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[ 彼女ガ生キル世界 ]

伊勢というのがこの僕のHNだ。

職業というのはおかしいが医師の息子で大学生をやっている。


将来はチームのメンバー入りが決まったが億劫で仕方がなかった。

君らは人の命を仕事で奪ったことがあるかい?

僕自身、学徒だから奪ったことはないんだよ。けれど奪った人なら何人も見た。

先日同じ大学ゼミの大先輩が病院を辞めていったのを聞いたんだ。

先月に「大丈夫って言ったじゃないですか」って遺族に泣きつかれていた様子を見た。

先輩は辛そうに頭をさげて、何も言わなかった。

僕がそんな先輩を見て、医師の仕事を目指さなくなったとは残念ながら違う。逆だね。

でも面倒そうだとは思った。

彼等はただ患者を治すだけで精一杯だ。

精一杯尽力をしたのに、目が回るほどの忙しさとストレスで気がおかしくなるんじゃないかって思うのに。

営業?販売?広報?企画?

たかだかお金儲けだけを思っていて、なんの生命倫理に触れないお気楽な職業者の、

言っていることなんて羽虫程度の影響しかない。

僕の将来はエリートだとさ、ってね。


勉強のストレス発散でやってみた戯れだけどそしたら女の子が担当になった。

それも驚いて欲しい。中学三年生の女の子なんだ。

名前は鷹司千代。

今時珍しい天然記念物級の大和撫子な容姿に加え、性格だった。

僕のおもったとおりに動いてくれるさながらゲームキャラクターみたいな子だと思った。

でもどっかで聞いたことがある名前だった。


〔さきだたぬ悔いのやちたびかなしきは流るる水のかへりこぬなり〕

「えっ」


賑やかなオークション会場で、僕はぽつりと呟いた。

すると耳のいい彼女は聞き取った。それから笑って「懐かしい」と言っていた。


「まだ覚えていたんですか?……ごめんなさいね。私あの時、気が高ぶっていて」

無理もないだろう。

彼女はこの歌を僕に呟いた時期、たった一人の肉親を亡くしている。

兄20歳と妹15歳。身寄りのない二人はお互いを支え合って生きてきた。

そして二人から一人マイナスされて、残った。

まとまった保険金を彼女はまま寄付金に回したと記録がある。


「オークションはじまりましたね……」


悲しげな声に我にかえる。

会場の様子を切り替え映像で見つめた。

なるほど闇オークションがからんだ物語クエストを受けたのだったっけ。

痛ましい光景がたくさん並んでいるが、

画面越しの僕にはいまいちリアリティに欠ける光景だった。

第一に手術室での父の話の方が何倍も恐ろしい。

クエストは「ベアトリーチェを落札する」こと。

ダンテという人が依頼主だ。詳しい話は彼女の方が詳しい。

とにかく、ほら、目的の人が出てきた。

金を全部つぎこんで落としてしまえばいい。

「958000000リリー」

声が上がる。

なんだその破格な値段は。周囲を警戒した。

声の主は女性。赤いドレス姿の知的な印象を持つ女の人だ。

「958000005リリー」

〔ちょ、ちょっと!!〕

それは苦心してこの世界のカジノでいかさまして集めた大金だ。

大金全額かけるっていうのか、相談もなしで。

「ごめんなさい。でも絶対に助けたい……」

女性の声が張り上がる。それもたいして時間をかけずに。


「968000000リリーでお願いします」


無理だ。そんな大金持ってない。

僕等はクエストを失敗した。

でも、消沈する僕等の空気を打ち破ってくれたのはメリーだった。

「……あいつ誰も連れていないみたいね」

「メリー?」

幼子をたしなめるように、メリーは見上げてくる鷹司さんに語りかける。

「わからない?動作がすべて規定的なのよ。あたしは騙せないわ」

言い切ったメリーの断言に、確証が欲しくていろいろアプローチしてみた。

なるほど確かに、今あのドレスの女は誰も連れていない。

「えっと、じゃあ、私達の力が必要になり……ますね?ねっ?!メリー」

「そういうこと。クエストを横取りできるかもしれないね」

「もぉ!メリー!!私、そういうの大嫌いです!!」

悪気無く「ははは」と笑って、メリーは「いくよ」と促す。

鷹司さんは顔を膨らませながらも懸命につていくのだった。


***


そして今に至るわけだ。

ダンテさんの話によれば、オークションでおとしたベアトリーチェは正気がない。

だからってどうしたものかと言えば、鷹司さんが自信満々に言うのだ。


「煉獄山にあるんですよ!!」


そんな馬鹿なと思ったが、彼女の言葉はこのクエストの解除ワードになっていた。

新しい場所の出現を可能にしたのだ。

意外にこのゲームを作った人間は単純人間なのかもしれない。

でも、鷹司さんは言った。

一人じゃ心細い。

ゆえに先ほどのオークションとの女性と一緒に協力していきたいと思ったみたいだ。

横取りを提案したんだが、お人好しの彼女らしい言葉が返ってくる。

「強力しないと駄目です。ね?」

正直者は馬鹿を見る。それを僕はよぉく知っている。だから見ようじゃないか。

赤いドレスの女―直江真穂が、もしも鷹司さんを裏切ったら教えてあげよう。

僕等と共にいるこのメリーという女性の「正体」を。


「久方の天の河原のわたしもり君わたりなばかぢかくしてよ」

〔悲しい歌ばっかりじゃないか?〕

「えぇ、でもこれは秋の歌です」


生を謳歌した夏は終わり、死に行くだけの季節。

秋はきらいだ。寂しいから。


「リーチェさんとダンテさんって愛し合ってたんでしょうか」

といってメリーの隣に並ぶ、ダンテを見やる。

ダンテはベアトリーチェを愛おしげにしかし悲しげに見つめるだけだった。


「絶対に、逢わせてあげましょうね」

それは自分と重なるからかい?と言いそうになって口を押さえる。

兄和彌さんが亡くなった朝ケンカをしたらしい。

それは些末事ででもなぜかこだわってむきになったのだ。



――「そんなことあったか?気にしとらんけん。帰ったらケーキ、食べような」――


これが兄の最後にやりとりした言葉らしい。

愛読する白い表紙の本をおいて、彼女は窓を見つめながら話していた。


――「あの光の空の中に、兄がいるんでしょうか……」――


君の兄は煙突の煙になって空に消えて雲にでもなったんじゃないか。

みたいな現実的なことを言おうと口を開きかけ、僕はやめた。

同意したんだ。「きっとそうだね」と。

彼女は微笑みをこぼした後、泣いていた。


懐かしい、遠き日の思い出だ。

それ以来彼女とこうやってちょくちょく話す様になった。


これは、ここは、彼女の最後の「世界」だ。

誰も邪魔はさせない。



たとえ他のプレイヤーを排除しても。



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