D:mode【 防衛クエスト強行ダイブを実行します 】
眼が覚めればそこは緑色のソファーの上でした。
心配そうにお爺ちゃんがこちらを覗いてきます。
しかし、その顔に思いやりの言葉を配慮する余裕が私にありませんでした。
飛び込んできた画に、私は息を飲んだ後叫んでいました。
「ケイ!」
この別所は、防衛クエストを討伐クエストのように、
プレイヤーが控えて安全な場所にいるための部屋です。
ここから視界を共有し、会話し、指示命令を飛ばす事が出来ます。
他にも与六君のようにキャラクターと共にいて、
その迫力を体感する様な参加方法もあります。
私は前者を取りました。
だからここにいます。
このケイや、同じ防衛チームのお爺ちゃんが使役するマリアさん、
同じくチームの与六君のトラントを眺める事が出来ます。
全体の防衛状況も、戦局も見る事が出来ます。
けれど今、私が注視してているのはケイでした。
血がひっきりなしに滴り落ちる左腕を、私は凝視しています。
金時計から声がします。
( 大丈夫ですよ、問題ありません )
声は普通でした。腹の立つぐらい平時と変わらないのです。
「なにが、何が問題ないって言うんですかっ?!貴方…!」
マリアが近寄り、その腕に簡単な止血処置をします。
( 戦闘はできます。黙ってくれませんか、お嬢様 )
「ケイ!棄権しましょう!!このクエストはリタイアですっ!!」
( トラントの様子がおかしくなりました…AI鶴姫…何を隠しておいでですか?
面倒ですから言って下さい。申し訳ないが、この今の坊では事情を説明できないでしょうから )
マリアが庇う様にその背後に匿う少年。
見覚えのある姿。まさしくそれは与六君だった。
ただ、いつもの彼らしからぬどこか自我を喪失しているような様子。
「なんじゃっ和子さん!」
「ごめんなさい!あと、真穂です。ちょっと時計借りますよ」
私は、お爺ちゃんの金時計を持ちあげ言う。
「説明して下さい!!キーアイテムを手に入れたらこのクエストクリア…とは聞きました。
あと、ケイと共にこのクエストはなにか仕掛けられるのではという警戒もしていました。
でもなんでトラントが寝返るんです…それに、この状況…なんなんですか?!
オンラインキャラクターのほとんどが…どうして魔物と一緒になってマリアとケイ達を囲んでいるんですか?!」
画面の戦況状況。
進軍している魔物達は二手に分かれていました。
ひとつは当初通りに避難民の人々のところへ。
もう一つは、いいえほとんどが魔物と共にオンラインキャラクターまで共なって
このケイとマリアのいる場所に来ていました。
それも、ケイ達と敵対峙する臨戦を取っています。
映像が頭に入った瞬間、私はもう頭の中の思考回路を全て吹き飛ばしていました。
吐き捨てていました。
無我夢中で金時計を握りしめて叫んでいました。
「いくらケイがむかついてもこれじゃこれじゃ!!」
( 落ち着いて下さい。お嬢様 」
あの皮肉を言い返し、明かしてしまうこともできないのですか。
あいつの秘密を解き明かして、真の意味で従わせることも。
いいえ、違う。違います。
いつも夜、外に追い出していました。
気にしなくてもいい、架空人間とか言いながらそんなときだけ妙に気にして私は我儘を。
それなのに彼は皮肉を毎回こぼしながらも、
たった一人で夜を独り過ごすのです。
どこで過ごしているのか。
彼はよく女性と一緒だったとか言いますが違うのです。
佐助に聞いたことがあるんですもの。
ただ適当なところに腰かけて、街が眠る中で道行く動くものを眺めている――
そうやって彼は夜をやり過ごしているのを、私は知っています。
( なかなか無理難題を言いますが、いいでしょう。でもお嬢様の協力が不可欠らしいですが、その辺はいいのですか?)
≪ 不可欠です ≫
( 貴方に訊いていません。お嬢様、こちらに来れるんですか?無理なんじゃないですか…?)
ほらこんなふうに小さな弱いなにかを、ケイは見抜いてしまいそうで怖かったのです。
( 私は大丈夫です。それに来なくても平気です…言ったでしょ?生き残ると )
「ケイ・・・」
( えっ、まさかいろいろ守れっていいますか?面倒ですね。どうでもいいでしょ?」
私が口を開く、その前に――彼は言います。
( 了解しました。与六、マリアを守りつつトラントも救いながら、あのユダという対象を破壊ですね )
言葉に並べれが困難な事がより如実に伝わります。
ですが、彼は言いました。
( 善処します。では )
通信が切れました。
お爺ちゃんの金時計にポトリ、またポトリ落ちた滴に気がつくのに遅れました。
哀しそうな表情で私を見上げる司馬爺ちゃんに気がついて、私は目を拭います。
掌にいっぱい涙がひっついていました。
私はケイとのお別れが哀しいのですか…?
