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13『おっさん的にはオンラインキャラクターの変更を推奨します』

荷解きしてまだ間もない部屋。 

雑多なものがいろいろ転がっている。

とりあえず足で一蹴りして、足場を作る。

背に負う重さは不思議となく、それが異様に虚しい気持ちにさせる。

それでもベッドに丁重に下ろす。

血の気がない顔色を眺めながら、梵天丸に尋ねる。


「トラント、大丈夫なのか?」

『あ?心配してんのか?だいじょうーぶだって、だってそいつ生身人間でもないし』


わかっている。俺はそんな意味を訊きたいんじゃない。


「消えないよな」

『……うーん』

「どうなんだよ」


梵天丸の何かため息みたいな音がイヤリングから聞こえた。


『俺がこいつとコンタクト取ったとき、こいつかなり深手を負ってたんだ』

「だからなんなんだよ」

『それなのに、何をしたと思う』

「おっさん!!!」



早く言えば良いのに、大人ってやつはいつも遠回しに話をする。


『お前の言葉に従ったんだ。そいつは立派な騎士様だったぜ』


俺の言葉だって……?

俺はただ、帰ってこいと言ったんだ。

きっと真穂さんが泣くからケイとも一緒に。

トラントも無事で帰ってこいって俺は言った。

だったらなんだよ、約束守れてないじゃないか。


「嘘吐きじゃんか」


強いっていっても、こうやって満身創痍でいる。

集会所にいる医師みたいなユニットに話し掛けてみてもらったら、

もう回復は絶望的って。

梵天丸の話では、ドラゴンを撃退する為になにかを自らで解除して使用したらしい。

現れたのは見たことのない剣。

けれども、刃が少し欠けた剣だったそうだ。

でも臆することなく、それを手にして走るトラント。

俺と話している時、過ごしている時のどのトラントにもない気迫があった。

あんまりピンと来ない。

女の子のことを褒めちぎる姿。

毎回花をどこから取り出すかわからない馬鹿。

その方がトラントらしい。

俺のことをこの上なく子供扱い。頭を撫でてくる癖。

呑気で、なんやかんや考える方が馬鹿みたいに思えてくる笑い顔。


そうだな、確かに全部が架空だ。

でもだからなんだっていうんだ。こいつは俺の相棒だ。


『ま、騎士なんてひきあてる幸運を確かになくしたくないわなぁ。似ているようだが戦士はてんで魔法とかそういう耐性がめっきりない。だが騎士は特殊能力を持ってたりする。トラントも何か持ってたんだろ……龍殺しが果たせるんだしな』

