11『おい、帰ったぞ。と、キーワード:龍殺し を手に入れました 』
やっとの思いで接続成功。
エンターキーを押せば、なんだか見たこともない予想外の光景だ。
『おいおいおい、俺がいない間になんだか修羅場ってない?トーちゃん』
「えぇ誠にもって、大変な感じですね」
本業から戻った俺は梵天丸として接続するといきなり、エラー。
強引にもぐりこめばトラントの方に音声映像共に繋がるが、いつもみたいに見なければよかったと思う。その彼の状況は芳しくない。
トラントは言い捨てて、血混じりの唾を地面に吐き捨てた。
額から流れる血を腕でいかほど拭ったのか、腕は真っ赤な血で汚れている。
梵天丸は幾度も与六に接続を試みているが、障壁が構築されていて解除に時間がかかる。
でも、与六からの音声は聞こえている。無茶な難題だ。
『トラント、俺は与六君にアドバイスする。ってことはつまり……お前を見捨てる方法しかない。
それでもいいかぁ?おじさんは非常に辛いんだが』
努めて軽く、重い話をトラントに伝えた。オンラインキャラクターの初期化。
それはトラントの消滅を意味する。
「それは駄目だと、与六は言うかな。それに……私が騎士だから」
そんなことはないだろう。
だってあの甘っちょろそうな坊やだ。
たとえ吟遊詩人であっても、だれであっても、初期化を遮るだろう。
でも何にも言わない。
無言の俺に苦笑しながら、トラントは立ちあがる。
手にしていた銅剣はもう炎で溶けてしまい、
どろどろの銅の塊としてあるだけで鋭利さがもうない。
トラントの視線は違う方向を向いた。
ケイというやつの方だ。
あいつは確か今回のクエスト参加者のオンラインキャラクター。
名前はケイと登録されているそいつだが、立ち回りが見事なもんだ。
特殊な訓練でもうけてるのかっていう身のこなし。
サーカスもびっくらこく、レベルのよけっぷり。
やっぱりゲーム中ならではというものなんだろうか、臨場感と存在感がある。
だが見事な立ち振る舞いも、残念なことに決定打を与えられておらず、
回避にいたずらに体力を削り、更に蓄積していく攻撃にどんどん疲労の色が遠目からもわかる。
ドラゴンというやつ、その姿はさることなが数値が破格の攻撃力と防御力だ。
勝てるのか?今のステータスじゃ無理だろう。
だがオンラインキャラクターは逃げることが出来ない。
瀕死の重傷をきたすくらいにぼろぼろにならないとクエスト終了にはならない。
それに今このクエストは明らかにイレギュラーだ。
バグっている状況だといったら説明がつくだろうか。
今数値を正常に戻す作業をしているが、
俺の本業が昨晩に限って徹夜だったせいか、普段できるスピードが追いついてくれない。
その時、奮闘していたオンラインキャラクターが倒れ伏せた。
ドラゴンの視線はもれなくめでたくトラントの方に今向いた。
『勝てるか……?』
愚問だった。勝てるわけがないのだ。
申し訳ないが、トラントとはここでお別れの時間なのだろう。
案外与六と気があっている様子だったのでそれが見れなくなるのも名残惜しいが、
仕方がない。
虚しく与六の声だけが、トラントの勝利を必死に願っている様子だった。
「私を誰だと思っている……」
しかし、ここにも自らの勝利を諦めていていない声があった。
普段の女を口説きまくり、恋とくれば煽り倒す男でもない。
与六をあやす兄貴的な顔でもない。
瞳には剣呑さが目に光をさし、口元が不敵に笑っている。
高揚している戦う者の顔があった。
トラントは銅剣を捨て去る。
そして両の掌を中央に差し出せば、そこに大剣が現出する。
見事な刀身に、その刃をしっかり支える鍔と柄の細工はシンプルながらも絶妙な
造形美をたたえていた。
ただ惜しいのは、刀身の刃が僅かに欠けている。
すると、俺の手元のPCの液晶画面がとんでもない数値報告をした。
トラントの基本数値が「騎士」というそれ以上のスペックで上回ったのだ。
対峙するドラゴンと匹敵するくらいの数値をたたき出していた。
(何者だ、こいつ……)
しかしトラントは名乗りをあげず、ドラゴンに駆け出す。
視点を借りよう。
すると、目の前の口を開いて炎を吐き散らそうとするまさにその瞬間。
トラントは上に飛ぶ。伸ばす手の爪を、切り弾く。
翼の風圧で吹き飛ばそうとすれば、その翼を切り刻む。
炎すら、臆することなく剣で切り裂いた。
着地したのはドラゴンの眉間だった。
その足場に器用に降り立つと、すかさず血色の双眸に剣を突き立てた。
鮮血が噴水みたいに飛び出す。
トラントにかかったのだろうか。
梵天丸カメラ、つまり俺の視界に赤の飛沫がかかる。
振り落とされる前に、トラントは離れた大地に身を転がし避ける。
だが視界を失ったドラゴンは無秩序に地面を踏み荒らした。
大樹すら薙ぎ払われる最中、トラントは即座に倒れるケイを抱え、この場面から引き離した。
随分離れた場所にケイを下ろすと立ちあがる。
今度はその方向をとって返す。ドラゴンの方へと向かう。
恐れることなくドラゴンの元に進む。
俺はこの時、恐怖というものを忘れ去ってしまった。
それよりも上回ったのは興味だ。
どんなふうに倒すのか。どのように殺すのか。
立ち回るのか。
どんな不思議な力を披露してくれるのか。
けれどエフェクト効果映えはない。
トラントは剣を構え、そのドラゴンに突進し、放たれる火の玉を野球ボールみたいに跳ね返す。
実にシンプルな流れで攻撃を薙ぎ捨て行く。
一気の大きく息を吸い込むドラゴンの、その隙を見逃さない。
逸らしたドラゴン巨体の腹に足をつくと、一気に胸まで駆け上がり、
容赦なく両の胸板の中央に巨剣を突き立てた。
断末魔と、炎の火炎を天に残し……ドラゴンはその場に倒れ伏す。
たっているのはトラントだけだった。
『旦那……強いんだな』
「……いや、重傷だよ」
しかし顔色を変えずに彼はケイのところへと行くと、そのはね飛ばした火の玉で
燃えさかる木々を横目に肩にひょいと抱える。
その時、トラントの全身にじんわり広がっていく服の滲みを見た。
血なのだろうが、苦にもない表情のままにトラントは言う。
何度も何度も、呼びかけるこの騎士の主にいつものように、呑気そうな声色で。
「しまいだよ。帰るぞ……与六」
俺はその一部始終を見届けた後、画面に浮かんでくる中央の文字を凝視した。
それからようやく回復した与六の回線に一つのキーワードを通知する。
トラントの正体のヒントだろうと思う。
― 龍殺し のキーワードを入手しました ―
送信へ、カーソルを動かした。