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19.未来は未定(完)

 モクレンちゃんを見送ったおれたちは、そのままの足で慧の部屋へと向かった。リビングで宿題をしている慧の弟妹たちに声を掛け、おれたちは何食わぬ顔で部屋の中へと引きこもる。

 ぱたりと扉を閉ざした慧は、早々にカーテンを引いていた。そんな慧を尻目に、おれはぐるりと慧の部屋を見て回る。


「慧の部屋に来るの、夏休みの時以来だな」


 相変わらずきれいに片付いている部屋を見渡して、おれは肩の荷が下りた気分で伸びをした。

 何しろこの数か月間は勉強漬けの日々だった。おれたちがふたりで勉強するときには、いつも学校の自習室や図書室を使うことにしていたから、慧の部屋に来る機会もなかったのだ。勉強くらい互いの部屋でやってもいいような気もしたけれど、頑として慧が同意してくれなかった。


「ずっとテスト勉強、付き合ってくれてありがとうな、慧。何して遊ぶ? ゲーム? それとも動画――」


 言いながら振り向いた瞬間、慧の顔が間近に見えた。

 肩をそっと掴まれる。唇に慧の唇が軽く重なる。

 首を傾げるようにして唇を離した慧は、照れくさそうに「全部、あとで」と呟いた。その表情も言い方も、あざといほどに魅力的だ。

 体の奥がカッと燃えるように熱くなる。気づけばおれは、両腕を慧の首に回して、噛みつくように唇を合わせていた。

 たまに休みの日に裏山に足を伸ばしては、木の影に隠れるようにして唇を合わせることは何度かあった。けれど、こうしてゆったりと触れ合うのは初めてだ。

 慧の手がおれの背を抱く。おれは慧の後頭部を引き寄せる。そうしておれたちは、手探りのまま深く触れ合った。ずっとこうしていたいと思うくらいには幸せで、頭がふわふわとしてくるような時間を、思う存分満喫する。

 トン、といつしか背中が壁についていた。ふらついた勢いのまま、おれたちはふたりでずるずると床に座りこむ。

 わずかに弾んだ息を殺し、濡れた唇をぐいと拭う。


「……慧くんたら、情熱的~」

「光太だってやめなかったくせに」


 赤みを増した慧の唇を横目で見て、おれはフンと照れ隠しに鼻を鳴らした。


「しょうがないだろ。久しぶりなんだから。……そりゃ、部屋に入れてくれないわけだよな」

「当たり前だ。勉強にならない。俺が何年、こうしたいって思ってたか知らないだろ」

「何年?」

「十三年」


 おれが慧と出会ったのは三歳の時のはずだから、つまり出会ったときからずっとということだ。


「それはさすがに盛りすぎだろ」


 ちらりと慧の本棚に目を向ける。そこには小さなころから直近のものまで、ぽつぽつと写真が並べられていた。

 一番古いものは、保育園の年少時代の写真だろうか。園児服を着たおれと慧が並んで映っている。

 おれの視線を追った慧は、写真を見つめて、懐かしそうに目を細めた。


「ずっと好きだったって言っただろ。初めて会ったときから、ずっと光太のことが好きだったよ。俺を光太の特別にしてほしいって、ずっと思ってた」

「ずっと特別だったよ。今がもっと特別ってだけで」

「そっか。そうだな」


 へにょりと幸せそうに微笑みながら、慧はゆっくりと語ってくれた。


「保育園に入ったのは、この町に引っ越してきてすぐのときだった。町も人も知らないものだらけで、嫌で嫌で仕方なかったよ」

「なんだこのクソ田舎って?」

「それもある」


 おれたちは皮肉混じりに笑みを交わす。

 育った田舎町に愛着はあるが、都会の話を聞くたび、別の国のように思える程度には、嫌なところも多いのだ。


「保育園も名古屋の園とは全然違ったし、なんでこんなところに来なきゃいけないんだって思ったな。まわりとも馴染めなくて、毎日ひとりで泣いてた気がするよ」

「そうだったか?」


 気づいた時には一緒に遊ぶようになっていたので、おれはそこまで詳しく覚えていない。

 首を傾げるおれに、「そうだよ」と慧は柔らかく頷いた。


「変えてくれたのは光太だ。俺のところに来て、話しかけてくれた。手を引いてくれた。光太といると、何でも楽しかった。何でもできそうな気がして……毎日が楽しみになった。あの時からずっと、光太は俺の光だよ」

「へへ……、大袈裟だな。でも、おれもそうだ。慧といると何でも楽しかったよ。もちろん、今も」


 見つめ合って、手を握る。甘い空気はくすぐったいけれど、たまにはこういうのも悪くない。

 もう一度唇を重ねようとしたその時、ガタリと下の階から音がした。

 ふたり揃ってびくりと跳ねる。

 しばらく経っても音が続かないことを確かめて、おれたちは同時に吹き出した。


「……ビビりすぎだろ、慧!」

「光太が言うか? 光太の驚きっぷりに驚いたよ、俺は」

「強がるなよな」


 ひとしきり笑い転げたあとで、おれたちは深々とため息を吐いた。


「早く大学生になりたいなあ……」


 おれがぼやくと、慧は神妙な顔で頷いた。


「そうだな。家じゃさすがにこれ以上できない」

「山でやるわけにもいかないしな」

「変な物買ったら一発でバレるし」

「ドラッグストアもコンビニも、店員が知り合いの親たちだからな……」


 おれたちは肩を落として項垂れた。

 もちろん健全に遊ぶのもいいけれど、恋人になったからには、ちょっとくらい恋人らしいことだってしてみたい。


「……旅行でも行くか? 夏になったら、オープンキャンパスに。役にも立つし、口実にもなる」


 慧が悪だくみをするように、ぽつりと呟く。おれはがしりと慧の手を握って頷いた。


「いいな! モチベも上がりそうだし!」


 オープンキャンパス。ふたりで遠出。考えるだけで楽しくなってくる。

 直近ではクラスの連中とのスキー旅行もあるし、先のことを考えると楽しみが尽きない。


「大学に入ったらルームシェアしような、慧」

「まずは合格してからだ」


 頑張ろうなと頷いて、おれたちは鼻先を合わせてじゃれ合った。

 未来は未定。でもふたりなら、何があっても怖くない。

 だっておれたちは、ふたりでいれば何でもできるのだから。

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