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6話 そして、何者にも成れない筈の青年と、消える筈のプリンセス①


 シンボルシリーズは、壮大なストーリーと共に、戦闘の高い戦略性でも人気を博したゲームである。

 地形、自然環境、敵の陣容等々、極力現実世界の戦に近くなるように、様々な要素が盛り込まれ、プレイヤーはそれを活かした、或いは配慮した戦いを求められる。

 その点を見誤れば、重装歩兵はぬかるみに足を取られ動けず、か弱い魔法使いの背中に増援が迫り、最悪指揮官のいる本陣に敵の精鋭が突撃をかけてきて、瞬く間に壊滅の危機に陥るのだ。

 その全てが、戦略次第では逆もまた然り、ということである。

 アンリ軍含めた主人公陣営は、基本的に寡兵で大軍との戦いを強いられるが、戦場に散る様々な要素を有効活用すれば、数的劣勢を覆すこともできるし、それがシリーズの醍醐味でもあった。


 ユウこと比叡裕は、このゲームに青春を賭けたヘヴィゲーマーである。

 学業は得意でなく、運動神経も然程ではない青年だったが、キャラクターに惚れ込むあまりにシリーズにどっぷりとはまり込み、寸暇を惜しんで仲間の育成・吟味と、戦場の研究に明け暮れてきた。

 特に、アス大陸の戦場は、大陸の東西南北、隅から隅まで、完全に頭に入っていると言っても過言ではないほど、多くの戦いをこなしてきたのだ。

 転生を果たし、実際にアス大陸に降りたってからも、その知識は大いにアンリ軍を助けることになった。

 何せ、大陸中の戦場の地利が頭にある。ならば必然、敵の布陣場所、増援や伏兵の可能性がある横道や山道、敵味方が潜伏できる建物等々、あらゆる要素を開戦前から看破し、適切な場所に進軍を提案し、時には自分の小隊を配備して、数々の戦いでアンリ軍に勝利を齎したのだ。


 それもこれも、全てはたった一人を救うためだった。

 敵国ムートの姫君、レーゼ。

 この地に呼ばれた理由も、元の自分がどうなったのかも分からず転生し、そのくせ元の世界に然程の愛着もないユウは、レーゼを救う以外に目的の持ちようもなかった。

 それほどまでに、惚れ込んでいた。

 だが、物語において、善良な人物は大抵、悲劇性の協調や敵対者の非道の演出のためにしばしば酷い目に遭わされるものだ。

 ユウは、どうにもそれが嫌いだった。

 たとえ架空のキャラクターであっても、誰かの娯楽のために一人の人生が弄ばれるのは、どうにも好きではなかったのだ。

 そして、かく言うユウ自身も、そんな他者の人生を物語として楽しんでいると自覚していた。

 そんな矛盾を常に胸に置いておけるくらいには、ユウは賢い青年だった。

 だからこそユウは、現実の人間を無意識に嫌って内向的になり、家族からも離れて、行き場のない思いはゲームに向けた。

 敵意は、そのまま敵に。

 愛は、そのまま推しキャラ、つまりは彼女に。

 そして、彼女がどこにいるのか、ユウは既に知っていた。



***



 ユウたちアンリ軍は進軍を続け、ついにSFS序盤の佳境に辿り着いた。

 アンリ王都ハルジア。

 無辺の草原の真ん中に悠然と佇む、白石でできた円状の城壁は、堅牢堅固にして美麗な姿から『アンリの真珠』と名高かった。

 日が落ち、草原が暗闇に染まっても、白亜の城壁は夜番の篝火で白く輝き、さながら地上の星のように美しい。

 だが、それは、夜でも警戒が緩まず、兵士たちが常に周囲を見張っている証でもある。

 正に、宝石の美しさと、貝殻の如き固さを持つ鉄壁の城だ。

 ムート帝国以前に多くの国々がこの城をおとしめようとして失敗し、今は本来の持ち主であるアンリ軍の首脳陣もまた、その突破にしばらく頭を悩ませていた。


 勿論、ただ一人を除いてだ。

 シンボルシリーズにあるどんな堅城も、ユウは何度となく攻略してきた。

 昨日も己の立案した作戦を通し、今宵、まさに今、その結構の時を迎えていたのだ。

 陣営を出て夜陰に紛れ、目指す王都の姿を遠くに見ながら、ユウは隊員たちとの最後の打ち合わせを終えていた。


「皆、作戦は大丈夫だね」


「応」


「はい」


 ユウの号令に、四人の隊員たちは元気よく答えた。

 あの城を落とす手筈は整っている。

 他のどの城よりも多く、何度も落としてきた。

 あの中に潜む、ただ一人と出逢うため、ユウはこの城の攻略で、一度の失敗もしたことがなかった。

 今回も同じだ。全ては、彼女に遭うために、と。

 そんな盤石の計算の下、ユウは小隊を率い、夜の王都に攻め入るところだったのだが、


「……ところで」


 実はこの時点で、ユウには一つ誤算が発生していた。

 作戦では、ユウ隊の五人で夜のうちに潜伏し、夜明け前を待って正門に奇襲を仕掛けて開けさせ、城内が混乱している最中にアレスの本隊が突撃を仕掛けて城になだれ込む手筈だった。

 しかし、どういうわけか、土壇場で人数が一人増えてしまったのである。

 元々少人数の隊だ。一人の加入でも戦力の増強ではあるのだが、加わった人物が問題だった。

 隊員からも嫌われているわけではない。だが、明らかにこの場に、そして夜襲という作戦に似つかわしくないその人物を、ユウと隊員たちは一様に、困り顔で見つめていた。


「あの、ビアンカ様……本当に、いらっしゃるんですか?」


「あら、私が行かないと、アレス様とヤギン将軍は許してくださらないでしょう? 軍議のお話、お忘れになりました? ユウ様」


 引きつったユウの顔を見たビアンカは、秀麗な顔で微笑み返した。

 カルドは鎧、他は長衣と形は様々だが、地味な戦闘服に身を包んだユウ隊の面々の中、ビアンカはただ一人品の良い白鎧を纏い、美しい白馬を連れている。

 それも、ただの馬ではない。

 四脚それぞれの蹄の少し上からは小さな翼が生え、額から黄金の一本角を生やしたその姿は、創作の類では馴染み深いユニコーンと呼ばれる生物のものだ。

 ユニコーンはその翼で天空を駆け、脚も普通の馬より遥かに速い最上の騎馬であるが、清き乙女にしか懐かず、騎乗するとなるとさらに難しい。

 その壁を超えた選ばれし女性のみが『一角獣騎士』の資格を得ることができ、アレスの許嫁ビアンカもまたその数少ない、アンリ軍では唯一の人物であった。

 ビアンカはそれほど戦闘力に秀でてはいないが、空を飛べるというだけでも壁越えにはうってつけである。

 普通なら破格の加勢と喜ぶところなのだが、実はその過程がそれほど穏便ではなかったのだ。

 早い話、ユウたちはビアンカに脅されていたのである。


「別に戻っても良いですけど……その時は先日の秘密のお話、ぜーんぶアレス様にばらしちゃいますからね?」


 そう言って笑うビアンカの笑顔は、普通ならどんな男も容易く射落とす眩しさ、美しさなのだろうが、いざ目の前に白百合の微笑みを見ても、ユウは寒々しい想いになるばかりだった。

 あぁ、清き乙女という触れ込みは一体何だったのか。

 迫る想い人との出逢いを前にして、思わぬ味方に恫喝されたユウは全力で渋面を浮かべながら、これまでの出来事を思い返していた。

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