いか。厳重監視。
PCに触る事もできないでしょう。
それは事態の集束の為に、直江真穂と樋口与六を使うこと。
「どちらにしても、あの強行ダイブが最後だ…俺たちにできることなかったよ」
そう言って彼は私の頭をそっと抱き寄せてくれます。
もうこの事態をどうにかできるのは、一部のプレイヤー達だけ。
「ヴィンゲートは」
「きっと立派なスケープゴートを用意して事態を綺麗にするだろうさ」
「そっか…そうだよね」
囁く小さな声に、私はぼつりと、ぽつりとつぶやきだします。
彼が尋ねたわけでもない。誰も尋ねたわけでもないでしょう。
勝手に私が彼に話すのです。
もう、いいかな…って、思った瞬間だったのかもしれません。
「お姉ちゃんか…まだ呼んでもらえた」
「うん」
「貴方に会ったら雅之さんって呼んでもらえるかな」
「……さぁどうだろうな」
「お兄ちゃんって?」
「それはできすぎだと思うよ、真穂さんは俺が嫌いだと思うし」
「そうだね、きっと半殺しにあるかもしれない」
「そうかな?そんなにひどいこと言ってないけど」
「言ってるよ。ケイさんほどじゃないけどね」
「あれほどのことをリアルに言えると俺はストレスフリーだろうね」
「くすくす、うん、そうだね」
「……少し眠ろう。俺たちは…休息をとるべきなんだと思う」
あたたかい大きな手につつまれて、私は頷いた後瞳を閉じました。
夢にみればいいなと思います。あのあたたかな「家族」の日々を。
夢にみなければいいなと思います。「家族」の終りの瞬間が、とてもとても辛かったから。
― お姉ちゃん! ―
あれは五年以上前のことだった話です。
私があの子の家族として継続を望まれ、毎日幸せに暮らしていました。
***
2054年頃のこと、あの子がまだ歳も幼い頃でした。
直江真穂という幼い子供の家族になる為に女男、女が来訪しました。
真穂の両親と私。
今日から新しい真穂の家族になったのです。
あの子の家族は普通の家庭ではありませんでした。
母はSP。父は公安。
私のもともとのオリジナル自身、将来を渇望されたエリートでした。
そんな彼等はいつでも命の危険と隣り合わせ。
だからある保険に入っていたのです。
金はありました。でもなによりも怖かったのは幼い真穂を独りにすること。
直江の家は全員、その細胞を採取し、自分達のクローンを作っていました。
そして、両親は仕事のうちで殉職。
私も巻き添えを食らって身体のほとんどの機能を失いました。
一番脳の損傷が激しかったので、手術は困難。
両親は全身クローンと代替され、私は私の為に作られたクローンの組織細胞を貰って命をつなぎました。
ですが私はその日以来「恐怖」を学習していました。
ゆえに任務や仕事で死ぬことを厭うようになり、次第に第一線から退きました。
両親は…優秀でした。
私が覚えているだけで5回くらい代替されています。
つまりあの子がもう15歳くらいになるまでは何度も両親は死に、それを知らされず、
クローンが代わりを務め続けていたのです。
あの子にとって本当の家族は私だけ…。
いえ、私もそう呼べるのでしょうか?
