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12.絶対してるやつじゃん、それ

 夏休みも終わり、八月下旬。

 久しぶりに会うクラスメイトたちとひと通り土産話を交換し、休み明けの課題テストも無事に終わった。午後のホームルームでテスト結果を受け取ったおれたちは、ひそひそと忙しなく互いの結果を確かめ合う。


「春日井くん、どうだったぁ?」


 前の席から身を乗り出して、坂上がおれの手元を覗き込む。

 やたらめったら科目数が多い定期考査と違って、課題テストは国数英理社の基本的な五科目だけだ。対策しやすかったこともあってか、普段は中の上あたりの成績をさまよっているおれも、今回ばかりはどれも八十点は超えていた。

 鼻高々に結果を見せると、坂上は「うぇっ」とカエルが潰れたときのような声を上げた。


「すごっ! 四百点超えてる~!」

「うそ、春日井ってそういうキャラだった? 何したの?」


 坂上の声に興味を引かれたのか、中野までもが寄ってきた。


「努力の成果だ! 今年の夏は勉強の夏にしたからな!」

「……ってことは、秋月くんはもっとヤバいってこと?」

「あ、たしかに~。秋月くん、どうだったぁ?」


 興味津々といった様子で、中野と坂上は同時に慧へと目を向ける。

 いそいそと身を乗り出した坂上は、おれにしたのと同じように、無遠慮に慧の手元を覗き込んだ。


「なるほどね~! 総合は秋月くんの方が高いけど、数学だけは春日井くんが上なんだぁ」


 おれは舌打ちをしたい気分で慧を見た。いつも通りの澄まし顔が憎らしい。

 頑張った数学で慧に勝てたのはスカッとしたけれど、あれだけ勉強してもほかはおれの負けらしい。面白くない気持ちにはなったが、やっぱり慧はすごいのだなあと思うと、誇らしくもある。


「ふたりでどんな勉強合宿してたの?」


 中野が純粋な目で聞いてくる。おれと慧は、同時にふいと顔を背けた。


「合宿はしてない」

「え? でも、勉強の夏って言ったじゃん、今」

「おれはな。慧は慧で頑張ってたみたいだよ」


 ちらりと慧に目を向ける。おれと目が合うなり、慧は柔らかく口角を上げた。

 外行き用のお行儀の良い顔だ。落ち着かなくて、おれは思わず鼻先に皺を寄せる。

 そんなおれたちを見て、中野と坂上は目を丸くした。


「……え、何。喧嘩でもしたの?」

「「してない」」

「絶対してるやつじゃん、それ」


 呆れたように中野が突っ込んでくるが、喧嘩も何も、そもそも夏休みが明けてからこの三日間、おれは慧とろくに会話すらしていないのだ。行きの電車は一緒になるけれど、せいぜいテスト範囲の問題を出し合っていた程度だし、昼食と帰りに至っては、もはや完全に別である。

 慧曰く、九月の文化祭に向けて、ここから先一か月は文化委員の仕事が忙しくなるらしい。委員会なんて入ってたかなとは思ったけれど、そういえば入学してすぐ、全員が何かしらの委員会に振り分けられていた覚えがあった。

 一緒にボランティアに行ける時間が減るのは残念だけれど、本音を言うと、おれはちょっとだけほっとしてもいた。

 慧の顔を見ると、なんとなく慧の部屋でされた鼻チューを思い出してしまって、落ち着かない気分になるのだ。おかしな動悸がして、まともに慧の顔を見ていられなくなる。あの日できなかった話をしようにも、言葉がうまく出てこない。

 わいわいと女子たちをまじえて話していたその時、にゅっと山本先生が教室の扉から顔を出す。


「――ああ、秋月! まだ帰ってなかったか。例の件、主任に問い合わせてきたぞ。少し話せるか?」

「はい。大丈夫です」


 ……例の件?

 席を立って出ていく慧をぼんやりと見送っていると、中野と坂上は気味の悪いものでも見るような目をおれに向けてきた。


「ねえ、何があったの?」

「だから、何もないって」


 あったとすれば慧の方だ。夏期講習にひとりで行った時から始まって、ここ数日はいやに完璧な優等生面を見せている。

 口を閉ざしたおれの前で、中野と坂上は困惑したように顔を見合わせた。


「……今週ずーっと、なんかよそよそしいと思ったんだぁ。テスト週間のせいじゃなかったんだねぇ」

「春日井が秋月くんに頼ってばっかりだから、お世話するのが嫌になっちゃったんじゃないの? 早く仲直りしなよ。後回しにすると、ずっと引きずるよ」


 してない喧嘩をどう収めろというのか。

 ため息を吐いたおれは、それ以上あれこれと言われるのが嫌で、女子たちの視線から逃げるように机に突っ伏した。そうこうしている間にだんだん眠くなってきて、うとうとしているうちに、教室にはほとんど人がいなくなっていた。

 間もなくして、慧は教室に戻ってきたらしい。突っ伏し寝をしているおれを見て何を思ったのか、慧は何かを取り出すと、そっとおれの頭の隣にそれを置いていった。


「昼飯、パンひとつじゃ足りないに決まってるだろ」


 笑い交じりにそう言って、慧はおれの頭をわしわしと撫でていく。

 顔を上げると、目の前にはチョコバーとペットボトルのお茶が置かれていた。礼を言う間もなく、慧は「じゃ、また明日な」と言って委員会へと行ってしまう。

 静かな教室の中で、おれは慧に乱された髪をのそのそと整えて、もそりとチョコバーに歯を立てた。

 うまい。

 うまいが、慧はおれをなんだと思っているのだ。別に腹が減って弱っていたわけではない。そもそも別々で食べていたはずなのに、弁当を忘れたおれが、今日の昼をパンひとつで適当に済ませたとなぜ知っているのか。

 突っ込みたいところは色々あったけれど、慧がくれたドライフルーツとビスケットの入ったチョコバーは、間違いなくおれの一番好きな味だった。


「……レーズン、嫌いなくせに」


 なんで自分で食いもしない菓子を持ち歩いているのだ。イケメンめ。

 くしゃりと包み紙を握って、おれは再度机に突っ伏した。

 おかしな動悸は一向に治まりそうにない。

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