第8話 Ability Ⅳ
血を流していた。
とても多くの血を。しかしルナは倒れない。胸に刺さった包丁もそのままに相手を視界から外さないように前を見続ける。その顔に今まで余裕そうだった終ノが少し怪訝な顔になる。
「・・・・・」
しかしそのことを気にする前にすぐ、イメリアがルナの元へ。「また訳の分からない無茶をして・・・!」言葉こそ優しかったものの完全に焦っている。
心臓のあるはずの位置に突き刺して、そこに心臓がなかったとしてもダメージはダメージだ。このまま放っておけば死んでしまうかもしれない。
だが、イメリアがここで治療しているのを相手は黙って見ているだろうか。それこそその隙だらけの姿を見て喜々として攻撃してくるのではないだろうか。
まずい、イメリアは思う。
(この規模の怪我は薬使いでも一瞬では治せない。きちんと傷を見て、ちゃんとした処置を施せば確実に助かる・・・でもそれを見逃してくれる相手じゃない・・・!)
だが迷っている時間もない。
もし攻撃してきたら自分が盾になろう、自分のことは自分が一番理解できる。傷を見なくともすぐに治療することが可能かもしれない。
そう思って行動しようと思ったイメリアに。
「いいよ」
終ノは静かに声をかけた。
「彼女のキズを治してあげて」
今までのテンションはどこへやら静かにそう言うと終ノはその場に座り込んでしまった。外であり、下は赤い土。きている服が汚れることは間違いないが、そんなものは気にしないとばかりにどうどうとその場にあぐらをかく。
イメリアはどうにもその言葉を信じられなかったがどちらにせよルナを治そうとしていたことに変わりはない。もしあの言葉が嘘でもイメリアのやることは変わらないのだ。
傷を見て治療する。
合う薬を取り出し、それをガーゼに染み込ませる。そして目を閉じて・・・両手をかざす。
一瞬というわけではなかったものの、少しずつ傷はふさがっていった。刺さっていた包丁も自然ととれ、どんどん傷があった痕跡が消えていく。
とはいえこれは完治ではない。また激しく動けば傷が開いてしまう。それに血を失ったことも、それによる疲労だってまだある。
「ルナ、まだあまり動いては駄目」
「わ、分かっています・・・」
話せるまでに回復したのか少しだけ笑いながらそう言った。
イメリアは安堵した。間に合ったのだ。常人だったら死んでいただろう。しかしルナは常人ではない。それ以前に人ではないのだ。
「僕はさ」
終ノが口を開く。
ルナが回復したのに一向に攻撃してこない終ノを不思議に思いつつ耳を傾けた。
「僕は対等な勝負とかどうでもいいんだよね。相手が傷ついたら正々堂々と決着をつけるために敵の回復を待つ、とか修行して新たな力を得るのを待つとかさ、そんなことする前に殺してしまえば苦戦はしないのに、と思う派なんだ」
しかし口にしたのはおよそどうでもよさそうな話。
「今のは僕が君の回復を待っていた理由というか言い訳。決して対等の君と戦いたくなったから、ではないんだ。ただ、僕は君に興味を持ってしまった。人間じゃない君に」
そうして今までにないくらいの怒気をはらんだ声で。
「君はわざと僕に刺されたんだろう」
そう言い放った。
「君は人間ではない。人を殺すことを日常づけていた僕でも殺せない。僕は正義軍に雇われて・・・正義軍対人戦最強だなんて呼ばれていたけど相手が人じゃなければ僕は一番弱い。だからそんな僕が君を綺麗にそこまで殺しそうになるぐらい攻撃できるわけがない」
理屈はめちゃくちゃだ。
しかしそれだけ驚いたのだろう。人を殺すことは出来ても人以外には無力。そう信じて疑わない。だから結果はどうあれそう思いこんでいるのかもしれない。
しかしイメリアはどうでもよかった。
それより気になるのは・・・。
「ルナ、あなた・・・わざと刺されたの?」
その質問にルナは何も言わない。
それは肯定しているようにも見えたが・・・。
「ここで何かを言うと言い訳にしか聞こえない。だからこその沈黙。本当、君への興味は尽きない。今ここで僕が戦っても君には勝てないだろう。でも僕は君を殺したい。君を殺せるまでに異常になりたい、だからその時また、君と戦いたい」
そのセリフからはふざけている様子は確認できない。
至って真面目に。
至って誠実に。
この男は相手に直接「いつか殺す」と伝えているのだ。
「これは正義軍には怒られてしまうけど・・・まあ、あの人達に対する興味も薄れたし、いっか。報酬は確かに生活に必要なものだけど、お客様はたくさんいるしね。僕は敗走することにするよ」
「待って下さい」
どこかへ立ち去ろうとした終ノを呼びとめたのは話せるぐらいには回復したルナだった。
