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9 【乱入クエストイレギュラー発生しました】


キノコを抱えて上に上がります。

ケイが上にいるトラントにキノコを引き渡そうとすると、

トラントは笑いかけ、そのままケイごとキノコを引き上げました。


「馬鹿力ですか?」

「たくましい腕力と言ってくれ」


と言って地上にケイを降ろしました。


「与六、今終わったよ。と報告はいれたけど……さて、どうしましょう?」

「……どうしましょうもないでしょう」


この忠実なオンラインキャラクターにケイは無愛想を決め込みます。

私は視点を彼から借りても、彼の心まではシンクロしているわけではありません。

ですがどうやらケイはこのトラントという人が苦手のようです。

自分とは正反対のタイプだからでしょうか。

と思ったのですが。


「依頼完了。引き上げますよ」

「待ってくれ、お土産もなしかい?」

「……?」


トラントは言いながら、傍の花を摘みます。

大輪のカラーという花でした。色は桃色。雫をたたえて一本、それをケイに渡します。


「そっちの気はないですよ。ミスター」

「はははっ、私も女性にしか興味はないよ」

「いやでも騎士でしょう?別段おかしくないですよ?男所帯ですから自然な精神の進路かもしれないですし。でも相手は私というのは遠慮していただきたい」

「ないない。私には決めた女性がいるのでね」

「そうですか」

「信用できないかい?」

「まぁ、ほどほどには」

「これはあのレディに、だよ。なんだか物憂げな顔をしているからね」


心から嬉しい気遣いなのですが、ケイは受け取ろうとはしません。

ケイはおそらく、自分がこのだいの男から花を貰うという構図が気に入らないのでしょう。


「ははは、でもほら、クエストから戻ったらこの花も消えてしまう」

「だから私が受け取り渡せ、と?嫌ですよ。どうして私があのような胸しか取り柄のないお嬢様の為にわざわざそんな徒労をしなくてはならないのか。その理由をお聞かせ願いたいですが」

「簡単だよ。婦人の花のような笑顔の為に武勇を献上する。これは騎士の忠義だ」


当然のように彼はケイの毒舌に応えます。

それも高圧的ではなく、どこか人に納得感を感じさせるような印象。

言うなればカウンセラーの人に納得させられているような心地になります。

安心感と言いましょうか。例えようが難しいのですが。


「私は女性が嫌いです」

「なら男が好きなのですか」

「男も嫌いです」

「それは人間が嫌いと、言っているようなものだよ」


ケイは何も言いませんでした。

心配そうに見るトラントの表情はわかっても、ケイの表情はわかりません。

私は……彼の気持ちをのぞくことはできません。

彼の視点を借りているに過ぎません。けれども、人間が嫌いと言う言葉に、

肯定も否定も特にしない。彼の気持ちはまるで私の気持ちのようにも思いました。


「話が、変わります」


ケイはキノコを手に取ると、それを天に放り投げました。

すると、大きな黒い大きな翼の……鷲でしょうか。

それが森の木々を縫い飛んで来て空中でしっかり掴み取ります。

銃弾のように突き上げるように鷲は天空にあげっていきました。

目で負えば鷲は空に溶けるように消えて行きます。

途端にケイの視点から外れました。

私のつけているゴーグルからも与六君のゴーグルからもアラームがなるのです。

無機質な女性の声で警告がなります。


[乱入クエスト発生!プレイヤーは直ちに避難して下さい!それとも、挑みますか!?]


