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007:旧知の仲

 遠目で馬上の人間を確認すると、フェリックスはメイベルの方を向いた。


「どうやら王都から友人が来たようだ。

休みのところ申し訳ないが、長旅をしてきた馬の世話をお願いできるか?」


 メイベルは弾けるように馬の轡を取りに行こうとしたが、それは止められた。


「君は厩の中を準備してくれ。

あの馬は”宵闇”と相性が悪い。馬房は離してくれ。それから水を」


 「それから……」どんどん近づいて来る騎馬に、フェリックスはやや焦りながらメイベルを厩へと押し込める。「それから、君の休日は無くなった。だから今日は、この後も私用で街に行くことは許さない」

 騎馬の人間が誰かは知らないが、公爵の友人ならば、それなりの身分のはずだ。厩の雑用係の姿を見るのを厭うのだろう。メイベルはそう解釈して、厩へ引っ込んだ。誰も彼もフェリックスのように寛大で立派な人ではない。


(公爵閣下は特別な方ですもの)


 馬房を整えていると、フェリックスが友人の馬を連れてきた。後ろで馬のご主人がフェリックスの肩越しに厩の中を覗こうとしているので、メイベルは隠れるのに苦労した。


(自分の馬がどんなところに置かれるのか心配しているんだわ)


 フェリックスが止めているのに中に入ろうとするのはどうかと思うが、馬の為と思えば、納得出来る。公爵のためにもきっと立派に面倒を見ようと、メイベルはフェリックスに目配せしたが、その顔は、やっぱり眉間に皺が寄っていた。

 


***



「アルノー伯ナイジェル! 何しに来た!」


「やぁ、改めまして、久しぶり。

我が君が、いくら呼んでも、待てど暮らせど帰ってこない公爵閣下の様子を見てこいとうるさくてね。

はるばるやって来たんだぞ」


 館の応接間でフェリックスは友人と対峙していた。

 青地に金の線が縦横それぞれ二本、交差しているマントを羽織っている。これは王家の近衛兵を表す。彼はアルノー伯爵であり、近衛隊の隊長だった。


「こっちの用事で忙しいんだ。例の計画が佳境に入っていることは報告してあるだろう?」


「へぇ、噂は本当か?」


「…………なんの話だ」


「公爵閣下は、ある嵐の夜に足のある人魚姫を拾って、すっかり骨抜きにされたらしいじゃないか」


 ナイジェルがさりげなく、窓際に沿って移動しはじめた。フェリックスは厩が見える窓の前に立つ。


「人魚に足はない」


「だから声を売って足をもらったんだろう?」


 暗にメイベルを指していることは明らかだ。

 いつも冷静な友人をからかう絶好のネタを握ったナイジェルは、ここぞとばかりに追及する。

 もっとも、ただの興味本位という訳でもない。


「大丈夫なのか?」


「大丈夫じゃない」


 いやに素直に答えられ、ナイジェルの調子が狂う。


「だ……大丈夫か?」


「だから大丈夫じゃない。

あの娘……手練れの間者かもしれない」


「どうして……そう思うんだ?」


「毎週、街に行って、私の渡した帳面に、物の値段や交通手段、街道について……その他にもいろいろ書き込んでいるようだ」


 その行動は、事情を知らなければ、チェレグド公爵領の経済や地理を調べているようにしか見えない。

 帳面を介して会話する時、ちらりと見えたのは、”宵闇”の姿だった。とても上手だったが、公爵の愛馬を馬具を含めて素描するのは、やや危険な行為だ。


「間者かもしれないが、手練れではないだろう。そんなバレバレでは……あ! ……いや」


 ナイジェルは思った。そんなあからさまに怪しいのに、チェレグド公爵は手も足も出せない。なんなら顔が赤い。間者ではなさそうだが、「確かに相当な手練れかもしれん……」俄かに心配が本気になる。


「サラ・ロビンはどう考えているんだ。彼女と一緒に暮らして働いているんだろう?」


「サラ・ロビンが言うには、良い育ちをしている娘だ、と」


 ”宵闇”がメイベルを連れて戻って来た時、サラ・ロビンは勿論、すぐに公爵に連絡した。彼女の独断で名前も分からない、得体の知れない娘を雇うことなど、出来るはずがない。

