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13.ちょっと近すぎるかもな

 課題テストが終わったあとは、九月祭こと穂波高校の文化祭がやってくる。

 おれたちの高校では学年ごとに催し物が決められていて、食べ物を扱う模擬店は三年生、教室を使ったお化け屋敷や迷路などの企画ものは二年生だけに許される特権だ。一年生は一般客向けのキッズルームや町の歴史展など、真面目ぶった催し物で文化祭の名目を保つのが役割だった。


「――というわけで、うちのクラスは動物愛護に関する展示をすることになったぞ!」


 心なしか弾んだ声でそう言って、山本先生はクラスのみんなを見渡した。

 しかし悲しいかな、おれたちの反応は口が裂けても良いとは言えない。


「展示かあ。キッズルームが良かったなぁ」

「町の歴史展よりマシじゃね?」

「一年でも模擬店やらせて欲しいよねぇ。くじで出し物決められるんじゃ、テンション上がんないし」


 ひそひそと囁く声がそこらかしこから聞こえてくる。しかし、そんな不満は予測済みとばかりに、山本先生はきらりと目を輝かせた。


「まあそう言わずに。写真や資料を壁に貼るタイプの展示じゃなくて、実際の動物保護活動を見せるような形でもいいんだぞ。過去には動物保護団体を実際に招いて、里親探しの手伝いをしたクラスもある。ご近所のボランティア活動に参加したことのある生徒も何人かいるだろう?」


 山本先生は思わせぶりにおれへアイコンタクトを取ってきた。


「近くで動物保護活動をしている団体の名前は? 誰か分かるかな?」


 誰かと言う割には、山本先生の視線はおれをまっすぐに見つめている。その圧に負けて、おれはしぶしぶ「いぬかいの小屋」と呟いた。

 満足げに頷いて、山本先生はシェルターの名前を黒板にかつかつと書いていく。


「犬の保護活動をしている団体が『いぬかいの小屋』だな。もうひとつ、駅前にある『猫屋敷ペットクリニック』が猫の保護活動を行っている。今回はこのふたつの団体に協力していただくことになったから、みんな礼儀正しくするように」


 かくして動物愛護というテーマを授かったおれたち一年B組は、一ヶ月という短い準備期間をフルに使って、文化祭の準備に奔走した。

 色々と話し合った結果、文化祭当日には、動物保護団体の活動についての動画を作って展示代わりに置いておくほか、二つの動物保護団体を招いて、小規模な譲渡会をすることになった。

 普段からボランティアをしている縁で、おれと慧は『いぬかいの小屋』との連絡役だ。

 さっそく譲渡会の相談に行くと、犬養さんは「話は聞いているよ」と力強く頷いた。


「ありがたいねえ。穂波高校に行くのは久しぶりだ。三、四匹、連れて行こうか」


 そう言うと犬養さんは、ここ最近シェルターへ保護されてきた子たちの名前を何匹か上げて、最後にチワワのモクレンちゃんが入ったケージをじっと見つめた。お散歩上がりのモクレンちゃんは、ダルそうに突っ伏して休憩中だ。