私の脳の損傷の為、クローンが脳を補ってくれました。
脳は思考の忠臣でしょう?ならば、私の思考はもうオリジナルではない。
私は、真穂にとって姉のクローンになってしまったのでは。
「真穂、あーそぼ」
「また?私、暇じゃないよぉ」
「へへ、いーじゃん」
「しょうがないなぁ」
ゲームに誘いました。
以前の私はいつもそう言い、あの子を困らせていましたから。
楽しく微笑みあの子の様子を見て私は安堵します。
大丈夫、「私」はまだこの子の姉である。直江 笑でいれている。
けれどいつかこの子が大人になったら全てを告白しなくてはならないのでしょう。
そういう規則です。
けれども遺児の情緒が十分に確立し、成熟するまで告知は避けるという法則でした。
ですから私達は黙っています。
もうすこし、どうかこの平穏が続きますように。
ですが、その幻想は破られていくのでした。
「どうして…なんだかあんまり変わらないよね?」
歳を重ねることでの老いを、精密に表現する技術を私達は上手に表現できません。
女は化粧でごまかせますが、男は難しいものでした。
「母さんと姉ちゃんはあんまり一緒にお風呂入ってくれない」
それは私達にはバーコードが刻まれているからです。
私は膝。母親は腰。父は肩でした。
それはクローン法で決められている標識で、
私達クローン技術の関わる生命体が犯罪を犯さないか、
危険行動をとらないようにそなえつけられたGPSのようなものでした。
見られるわけにはいかないのです。
「お姉ちゃん、強すぎ」
ゲームをするとき、私達は自然と効率的に出来る方法を模索します。
人の言う迷うと言う行動はコミュニケーション上では使いますが、
他は消してしまっています。
特に任務に従事する両親はその傾向が強かった。
真穂がどんな顔をするだろう。拒絶されるだろうか。怖くてなんにも言えずにいたまま…
そしてばれたのです。
真穂の本当の両親の父方の祖母の来訪でした。
薄気味悪そうな顔で私や両親を見て、言うのです。
「家族ごっこも気味が悪いわ…」
最初真穂が何を意味しているのかわかりませんでした。
夏――
私が、帰ってきた日のことでした。
両親は仕事で不在。私と真穂の二人です。
でも、外に靴がありました。それは、大柄の運動靴。
大好きな彼氏のものでした。
嬉しくて、靴を脱ぎ棄てて家に上がります。
夏の昼間。
クーラーの温度が家の中を満たしていました。
扇風機の音もなっていて、風がでているのがわかるように、薄紙がたなびいています。
ドアのところから四本の脚が見えました。
ひとりは男のもの。ひとりは女のもの。
脚は絡みつき、びんと伸びると、また絡みつき、
まるで脚自身が一個体の生き物のように私には見えました。
ピンクのキャミソールが脱ぎ捨ててあります。
ドアのそばには緑のボクサーパンツが落ちていました。
甘い、甘えるような女の声。鼻息の荒い男の声。
それが混ざり合い、なんだか奇妙な雰囲気を私に感じさせました。
紫色の可愛い花柄のブラジャーと、ショーツを拾い上げ、
私は床にじゃれるように、食らいつくように、
貪るように互いを求め合う男と女の姿を認めました。
「真穂…」
「え?あぁ…ん、ちょっと…まって…うっ…」
声を押し殺し、ぎゅっと男の背中を掴んだあと、力なく床に倒れる真穂。
「…これ」
「どうもこうもないだろ?お前…なんだよ」
私は茫然とその二人を見やります。
彼は私の彼氏です。そして、真穂は私の妹です。
どうして二人が身体を重ねて求め合いをしているのですか?
彼は冷たい顔をして、私はよく理解できない顔をして、
真穂は全てを冷めた目で見るような顔をして笑い掛けて言うのです。
「私の家族じゃない他人が、どうして家に来るの…?」
「真穂」
「この人彼氏なんでしょ。知ってるよ、私の方がいいんじゃない?だって結婚できないし。
だってあんた所詮は架空人間、もう死んじゃってる個人…クローンじゃないですか」
「……」
「気持ちよかった~ありがとう、帰って下さい」
にこやかに微笑んだ真穂は、犬にするみたいに男を手で追い払います。
男はいそいそと服を着た後真穂を愛おしげに触れたました。
尚も名残惜しそうに離れてゆきました。
「ふぅ」と真穂は溜め息をつくと、
落ちている衣服を適当に身に纏いながら、私に言います。
「その下着、洗濯物にいれといてくれますか?汚れたんで」
「っ!!!」
室内に、乾いた音が響きます。
真穂は赤くなった頬を抑えながら私を睨み、私もやるせない気持ちで彼女を見ます。
「どうして?こんなことを…?」
「あれ彼氏?だったら別れた方がいいですよ。姉に似ているよしみで言っておきます」
「…えっ」
「甲斐性も無い発情男。一緒にいる価値もないって言ってるんです」
「………」
「それとも人肌がほしいんですか?馬鹿みたい。ネットでトモダチでも誘ったらいかが」
「真穂…!!」
もう一度彼女の頬を叩こうとしたら、真穂はその片手を握りしめていた。
「なに姉面してんのよ!」
「……」
「なに、今までお姉ちゃんのまねしてんのよ!!」
