14.文化祭マジック
そんなこんなで、一か月という短い準備期間はあっという間に過ぎて、九月下旬。
空は快晴。気温はほどよい。文化祭当日の穂波高校は、今までにないほど賑やかな空気で染まっていた。
渡り廊下の両脇には模擬店が立ち並び、校舎は垂れ幕やら風船やらでド派手に飾られている。中学の時にも文化祭はあったけれど、規模も人の入りも全然違う。まるでパーティー会場だ。
「春日井くん、屋台行ったぁ? おいしいよ~」
もぐもぐとチュロスを咀嚼しながら、机の上に座った坂上が自慢するように言ってくる。
クラス展示の見張り番はふたり一組。おれのペアは坂上だった。幸か不幸か、おれたちの当番時間は昼時に被っているので、客はひとりも来やしない。
「何も食ってないよ。さっきまで譲渡会の手伝い行ってたし」
「お疲れ様ぁ。朝一番で、あのチワワちゃんの里親候補さんが来たんでしょ~? どんな感じだったぁ?」
「……ダメだった。病気のある子は嫌だって」
モクレンちゃんの里親候補の顔を思い出し、おれはへの字に口を曲げる。
いかにも仕事のできそうな若い女性だった。でもいやに高圧的で、モクレンちゃんは推定四歳と聞いた途端に表情を曇らせていたし、てんかんの可能性について説明をした犬養さんに対して、「そんなの聞いてません」と不機嫌そうに告げていた。挙句の果てにはモクレンちゃんを撫でることもせずに早々に帰ってしまったとあって、とてもじゃないが良い印象は残っていない。
おれだったらあんな人には嫌な顔しかできそうにないが、終始にこやかに対応していた犬養さんはさすがである。
そう話すと、坂上はむむっと大袈裟に唇を尖らせた。
「おかしくない? 病気のこと、ホームページに書いておいたんじゃないのぉ?」
「書いてあったよ。でも、写真しか見ない人もいるんだよ」
話が進む前に里親候補の人となりが分かってよかったと思うべきなのだろう。悲しい思いをして保護シェルターに来た子に、新しい家でまで悲しい思いはしてほしくない。
深々とため息を吐くと、坂上はぽんぽんと肩を叩いてくれた。
「まあまあ、元気出しなよ~。午後もあるし、明日もあるじゃん? チワワちゃんにも、運命の出会いがあるかもよ~?」
そう願いたい。でないとおれ以上にモクレンちゃんを気にしている朝倉さんも気の毒だ。普段は散歩ボランティア専門なのに、モクレンちゃんが気になりすぎて文化祭に来てしまったという朝倉さんは、里親候補の振る舞いを見て泣きそうな顔をしていた。
ごくりとチュロスの最後の一口を飲み込んだ坂上は、「それで、どうよ~」と適当に話を変えてくる。人が来なさすぎて暇なのだろう。気持ちは分かる。
「いい加減秋月くんはつかまったのぉ?」
「つかまってくれねえよ……」
今日の朝も一緒に文化祭を回ろうと誘ってみたが、だめだった。
ここ最近というもの、毎日欠かさずおれが追い掛け回してきたせいか、おれはもちろんのこと、もはや慧の方も引くに引けないところに来ているのだろう。何を言っても反射のようにNOを返してくる。
「残念だねぇ。お祭り一緒に回ったら楽しそうなのに~」
そういう坂上は、午後は中野と一緒に校内展示を制覇して回る予定らしい。いいな、とおれは肩を落とす。おれだって慧と回りたかった。
「おれ、きっと慧と二度と一緒に遊べないんだ……!」
わっと両手で顔を覆うと、くすくすと坂上が控えめな笑い声を上げた。
「大袈裟~。秋月くんも春日井くんも理系なんでしょ? 目指すものが一緒なら、来年も再来年もきっと一緒でしょ~。カリキュラムが一緒なんだからさぁ」
あ、でもぉ。
わざとらしく坂上は口元に手を当てた。
「秋月くんが特進クラスに進むなら別かもねぇ。あのクラス、カリキュラムも模試もひとつだけ違うって聞くし~」
坂上の言葉を聞いた瞬間、おれは雷に打たれたような気分になった。
特進クラス。
二年から分かれるクラスには、文系、理系に加えて、特進というクラスがひとつ存在する。難関大への進学を希望する生徒を集めたクラスであり、成績優秀者だけが入れる特別なクラスだ。
「特進クラスに入る人たちって、入学する前から候補になってるんだって。振り分けテストは冬にやるっぽいから、後から入りたくなった人は、そろそろ先生に相談してるころなんじゃないかな~?」
意味深におれへ流し目を向けながら、坂上はぺらぺらと教えてくれた。
そう言われると、夏休み明けに、慧は「例の件」などと言って、山本先生と二人で何かを話していたはずだ。
「前に慧が山本先生に呼び出されてたのって、もしかして――」
にやりと笑った坂上は、「特進クラスの話かもねぇ」とおれの言葉を引き継いだ。
「気になるなら、秋月くん本人に聞いてきたら~? ちょうど今、譲渡会の手伝いしてるみたいだよぉ」
そう言って坂上はスマホを見せてきた。
クラスの女子トークルームと思わしき画面の中には、看板犬の花子をはじめとした『いぬかいの小屋』の犬たちと、そんな犬たちの中心でぎこちなくポーズを取る慧の写真が、何枚も上げられている。
「撮影会じゃないんだぞ。慧、困ってるじゃんか」
「だって春日井くんと一緒にいないせいで、今、秋月くんがフリーじゃん? みんなこの文化祭で仲良くなりたいなぁって狙ってるんだよぉ」
聞き捨てならない。坂上の言葉を聞いた途端に、嫌なモヤモヤが胸に広がった。そんなおれの顔を覗き込み、吹き出すように坂上が笑いだす。
「大丈夫だよ~! 春日井くん以上に秋月くんを追い掛け回してる人、絶対いないからさ~。今日こそ鬼ごっこ、勝てるといいねぇ」
「つかまる気がしないよ。慧は午後には委員会の仕事に行っちゃうだろうし」
「なら、午後まで待たなきゃいいのさ~! 人も来ないし、ここはあたしに任せて行ってきなよ、相棒~」
ひょいと机から飛び降りて、坂上は芝居がかった動作で教室の扉をくいと指す。
「ありがたいけど、いいのか?」
「いいってことよ~。元はと言えば、あたしが春秋コンビが付き合ってるみたいなんて言ったせいで秋月くんが変に気にしちゃったみたいだからさぁ。ふたりがギスってると、胸が痛むわけよ~。文化祭マジックでさくっと仲直りしちゃってぇ!」
別に坂上のせいではないと思うけれど、慧とこのままぎくしゃくしているのはおれも嫌だ。
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな。ありがとな、坂上」
「どういたしましてぇ。頑張ってね~」
スタッフの名札を胸から取り去ったおれは、「ファイト~」という気の抜けるような坂上の声援を背中で受けつつ、教室の外へと飛び出した。




