2【棄権・参加はお任せします】
お菓子みたいな甘いモニュメントがあったり、
へんな着ぐるみが闊歩していたり。
歩いている人間はみんなコスプレ級のアニメテイストで、
建物だってアミューズメントパーク仕様のなにかファンシーな調子だと思っていました。
飛行場から降りて、入国手続きを終わらせ入ったゲームの会場。
そこは私の身近なもので思い当たる風景を、一言で言えば「東京」でした。
天に伸びる摩天楼や、人々のせわしなく動く往来。
加える特質は海外の人々が混在していることでしょう。
至って普通の街並みの光景でした。
しかしここが間違いなく会場なんだろうとは思います。
それにしても不親切です。
もう少し丁寧な案内や説明だってあってもいいくらいです。
「私、暇じゃない。段取りよくしてほしいです」
【 なるほどごもっともだよね~ 】
「・・・?」
辺りを見回しましたが、こちらに話し掛けているモーションをとってる者は見当たりません。
かといって今の声を誰かが聞いているという反応も見当たりません。
【 真穂様 私を肉眼で把握しようというのは無茶ですよ~ 】
「なるほど幻聴ですね」
【 えぇ、無視とかマジ感じ悪いんですけどぉ~。この先上手くやっていけるのかな 】
なるほどこの脳内に響く何かはなんだろうか、と試行錯誤してみます。
とりあえず心当たりがあるとしたら入国手続き時に渡されたこの耳のイヤリングでした。
触れると、見事に反応がありました。
【 あぁ、やめてぇ~ん、エッチ 】
とりあえず、イヤリングを投げ捨てて木っ端微塵にしたくなる衝動になりました。
独り言をぶつぶつ言うのは嫌いなので、どこかカフェに入ろうと思い、
珈琲が飲める値段の手頃な店にはいりました。
見慣れた黒や緑色エプロンの従業員の笑顔と、「いらっしゃいませ」という声。
鼻孔にはいる珈琲の香しい香りに癒されながら財布をまさぐりました。手が止まります。
そういえば硬貨の説明を受けていません。
今、私が持っているのは見事に日本円とカードのみです。
「お金は・・・…」
【あ、大丈夫ですよ。電子マネーを使うんです。
で、現実世界の貯金などは今回ノータッチなんですよ。就労してない人との差が早くも出ちゃうんで。
あらかじめ委員会から配分されている初期金20リリーです。日本円で考えれば1リリー100円ですね】
「2000円しけてるんですね」
【配分する人多いんですから、勘弁してあげて下さいよぉ~】
カフェのレジに並んで、フラペチーノを頼み、壁端のソファー椅子に陣取ると
荷物やら着ているコートを脱いでイヤリングを、ピンと弾きました。
【痛いですよぉ~ どSなんですかって感じですぅ。弱きに優しくですよぉ 】
「うるさいです。あんたがチャートリアルのナビゲーターなんでしょ。説明しなさい」
【お、真穂様ってやっぱり適応能力高めですよね。そうです。でも、最初だけの縁じゃないんですよね、それが。私は、ずっとあ・な・た・の・虜】
イヤリングを火にくべてやろうかと思いました。
なんとか抑えます。
「説明しなさい」
【はい、プレイヤーアカウント3287-79742.
直江 真穂様。私は担当AI・・・あ、名前つけます?】
「は?」
【だってほら、AI萌えとか最近はやりじゃないですかぁ】
「私女性だから」
【またまたぁ~、男女関係ないですよ。だってこのアカウントIDの履歴見てるとぉ~】
「ミニ鼻、泣くなよ、ニー」
【はい??】
「アカウントの語呂合わせ・・・これ私のお姉ちゃんのアカウントです」
【道理で結構古いものだったんですよねぇ。
五年前くらいのですかね。あれ、真穂さんお姉ちゃんではないですぅ?】
「亡くなったの。だから余計に迷惑してます。なんで私、お姉ちゃんの忘れ物でこんな厄介事にまきこまれなくちゃいけないんですか?」
【でも・・・貴方はアカウントで一回ログインされています。名義変更です。だから今回あたっちゃったんですよぉ。ブー、お姉さんに対して冷たくないですかぁ?もうちと言いようがあるんじゃない??】
「私のことはいいです。とっとと棄権方法を教えてください」
【棄権ねぇ~】
「……?」
【何処の世界にさぁ、無期限の有給を許すような要請ができる企画あると思うわけぇ。
そんでもさ、何をするかっていったらゲームの試験プレイヤーっていうじゃん。
でもって賞金もあるわけぇ。良いことずくめじゃない?働かずに遊べばいいっていうんだからさ】
そうかもしれないが、私は違いました。
私は今の仕事が好きだし、辛いこともあるけどやっぱ、それも仕事の醍醐味です。
社交的というわけでもないけれど、いろんな人と関わり話すのだって好きです。
それに土曜日には彼氏とデートの約束だって在りました。
家族との関係も良好だし、友人も高校以来まで交友があります。
バイクも限定解除になったばっかり、軽く走って行きたかったりします。
私の日々は私だけのもの、それを勝手に他の人間が、組織が購入してしまったわけです。
売った覚えなんてありません。
