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布田記念記憶研究所  作者: 小雨
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突然の訪問者

翌朝9時にインターフォンの音で目が覚めた。

「おはよーごさいまーす。森陽太です。春人君戻ってますか?」

昔から声がでかいので、インターフォンと外からの声が重なって聞こえる。

「あらー陽太君久しぶりねー。春人戻ってるわよ。春人起きてる?陽太君来てくれたよー」

「うーん。起きてる。何?」

目をこすりながら部屋から顔を出すとミシミシと階段を軋ませながら陽太が上ってくる。

「おっ、久しぶりだな。少しやせたか?」

「うん。少しな」

「ちょっと話があるんだよ。部屋で少しいい?」

「俺まだ起きたばっかなんだけど」

「まあまあ気にするな。俺とお前との仲だろ?」

ずかずかと部屋に入るなりカーペットに腰を下ろした。多少強引なところは保育園の頃から変わらない。ただ、2年ぶりにあったせいか日に焼けた陽太のガタイがますます逞しくなったのに比べ、自分のTシャツから伸びる青白く細い腕に何となく引け目を感じる。

「何?朝から話って」

「実は春人に頼みがある・・・」

「頼みって・・・。何?どうした?」

「俺んち、今、大ピンチ。だから助けて春人」

顔の前で日焼けした手を合わせる。昨日陽太の母さんが腰を痛めてしまい、おばあちゃんも先月人工関節の手術をしてリハビリ中なので人手が足りないと堰を切ったように話し始めた。

「だから春人に手伝ってもらいたい。今暇だろ?」

「まあ、暇と言えば今だけど・・・。で、手伝うって何を?」

「実は来月の町民祭りでアイスの出店をやるんだけど、一緒にやってほしい。ばあちゃんも母ちゃんも今動けないし、でも出店の申込書は出しちゃったし」

陽太の家では、母と祖母が中心となり、4月中旬に森牧場に念願のアイス工房が完成し、5月から試作を重ねていたが、祖母の股関節の調子が悪化し手術、おまけに昨日母まで腰を痛め、肝心の作り手がいなくなってしまったらしい。

「俺、調理の知識も経験もないし、アイスなんて買うだけで作ったことないんだけど・・・」

「そこは、全く心配いらないよ。安心して。明日から家でばあちゃんに機器の使い方教えてもらえばいいから。リハビリ中だけど元気だから。母ちゃんは当分動けないけど、痛みが引いてきたら手伝うって言ってるし」

陽太のうちは、代々畜産業を営んでおり、乳牛や最近はジャージー牛も飼っている。牛の世話は家族でしていて、母と祖母が動けない今、祖父と父と陽太ですべて担い、アイスを作る時間までは捻出できないらしい。そこで春人が地元に戻ってきたと聞きつけ、お鉢が回ってきたようだ。それにしても急すぎる。

「明日っからって・・・。俺一応自宅療養中なんだけど・・・」

「だいぶ痩せたけど、顔色は良いし、手伝ってよ、お願い。今から出店を断ると牧場の信用にも関わるんだよ。頼む」

また手を合わせて拝むそぶりをする。

「うーん。分った。とりあえず、明日陽太の家にいくよ。何時に行けばいい?」

「よし、そうこなくっちゃ。じゃあ9時に俺んち来て。朝の牛の世話ひと段落するから。詳しいこと説明するよ」

陽太は、先ほど母が運んできた麦茶を一気に飲み干す。氷がカランと音を立てる。

「分かった。でも俺、素人だからな。アイスなんて作れるかどうか・・・」

「大丈夫だよ。春人は昔から意外と器用だから」

砂田先生からしばらくゆっくり過ごすようにと言われたことが頭をよぎったが、陽太のおばあちゃんとお母さんの具合も心配だ。とりあえず、明日はお見舞いがてら様子を見てこようというところで落ち着いた。

「じゃあな春人。待ってるからな!」

軽トラのクラクションを帰り際に2回鳴らして陽太は帰っていった。

翌朝、7時に起きて朝食を食べ、支度して8時40分に家を出た。暑苦しいセミの大合唱の中、チャリをこいで10分ほどで陽太の家に着いた。陽太が牛舎の手前の水道で手や顔を洗っている。

