竜の穴
竜の穴。
巨大な縦穴が数百メートル地面下まで続いているという。だが、正確な距離は分からない。
なぜなら、竜の穴の周囲を拠点とするのは、好戦的な狩猟民族であるダークリザードであるからだ。
彼らが周囲を拠点とする限り、いかなるものも竜の穴に近づくことは出来ない。
噂では彼らダークリザードの巨大な祖先が眠りについていた縦穴だと言う学者もいたが、その真意は分からない。
今、その竜の穴が混乱の坩堝と化している。
突然現れた竜人によって、ダークリザードたちが次々と殺されていった。
たった一人の竜人によって、ダークリザードの拠点は完膚なきまでに叩き壊され、逃げ惑う女子供らも問わず、屠られていった。数匹は逃げていったが、ほとんど全滅に等しかった。
地獄と化した竜の穴で、その竜人は叫び声を上げた。
いや、正確には上げられなかった。
ブラフは、全身から込み上げる絶望に打ちひしがれていた。
「が…………」
声も上げられず、ただ、背後に控えるその男の下僕と成り下がって、殺戮をした事実に、ただただ絶望するのだった。
「よくやったよ。あんたは。ダークリザードといえば悪名高い一族だ。それをほとんど討伐して見せた。いや、よくやった」
ブラフの肩に、その男、ダークワンの主人公が労うように手をかけた。
ブラフはそれを振り払えない。
オーブの暗い光に取り込まれてから、ブラフの体の自由は奪われてしまった。
そして、主人公の思うままに、ブラフは操られ、ダークリザードたちを殺して回ったのだ。
ブラフは、殺戮をする自分を認識していた。主人公がその余地を残して、ブラフの精神までを完全に制御していなかったのかは分からない。
だが、ブラフはその主人公の行動に心を完全に破壊されようとしていた。
「こいつらは滅ぶべき種族だった。そうだろ? なにも責任を感じることはない」
「…………」
「ん……?」
主人公が、破壊された拠点のボロボロになった布幕を見やる。
その影にダークリザードの子供がいた。
「まだいたか」
ダークオーブをかざした。
「うっ!」
と呻いたブラフの体がびくりとゆらめく。
「やめろ!」
悲鳴に近いブラフ、スズナリの叫びだったが、それとは関係なく、体は動いてしまう。
気がつくと、逃げようとするダークリザードの子供の正面に回り込んでいる。
ブラフは、怯えるそのダークリザードの姿に、アレクの姿を重ね見た。
「やめろ! やめてくれ! 頼む……!」
スズナリは絶叫した。
その時、視界が眩い閃光で染まった。
「!!?」
体が後方へ吹き飛んだのが分かった。
全身が地面に打ちつけられた。
「っ!」
視界の隅で、遠くなったダークリザードの子供が、走り逃げていく。
「何……!?」
それは主人公の声だ。
何かを見て口走った。
ブラフも、地平線に立つ白い影を目撃した。
その影の目前で、チラ、チラと白い閃光が瞬いている。
あの閃光に吹き飛ばされたのだ。
ぐらり、と揺れる視界のピントが合い、その白い影がなんであるか、ブラフ、スズナリは理解した。
「アムリタ」
思わず口にした。
自身とチーム一丸となってデザインしたアムリタの姿が、そこにあった。
小柄で、白い角の生えた仮面が顔全体を覆っている。背中には、ウスバカゲロウをモチーフとした、緑色の薄い羽根が生えている。
「あなたたちですね。ダークリザードたちを襲ったのは」
小柄ながら、凛と張った声がブラフを捉えた。