打ち合わせではこれを受けるようにしなくてはなりません。

「どうする?与六君」

「クエスト詳細を確認しないと」

すかさず、佐助連携を頼みます。

むこうのAIがいないので、ハッキングは楽勝のようでした。

クエスト詳細はいじられているはずです。

「討伐・・・苔虫・・・楽勝じゃん!よし!!受けましょう」

馬鹿です。簡単にひっかかりました。

彼は乱入クエストを受注しました。

しかし私はこれにて御免こうむります。

ケイとともにキノコの報酬を得、ついでに与六君がこの乱入クエストで得る報奨も得ます。

この乱入クエストはクエストレベル下級の中です。

けれどもそんなレベルでもトラントという騎士であれば乗り越えられる勝率百パーセント。

問題在りません。しかし。


【え、これどういうこと??】

イヤリングから音声が漏れます。

【真穂さん!!ホストからの防御反応が来てしまったみたいですぅ。

その……でも直撃はさけたんですが異常な事象が発生してしまいました】

言いにくそうに、言いたくなさそうにAIが言います。

【……乱入クエストにいれるはずのモンスターが異常数値。その結果苔蜥蜴じゃないんですが。

その強敵なんです】

「……なに?」

【クエスト上級レベルの中ですぅ。相手は……ドラゴンです】

「ケイ、なんとかならないの」

【それがぁ!!戻れないんですぅ。ドラゴンを倒さないと出られません!でもでもぉ、

トラントさんとケイさんのレベルを合わせてもパーティーレベル3なんですぅ。

ドラゴンはレベルそれに対して50です……やばいです】


「トラント?!どうしたんだよ!!!?」

与六の声に我にかえります。

しかし、彼が状況を把握するためにトラントの視界を得ようとしますが拒否が続いているようなのです。

私も状況を把握するためにケイの視点を借りました。


炎が鼻先をかすめます。

寸でのところで身を滑らせ、直撃は避けましたが足の方から焼けた臭いがあります。

見れば真っ黒に焦げていました。


「ケイ!!大事ないか!!!?」

「まぁ、ほどほどに。気安く呼び捨ては止めていただけますか」《何言ってるんですか?》

「ちっ……うるさいのがこっちにきたのか」


あきらかに私のことを指しているようです。

閉め出そうとしましたが調子がきかないのかうまくいきません。


「怖い思いしなくても良かったのに、馬鹿ですかお嬢様は」


私はそれに対して返す言葉が無くなっていました。

今目の前には画面越しではない大きくて、

巨大な、真っ赤な眼をこちらに向けている両眼を見据えるだけで精一杯でした。

巨体にはびっしりと緑色の鱗が敷き詰められ、よくみれば傷が幾重にもあるが、

そのどれもが浅く、致命傷に至っていません。

大きさは五階建てのビルくらいの高さと、幅は自家用車五台分。

尻尾とその大きな口からは炎が吹き出していました。

観察できるのはここまで、それ以外はただ恐怖があります。

絶対の弱肉強食のピラミッドで、頂点に君臨しているはずの人間が、

今は最下層に引きずり下ろされた圧倒感。

絶対に勝利がないと思える強靱さ、凶悪さ、巨大さが言い知れません。

強引に物語るならば、なんの装備も持たず日本海溝に飛び込むような気持ち。

永遠に陸に上がることもない、ひかりを見ることもない深い深海に沈む恐怖。

それに似ています。

「怖いですか」ケイの声です。

上手く言葉がだせず彼に伝えられません。

ケイに怖いと言えません。


「……よくわかりました。佐助さんに頼みなさい」


今まで聞いた中で一番、優しい声でした。

「所詮私も、トラントもキャラクターです。いくらでも新たに創造できる。

代えはいくらでもいるのですよ。佐助さんに言えばわかるでしょう。さ、視点を強引に戻させますよ」

《何を言って》

「あの少年は悲しむでしょうね。騎士のキャラを引き当てるのは至難ですし。

 でもお嬢様にしては僥倖でしょう。私にとっても幸いですね」

視点を貰っているだけです。だからケイがどんな気持ちで言っているのか。

どんな表情で言っているのかもわかりません。

だいたいこの男が普段なにを思っているかもわからないです。

だってろくに話したこともないし、

出逢って本当にまだ間もないのです。けれども……。


「だって、私もお嬢様もお互い……気が合いませんからね」


何もわからないにしても、彼の言葉の中に言っていない感情があるように思えたのです。

けれど彼に語りかける言葉を持たないまま、ものの数秒あとに

視点がかき消されていきました。




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