【それではお答えください。これは誰の為の物語でしょうか】
「真穂さん!!」
千代ちゃんの声です。
「馬鹿馬鹿しいわ……実に馬鹿みたいです」
「真穂さん!!!」
何度も呼びかけてくれるその声に向かって私は叫んでいました。
「だってそうでしょう!?リーチェだなんだっていうんですか?!ダンテがなんですか!
逢えなければそれでいいじゃない。愛し合う男女なんてどうでもいい!!嫌い!!
そんなの大嫌いなの!!?」
年甲斐もなく、怖かったのかも知れません。
みんな私の顔。私が償っている罪の数のような気がしたのです。
私の罪はこれほど……多いものなのだと言われているような気がして恐ろしかったのです。
「こんなの嫌!!!!」
― 嫌だ!!!こんな、こんなのっては ――
「でも私は絶対に許されない!」
― 許されることじゃない ――
誰でしょう。急に頭に殴り込んできた声が、私の言葉と重なり合います。
ダンテの声に、似ているような気がしました。
誰も聞いたことがない声にも思えました。
顔をあげて見渡しても、どこにも誰にも姿在りません。千代ちゃんがいました。
彼女はただ目を見開いて、私をまじまじと見つめています。
驚いたのでしょう。
取り乱す大人など初めて見たのかも知れません。
「貴女を許せるのもきっと自分自身しかないのでしょうね……真穂さん」
「……えっ」
「でももしも、誰かに誰かの声でほしいのなら、私は真穂さんを許してあげたいです」
「……」
「真穂さん、ごめんなさい。私がここに巻き込んだんです。だって貴女は……」
暫くして、彼女の声色があのあどけないものと少し違って聞こえました。
「だって貴女は全額をかけてオークションやってくれましたよね」
落ち着いた声。
顔をあげればそこには千代ちゃんです。
悪戯っぽい笑顔がこちらを向きます。
私はその顔に、そうですね。あの嫌味な男の口調を少し借りました。
「命につける値段なんて最上はあっても最低はない。これ、大人の常識ですよね」
「ふふふっ……うん。そうですね。でも、わかっていない大人が多かった」
千代ちゃんは歳に不相応のどこか寂しい笑顔を向けていました。
「真穂さん、お願いです。リーチェを分かって下さい。
ダンテを分かって下さい。そして伊勢を助けてほしい」
彼女の言っている言葉がおかしく聞こえるのは、私が取り乱しているからでしょうか。
千代ちゃんが昔、私のような経験をしているというのでしょうか。
でも私の言葉尻で何か察することなど不可能だと思います。
言葉だけでは「私は昔取り返しのつかないことをして、その免罪がほしいが与えられることはない」と言いました。たぶんそんなことを言っています。
千代ちゃんもそんな経験をしたのですか?こんなまだ年端もいかない子が。
それとも一生懸命私の心境を考えて話してくれているのでしょうか。
慰めようとしてくれているのはわかります。励まそうともしてくれているように見えます。
でもどうしてでしょう。彼女の言葉はどれも空虚に思えてしまうのです。
「真穂さん」
「……ごめん、もう大丈夫です」
空を仰いで何か言いました。
「あかずして別るる袖の白玉を君がかたみとつつみてぞいく」
和歌に明るくない私には、意味がわかりません。
それでも、かたみという言葉が気になる程度には感性が育っていました。
「私は笑うのです。泣くのは心を悲しく残すから。どうか覚えているのは笑顔であって欲しい。
そう思ったのです。でも……無理でした」
「千代ちゃん?ごめんさっきから何を言っているんですか?」
貴女は一緒に私とこのクエストをクリアするプレイヤーです。
そうでしょう?その言い方はまるで。
「お願いします。……もうわかったでしょう?リーチェの心がどこにあるのか」
煙が消え失せて行きます。
人々も徐々に消えて行きます。ここにいるのは私と千代ちゃん。
荒涼とした山に煌々と月があります。
それを見上げ、それから目を閉ざしやがて頷きました。
すると掌が焼けるように熱く、押さえ込むとうっすらと数字が滲んでいました。
深紅の色で7010。
千代ちゃんは掌を掲げ見せてくれました。1204と穿たれた数字。
色はチャコールグレーに染まっていました。
「意味がわからないです」
言わずにいられませんでした。これは怒りに似ていたのかも知れません。
もちろん千代ちゃんに対してではありません。
「……どうして?なんですか」
他でもない千代ちゃんがそう問いたいでしょう。
悔しく虚しく憤りの表情をうかべる権利だって在ります。
でも彼女は笑っていました。
「私もできればこんなことになってほしくはなかったんですよ」
困ったような笑顔を浮かべた後、それから両の掌を広げていました。
その時千代ちゃんの前にメリーが現れます。
すぐさま、私との間に入りますが千代ちゃんは言いました。
「メリー、貴女はこの為にいたんでしょ」
「……千代、でも私は今のままでは誰の力にはなれない」
「私はここで永遠に共に居てほしいんじゃない。私と彼を隔てるものはね、もう大きすぎる。そして、やっと巡り会えたチャンス。ね?メリー……、私の魂賭けさせて」
メリーは、なにも言わず拳銃にそえていた手を離し、私の進路を開けます。
ノイズ音が急に音声に早変わりします。
元気でいて呑気なきゃぴきゃぴとした声が響いてきます。
【あ、真穂様やっと繋がった!!元気ですぅ?】
「リーチェの心がどこにあるかわかりました」
【はい?!えっえええええっ!!!ちょ!ちょっと!まじですかぁ】
私はメリーの拳銃を奪い取りました。
メリーは特別抵抗もなく、その掌をひらきます。
奪った拳銃は思いの外重みがあり、両手でしっかり構えないといけませんでした。
照準を向けます。引き金を、ひきました。
***
通信が回復し、映像も無理に出してみたら僕は目を疑った。
[ 鷹司さん!!!メリーどうして!!どうしてなんにもしないんだ!!! ]
直江真穂が何を血迷ったのか、銃で鷹司さんを狙っているのだ。
しかもそれはメリーの二丁拳銃の一丁じゃないか。
裏切りそうな女だと思ったから、僕は警戒してたんだ。
よし、鷹司さんに教えよう。メリーのその正体を、そして撃退すればいいのさ。
でも鷹司さんに話し掛ければ彼女はこういった。
「私が命令しているからです。メリーは動きませんよ」
[ふざけるな!!このままじゃ!!!]
死んでしまうという概念はない。
でも終わってしまう。
「死なないでしょ?だってゲームですもの」
駄目なんだ。
「けれど、このクエストが終われば確実に終わるものがあります」
僕はその続きを、聞きたいとは思わなかった。
「私と貴方の夢が終わるね……マスター。伊勢祐馬君」
直江真穂の指先が動く。
軽い音が鳴った。
短い破裂音。
なにかを終わらせるにはとてもじゃないけれど、安っぽい音だった。
いつかの嵐。慌ただしい土曜日に聞いた心停止の機械音と似ている。
人の命が終わるにはあっけない音だった。




