013:忠義の臣
グウェンダリンの話をまとめると、彼女とテオは王都の街角で出会った。その頃はまだ、王女だった彼女は、頻繁に王宮を抜け出し、テオの家で遊び、そして、共に学んだらしい。
即位することを告げたところ、テオから別れを告げられる。それ以来、ずっと会っていない。
それで分かった。マティアスとメイベルは、驚くほどよく似ていたが、全く同じ顔形ではない。男女の差があるからだ。それなのに、なぜグウェンダリンは自分をマティアス……テオと見間違えたのか。
それはグウェンダリンの記憶の中の少年が、メイベルとそっくりだったからだ。五年経った姿は想像するしかない。周りから同じ年頃の異性を巧妙に排除されてきた女王陛下には、男の子が男へと成長する過程を理解する機会がなかった上に、あの綺麗なテオが、あんなむさくるしい男たちと同じように育つとは思えなかった。線が細く、儚げで美しい青年になるに決まっている……そう、目の前のメイベルこそ、その理想のテオの姿そのものだったのだ。
「離れていても、テオはいつも私を助けてくれていたわね」
どうしてそう言い切れるか、メイベルには教えてくれなかった。グウェンダリンはテオだと思っているはずのメイベルにも、全てを語っている訳ではないようだ。それは女王としての警戒心の高さなのか、それとも、テオが”海の未亡人たち”の一味であることは知っているからなのかもしれない。記憶喪失になった人間に無防備に教えるには、海賊と言う正体は危険過ぎる。
「だけど女王は王宮では独りぼっち」
”チェレグド公爵閣下がいらっしゃいます。
公爵閣下もいつも女王陛下のお力になりたいと願っているはずです”
「……テオはどうしてそんなにフェリックスが好きなの?」
突然の問いかけに、メイベルは顔を真っ赤にし、慌てて首を横に振った。
”立派な方だと、尊敬しているのです。
女王陛下に忠誠を誓っています”
「そうね。私だってフェリックスを粗略に扱っているわけじゃないのよ。
チェレグド公爵は私に従ってくれた。
この国の王。女でも男でも、年も関係なく、自分が仕える貴方こそ、我が王だと」
オルタンシア公爵が聞いたら、激怒しただろう。
「正直、嬉しかったわよ。
私自身じゃなく、玉座と王冠に忠誠を誓っていると分かっている。
それでも、それに相応しくあろうとしている十二歳の少女を王と認め、膝を折ってくれた。
いつも私を助けてくれる。
でもそれは、君主と臣下だからよ。友達であってはいけないの」
ましてや、恋人などもってのほか。なぜならば、周りの人間は男と女と言うだけで、すぐにその仲を疑い、情を通じていると穿った見方をするからだ。
それでは、君臣の序が乱れてしまう。
「なのに皆、フェリックスが私の愛人と囁く。愛人では聞こえが悪い。いっそご結婚なされば? 公爵ならば王配に相応しいでしょう、なんて、余計なことを勧めてくる始末」
グウェンダリンは足元に生えている草をちぎって投げた。メイベルは胸が締め付けられる思いがしたたが、今朝は晒しをきつく巻き過ぎたようだと意識を逸らす。
(公爵閣下は女王陛下を愛しているからこそ、それを隠し通さなければいけないのだわ)
「私は結婚なんてしないわ。私は愛のある結婚をしたいの。女王は愛のある結婚は出来ない。
だから結婚なんてしないの」
同じような物語が好きなのだ。素敵な男性が現れて、窮地に陥った自分を助け、一途に愛してくれる。そんな内容のお話だ。
メイベルの脳裏にはフェリックスが浮かぶ。彼こそ物語に出てくる理想の恋人ではないか――。
「それなのに、今度は私が結婚も出来ない醜女だって言う奴がいるのよ!」
赤かったメイベルの顔が、青ざめる。”奴”とは、オルタンシア公爵のことだからだ。
「私が王宮に身目麗しい若い娘たちを呼び集めるのは、醜い自分の代わりにフェリックスの寝台に乗せることで、公爵の忠誠を引き留める為だって。
そうじゃないわ。私はただ友達が欲しかっただけ。
テオの代わりはいないけど、それでも気の合う友達が側にいて、お洒落やお菓子、物語の話なんて出来ればいいな、と思って。
貴族の娘たちばかりなのは、立場上、それしか許されなかったからよ」
王としての勤めは果たすが、中身は普通の女の子であるグウェンダリンは、政治や経済、戦争なんかとは離れた時間を作りたかったのだ。
「だけど、皆、私を女王として扱う。女王に友達なんて贅沢な望みなんだわ。
おまけに、本人の意志と親たちの差し金で、フェリックスに色目を使う。
私がそうしろって命令したわけじゃないのに、いそいそと王宮の公爵の寝室に忍び込んで――あ、こんな話、あなたにすべきじゃなかったわね……若い娘は男の寝台の話をしちゃいけないんですって。私は構わないけど、テオは嫌よね」
再び頬を染めたメイベルに、グウェンダリンは気遣った。
「大人の人間に囲まれているせいか、年の割にませているんですって。誰のせいだと思っているのかしら」
”女王陛下はお美しい方だと思います”
父親のオルタンシア公爵の侮蔑に対する恥ずかしさ、チェレグド公爵に対する行き場のない気持ちに苛まれながらも、メイベルはそれだけは伝えたいと鉛筆を取った。しかし、書き終わって不安になる。これをお世辞と捉えらえてしまったら、自分も相手も傷つけてしまう。
「……ありがとう」
グウェンダリンは素直に受け取った。こちらも頬が赤い。「あなたははやっぱりテオだと思うの。前にもそう言ってくれた。その瞳で……」
そこで気恥ずかしくなったのか、話題を変える。
「ところで、テオ? あなた、足のある人魚姫がどこにいるか知っている?」
『……??』
「フェリックスがご執心の娘らしいの。こんなに大勢がやって来たから、隠し場所を変えたのかしら?
