第6話 Ability Ⅱ
「あの子がルナのお眼鏡に適うお相手とはねえ」
「ちゃ、茶化さないでください」
医務室。
井野宮天十を送り出して残るはイメリアとルナだけだった。医務室ということもあり、どこか薬のにおいのする落ち着かない場所ではあったが、ルナは慣れているのか気にせず椅子に座る。
「別にそういう意味で言ったわけじゃないわよ。単純にこの世界を救えるかどうか。子供だったから驚いたけど、ルナが選んだということは何かがあるんでしょうね」
「何かというか・・・あるとしたら異世界への願望、でしたけれどね」
少し困ったように笑う。
異世界に連れて行ってくれと言われたときのことを思い出しているのだろうか。
「それでも・・・あなたが連れて来たということはあなたのお父様もきっとそれでいいと思ってくれるわ。だってあなたたちには正義軍の目標は死活問題ですもんね」
「・・・・・はい」
ルナは静かにそう呟いた。
その顔は笑っていたが、どこかさびしげな雰囲気。それを見てイメリアは「そんなに落ち込むことないと思うけど」と優しく笑う。
イメリアとルナは小さい頃から一緒だった。
ルナが小さい頃、イメリアはすでにこの屋敷に雇われていたのだ。イメリアがジョブをつかうような大けがのない日は暇なため、よくルナの遊び相手を任されていたのである。
だから知っていた。ルナの特別な事情も。この屋敷がなんなのかも。
「なんて他人事のように言ってるけど、死活問題なのは私も同じなのよね」
「でモイメリアさんは私たちほど多くの負の力を必要としないんじゃ・・・」
負の力。
その言葉が何か、それについての説明はない。しようと思ったところで中断されてしまった。
何ものかが投げたナイフのようなものによって。
窓ガラスの割れる音が響き、医務室に外から飛びこんで来たのは小さなナイフ・・・いや、包丁のようにも見える。壁に突き刺さった。
「誰!?」
咄嗟に反応したのはイメリアだった。
しかし返って来る声はない。誘っている。外に誘いこまれている。
「イメリアはここにいてください。私が様子を見てきます」
「いいえ、私も行くわ。あなたよりは戦えないけど、普通よりは戦えるはずだから」
そう言って2人とも割れた窓ガラスから外へ。
そこにいたのは細身の男。この世界では珍しい黒髪、しかし来ている服は生活感溢れるTシャツにジーンズ。靴もスニーカーであるし、最初この屋敷に迷い込んだだけの人間かと思ったぐらいだ。
しかし、違う。
明らかに放たれる殺気は常人じゃ出し得ないものだ。
そして何より・・・。
「全てのジョブを防げるような結界を貼っているのに、どうしてここに忍びこめたのかしらね」
イメリアはそう投げかける。
投げかけられた青年はなんでもない、ただ友達と話すような気軽さで話す。
「ごめん、ここに入るのに邪魔だからさ、壊しちゃった」
「だからそれをどうして壊せたのよ」と呆れながらもイメリアは構える。両手に有るのは2つの注射器。中にはなんらかの薬品が入っている。
まだ窓ガラスを割られただけではあるが、それでも構えたのは目の前にいる青年が何か、尋常なる何かだと理解したからだ。
それはルナも同じ。
どこから出したかもわからない刀、美しき刃、宵月刀を取りだした。
宵月刀。
呪われた刀。その美しさからマニアで高額で取引されていたが、途中からとある一族の手に渡った刀。それを手にした者はどんなに素人でも相手の命を奪うための的確な攻撃を繰り出せる。
先の戦いで、井野宮天十が相手の心臓を綺麗に狙う動きを出来たのは全てこの刀の呪いだった。
ルナは今度、それを自分で持つ。
「その刀、綺麗だね。そして僕と同じ感じがする」
手にしたのは包丁を2つ。
イメリアとルナは相手の出方を見ている。このままではどんなジョブか判断できない。
そんな気持ちを知ってか知らずか相手の青年はまるでゴミ箱にゴミを捨てるかのような動作で軽く、ほいっと、2人に向けて2つの包丁を投げ飛ばした。
見えていた。
別段すごい攻撃じゃない。所詮ただの投擲物。あたったらダメージを追うがジョブを持つ人間にはまず当たらないような普通の攻撃。