「龍殺し……って」

『紛いなりにも龍殺しなんて果たせるのは騎士の類に落ち着くやつじゃねぇそうだ。英雄。ヒーロー様々ってやつなんだろうよ。こいつの正体はな』


トラントを見下ろす。眠って呼吸もしないトラントを、俺は見つめた。

英雄とどうしてもトラントが結びつかない俺はおかしいんだろうか。


『ま、クリアしたいんだったらこのキャラは棄てる方が賢明だなぁ』

「今なんていった」


イヤリングの向こうの声は、大して驚きもせず臆せず話す。


『オンラインキャラクターの変更手順をそっちによこす。目を通してけ』


梵天丸が言うと同時に、俺の足下に何か雑誌が落ちていた。

水着のお姉さんがきわどいポーズと上目遣いで写っている表紙。

だがめくれば真面目な文字の羅列だった。

文字群の中に「消滅」という言葉ばかりが目につく。

トラントがもし今、意識があって俺が「消してもいいか?」と訊けば

なんと応えるだろう。なんとなく、応えの予想はついた。

自分の正体を探らないでくれ、そう言っていたトラントの顔が思い浮かぶ。

きっと同じ表情で言うんだろう。


「ま、いいかって」


あいつは言うんだろう。

いや、あいつの気なんてしるもんか。


『おお、決めたんだったら話はえぇな。じゃあ早速消滅させますか、ぱぱっとね』

「なに寝ぼける。おっさん」


もしも、トラントがいなくなるならばそこで俺の冒険も終わり。

もったいないかも知れないが今決めた。

たとえ短い時間でも、相棒と認めた以外のやつと並んで歩くのは我慢ならない。


「なんとかなんないのか」

『ったく、若いねぇ。もっと生きるなら汚れないとな』

「……いいんだよこれで」


大人になればそんな生き方もできるようになることは分かっている。

でもだからせめてこそ、まだ汚れた生き方をしたくはない。

できることならぎりぎりまで、俺は「駄目になったらいらない」なんて

目的の為ならなんだってするような生き方はしたくはない。

簡単に捨てたくないんだ。


『だってよ、そうじゃないと勝てないよぉ。クリアできないかも』

「だからいいんだって、俺決めたんだ……トラントが起きるまで待つ」

帰ってくると言ったらこいつは言ったんだ。その意味を曲解はしないと信じている。


『オンラインキャラクター損傷89.777を切っている。再生不可能。もし蘇ったとしてもだいぶゲーム後半。そして、その時はこいつがお前に知っているような性格とも限らない。陽気で呑気で、兄貴みたいなやつだとは思わんことだな、センセイ』

「……人の過去調べやがったな」

『悪く思うなよ。おっさんは遊びでも手を抜かないんだ』


対して恥じでもない。兄は、立派な馬鹿野郎だった。それだけだ。

でもやっぱり人の、特に俺にとってはあんまり触れて欲しくない部分を

勝手に探られるのは気分がいいもんじゃない。


『まぁ悪いことしたからついでにばらしてやる。俺は官僚の秘書様だ。で、墓まで持って帰らにゃならん話も一つだけなら披露してやろう。俺の仕えているやつは、ヅラだ。その経歴は今年で7年目だな』

「その官僚の名は?」

『テレビ見ろテレビ。おっさんも上手くすりゃ映ってるよ』

「わかった。帰ったら見るよ」

『ふん、重大な秘密をあかしちまったぜ。おかげで子供の遊びを久々に本気で勝ちにいきたくなりやがったさ』


愉快そうに笑いかける声に、俺もつられ笑ってしまう。

本当はそんな状況でもないけれど真面目に考えるのも嫌だった。

梵天丸はそんな俺の内心を、察したのだろうか。尋ねてくる。



『あの真穂っていうやつに仕返しはしないのか』

「…………ちょっと黙って」



俺は首からぶら下がっている金時計を取り出す。

クエストクリアという文字盤だが、賞金額はゼロ。

トラントが命がけで依頼を達成してくれた巨額の報奨金。

だが一切それは俺のところには入らない。取り分はみんな真穂さんになっていた。

梵天丸は調べた。

どうやらドラゴンが乱入してくるクエストも、真穂さんが組み込んだものだったらしい。

俺は見事に真穂さんの仕事を手伝い、こちらはオンラインキャラクターを失う。

報奨金もなし。

これからを、俺は手元のこの金額でやっていくしかない。後薬草か。

金時計のチェーンをぐっと掴みあげる左手が震える。

震える左手を、ぐっと右腕でとめ、俺は金時計を首から解いた。

このゲームのプレイヤーとしての資格。機能が集約されている時計。

だがトラントがいなければその本領など発揮しないだろう。

金時計を、トラントの胸の上にのっける。


「トラントが目を覚ましてから。全てはそれからだ」


だから早く目を覚ましてくれよ、相棒。

でもお前ってば絶対に真穂さんを怒らないんだろう。

根っからのフェミニストだ。絶対に言うんだろう。


「女に嘘をつかせる男が悪いんだ……ってお前は言うんだろ?な、トラント」


たまには部屋の掃除をしよう。

そしたらこの馬鹿は、飄々と何食わぬ顔で起きてくるような気がした。

今はただ慰めみたいな希望を、信じた。


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