それでしょっちゅう城を抜け出しては、どこかに行くのかしら?
ねぇ、今度、後を追いかけてみない?」
街では”足のある人魚姫”の話は、よそ者のメイベルには聞こえないところでひそやかに語られていた。それは公爵が男前でもてるという話とが違い、辺りを憚る話題だからだ。特に海辺の人間にとって、人魚自体が不吉な存在とされていた。口に出すだけでも怖気がつく。
(女王陛下は公爵閣下の気持ちに気づいていない上に、何か思い違いをしているのだわ。
他に愛する女性がいると思われているなんて、公爵閣下もお可哀想に)
”足のある人魚姫の話なんて、聞いたこともありません。
一体、誰がそのような公爵閣下を貶めるような噂を流しているのでしょう”
「ええ、そうなの!? 皆、噂しているのよ!
――あっ! そ、そうよね、噂話なんて嘘ばっかり。テオはそんな話には興味ないわよね」
メイベルとしては、そんな妙な噂、どこからどう流れたのか知りたかったが、グウェンダリンはもう噂話なんて低俗なことは止めようと決意したらしい。
急いで、話題を”宵闇”と”炎陽”の話に切り替える。馬の話は二人の共通の話題として問題なく盛り上がった。
二人の姿を離れたところから見ていたサラ・ロビンは、なるほど、と頷いた。
マイラ夫人の言う通り、グウェンダリンとメイベルの座り方は異なっている。女王と雑用係の違いと言うよりも、女性と男性の別だ。だから、二人は若い恋人同士にすら見えてくる。
サラ・ロビンにとっては、いずれにしろ仲の良い二人は、微笑ましい光景だった。
しかし、苦々しい思いをしている人間たちが、たくさんいるのも事実だった。
***
グウェンダリンが”若い男”と仲良くなっているのを面白くないと思っている筆頭が、ネイサンという男だった。彼は王族の端っこに連なる人間で、有体に言えば、グウェンダリンを狙っている。フェリックスを狙う妹・マーゴットに付き添って、自身もチェレグド公爵領に入り込んだ。
フェリックスに相手にされない妹たちと、グウェンダリンに一瞥ももらえないネイサンは、日がな一日、己の不運と不満を語り合う、まったく非生産的な行為に明け暮れていた。それでも、潮風に吹かれ、チェレグド公爵の新しい領地を楽しんで王都に帰っていただければ、問題はなかった。
「まったくあのマティアス? テオ? とか言う男はグウェンダリンのなんなのだ」
「女王陛下の新しいお気に入りですわ、お兄さま。
すっかり入れ込んで、暇さえあれば、こそこそと二人で乳繰り合って。いやらしい!」
日中、外で並んで座って話しているだけで酷い言われようだ。
だが、女王たる者、いくら気を付けても足りない。フェリックスも「またおかしな噂を流されますよ」と注意するが、「じゃあ、どこかで隠れて会うわ」と返されれば、続く言葉が出ない。それよりは、今の状態の方がマシだ。悪意ある人間以外には、やましい所など一切、見いだせないはずだ。
しかし、見た目が男と女なのは、やはりうまくない。
フェリックスは渋い顔をする。あの娘にドレスを着させてしまえば、女王に対する誤解も晴れるだろうに、それは自分の都合で許せない。
近衛兵は若い男ばかりで、城館の女性使用人たちへ本気半分冗談半分のからかいの言葉をかける。マイラ夫人は箒を持って城館の内外を巡回しては、不埒な男たちを掃き出すのに躍起だ。
近衛兵の監督役のアルノー伯爵ナイジェルは、「度が過ぎた声掛けは問題だけど、そっちの使用人だってこっちに秋波を送って来るんだぞ。近衛隊は女っ気がないからすぐに騙されてしまう。うちの純情な兵士たちを弄ぶなよ」と苦情を申し立てる。
世に男と女がいると、互いに意識し合い、恋が生まれてしまうようだ。
それは構わないが、メイベルが巻き込まれたら堪らない。
「厩の雑用係は女みたいに綺麗な顔をしていると評判になっているぞ」
ナイジェルもまた余計なことを吹き込んでくる。
「お前の近衛兵たちには自分の仕事に専念しろと伝えておけ」
「分かった。あの厩の雑用係にちょっかいを掛けたら、公爵閣下に斬り殺されるから気をつけろ、と言っておく」
「――まずはお前からか?」
「お許しを、公爵閣下」
両手を上げたナイジェルが、真面目な顔になる。「女王陛下はあの娘のことをテオと言う男だと思っているらしいが、心当たりはあるか?」
女王の”テオ”に対する執着は友情を超えているのではないかとの心配は、フェリックスも同じだった。
「いいや。
だが、調べる必要はあるだろう」
このままでは、メイベルを王都に連れ去られてしまう恐れすらある。
女王陛下にはこの問題だらけの一行と共に、お引き取り願いたい、と言うのが、彼の率直な感想だ。
ここは”花麗国”に近い。前線だった。いつオルタンシアが攻めてくるかも分からない情勢で、女王が長居すべき場所ではないのだ。
疲れて部屋に戻れば、今夜も自分の寝台に、貴族の娘の一人が乗っている――。
彼はいつものように娘を抱き上げた。娘は恥じらいと期待で目を潤ませ、フェリックスにしがみつく。
「公爵閣下……ずっとお慕いしておりました。今宵は私に、どうかお情けを下さいませ」




