PLAY OFF DAY
私はここにいて、この森林浴効果絶大な雰囲気の森林公園のベンチにいます。
座って、ただ茫然と噴水の吹き出る中央を見つめているだけでした。
噴水が作りだす小さな虹を見つめ、特に考えることを控えました。
肌に感じるじりじりとした陽光を避け、木陰のベンチに座っていました。
一人です。
理由はもちろん語らずともわかるんではないでしょうか。
【私ィ、今回のことである結論に至ったんですぅ。ずばり!オンラインキャラクター物色しましょう!!絶対イケメン揃えてますって!!ねぇねぇ!!いこーよぉー真穂様ぁ】
耳元には煩い、AIのお声が四六時中聞こえます。
「あ、すみませんが私、その白い本もこの黒い剣も使えませんからね。吟遊詩人レベルも高くありませんし、剣なんてとんでもない。私、箸はおろか爪楊枝より重いもの持っていたことがないので。え?何の為にあのクエスト始めたと思ってるの?って。くくっ、いえ失礼。だって貴方、私の顔に特殊メイクを施しましたね。その罰です。存分に嫌な目にあったでしょうから、チャラにして差し上げますよ、お嬢様。ね、私ってなんて寛大だと思いませんか?くくくっ」
胃がずっきりと痛みました。
思わず手元のソファークッションを持ちあげると、勢いよくケイに投げつけました。
しかし難なく受け止めてこちらを見るケイの表情は明らかに馬鹿にしています。
「子供の癇癪ですか?お嬢様、お子様ランチでもお作りしましょうか」
どこかでブチリという音が聞こえました。
今思えばあれが、堪忍袋の緒が切れたというのでしょう。
手持ちの荷物を持ち、金時計を持ち、しかしイヤリングをしっかり外しました。
「どちらに?」と尋ねるケイに、「探さないでください」と言い放って出て行ったのです。
で、今悠々自適の一人時間を贅沢に過ごしているわけです。
が特にやることもなく。『神曲』を開いていました。
「結局私、何ができたんだろう……」
ウェルギリウスが、地獄から煉獄までの道案内を務めたという本書。
ダンテを導いたのがあのクエストでは私達だったということなのでしょうか。
でも、その後、ダンテはちゃんと、いえきっとこの場合は祐馬君だったと思うのです。
彼はどうなったのでしょう。
ゲームプレイの放棄を宣言した彼は、跡形もなくいなくなりました。
あれが仮想映像のものだと思ったから、私は本体を探しに集会所を歩きまわりました。
受付の女性にも尋ねました。でも、誰も伊勢祐馬君がどうなったか知らないのです。
千代ちゃんの存在はまるで初めからそこになかったかのように、
簡単に消えてもさし障りなくされてしまいました。
「……気にしないでおこう。そうでしょう。だってこれはゲームの」
違うでしょう。
だって、彼等は本当に「在った」人だった。
私は彼等にあまり踏み込まなかったから彼等がどうなったか、どういう者だったか
わからなかった。だから悲しむ気持ちはそれほど強くない、と思ったのに。
千代ちゃんの笑顔と、「真穂さん」と呼ぶ声。
伊勢祐馬と言う人が最後に見せたあの表情が頭から消えないのです。
哀しいも憤りも全て失せ去った表情。
諦めでもない、あれは、もう疲れた表情でした。
怒り続けることも、悲しみにくれることもきっと私が考える以上にしたのでしょう。
もうたくさんその感情を使いはたして、空になってしまったから、
残った表情が喜色しかなくなった。
言うなればそんな感じでした。
私は両手で顔を覆い、頭を軽く振ります。
予想以上に、このゲームに…確かに私は気持ちをいれ込み過ぎたのかもしれません。
「お姉ちゃん?」
「……」
「お姉ちゃんってばぁ!!ねぇ、見てた!!僕の芸!!!」
「……??あ、私のことですか」
「お姉ちゃん以外誰がいるのさ!!他は子供かそのお母さんくらいだよ!」
顔を上げると、小柄の男の子が立っています。
なにやら気を悪くさせたらしく、彼は頬を膨らませていました。
「ごめんなさい。ちょっと、ぼーっとしていたの」
笑い掛けると、彼は「そ、じゃあ仕方が無いね」と簡単に赦してくれました。
でも次にちゃんと芸を見せれたのです。
小型のナイフをポイポイ投げ回している芸当に、もっと長いものまで。
実に器用に芸当を見せました。
上手だね、とほめながらも私はこの少年をNPCとして見ています。
普通の子供なら止めさせるところですがあたっても平気でしょう。
えぇ…平気だと思います。
私は彼の装飾を隅々まで見渡しました。金時計はありません。プレイヤーではないでしょう。
第一、栗色の髪の毛に金色の双眸の持ち主なんて実在しません。
来ているものは案外普通のジーンズに、フードつきのトレーナー。
プリントに「一蓮托生」なんて文字が記されています。
「お姉ちゃん」
彼は作りものです。
だから、傷ついたり危ない目にあったとしてもなんだと言うのですか。
そうです。千代ちゃんや祐馬君、トラントや与六君がどれほど。
どれほど不幸な結末になっていたってなんなのでしょう。
私の責任なんかじゃありません。
全部自分で選んだんでしょう?