 娘の姿形、それからこんな物を持っていましたと渡された自分の短剣。メイベルはフェリックスの短剣を握ったまま外に出ていたのだ。

 フェリックスはすぐさま、彼女があの娘だと察したが、ちょうど王宮から呼び出しがかかり、急ぎ出立しなければならなかった。どうせ大したことではないことは予想出来た。行ってみれば、やはりその通りだ。しかし、フェリックスは敢えて王都に発った。

 窓から外を見れば、黄金色の髪の毛が見える。ナイジェルの馬と相性が悪いという”嘘”を信用して、”宵闇”を落ち着かそうと、外に出しているのだ。


「すっかり夢中じゃないか」


「そういう訳じゃない」


「そうか? 街に行くたびに護衛をつけてる」


「護衛じゃない監視役だ」


 メイベルが街に行くときに、城館の誰かに頼まないといけないように誘導したのはフェリックスだった。彼女の出入りを把握し、人を付ける。


「食事処の店主に大枚を払って、寄って来る男たちを追い払わせている」


「男には限っていない。誰であれ、接触してきた仲間に情報を渡すかもしれない。新たな支指示を受けるかもしれない」 

 

 実は、料理の味付けを”花麗国”風にして欲しいとも頼んであった。

 故郷の味は恋しいだろう。サラ・ロビンと暮らしていれば、殊更に。


 もっともらしい言い訳に、ナイジェルは追及を緩めなかった。


「彼女に絡んだ男を縛り首にした」


 その指摘に、フェリックスは嫌な顔をしたが、即座に言い返した。


「人身売買、強盗、暴行、詐欺の常習犯だぞ」


 人魚の浜には嵐の後、遭難者の遺体がよく上がっていたらしい。ほとんどが、成人の男性で、子どもや若い娘はいなかった。それが男を唆す人魚の噂をますます信じさせたのだが、実際は、つまりそういうことなのだろう。その他にもあの三人組には余罪があった。フェリックスは領主として、法を執行する立場だった。


「それから、行商人に彼女を騙すように指示した。なんでだ?」


「詳しいじゃないか」


「昨日の夜、街の宿屋に泊まったからな。あのおっかない顔をした料理上手な食事処の宿だ。

そこで行商人とも会った。公爵閣下のご意向で、王宮でも使うような高価な薬を安物の器に入れて、高く売った、と。うん? 安く売ったのかな? どっちにしろ正直な商売人を困らせるなよ」


 らしくない、とナイジェルは窓を塞いでいるフェリックスの前を通った。

 まったくらしくない。フェリックスは心の中で認めた。

 彼はあの夜の出会いで、すっかり愚かな男となった自覚はある。


 彼女は美しい。


 あの状況下にあって、最後まで諦めず力の限りに生きようとしていた。その瞳の輝き。強さ。それから、涼し気な顔立ちも好ましい。

 何から何まで自分好みの女性が、突如、彼の目の前に現れた。運命だと思った。

 衣服を脱がす時、自分の理性が保つかどうか不安ですらあった。

 実際、魅惑的な肢体が出てきて、目が眩む。

 だが、彼を正気に戻したのは、波に揉まれてついたであろう新しい傷の他に、古い傷跡が何か所も残されていたことだった。

 特に右腕には、殊更、目立つ火傷の痕があった。形からいくと、故意……例えば、焼き鏝かなにかを押し付けられたようだ。

 彼女をこれ以上、傷つけたくはない。

 もし望めるのならば、彼女の方から、自分の胸に飛び込んで欲しい。


 その為に、フェリックスは見えない檻でメイベルを囲い始めた。

 逃げられないようにお金を使わせるように仕向けたし、城館の外で一人の判断では生きていけないと思わせたのだ。

 まったく卑劣で卑怯なやり方だ。

 対してメイベルは素直に自分の無知を認め、学び、懸命に働き、貯金をはじめた。それがまたフェリックスの気持ちをさらに彼女へと傾ける。

 これまでの生活とは全く違うであろう環境でも、彼女は目的の為に努力出来る人間だった。

 もっとも、その目的が、フェリックスは面白くない。

 あの娘が足のある人魚ならば、声を引き換えにしてまでも、足が欲しかった理由があるのだ。


「ナイジェルさま、私はね、あの娘は恋人と駆け落ちしてきたんだと思いますのよ」


 いつの間にか、マイラ夫人が客人の為に飲み物と軽食を運んで来ていた。

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