「………」
「父さんも母さんも、姉ちゃんも…本当はみんな死んだんでしょ?!」
「…………」
「あんた達はただの、コピーなんでしょう!!?」
「…………真穂」
どんな言葉が届くのでしょう。私は彼女の姉のつもりです。
だから一緒にいたかったし、こんなことをされて深く傷ついています。
でもけれど、言葉を尽くせばどこか補完しあえる修正できる、それを信じられる関係だと思っていました。
でも泣いている真穂の姿を見て、私は…もう何も言えなくなりました。
***
私達家族はバラバラになりました。
真穂はそれまで進んでいたエリートコースと言う奴をわざと外れるように歩んでいきます。
大学も中退し、また違う無名の大学に入り直し、そのまま民間企業に就職。
頑なだった真穂ですが、
不破雅之…今私の夫となっているこの奇特な男の人が、精神科医として仲介に入り、
家族の溝を埋めてくれました。
両親に一定の理解をした真穂。
無骨ながらも少しずつ態度が軟化して行った彼女です。
ですが、多くの時間を共有した私に対してはずっと、毛嫌いしていました。
私は真穂の家族であり、姉であり、彼女の幸せを願っているものです。
でももしも彼女が私と言う存在が在ると幸せになれないのならば、
どうして私はあの時死ななかったのでしょう。
真穂と一緒にいた月日はいったいなんだったのでしょう。
共にいた時間が、真穂を傷つけているのだとしたら、私は…命を絶つべきでしょうか。
「それ、本気で悩んでいることかい?」
実に不可解そうに腕組みをしながら雅之は相槌をうちました。
どんなに重い話も、かっこ悪くて情けない話も、怖くて醜い話も…彼は全て呑気な調子で耳を傾けるだけでした。
でもどれほどそれが私にとって救いだったのでしょう。
どれほど、私は彼に頼ったのでしょう。
やがてその気配を真穂に悟られた私は同じことをされそうになりました。
仕事で疲れて自室のベッドで休んでいると、激しい物音がします。
跳び起きて玄関の方を見れば誰かが来客していました。
雅之の靴と、鞄です。
驚いてリビングの方にいけば、突き飛ばされた格好の真穂がいます。
そして物凄く冷たい目をした雅之がいました。
二人が何を話したのか私にはさっぱりわかりませんし、今でも雅之は話してくれません。
けれど一つの確認を彼はしました。
「君は笑さんに幸せになってほしくないんだね」
「あたりまえでしょ」
短い言葉でしたが、それは私の心に深く傷痕を残すものでした。
雅之の強い勧めで私は姿を消し、家を出て行きます。
「私を置いて行くの?」
五年前、でしょうか。
真穂が私によこした最後の別れの言葉でした。
****
「……眼が覚めた?…悪い夢でもみた?泣いてる」
「…ごめんなさい」
涙の滴をぬぐいとり、頭を撫でつけてくれます。
奇特な雅之。
私はほとんどがクローン個体なのに、子供も産めないし権利も認められていない。
ただ生存する人間と言う基本的な権利以外持たない女。
それなのに、彼は私と一緒になることを選んでくれる。
倫理上のモルモットとして監視報告を義務付けられながらも、彼は精神科医を止め、
技術屋として生計を立て、私の傍にいてくれます。
どうして、貴方は私の存在に意味があるというの?
私はもういない人間の代わりのようなものなのに。
「ひとつだけ、君に打ち明けたい話が在るんだ」
「…?」
「煉獄のクエストあっただろ?あの後、真穂さんはこんなことを言ってたよ」
優しく髪を梳く手を止めない。
胸がぎゅっとしまり、息苦しい心地になる。怖くて震えていました。
だけど大丈夫だよ、というように彼は肩を抱きよせながら言います。
「姉を探す。このゲームが終わったら、探しに行って一発引っぱたいた後ね…言いたい事が在るんだって」
「…雅之」
「言いたいってさ、ありがとうと、ごめんなさいって…何回も、何回でも」
胸がただただいっぱいで苦しくなりました。
あの子はばらばらになった両親を、また最初から「家族」と認め、
拙いながらも努力をして、ようやく暮らせるようになったのです。
真穂は償っているのではないでしょうか。
でもならば私は?
嘘をついてきた私という姉の存在は、どう償えるというのでしょうか。
わからなくて、それがまた申し訳なくて……二度と会わないと決めたのに、
「姉」と呼ばれると喜ぶ自分がいます。
この想いすら、虚像であり、姉というロールプレイングを演じているだけなのかもしれません。
でもそう割り切りたくなくて、言葉にしたらいいものがわからないです。
「あ、大丈夫。大丈夫ですよ。俺が泣かせただけなんでははっ」
彼の言葉が聞こえる。それから溜め息間切りに誰へとなく呟くのです。
「会いたいってただ素直に言えばいいのにさ。二人ともほんよそっくりだな」
どのくらいの勇気が必要か、知らないこの夫は呑気に微笑んで私を甘やかすのでした。
「あの毒舌言ってたよ、約束してくれたからさ。無事に真穂を現実に返してくれるって。大丈夫」
だから今回も大丈夫。
危険はないよ、そう何回も私に言いきかすのでした。