「お姉ちゃんってば!感想!!感想は!!?」
「あ、うん。なかなか上手ですね。いくらですか」
私は電子マネーを取り出して、彼に尋ねました。
お金をせびるために強引に芸を見せた、そうではないのでしょうか。
「もぉ、お金じゃないでしょ?僕がほしかったのはそんなんじゃないよ!」
「でも、普通は」
「普通は、拍手と素直な称賛じゃないの?もぉ、しっかりしてよ」
胸をすくわれる気持ちになりました。
でもケイの時のような皮肉さも、佐助のようなあざとさもない、
この素直な子供の言い方に私はなんだか滑稽に思えて、可愛く思えて、「そうだね」って
口から言葉が出ていました。
「よし!じゃあ一日僕に付き合って」
「えっ?う、うん。いいですよ」
「それ、嫌だ」
「え?」
「敬語、止めてよ。僕、お姉ちゃんより年下だよ」
「何歳なの?」
「十五歳」
この少年は…オンラインキャラクターではないのでしょうか。
だとしたらプレイヤーは近くにいるのでは。
「どうしたの?」
「え、いいえその、ごめんなさい。敬語癖なんです。社会人ですので」
「ふーん、ね、じゃあしょうがないね。お姉ちゃんのことどう呼べばいい?」
「真穂です。君は?」
「僕?僕有名人なんだ。面倒だからそうだな…あっくんって呼んで」
「あっくん…なんだか変な感じですけど」
「上出来だよ!僕なんだか大人のお姉さんに言われたらドキドキしちゃう。ほら行くよ」
強引に手を引っ張っていくあっくんという少年。
普段の私なら、絶対手を振り払うのに今日はどうしたのでしょう。
この少年の戯れに付き合ってあげたい気持ちになっていました。
***
直江真穂さんの激昂が過ぎ去った室内は非常に閑古鳥でした。
もともと会話はない部屋ですし、真穂さんとケイさんがそれほど仲良くないので普通です。
しかしこの状況はAIの佐助、主にAIとして誘導している私の彼とは違った心境でした。
大変心配な状況です。
あの子はあぁ見えてとても繊細で溜めこむタイプなのですから。
それに、あの子とケイさんには次に大きなクエストが控えています。
「あの花の大量発注依頼に加え、ドラゴン退治、加えて煉獄クエスト…こう並べると壮観ですね」
と、ケイさんはクリアしたクエスト履歴が映し出された液晶投影画像を面白そうに弄っている様子。
宙で文字が踊り、何がなんのクエストかわからなくなっています。
「結構頑張りましたね。まぁ、トラントをつかっていた与六というナイトプレイヤーを
捕まえられたのが大きいでしょうね。地道にいったら早くこのゲームクリアできません」
「なんでもかんでも他人を使うことに慣れっこですねぇ~☆さっすがーケイさんですぅ」
こんな口調だろうか。彼の言い方はいちいち芝居かかっていて言いにくい感じです。
「次のクエスト、防衛ですか?」
「……はい」
「これは動くでしょうね。なんたって現在いるプレイヤーが動いているのです」
「……」
「企業参加のプレイヤーや賞金狙いの者たちは動くでしょう。佐助、私が調べて置いてほしいと頼んだ、ストーリーモード帰還プレイヤーリスト、作ってくれてましたか?」
端末を操作しケイさんの前に疑似ビジョンを出します。
「竹簡、日本のものですよね。また古風な御趣味のようだ」
「佐助、歴史好きって訊いてませんかぁ?真穂様に」
「あぁそうなんですか?お嬢様とはあまり話しませんのでわかりかねますし、話したいなどといたれる思考回路も残念ながらありませんから」
「どうして」
どうしてこれほどまでに、あの子が嫌われなくてはならないのでしょう。
私がそういえば佐助の彼は言います。素直じゃない、それに拒絶している子だと。
「真穂様はぁ、そこまで悪い子じゃないと思いますよぉ。なんやかんや言いながらも、どこか優しいですしぃ。煉獄山のクエストだって、早くクリアするためのケイさんの手っ取り早い強化とか言ってましたけどぉ。でもでもぉ!」
「そんなこと誰が頼みました?余計なお世話です」
冷淡に彼は言いました。
尚も言おうと思いましたが暖簾に腕押し。
ケイさんは以来、顔をあげることもなくただ竹簡の文字を黙読しています。
「一つだけぇ、教えてほしいことがあるんですけどぉ」
あの子は、私の所為で傷ついているのです。
拒絶と言われましたがそれは違う。誰よりも、他人に理解されたいことを求める子です。
「あのぉ……いいえ。ケイさんにとってこのゲームはなんなんですか」
するとケイさんは大いに噴き出して答えるのです。
「その問いに意味はありません。私は、オンラインキャラクターなのでしょう?
私がすることは、ゴールまで彼女を導く。それだけです」