わかりません。理由も、それにいたる心の経路も私には説明できません。
「鶴ちゃん…」
お爺ちゃんがぼそっと呟きます。AI鶴姫は勘弁した様子で、語りだしました。
≪ すみません。混乱を招くという上からの判断で緘口令がしかれていました。
しかし状況が状況。
関係者三名の認可と特務局長の認可のもと、事実を直江真穂様に告白いたします ≫
「…えっ?」
≪ アヴァロン本ゲームにオリジナルウイルスが侵入。
このクエストを破壊して、自らのプログラムに書き換えています。
一つはインフィニティ、無限に増える敵と避難民を創造。そうすれば…終りがないクエストになる。
もう一つはユダ、そのインフィニティを抑える為に動くセキュリティや行動をことごとく阻止、
もしくは…感染しその全ての掌握を測ります。
今回の感染元は通称ローザという名前が使役するオンラインキャラクターです。
名をジェーンと、登録を魔術師。対象は消えましたが、相続母体が依然存在しています。
相続母体名:樋口与六のオンラインキャラクター、騎士登録の名をトラント≫
銀色の剣を持つトラントは愉快そうに黒い龍に乗って、ケイ達を見下ろしています。
そのトラントを茫然と眺める与六君の姿が、見えました。
≪ 直江真穂様に通達。現状、事態を迅速に集束できるプレイヤーとして、直江真穂と樋口与六が最適者に選ばれています≫
「無茶言わないで下さい!私は…。いえ、違う!!与六君は!」
あんな傷ついた顔の子供にどんな仕事をさせろと言うのですか。
鶴姫の声は尚も続きます。
≪ 直江真穂様、貴方はなんとかアヴァロンの中にストーリーモードとして参入。
キーアイテムを自身のオンラインキャラクター:ケイに譲渡して下さい。…AIシステム回復。佐助に繋げます ≫
鶴姫の声が止む。
そして入れ替わりに私のイヤリングに声が聞こえます。
【真穂様!!真穂様!!お久です!!!繋がりました!?】
「佐助…!!佐助っ!!?」
【はぁい、なんですぅ、熱烈ですねぇ~】
「会いたかった!会いたかったです、佐助!!!」
【ちょ、真穂様?なんです???なんだかとってもデレ期じゃありません??】
「だって、だって…もう私、どうしていいか…わからないよ」
イヤリングに向かって、何を喋っているのでしょう。
AIでしょう。説明を求められたらそれに答えるだけの役割の人に、
私は何を喋っているのでしょう。
「私に、どうしろって言うんですか…」
【簡単です。あのゲームの中に飛び込む。こじ開ける事が可能ですから…行きますよ】
「でも私、できない!」
【ひゃい?でもできないと…このクエストは永遠に終わらない。
それってつまり、真穂様がずっと望んでいる…帰りたいができなくなりますよ?いいんですか?それで】
「…でも」
【真穂様?】
わかっています。
迷う話でもない。悩む話でもない。私は行かなくてはなりません。
子供にあんな顔をさせていられません。
大人がしでかした出来事は大人が解決しないといけない気がします。
「私、怖いんです。あのゲームは、私が踏みこんでほしくない部分まで歩いてくる。
いつか私…踏みこまれる気がして…私の心…私の」
ノイズが走った後、その声が何かもめている声が聞こえてきます。
どうしたの?と尋ねる前に、イヤリングから声がしました。
【…でも行かなきゃ。変わらない。それって…大げさだけど死ぬと一緒だよ】
懐かしい声。この正体を考えて…やがてひとり思い当たる人がいました。
【私の知っている貴方は、素直で、単純で、それでいてどこかとっても怖がりだけど】
それは傍にいて、
それは時折、我儘ばっかりいって、それは時に私を理解し、
それは時に酷く私を傷つけ、家族を傷つけ、
みんなを置いて行った勝手な人。
【だけど優しい人だよ…】
「お姉ちゃんでしょ…?」
どうして?どうして――?
【真穂、行くよ。これが最後のAIの仕事になると思う…】
「やだ…いやだ」
【ごめんね。それと、もう怒っていないよ。だからもうそろそろ自分のこと、赦してあげて】
姉の声も途切れ、ノイズも途切れ、引き換えに金時計がけたたましく鳴りだしていました。
開けばその針が忙しなく動いており、液晶表示に数字の羅列が並んでいます。
その上に、「OK」が表示されていて、明滅しています。
指を動かし、触れるか触れまいか迷いでも…
私はその表示を押す事を、確かに選び取りました。




