夏の夜の悪夢②
ドアを開くとチャリンと涼しげな鈴が鳴った。
狭く薄暗い店内は人気が少なく、男以外にいるのは酔い潰れたのかカウンターにうつ伏せている男一人だけだった。
「いらっしゃい」オーナーらしき男がカウンターの奥から顔を出して挨拶をしてきた。男は軽く頷くと酔い潰れた男の二つ左に離れた席に座り、ハーパーのロックとライターを注文した。オーナーはすぐにライターを男に手渡し。ロックウィスキーを作るとチェイサーと共に提供した。悪くないと男は言い、被っていた帽子を脱ぎ机の脇においた。
手にしたライターでようやくタバコに火をつけ、一口目の煙を吐き出す。そして一口、グラスを傾けた。口の中に広がるウィスキーの香りと静かな店内の空気が、じんわりと疲れを解いていくようだった。
「なんだか疲れているみたいだね」オーナーは拭いたグラスを棚に戻しながら男に問いかける。
「まあね。仕事終わりなんだ」男は節目がちに煙を吐きながらそう呟いた。
「この辺の人には見えないが」
「ああ、出張でやってきたんだ。ここは蒸し暑くて大変だ。おまけに思ったよりも雨が多い。道はどこも混んでいるし、人はみんな親切だけれどね」
男はぐいっと一気にグラスを飲み干すと「もう一杯同じやつを」と、オーナーに頼んだ。彼はまたすぐに提供してくれた。
「それで?仕事は何をやっているんだい?」オーナーが尋ねる。
「大した仕事じゃない、人を探しているんだ。そいつを見つける」男の曖昧な答えにオーナーが茶化した。
「なるほど、んで殺すのかい?」
男はその言葉に突然今までとは違った真剣な表情で彼を見つめた。すると男のその気迫のこもった顔つきにオーナーは途端に無口になった。
「昔、ある男が東北の寒い貧相な田舎町に住んでいたんだ。そいつは女癖が悪かった。何人もの町の女が犠牲になっていた。そしてそれを知った町の娘の父親たちは男を殺して山に埋めたんだ」
そこから悪夢は始まった。
オーナーは男に冗談を言うことは無くなった。
代わりに飲みの代金はタダでいいから話の続きを聞かせてくれと男にごねた。彼も夜の仕事は長いがこんな興味と関心を惹く話を聞くのは初めてだった。
「待て、すぐに看板を消してくる。すごい話が始まりそうだ」
男はも一本タバコに火をつけてそして「すごいなんてもんじゃないさ、ありゃ悪夢だ」と呻きながら言った。
オーナーはすぐに戻ってきた。そして男はゆっくりと語り始めた。