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030:二組の愛

 話を聞き終わった後、グウェンダリンはテオを探した。

 見つけた時、彼はもう出立の準備を済ませていた。


「もう行っちゃうの?」


「うん。あっちでやることがたくさんあるんだ」


 そう答えた後、テオは「なぁ、グウェン」と彼女を真っ直ぐ見つめた。「君って本当に素晴らしい女王陛下だよ」


「そうよ! そうだけど……どうしたの?」


「オルタンシア公爵になってみて、君のすごさが分かってっていう話」


 幼い恋を成就させる為に、彼は大きなものを背負ってしまった。グウェンダリンはその重さを知っている。彼女は十二の歳に、エンブレア王国を双肩に乗せたのだから。


「大丈夫よ。テオならきっとうまくやれるわ。

オルタンシア公爵領は、あなたがいて、とても幸運よ。

テオなら、皆に尊敬される領主になれるわ。女の子にもてるでしょうね。

……だからね、あっちでテオに好きな子が出来たら、その子と幸せになるのよ。

私はもう十分、愛されたもの。これ以上は望んだら、いけないんだわ」


 グウェンダリンの言葉に、テオは驚き、彼女の手を取った。「何を言っているんだ。グウェン」


「俺のこと、やっぱり嫌いになった?」


「まさか! テオこそ、まだ私と結婚したい?」


 手を握り返す。「エンブレア王国の女王と結婚するには、公爵の身分だけじゃ駄目なのよ。心優しくて、立派で、民を想う……とにかく、もっと努力しないといけないの。私の為に」

 私の為に、そこまで強いるのか。それが愛情なのか、グウェンダリンには分からなくなっていた。


「努力するよ。でも、君の為にじゃない」


「え……」


「俺自身の為。それから……領民の為。

オルタンシア公爵領はひど有様だった。みんな、俺がなんとかしてくれるに違いないと、期待しているんだ。

……見捨てられないよ」


 メイベルを助けに行ったのも、彼の義侠心からだった。


「あなたのそういう所が大好きよ」


 勿論、全員が歓迎しているはずはないだろう。グウェンダリンには容易に想像できた。だから彼女はテオの絶対的な理解者になると誓った。


 テオは照れくさそうに笑う。「その前に、シパシニス王国を退けないと。だから、今のうち、出来るだけ、領内をまとめておこうと思うんだ。どうかな女王陛下?」


「ええ、その通りね」


 決意とは裏腹に、つい俯きがちになってしまうグウェンダリンの髪の毛を、テオが梳いた。


「驚かせたかったんじゃない。本当は怖かったんだ」


「え?」


 グウェンダリンは顔を上げた。再会した時、随分、大人びたと思ったが、この数週間で、テオはさらに人生を経たような顔つきになっている。


「俺がオルタンシア公爵になることを、グウェンダリンに相談しなかったのは……怖かったからなんだ」


「うん……」


 彼が”マティアス”になるには、”母親”の認知が必要だった。

 オルタンシア公爵夫人がエリザだろうとオリガだろうと、テオには辛い再会になるのだ。


「で、どっちだったの?」


 グウェンダリンは遠慮なく聞いた。

 その率直さに、テオには笑みが浮かぶ。そして、自分が笑えたことに、嬉しくなった。


「分からなかった。とりあえず、涙の再会は果たしてきたよ。ちゃんとやれたと思う。

嬉しかった訳ではなく、不思議なんだけど、顔を見たら、どっちだって関係ないんじゃないかって、妙に冷静になったんだ」


「そうよ、どっちだって構わないのよ。

ねぇ、私のテオ。あなたは勇敢だし、頭もいい。

あなたは未亡人嬢ミス・ミストレスとトレバーの子なのよ」


 その通りだと、テオは思った。


未亡人嬢ミス・ミストレスにもそう言われた。

あ――」


「何?」


 「トレバーが」テオが笑いをかみ殺す。「それを聞いたトレバーの顔ったら、グウェンダリンにも見せてやりたかった」


「ええ、なぁに? え、もしかして――」


「俺はトレバーの息子だから、ずーーっと、一人の女の人を、愛していけると思うよ」


 グウェンダリンはテオからすっかり失われたと思った子どもっぽさが、まだ残っていたことを歓迎した。


「私の祖父と父は浮気性だけど……私は違うわ。

だって、祖父と父は無能な王だったけど、私は有能な女王なんですもの。

そうでしょう?」


「ああ、そうだよ」


 二人は笑って抱き合い、そして、再会を誓った。

 離れていても大丈夫。だって、今までもずっと離れていたけど、こんなにも心が通じ合っているのだから。



***



 フェリックスは驚いていた。

 彼の腕の中でメイベルが「私、本当は知っているんです。”母”は私を憎んでいる」と耳打ちしたからだ。


「どうしてそう思ったの?」


 まさかあの話を聞かれたのかと焦る。テオはともかく、メイベルはもう二度と、オルタンシア公爵領には戻さない。だからもう、エリザだろうがオリガだろうが、関係ないのだ。これ以上、メイベルを苦しめたくはない。


