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【ストーリーモード:開始します】

私は今、自室で何もしない日々を過ごしています。

ケイは購入したてのソファーで寝転がり、いっこうに起きません。

佐助は「萌え」とか言いながら、何か接写している音が聞こえてきます。


私は何もしていません。それが苦痛です。


お金はくさるほどあります。

けれど、金時計の反応がきわめて緩慢になってしまいました。

AI曰く【ケイさんが本調子じゃないんですぅ。クエスト受けれるまで回復したらいいですよ】

らしいです。


ケイはといえば、何も話すことなく眠って起きません。

油性のマジックを取り出し、丁寧に彼の顔に髭面や鼻毛を書いた後、私のすることがなくなりました。

ちなみにこの人、回復するのは今より9日はかかるそうです。

家賃も食料も、事足りていますが苛々します。

なんだかこの何にもしなくていい日々が私の気持ちを逆撫でしてゆきます。

一日中仕事もなにもしない日々が続くなんてありえません。


手慰めにノートPCを購入して遠隔地から家のPCに接続し、

設定をすませて本業の仕事をしていましたが、会社にいけないのでは意味もありません。

仕事をし、成果にでないとやる気にならないのが私の性格です。

4日で飽きました。

飽きたときは何をするかといえば、ゲームでしょう。

しかし彼が回復するのは長すぎます。

で、現在に至り、AIに柄でもなく話し掛けているのです。

「……そういえば与六君どうしてるの?」

【あ、あんまり近寄らない方がいいですよぉ。絶対復讐されますって】

致し方ないでしょう。

大金を総取りされた末に、

自分のオンラインキャラクターをどうやらほぼ再起不能状態にされたのですから。

では生計はどうたてているのでしょう。


【そ・れ・は、バイトをしてるんです。現実側でのシステムはなんら変わりません。

ただ大変薄給ですけどね。あと、キャラクターが復活したら鬼のようにクエストしないと、このゲームクリア不可じゃないですかねぇ】


ここではゲームをしてもらおうのがメイン。それ以外の横道にそれてしまわないように、

ゲームをしない人には生きにくい社会システムを形成しているらしいです。

詳しいことはAIが前作ってくれた分厚い冊子があるけれど、読む気も起きないです。


「随分都合のいい設定ね」

【いいんじゃないですかぁ、半分ゲームなんですからぁ】


と欠伸混じりにAIはぼやいています。でもよくはありません。

このまま何もしないのであれば、私の気持ちがノイローゼになります。


「……ねぇ、キャラ使わなくてもクエスト受けれるのは受けられるんですよね」

【はぁ、まぁって感じですけどぉ】

「お金ならあるし、討伐とかじゃなければケイって用無しじゃないですか」

【あぁ、相変わらず言葉を選びませんよねぇ、ケイさんに対して】

「あたりまえです。たかだか架空人間に何を気遣えっていうんですか」

【はぁ、まぁいいですけど……ちょっと待って下さいねぇ】


苦笑混じりの言葉でAIは何かパソコンのキーを叩く音が聞こえてきました。

そして、ふふっと笑う声がイヤリングから零れた後、こういうのです。

「じゃあ真穂さま、偽善をいっちょしてみますかぁ」

相変わらず腹の立つ言い方に定評があるやつだと思うのは私だけでしょうか。



***


天井はシャンデリアの光沢が眩しく、床は赤い絨毯が敷き詰められた会場です。

白いテーブルには贅沢をつくした食べ物が並び、召使いの人がワインを持って

飲み物が行き届いているか歩き回っています。

ドレスコードといいますか、皆高価そうな衣装を着て、仮面を被っています。

私も場にあった服装でここにいます。

【やっぱりせっかくスレンダーボインなんですから、サービスしないとぉ】

とかなんとか言い含めたAIが勝手に選んだのはこの一着。

現実のものなので恐れ入ります。

多額のリリーから拝借したみたいですが。

紅を基調としたタイトなドレス。

足に深いスリットが入っていて、

上の胸元と肩がばっくり露出しているエレガントでちょっと上着が欲しくなる服装です。

文句を言うと、佐助が【しょうがないですね。じゃあワンポイントぉあげますぅ】

白いレースのショールを貰いました。それから、黒いリボンに大輪の桃色花のチョーカー。

