12 【 依頼達成おめでとうございます。賞金をお受け取り下さいますように 】
クエストが解除されました。
正規の手順をふんで、しっかりとクリアされたのです。
クエストを受けたあの集会所の場所へと戻された私たち。
そこには、トラントと彼に背負われたケイの姿がありました。
駆け寄り彼を抱き取ると、非常に軽かったのです。
本来ならば成人男性など抱えられるわけもないのですが、
なるほど、質量がない架空存在ということをまざまざと分からせてくれます。
しかし、どうしてか丁重に扱い、彼がくつろげるだろうところに連れて行きます。
ケイがここにきたときに座したソファーに身をもたれさせました。
「トラント!」
「勝っちったが?駄目か?」
屈託無く笑う与六君に、トラントも微笑み返していました。
けれども彼の容態も良いわけではなく、すぐに崩れ倒れるところを与六により抱えられました。
「だっせー」と言って与六君は、私の方を見ます。
私の方も、なんだか……おかしくて笑ってしまいました。安心感からでしょうか。
このすましたケイも今は満身創痍ですが、胸のあたりが上下しています。
かろうじて生きている、ここに居てくれています。
「な、諦めなくてよかったでしょ!」
疑いなくそう言い切れる与六君に私は、大人の私が顔を出して素直に言えませんでした。
「ま、たまにはこういう時もあるでしょう」
ケイがここにいてくれてよかったです。
諦めなくてよかったです。戻ってきてくれて本当によかったです。
心では一杯溢れていた素直な気持ちを、どうしても口に出して言えません。
与六君のように、てらい無く言うことなどできませんでした。
我ながら本当に可愛くない物言いです。
「……お嬢様」
呻くように口を開くケイは手をそっと差し出します。
それを反射的に握ろうと手を伸ばしましたが、私の手は叩かれてしまいました。
見ればケイの目は厳しい眼差しをしています。
叩かれた手が、痛く赤く腫れていました。
どういうことなのか?尋ねようとしたら、代わりにAIが言います。
【当初の目的は達成したんですよ。真穂様ぁ……さ、裏切りの時間です】
私は、AIの言った言葉を咀嚼し、ケイの表情を眺め、ようやく思い出しました。
金時計を取り出すと、機械的に私はその作業を行います。
金が金袋に注ぎ込まれるSE音を耳にしながら、与六達を眺めました。
彼等の呑気なやりとり。
彼等の穏やかでいて微笑ましい会話。
こちらに時折向けられる、共に苦難を乗り越えたゆえに在る連帯感の眼差し。
しかし、それが与六君の金時計を操作した直後――
信じられないものを見るような目で私を見つめてきたのです。
液晶画面を確認しました。
クエストと乱入クエストの報酬金がこの手元にあります。
私の元に二人分きっちりと。与六君の取り分もきっちりと。
これで2500000リリーを支払っても500000リリーが手元に残ります。
あのドラゴンはよっぽどの強敵だったのでしょう。
その分報酬額が破格でした。
【やりましたねぇ。ニヤリって感じじゃないですかぁ】
イヤリングの言葉に「そうね」とだけ言います。
それよりも、私は目の前の与六君の眼差しに目が離せませんでした。
悔しがるものでも、侮蔑というものでもないそれはいったいなんの感情を持って
私を見ているのでしょうか。
彼は近づき、私に何か語りかけようとしたとき、その目前に刃が降りました。
ナイフです。ペーパーナイフの類でしょうか。
それが与六君の喉を目掛けて突き刺さりそうになったのです。
しかし、ナイフは透明になって消え失せていきました。
けれども与六君の歩み、行動をとめるのは十分すぎる威嚇でした。
「私のお嬢様に気安くお声かけするのは遠慮していただけますか?」とケイは笑います。
「……騙していたんだな」
「こういう言葉を知っていますか、少年」
ケイは起き上がり、私の肩に手をやると、そのまま後ろにひっぱります。
「騙し騙されるなんて、世の中にはいっぱい溢れています。特にお金はね。
ゲームの中で学べてよかったですね。おや、ちょっとくどい言い方ですね……」
「本当なのか?!真穂さん!」
与六君はケイの言葉を噛みしめた後、私に話し掛けます。
違うんだ、こういう事情があってね……そう説明して欲しいかのようでした。
でもそしたら、悪いのはケイだけになるのでしょうか。それは違うはずです。
嗤いました。無邪気で天真爛漫な笑みとは雲泥の差がある笑い顔でしょう。
「騙される方が悪いのですよ。坊や……シーユーアゲイン。バイバイ」
金時計を逆回転させます。
***
すぐさま集会所の場所は離れ去り、
もとの私の名前がかかっている個人的な空間へと移動切り替えができました。
暖炉には火が灯り、簡素な部屋にはまだ何にも配置されていません。
私と、ケイと二人。
そしてAIが固唾を飲み込んで私たちを見守っているような音が聞こえます。
「どうして善人面ができなんですか?お嬢様の十八番だと私は思っていたのですが」
言い淀み、嫌味で返すのが通常です。でもそんな気になれませんでした。
真剣に彼の言葉に返してみようと思ったのです。
「どうしてあの時、集会所であんな顔したの」
「当初の目的をお忘れかも知れないと思ったので危惧いたしました」
「どうして私を庇うのですか?」
「庇う?……あぁ、だってもっとお嬢様がこの件は私の思惑ではない関係ないのっ!なんて
言って下されば今回の金額だけではなくもっとたくさん彼から搾り取ることも可能かと
思いましたので。お嬢様がどうしてあんなことを言ったのか理解に苦しみます」
「……」
「それもシーユーアゲイン……でしたっけ?実に芝居かかっている下手くそなもの。
あれも計算ですか?ケイという私に無理矢理従っているという演技でしたらまぁ、
理解はできますが、あの単細胞はそんなこと失礼ですが洞察できないと思いますよ」
すらすらと流暢にケイは言葉を連ねます。
私とは違って実に上手に。私と違って本当に迷い無く話します。
「だって貴方一人が悪者じゃないですか」
「はい?」
言ってしまって奇妙でした。
どうして私は、今こんなことをケイに向かって言うのでしょう。
ケイ一人が悪者。それでいいじゃないですか。
だって所詮、ゲームのキャラクターがどう思われようと関係ありません、私には。
「私だって私も貴方の案にのったのです。だから共犯でしょ。
癪じゃないですか。責任あんたに押しつけて……自分だけ被害者面するなんて」
私の言いぐさに、ケイは心底軽蔑だけの顔をします。
不快この上ないと言いたげな彼はそのまま、暖炉の前に座り、こちらに背を向けます。
何も喋らずケイは黙ってその場にいるだけでした。
【……真穂さん、とりあえず以前の依頼片付けましょう?どっちにしてもぉ、今のケイさんはろくに仕事を請け負えるような状態でもないですしぃ。ちょっとこの空気、佐助的には堪えられませんしぃ】
「そうですね……」
ケイは見向きもしません。こちらの言葉にもなんら興味を示さず、
ただ暖炉の炎を見つめているだけでした。
「……私は、間違ってませんから」
「そうですね、貴方は間違っていない。ご満足ですか?」
「何が」
「気が付いてないんですか……よい頭のレベルをしてますね」
にっこりと笑顔を浮かべた後、ケイに一輪花を投げつけました。
あの依頼の、用意する花で一輪だけ咲き満ちてしまった花。
どうせ捨てるつもりだったものです。
「どうぞごゆっくり」
沈黙する彼の後ろ姿を一瞥した後、
部屋を出て行くのでした。
言い交わした言葉以外、ケイは何にも言ってくれぬままでした。