「モクレンちゃんも連れていくんですか?」


 ちょうど散歩ボランティアに来ていた朝倉さんが、目を輝かせながら問いかける。

 モクレンちゃんには、つい最近里親希望の申し込みが一件来たばかりだ。里親候補と顔合わせをするにはぴったりだろう。

 予想通り、犬養さんは微笑みながら頷いた。


「そうですねえ。文化祭の時に一度、里親希望の方に顔合わせに来てもらえないか聞いてみましょうか」

「良かったです……! モクレンちゃん。里親候補さん、いい人だといいね」


 嬉しそうに朝倉さんがモクレンちゃんに語り掛ける。ちろりと目を開けたモクレンちゃんは、しっぽだけで朝倉さんに返事をした。




 文化祭の準備が順調に進む一方で、おれと慧の距離はちっとも元に戻らない。それどころか、日に日におかしくなっていた。

 おれもおかしいが、慧も大概あちこちおかしい。今朝の電車もそうだった。


「今日、小テストだっけ。範囲、どこ?」


 慧の腕に手を掛けて、おれは慧の手元を覗き込む。自分の単語帳を取り出すのが面倒だったから、慧のものを一緒に見ようと思っただけだ。

 今まで何度もしてきたことのはずなのに、おれが身を寄せた途端、慧はあからさまに身を強張らせて固まった。

 五分経っても一ページも進まないものだから、不審に思って横目で見上げると、こっちを向いた慧と、至近距離で目が合った。


「何だよ」

「何だろうな」


 触れ合った肩が妙に熱く感じる。

 なるほど慧が固まるわけだ。こんなのいつもやっていたことなのに、今はどうしてこの距離で慧と触れ合っていて平気だったのか、自分で自分が分からない。

 ――次は穂波駅、穂波駅。左側のドアが開きます。ご注意ください――。

 のんびりとした車掌さんのアナウンスが流れてくる。同校生に「すみません」と声を掛けられ、おれたちは弾けるように距離を取る。

 声を掛けられなかったら、おれたちは不自然に見つめ合ったままでいたかもしれない。

 不自然と言えば、たまたま慧の委員会の用事がなかった日、一緒に中庭で昼飯を食べていたときもそうだ。

 その日は午前に体育があったから、おれは腹が死ぬほど減っていた。弁当だけでは足りる気がしなかったので、購買でたこ焼きを買ってきた。その新味のマヨポンたこ焼きが意外とおいしかったものだから、慧にも分けてやりたくなったのだ。


「慧、あーん」


 丁寧に弁当を食べている慧に声を掛け、慧が顔を上げた瞬間、おれは慧の口元にたこ焼きを押し付ける。


「……っ!」

「新味。うまいだろ」


 慧のびっくりした顔が嬉しくて笑っていると、慧はもぐもぐとたこ焼きを咀嚼した後で、スッとティッシュを差し出してきた。


「うまいけど、マヨ、口の横についてるぞ」


 犬たちを見るような優しい目で見られると、そわそわと落ち着かない気分になってくる。貰ったティッシュで唇の端を拭った後で、おれは照れ隠しついでにへらりと笑った。


「ありがとう。慧ってさあ、優しいよな」


 今思うと、なぜそんなことをわざわざ言ってしまったのか分からない。夏休みからの文化祭準備と来て、慧と一緒に昼飯を食べるのはずいぶんと久しぶりだったから、浮かれていたのかもしれない。


「光太が色々やらかすから、気になるだけだよ」

「気にしてくれるのが優しいんじゃん。ありがとうな」

「……うん」


 慧は照れたように視線を泳がせていて、それを見たおれも、なんだかちょっと気恥ずかしくなった。

 そっと目を逸らし、おれたちは黙々とたこ焼きを食べ続ける。そんなおれたちを、近くで弁当を食べていた中野と坂上は白けた目で見つめていた。


「何なの? この間まで喧嘩してなかった?」

「ていうか、な~んか空気が甘いんだよねぇ。付き合ってる~?」


 ぴくりと慧が肩を揺らす。中野と坂上の軽口なんていつものことなのに、その日に限って慧は少し様子が違った。


「たしかに……ちょっと近すぎるかもな」


 優等生然とした苦笑を浮かべた慧は、その日からおれにつれなくなった。


 ……というより、おれから逃げ回るようになった。


「慧。今日は『いぬかいの小屋』は?」

「行けない。委員会の集まりがあるから」


 委員会を口実に、ろくに話もせずに爽やかに去っていく日もあれば、


「慧! 悪いけど教科書、見せ、て……」

「――ああごめん。俺に用事みたいだ。どうしたんだ、光太?」


 わざとおれに見せつけるかのように、普段絡んでいないクラスメイトと仲良さげに話している姿を見る日もあった。


「慧。昼飯食べよう!」「中野さんたちも誘ってみようか」


「慧。そろそろ電車来るぞ……!」「用事があるから、先に帰ってていいよ」


「……慧……。お前いい加減にしろよ……!」「何の話か分からないな……!」


 つれなくされる心当たりはまるでない。おれが何かしたのかとも思ったけれど、その割には相変わらず「そのアンケートは明日提出だからな」だの「四限目の選択授業、場所変更してから間違えるなよ」だの、危ないところで助けてくれるから、別におれが嫌いになったというわけではないはずだ。

 逃げられると逃げられるほど追いたくなる。

 おれの何が気に入らないんだとウザ絡みしたくなる気持ちを押さえつつ、おれは来る日も来る日も慧を追いかけた。

 けれどもどうやら、おれが思うほどおれの気持ちは抑え切れてはいなかったらしい。おれが慧不足で弱っていくにつれて、日に日にクラスメイトの視線は優しくなっていった。


「当たって砕けろ」

「がんばれ~、春日井くん」


 おれが慧に突き放されるたびに菓子をくれる中野と坂上から始まって、


「喧嘩したのか? 早く許してもらえるといいな」

「頑張れ」


 ろくに話したことのない男子生徒までもが、同情するように声を掛けてくれたこともあった。

 ついには山本先生までもが、ホームルームの終わりにちょいちょいとおれを呼び出して、「……春日井、秋月に何をしたんだ?」と、優しく声を掛けにくる始末である。

 この一か月、おれはクラスの中で話せる知り合いが一気に増えたような気がしてならない。人の優しさに泣けばいいのか、十中八九おれが悪いと思われるおれの信頼度を嘆けばいいのか、悩むところであった。

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