Story: mode【煉獄山の挑者を開始します】
「Your time is limited,so don't waste it living someone else's life……」
呟き、ため息をつきます。
ケイはいません。ですが代わりにこのお嬢さんがいます。
意気揚々と前を歩き、その前をメリーという女性が。
もっと前をダンテという男が。
そしてメリーはその優美な姿態には考えられない万力で物言わぬリーチェを
お姫様抱っこしながら歩くのでした。
【メリーさん、お姉様ぁって感じしません?いいねぇ~】
「ミーハーって言われません?」
【それ、もう死語ですってばぁ~古いなぁ】
「じゃあ今で言えばなんて言うんです?」
【なうい、っていうんですよぉ】
そっちのほうが古い気もするのですが。
「真穂さん、はやく行きましょう!!」
覗き込む顔。悪戯っぽい笑み。
両手で一生懸命私の腕を掴み、前へ前へと誘っています。
鷹司千代。
話せば悪い子ではなく、むしろ良い子かもしれません。
挨拶も折り目正しいし、私を年上としってか敬語は外しません。
良い子です多分。
でも今の私にはその良い子の気性は少し、辛い気持ちにさせます。
「いいから、ちゃんと見てるから」
「はい!ちゃんと、見失わないで来て下さいね」
「うん、わかりましたから」
目をきらきらさせて頷く仕草。こちらのことを疑うことなく見つめる眼差し。
背中を見やり、またため息をついてしまいます。
【真穂さぁん、鬱ですかぁ?】
「どんなことをしても早くクリアしたい……でも私は」
私のしたことは大人げないことでした。
けれど謝ろうにももう先方は私に敵愾心以外なにものも抱いていないでしょう。
こんなことを考える私は、なんとも優柔不断で煮え切らないやつだと、自分が嫌になります。
なるほど、佐助が言う「鬱」というのがそういうネガティブのことを言うのなら
確かにそうかもしれません。
【……ケイさんならきっとこういいますね。お嬢様ってそんなに繊細でしたっけ?
おっと失礼レディにこう言うのはしつれいです】
続く言葉は分かります。戯れに言ってみました。
「【 これ、礼儀ですよね 】」
佐助と私の声が重なりました。
佐助は心底【私たちぃ、なっかよし~】とか言っております。
言わなければよかったと心底思いました。
険しい山獄と呼べる山々。
花は咲かず、動物すら住まないこの山。
煉獄山と呼ばれる地名だと、千代ちゃんは言っていました。
べアトリーチェとダンテ。
その両名から、おそらくゲーム設定者がなにかクエストを作ったのだろうと言っていたのです。
煉獄山の頂上にて、永遠の淑女ベアトリーチェはダンテを待つ。
そんなくだりがあったように思えます。
すると佐助がなにか口をはさみました。
【それって、『神曲』ですよね】
「……」
【なんですぅ?】
「オタク?」
【ち、ちがいますぅ!!佐助わぁ、歴史オタクなだけでぇ!!神曲って言うのはちゃんとあるんですぅ。ベアトリーチェって人も確か実在したかなぁ。ええっと、でも作者と結ばれないんですぅ。
だから、作者は未練たらたらで本に、彼女を神格化して出したって説あるんですよぉ】
「博識ね」
【知らない方がびっくらたまげたぁですぅ。大学でましたぁ?】
「出たけど遊んでたわ、私」
大学時代に勉強なんて医学部とかしかしないんじゃないでしょうか。
私は商学部。大学講義など申し訳ないけれど統計とかしか興味はありませんでした。
働いている今だから思うけれど、大学時代くらいだと思います。
自分で時間を決め、行動できるのは。
幼い頃は学校が、社会に出れば組織が、自分の時間など容易に消えるんです。
【自分の生涯は思ったよりも早い。他人のなにかに消費されている時間なんてないぞぉ。そういうこと言ってましたよね、さっき真穂様】
「……なんだ英語できるんじゃないですか。それとも名言だったから知ってましたか」
私の英語は早口だから聞き取りにくいと評判なのですが。
【佐助ちゃん、なんでもぉ、できちゃうんです】
「……」
イヤリングをこの山の麓において言ってやろうかと思ったんですが。
AIの声が珍しくそれを遮るような言葉を言うのです。
【ゲームの世界。クエスト構築されたこの場所。煉獄山と千代様は言ってましたよね】
「まぁ」
【ウェルギリアスがいないのに登る事なんてできるんでしょうか】
「うぇる……?」
【真穂さまぁ、ケイさんいないんです。気をつけて下さいね。そ・れ・に、わかってます?】
AIの佐助はこの後、デートらしいのです。
だから遠隔になるので環境が整っていないところだと、ちゃんと対応が難しいとか。
加えてきちんと言い添えてくれました。
自分が行ったことは自らにかえってくる、そんなもの百も承知です。
「私、もう絶対に裏切られません。
裏切ることはこの先いくらでもあっても裏切る方が悲しくはないですから」
【そぉ、くーる~♪秘訣はなんですかぁ?】
イヤリングから指先を離し、ふと前を見つめました。
言葉少なげに、笑みをうかべながら千代の物言いに耳を傾けるメリー。
千代は次から次へとくるくる表情を変えて、メリーに言って聞かせます。
その様があまりに楽しそうで、前を行くダンテも歩くスピードを緩めていました。
彼はメリーの傍らに、二人のやりとりを見ながら愛する女性を見ています。
虚ろな眼差しをしているリーチェの、横顔を悲しげに見つめています。
おそらくは、ダンテとリーチェにあったであろう楽しげな日々を思い出しているのかも知れません。
私には、どうでもいい。
でもこのやりとりと雰囲気に、少し昔を懐かしむ心を呼び起こしていました。
私の不覚でした。
この場所は煉獄山。地獄ではありませんが、天国ではありません。
まだ入り口に過ぎないのです。
頂上の常春の楽園。人類が黄金時代にいた住処でもないのです。
罪を、浄化する山田と失念していたのです。
どこかで「ゲーム」だから大丈夫だと、思ったのです。