「おっ、春人ちゃんと来たな!」

「おはよう。俺これでも自宅療養中なんだからな」

「分かってるって。そんな体力使わないし」

顔や腕をガシガシと白いタオルで拭きながら

「今日はお昼頃まで、ばあちゃんから説明を受けるだけだから。春人、さっそくこっちだからついてきて」

陽太についていくと見慣れた母屋の横に真新しい平屋の建物が建っている。真新しい白い外壁に、レンガ色のガルバリウム鋼板の屋根が可愛らしい。

「ここが今年の春に完成した加工所。予定では、今頃、どんどん製造して店頭販売してたはずなのに、今は開店休業状態・・・」

引き戸を開けると玄関のようなスペースに下駄箱と3連のロッカーが並び、手前の部屋の扉を開けると、事務机が3つあり電話や段ボールが数個積んである。まさに開店休業中という言葉通りだ。

陽太がリモコンを操作すると作動音のあとに業務用のエアコンからゴーっと風が吹き出してきた。

「早速ばあちゃん呼んでくるから、ここに座ってゆっくりして」

春人は、段ボールが積んでない机にリュックを置くと、中から昨夜から凍らせておいた緑茶を一口飲む。溶けたての苦い緑茶のエキスがのどを通っていく。

5分ほど待っていたら、事務室の扉が開き陽太がおばあちゃんを車いすに乗せ戻ってきた。

「春人君久しぶり。戻ってきたばかりなのに陽太が無理言ったみたいでごめんね」

「陽太からおばあちゃん手術したって聞いて心配してました。調子はどうですか?」

「痛みはないんだけど、今、リハビリ中でね。転ぶと危ないから家の外は、車いすにしてるの」

「あっ、これ母からです」

リュックの中から母に持たされた紙袋を取だし、おばあちゃんに手渡す。

「あら、どうも。まあおいしそうなフルーツゼリー。後で皆で頂きましょうね」

車いす姿に驚いたが、顔色は良く元気そうでなによりだ。

「陽太、悪いんだけど母ちゃんは、まだ腰痛くって動けないらしいから。これ陽太にだって。冷蔵庫に入れておくから好きに飲んでよ」

沢山のお茶や麦茶を段ボール箱から次々と冷蔵庫に移していく。

「昼は、母屋で一緒に食べよう。じゃあ、ばあちゃん春人をまかせた。俺ちょっと出かけなきゃいけないから。よろしく」

「じゃあ、春人くん、そこにある段ボールをあけてみて。さっそく着替えてくれる?」

ガムテープを外すと、真新しい白衣と帽子、白いゴム長靴と手袋が入っている。この乳製品の加工所はおばあちゃんが衛生管理の責任者になっており、陽太のお母さんもいくつか必要な資格をとって、やっとのこと許可をもらったらしい。事務室の奥の加工所に入る前におばあちゃんも別の車いすに乗り換え、陽太も長靴に履き替えた。

「まずは手洗いから。必ず作業前は、爪や指の間までしっかり手を洗ってアルコール消毒をしてね。あと、検便の検査も必要だから、今日帰りに田中医院に行ってきて。連絡は、これから陽太にしてもらうから」

「はい」

まったくの素人なのに完全に戦力としてみなされている。

「これがアイスクリームのレシピ。まだバニラ味しか完成してないから、これからあかねと一緒に他の味を考えていってね」

陽太の4つ下の妹のあかねは、今パティシエの修行中で隣町の有名なケーキ屋で働いているらしい。小さい頃は陽太とあかねと牛舎の周りで鬼ごっこをして一緒によく遊んだものだ。

「あかねは、朝は早いし夜も遅いからなかなか春人くんと時間が合わないと思うけど、火曜日は休みだからその時にでも新商品を開発してね」

見慣れないステンレスの機械が並ぶ加工所の通路は広く、車いすで十分通れる。アイスクリームマシーンの説明や調理器具や冷凍庫等の説明が終わる頃にお昼となり、事務所に戻り着替えを済ませ、おばあちゃんの車いすを押しながら母屋に向かった。お昼のそうめんをご馳走になった。

「春人、さっき田中医院に連絡したから帰りによって検査キットもらって帰って。提出して問題なければ、検査結果持ってきて。1週間ぐらいかかるって。検査結果が出てから、毎日、朝8時半から16時半までの勤務だから、これに書いといて」

パソコンで作った勤務表を渡された。

「勤務って・・・。俺自宅療養中なんだけどな・・・」

「あっ、ちゃんとバイト代払うから。お昼は、みんなと一緒だけどまかないってことで。あと町民祭りで牧場の宣伝もしたいからチラシ作ってほしいんだけど。得意だろ春人」

「チラシ?俺、作ったことないよ」

「大丈夫、大丈夫。春人なら出来るって」

アイスづくりに牧場のチラシ・・・。俺の自宅療養は着実に陽太に浸食されつつある。




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