「人権侵害でしょ?どうにか訴えられないの。警察は……」
【FBIにでも?確かに動いてくれるかも知れませんが、委員会は国際政府の意向で動いています。
貴方の日々を高価で購入されたのですよ】
「その利益は私に支払われないんでしょ。それに、売った覚えもないです。もう迷惑です」
【棄権はあんまりおすすめしません。だって購入されたんですよぉ。購入されたのは貴方の「日々」です。かなり抽象的概念ですよねぇ。ただ、貴方の日常が消えます】
「はぁ……?」
【あ、みんなそんな反応するんですぅ。もっと斬新なの見たかったですぅ。棄権した者は例えば貴方の家族や仕事場、友人関係全部が関係なくなるんです。縁を切って貰うんです。お金の力でね】
「私、そんな安い関係を築いてきたんじゃない」
【あれれぇ?まだそんな青臭いこといってるんですかぁ?所詮金がものを言う。そんなのよぉくしっているんじゃないですかねぇ。ま、いいですよ。棄権して、もっと傷ついた方が勉強になるかも知れませんよねぇ真穂様は♪】
私は、思わず言葉をなくしました。
このAIは私が思う以上に、薄気味悪いほどに私のことを知っています。
けれど知っていることを全部羅列するだけではありません。
いかに私が効果的に一番心が痛いと思うかを的確についていきます。
思いっきり不快でした。
PCであればこんな嫌味で非効率なことはしません。
確実に中身がある者じゃないとできないでしょう。
「あんた、モニターの向こうに人間がいる人ですね」
【ご明察。そうですよぉ。私もプレイヤーなんです。
参加の形態は違いますけれど、一人二組でプレイングするんですよぉ。
ナビは私、そうですねぇ……ねぇ私に名前下さいぃ】
「……嫌いなやつに名前なんてあげない。自分で自分の名前を名乗りなさい」
【ぶー、愛が欲しかったのぉ。いいですよぉ、私はじゃあ佐助でお願いします】
「はぁ?」
【私、歴女なんですぅ。あ、でもちょっと違ったアプローチからのですけどぉ】
「どうでもいい、呼ぶ予定ないし。じゃあ棄権はなし。
私は誰かがその陰陽の虚現……だったっけ?それが手に入るまで静観させて貰います」
【それもできないと思うんですよぉ。だって暮らしていかないとだもん】
「はぁ?」
【とりあえず、移動しましょうね。えっと、それにキャラクターもゲットしないと】
カフェ支払いを支給されたカードですますと、AIのナビするとおりの道順を歩いて行く。
通されたところは古い時計塔でした。
天井が高く、石造りのそれは中に入ればひんやりとした温度を保っています。
整列された木造の長椅子。中央に聳え立つのはなにやら知らぬ像がありました。
説明を求めるまでもありません。このゲームの中での神様か何かでしょう。
何人かのシスターがその巨像に向かって祈りを捧げている後ろ姿が見えます。
「ここでどうするんですか?」
【修道女に話し掛けて下さいねぇ。あなたの性格診断をされるんですよぉ】
「あんたはしないんですか?」
【さ・す・け、ですってばぁ~。私はAIですもん~♪真穂様がされるんですよぉ。
せいぜい激辛な性格診断結果を食らって下さい。あ、でもできればいいカードを引いて下さいね。
今後深く関わってくるんですから】
「何言ってるんですか?」
【真穂様が凶悪なモンスター、迅速にファンタジーの依頼こなすの、できっこないでしょ?
だから真穂様の手となり足となり動く……そうですね。キャラクターが選出されるんです。
一回だけチャンスなんで、気をつけて下さいね。あ、ご飯の時間なんでちょっと席外しますよぉ~。
お母さーん、ハンバーグだよねぇ!!】
と、強引にぶつんという音が聞こえてました。
ここからが説明多き話ではないのかと思うけれども、向こうも人間。
いちいち突っ込みが追いつきません。
「あら、貴方は参加者ですか?」
「えっ、まぁそんなものです」
我ながら酷い挨拶だと思います。だってしょうがないじゃないですか。
どうしたって拒否権がないってわかっていても、
受け付けたくないものを受け入れるなんて事はだいたいかなりのストレスです。
「では、IDが刻まれている参加証であるものを提示して下さい」
優しげな表情のシスターが手を差し出してきます。
金色の懐中時計を差し出しました。
きちんと秒針が刻まれたそれは、シスターの手に触れられると瞬く間に耀きを放ちます。
「な、なんですか?これ……」
「あなたにはこれから一つの疑似空間街へ行って貰います。そこで思うままに行動して下さい。
さすれば、貴方の魂に相応しい、貴方のパートナーが見つかるでしょう」
そんな馬鹿な台詞を現実の人間が現実に言っているのに恐ろしく違和感を感じまくりです。
第一に、パートナーって言い方がなんか赤鷺みたいです。
視界がシスターの笑顔と捉えていたのに、ぼやけてまばゆい光の彼方に消えて行きます。
手を伸ばし何かに捕まろうとしました。
けれどもその手は、シスターでもなく、いかつい誰かの手を握りしめたような
気味悪い感触がしました。