それが召使いの人からそっと手渡されます。

「これも、貴方から?」

ドレスはともかく、ショールとこのチョーカーは可愛いものです。

【え、チョーカーもですかぁ?じゃぁそういうことにいたしますねぇ】

「なんですか」

【別になんでもないぞ☆さ、お目当てまで胸くそ悪いオークションを眺めましょうね】




この会場は、闇のオークションみたいなのです。

Story:modeのクエストでキャラを使わなさそうなクエストだったのですが、大金が要ります。

目的は一つ、ある商品を是が非でも手に入れることでした。

AIの検索だとここにNPC以外紛れ込んでいるプレイヤーの中で、私はダントツな

所持金額を保持しているようなのです。ですから容易に勝てる、そう保証を貰いました。


たとえ、目の前にほとんど全裸の子供がおじさんや妙齢の婦人に卑下な笑いのもと、

落札されていても。

見事な美術品が成金紳士に引き取られていっても。

豪華な財務を誇る男がうら若い乙女を奴隷のように引っ張っていっても。

亡国の王が、ほとんど子供でも買える金額で買い取られていても。

耳にしたこともある名剣が、何もわからない幼い子供のおもちゃみたいに手に渡っても。

それら一斉に目を瞑ります。


目的の品を手に入れるためならば、他にどんな犠牲がならべられても迷わない。

これは、私が今まで生きてきた中で一番得意な方法です。


「では本日花形の商品であります。これをご覧あれ」


銀籠の中に、両手を籠天井につるされている美しい青のドレスの女性。

はだけそうで見えない胸元や大きくあいた背中のドレスは

商品をより狡猾に売り込もうとする意図を感じさせます。

ですが、彼女はその姿すら高潔で美しく、目を奪われました。


数羽の鳥が共に入っていたようで、覆われた布が取り払われると会場を抜けて、外に飛び出して行きました。

小さき鳥はその籠目を這い出て飛ぶことはできるのに、

大きい人の身はその籠目が小さく、抜け出ることもできないのはなんだか皮肉に思えました。


感嘆が漏れました。舌なめずりが聞こえました。含み笑いも聞こえました。

密やかな噂話に花が咲き始めました。

【さ、どう責めます?真穂さまぁ】

「なるほど、確かに偽善者ですね。でもね。それはこれの前の商品達の時、

 私の心が少しでも動き、助けたいなんてぼやいたらきっと私は偽善者なんでしょうね」

【動かなかったんですかぁ?】

「逆に尋ねるけど、あいつら所詮このゲームシナリオの架空人物じゃないですか。

 情を起こすだけ無駄骨ってもんです」

【なるほどぉ、真穂様らしいぃってかんじですよねぇ】

誉めていないでしょう。

ケイと並び、このAIだって素直に私を誉めることなど銀河の中で死兆星を見つけるような

感じで探しにくいのですから。

いいです。架空人物や顔も知らぬ他人なんかの相性、他のプレイヤーなんかの交流よりも、

私には取り戻したい、帰りたい現実があるんです。

手を勢いよく上げ、私はほぼ所持金の全額を告げます。

乱入クエストも、キノコクエストも、あのサーチェスティンの花のクエスト。

それからソファーとかドレスとか購入して多少減ったけれど、

今持っている金額を、告げました。


「958000000リリー」

「958000005リリー」女性の声が私に対抗して張り上がります。


そうですね。人身を買うのです。

多少の余力を残すというのがそもそも間違いなのかも知りません。

【ちょ、真穂様……もしかして!!】

AIの動揺した声が聞こえますがかまいません。

「968000000リリーでお願いします」

【真穂様……競馬とか競艇とか全額賭け好きなたちですかぁ】

まさか。

そんな保険もないようなお遊びごとは大嫌いです。

ギャンブルなんて大嫌いです。

でも、所詮はゲーム。これくらいの賭けしたって楽しいんじゃないでしょうか。


会場は静まりかえり、皆私の方を注視しています。

幾多の視線にも負けず私は言ってやりました。

「これ以上、出せるっていうなら出してみなさいってかんじです。この腐れ貴族ども」

ざわざわとざわめきましたが、誰も言い返す人もなし。

木槌が何度かなり、司会進行役が告げました。


「金額更新者無し。よって、直江様の落札が決定されました」



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