傷こそ消えかけているもののその服には夥しい量の血が染み込んでいた。血になれているイメリアでなければ思わず目をそらしてしまうほどには。
「何かな?」
「そのお客様の1人としてあなたにお願いしたいことがあります」
そのセリフをきいてイメリアは「ルナ」と窘める。何をお願いするつもりかは知らないがこの男にこれ以上関わっては危ない。
人以外の者に対してはえらく自信をなくす相手ではあるが、きっとこのまま続けていたら負けてしまうのはこちらだっただろう。
相手が勝手に恐れて負けた戦い。
情けないかもしれないがここは相手の気が変わらないうちに退いた方がよかったのだ。
そんなイメリアの考えをあざ笑うかのようにルナは一言。
「正義軍を倒すために私たちに協力してください」
おとなしかった終ノではあるがその言葉を聞いて、今までのように残虐なあやしい笑みを顔に浮かべた。イメリアは驚きすぎて何も言葉を発せないでいる。
終ノは楽しそうにルナを見た。
「僕を仲間に引き入れようってこと?君を狙っているのに?」
「はい」
「僕に敗走するだけじゃなく、雇ってくれた正義軍を裏切れというの?」
「はい」
「見返りは?」
「報酬金、それに・・・いつでもあなたの挑戦を私は受ける・・・という権利はどうでしょうか」
「のった」
笑顔で男はそう言った。
ルナも安堵からか軽く微笑む。しかしイメリアだけは違った。
「ルナ・・・どういうこと?」
「あの方は戦力になります。だから仲間に引き入れました」
「それだけ?あいつはあなたの命を狙っているのよ?」
「しかし正義軍に雇われているだけあって内部のことに私たちより詳しいかもしれません。危険を冒す価値はあります・・・たぶん」
「呆れた」とイメリアは言う。
しかしルナのこういうことは別に初めてではない。昔から自分とまわりを天秤にかけてまわりを優先してしまうような子なのだ。
世界を救うために自分を犠牲にする。
それは響きだけきけばとても美しいもののように思える。だが、死んでしまっては意味がないのだ。汚くても生きて帰れば勝ち。少なくともイメリアはそう思う。
(だから・・・この子を死なせるわけにはいかないわね)
心の中でそう呟いてから覚悟を決めたように顔をはたく。
そしてまたやる気なのはイメリアだけではなかった。
「ああ、そうか。じゃあいよいよ正義軍は邪魔だな。今すぐにでも潰そう。明日、今日と言わず、この後の昼休憩の間に潰してしまう勢いで殺してしまおう」
言っていることはひどく物騒だが、それでもやる気のようだ。
(自分の欲望に流される男・・・今は味方だけどいつ自分のために裏切るか分かったものではないわ。私がしっかり見張っていないと・・・)
その瞬間の事だった。
大きな揺れ。
地震が発生している。
「なっ・・・」
「・・・・・」
イメリアとルナは黙り込み、終ノはそれでも黙らない。
「へえ、地震なんてこんなところにもあるんだ、こんな『地獄』にも」
「いいえ・・・ここに地震なんてものはありません。あるとしたらそれは地響き。自然によって起こされたものではなく・・・『悪魔』の起こすそれです」
ここ、通称地獄に自然災害というものはほとんどない。特に地震は起きたことがなかった。ではなぜ今揺れているのか。それは地響きだ。
誰かが人工的に起こした地震。波長。余波。
悪魔が起こすズルの余波だ。
能力は努力して得られるものとすでに生まれた時から持っている才能のようなものの2種類がある。そしてこの世には・・・もう1つだけ能力を得る方法がある。それは・・・。
「『悪魔の儀式』・・・!」
悪魔の儀式。
悪魔の中でも王となりえるものが唯一使える能力。どんなものにでも望んだ能力を与えられる儀式の余波で揺れているのだ。
望んだ能力といっても強すぎてしまった場合、体が自動的にリミッターをかけてしまったり、能力に耐えられず死んでしまったりといい事ばかりではないのだが。
「ルナ・・・この余波は・・・」
「普通の・・・それこそ『火を起こす能力』とかじゃ絶対に起きないほどの規模・・・井野宮さん。あなたは一体何を願ったのですか・・・?」
ルナのアドバイス「普通の能力でいい」というものを受けた彼は一体何を願ったのか。
戦闘でふらふらの体を無理矢理起こし、儀式場へと移動を開始した。
実は一時間後に8.5話を投稿する予定です。すでに書き終えているので予定というよりはもう確定したことですが。恐らく19時あたりかと。
内容は今まで出て来たもとい、ちゃんと紹介する前にいなくなってしまったキャラ紹介というもので長いものではありません。
ダイジェストのように進んで行くので今後もこうやって本編以外でキャラを補足することがあると思いますがよろしくお願いします。