「あなたのせいだわ」


「え……」


「フェリックスが、私に人を愛するということを教えてくれたから。

私、気が付いたの。”母”の私への愛は……愛じゃなかった」


「メイベル……」


 メイベルは悲しそうな顔をしたが、泣きはしなかった。諦めの方が強い。彼女の知る事実からは、その方が自然なのだ。むしろ、どうして愛されていると思ったのか。


「君を二度と傷つけないと誓ったのに。私の愛が君を苦しめることになるなんて」


「ごめんなさい」


 フェリックスの腕から、メイベルがするりと抜け出す。捕まえ損ねた手が空を握る。メイベルはもう、彼の拳を恐れない。


「フェリックスはだから、私に隠し事をするの?」


 やはり聞かれていた。いいや、聞いていたのならば、こんな尋ね方はしないはずだ。彼女はまだ、何も知らない。


 フェリックスは彼の罪を白状した。街へ行くための手段、食事処兼宿屋での便宜、薬の行商人に頼んだこと、帳面を盗み読みしたこと――などなどだ。

 思ってもいない方向からの告白に、メイベルが唖然とする。「なんですって!?」特に帳面を読まれたことについては、いくらなんでも酷い。「待って、トレバーのこともよね? トレバーが無事に戻ってきていたことも私に黙っていた!」

 

「そうよ! 他のことは仕方がないわ。私一人では、行き倒れるのは間違いなかった。

食事は――とても助かったわ」


 それについて、メイベルだって感謝の念しかない。王都の料理人ですら、あの食事処兼宿屋の主人には敵わないほどだ。


「帳面を渡したのは、私のことを探る為だったの?」


「いいや。ただ、君と会話をしたかったんだ。

なのに、いろんな情報を書き付けはじめて、君こそ我が領内を探っているんじゃないかと、ひやひやしたよ」


 メイベルの頬が赤くなる。


「私の元へ君を寄こしたのが、オルタンシア公爵なのか、運命の女神なのか、確かめなければならなかった」


「……もし、私が敵国の間者だったら、フェリックスはどうしたの?」


「運命の女神を呪っただろうね。

でも、そうじゃなかった。そうだった時のことなんて、恐ろしくてもう考えたくない」


「じゃ、じゃあ、トレバーのことはどうして?

トレバーが無事だと分かっていたら……あんな……あんなこと――。

これが最後かと思ったの。フェリックスと、もう会えないかと思うと、とても辛くて悲しかったのに。私のその気持ちを利用するなんて、あんまりだわ」


 メイベルが憤り、拗ねている姿を、フェリックスは惚れ惚れと見た。自分に対して、臆することなく気持を話してくれるのを、嬉しく思ったからだ。 

 もっとも、その為に、彼は代償を払わなければならないことも知っている。


「私も……君を失うのが恐ろしかったんだ。

一度、自分のものに出来れば、ずっと私だけのメイベルになってくれると思った。

――卑怯な行いだった」


「私を騙したこと、認めるのね?」


 フェリックスがうっとりと自分を見る視線の意味に気付いたメイベルは、怒っているのに、喜ばれるなんて心外だと、なんだか笑い出しそうになるのを必死で抑えて、険しい顔付きを作ろうとした。


「ああ……認める。

今の君には頼りになる弟に、友人たちもいる。

私以外に寄る辺ない身の上ではなくなったんだ。

これからは、君は君の望む通りに生きられる。

私はその決断に従うよ。

たった一晩でも、君の夫になれた。後悔はしない」


 フェリックスは頭を垂れて、愛しい人からの判定を待った。

 永遠かと思うほど長く、実際は、それほどでもない短い時間で、結論は出た。

 彼の髪の毛を、優しい手がなぞったのだ。 

 

「酷い方だわ。心から愛した人を、そう簡単に忘れてしまうの?」


 フェリックスがはっとして顔を上げると、メイベルの口元には堪えきれなかった笑みが浮かんでいた。彼は求められている答えを持っている。


「いいや、諦められないと思う。こんなにも誰かを愛したことがなかったから」 


「私もだわ。

あの夜、どうなっても後悔しないと決めたんですもの。

トレバーのことを利用して、あなたを求めたのは私も同じだもの。そうじゃなかったら、勇気が出なかった。

私も卑怯者だわ。

たった一晩では到底足りないくらい、フェリックスのこと、愛しているわ」


 メイベルは両手で、フェリックスの頬を挟んだ。そうすると、それが当然と言ったように、自然と二人の唇が寄る。


「隠し事をしていても?」


「ええ……いいわ。

フェリックスは私が隠し事をしていても愛してくれたでしょう? だから私もそうします」


 その毅然とした態度に、フェリックスは自分が考え違いをしていることを悟った。


「私の勇気が足りないせいなんだ。

君は勇敢だ。どんな真実だって、受け止められる強さがある。

どうして私が支えきれないと思ってしまったのだろう」


 その弱気とも言える発言の真意を、メイベルは十分に察することが出来た。彼は自分を守ってくれようとしているのだ。


「あなたが私の代わりに辛い思いをしてはいないかが不安なの」


「それは大丈夫だ。私にはよく効く薬があるから」


「薬?」


「そう、とても甘い薬だ」


 フェリックスはもう一度、メイベルに唇を求め、彼女はそれに応えた。


「フェリックス、あなたは勇敢よ。

でも、今は私の為じゃなくって、別な所で発揮して。

そして、きっと戻って来て下さいね。

それが結局は、私の為なんですもの」


 もし自分が戻ってこれなくても、グウェンダリンたちがいる。けれども、必ず自分がメイベルに本当のことを話そう。

 フェリックスは覚悟を決めた。

*エリザかオリガか気になる方は、完結後に小話を載せる予定ですので、そちらをお読み下さい

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