のはずなのに、2人は動けずにいた。
直後、先に気付いたのはルナ。イメリアを突き飛ばしながら自分も地面に転がるように包丁を回避した。思わず汗がたれる。これは冷や汗だ。
「ご、ごめんなさい、ルナ。でもあいつの攻撃・・・」
「はい、見えてはいましたが・・・まるで攻撃の動作とは思えなくて・・・反応が遅れました」
攻撃の動作とは思えない。
それは包丁を投げるという行為が日常に溶け込んでいるかのような、道端で人が歩いていても知り合いじゃなければ普通気にならない。そんな感覚。
誰かがごみを捨てている、けど自分には関係ない、そう思ってしまうような感覚。
「あの人・・・包丁を投げるという行為が日常に溶け込んでいる・・・!」
そんな感覚を相手に与えるのは簡単だ。
毎日、日常的に包丁を投げていればいい。そうすればその動作は自然なものとなり、あまりにも普通にやるものだから相手に攻撃だと認識されない。
「それが彼の能力、ジョブってことね。まあ、そこまで分かったのならとりあえずは大丈夫。いえ、全然大丈夫じゃないけれど、大丈夫。最低の最高ってぐらいには大丈夫よ」
いいのか悪いのかよく分からないことを言いながら手にしているのは注射器。先ほどまで2つあったのだが、今は1つしかない。
「さっきあなたに助けてもらう前、投げておいたのよ、注射器を」
相手の腕を見るとそこには注射器が刺さっている。中の薬品はどうやらすでに相手の体内に入り込んでいるようだ。
「『辞表』。私の開発した薬品でね、原材料がとんでもないから1本しか作っていなかった試作品なんだけど、その薬は一時的に職業を消すというものよ」
薬使い。
メディックと呼ばれる職業であるイメリアはどんな傷も時間さえかければ治せる。しかしそのためには一撃で死なない必要があったり、怪我に合わせた薬をきちんと処方する必要がある。
イメリアはその短所をなくすために自分で薬を開発したのだ。
「これでしばらくあいつは能力を使えない」
ヒュッ。
軽い音だった。
イメリアの腕に包丁が刺さっていた。
「え」
あまりのことに文章を飛ばして本を読んだのではないかという違和感が襲う。
しかし激痛。
あまり深い傷ではないが、だからこそ、雑な攻撃で雑な怪我。それは痛みを増幅させる。
「ぐっ・・・」
ナイフを抜いて、咄嗟にガーゼをあてて、薬品を振りかける。これで少しはマシだろう。時間は少しかかるが、あれぐらいの傷ならばそこまで時間はかからない。
イメリアが治療に専念している間、ルナは目の前の男から少しも目を離していなかった。
危険。
そんな警鐘が頭の中で鳴り響く。
能力を消したはず。もしかして試薬といっていたし、未完成なのでは?イメリアがそんなミスをするとは思えない。様々な考えが頭を過ぎる。
「試薬といってもちゃんと自分自身で試したわ・・・。少ししか注入していなかったから数分で戻ったけど確かに職業を失っていた・・・!あの量なら数時間は使えないはずよ!」
貴重な薬。
その最初で最後の一本を使ってみたものの、相手に変化はない。
「ほら、よく言うじゃないですか。効果には個人差があります、って。なんちゃって」
そう言って笑うのだった。
そしてまたどこからか包丁を2本取り出している。ルナは最初あれこそ、あのどこからか分からない場所から包丁を取り出すのが職業なのだと思っていた。
しかしこうしてまざまざと見せつけられてしまってはそれも違うことが分かる。
「まあ、僕的にはここで僕の職業を言うことに抵抗はないんだけどね。能力を話してしまう人ってよくボロボロにされてしまう死亡フラグかもしれないけど、例えば地球を破滅させる能力、とかなら誰にもどうにも出来ないでしょ?それとおんなじ」
だから、と区切る。
ここらへんで自己紹介しようよ、と。
「僕には名前なんかなかったから、適当な自己紹介になっちゃうけど、僕の名前は終ノ一語呂子。最初から『無職』な僕にはそんな薬、効かないよ」
遅くなってしまいましたが、6話です。
次以降もよろしくお願いします。




