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2話 後に『竜を狩る雀』と呼ばれる農夫


 その青年、ビクターはただの農夫だった。

 子供の頃から暦を追って田畑を耕し、麦を育て、春から秋には家畜を、冬には山の獣を追い、それで得た糧を食べて一日を終える。そんな日々を繰り返して大人になった。一生それが続くと思っていたし、別にそんな人生に文句もなかった。


 アンリ王国がムート帝国の侵攻を受けたのは、ビクターが成人し、老いた両親から財産と畑を受け継いだ直後のことだった。

 彼の故郷である村落は、不運にもアンリ王国西端、ムート帝国との境近くにあり、侵攻の開始と共に真っ先に占拠されてしまったのだ。

 村には戦力など当然なく、それ故無抵抗で占拠されたため犠牲者こそなかったものの、畑や財は帝国軍の略奪を受け、若年者は役夫にされて、彼らの食料生産を強要されることになった。

 勿論、ビクターも例外ではない。彼は両親から財を受け継いだそばから、それをそっくり帝国に奪い取られて、自らは両親を人質にただ働きをする羽目になったのだ。


 だが、ビクターは一人、そんな村から逃げ出した。

 帝国軍はアンリ王都に迫るため、日を追うごとに人員を前線に送らなければならなくなり、その結果少しずつ村に残る兵士の数は減っていった。

 そのため、隙を見計らって逃亡を試みる者が現れ始め、最初は穏便に捕えるだけで済ませていた帝国兵も、いつしか見せしめを用意するしかなくなったのである。

 これから逃亡を企てた者は、このとおり死ぬことになるぞ、と。

 その犠牲者となったのが、ビクターの友人の一人だったという。

 それが、後に逃げ切った彼が義勇兵としてアレスと出会うまでの顛末だった。



***



「……んでも、おいらはダメだったんです。やっぱり、獣を撃つのと人を撃つんじゃ、どうも弓の勝手が違っちまって……はは」


 遊撃隊を任されたユウは、まずは隊員との顔合わせということで、元農夫のビクターと二人、詰所で面談を行っていた。

 この面談は、まずは味方の人となりを知るようにとアレスが勧めてくれたのだが、ビクターの来歴から抱える悩みまで、ユウは最初から全てを知っていた。

 後の展開がわかる話を親身に聞くのは中々大変だったが、おおよそゲームの設定と同じ身の上話を聞き終えたユウは、溜息と共に頷いた。


「そ、そうか……災難だったね、ビクターさん」


「はは、さんはいらねぇべよ。あんたは隊長さんなんだから、呼び捨てで呼んでくだせぇな。おいらはあんたや王子様みたいに、立派な人の血筋って訳でもねぇんだし」


「えぇ……いや……」


 別に自分も、立派な血筋ではないのだが。そう言いかけて、ユウは慌てて止めた。

 ユウは、この軍内ではアンリの古強者ハイネス卿の孫ということで通っている。

 これを否定すれば、ユウは途端に怪しまれ、本当の身の上を詰問されれば、彼らにとっては眉唾でしかない異世界・地球の物語を、始めから語らねばならないのだ。

 最悪、折角得た居場所すらも失いかねないので、ひとまずユウは自分の素性は隠すこととして、その上でビクターが活躍できるよう、頭を捻る必要があった。

 とはいえ、隠すのは自分の身の上だけだ。

 生まれの誇りは勿論のこと、最初から他者に威勢を示すつもりのないユウは、


「いやぁ、気にすることないよ。俺だって、初陣の時は怖くて人を斬れなかったんだから。ビクターとおんなじさ」


「え」


 この通り、裏表なく苦笑を浮かべながら、英雄の血筋にあるまじき失敗談も堂々と語ることができた。

 ユウは、生まれは一般家庭、学校の成績も取り得なく、何を取っても良くて中の下という人生だった。

 失敗談など掃いて捨てるほどある。というより、試みの全てが上手くいかないからこそその体たらくなのだ。腹を割って己を語ろうと思えば、転生前にしろ後にしろ、自ずと失敗の話になる。

 夢の世界で得た第二の生も、しかし結局は失敗から始まったのだ。

 異世界転生お決まりの特殊能力や特典も、どうやらユウには一切なかった。

 つまりは結局、自分は凡人なのだと悟ったユウは最初から、ある程度吹っ切れていた。

 だからこそ、変に見栄を張ることもなく、相手の長所を知る限り褒めることができたのだ。


「人を撃てないって言ってもさ、俺からすれば弓矢が的に当たるだけで凄いことだと思うよ。俺は剣すらまともに扱えないんだし……」


「えぇっ!? で、でも、ハイネス様はアンリ騎士無双の剣士で、体より大きい剣を軽々振り回したって、色んな詩人が聞かせてくれたべ。その話は、嘘だっただか?」


「嘘じゃないけど、それはハイネス……俺のじいちゃんの話だよ。俺は何をやっても上手くいかない、ただの一般人さ。爺ちゃんとは違う。君たちの隊長になったのだって、俺が凄いんじゃなくて、爺ちゃんの功績のおかげなんだよ。ここに来たのだって、自分の意思じゃなかったんだし、その点、自分でここに来た君は凄い奴だよ」


 実際、ゲーム中のアバターも、伝説の剣士ハイネスの孫という触れ込みで一小隊を任され、アレスと共闘した。そして、本人もそれを自覚し、だからこそ謙虚な人として描かれていた。

 本当に武勲を立てた彼と違い、ユウの言葉は謙遜でも何でもなくただの事実だったが、奇しくも劇中のアバターの台詞と全く同じものだった。ユウは全く無自覚ながら、この世界を傍観者として見ていた時と同じ言葉を発していたのだ。

 人は、相手の言葉の意図を一から十まで全て理解できはしない。

 だから、ユウがユウとしての意図、人格で放った台詞は、境遇の違いはあっても劇中の彼の分身と同じようにビクターの心を捉え、俯いた彼の心を、しかと立ち直らせつつあったのだ。


「それにさ、人を撃つのが苦手なら、馬を撃ったらいいじゃないか。ビクターは村では森に隠れた熊を撃ってたんだろ? 平地を走ってる馬くらい、簡単に射止められるんじゃないかな」


「……!」


 ビクターははっとして顔を上げた。

 計算ずく、という程図っていた訳ではないが、ビクターがこの言葉で思い直すことを、ユウはずっと前から知っていたのだ。


 これが、SFSにおいて、ビクターが持つ特殊能力『騎士・非人間特攻』の目覚めである。

 これは読んで字の如く、敵の騎士階級や、ファンタジー世界お馴染みの竜・ペガサスといった幻獣の類、更には魔物や悪魔といった敵に大きなダメージを与えるものであり、とにかく人間でない者なら何でも即死させうるという恐るべき能力だった。

 来る次の戦場、迷いの消えたビクターの射術は、砦に迫る騎兵、それも指揮官の馬を的確に射抜いて悉く足止めし、後にアンリ軍がムート帝国に反攻する際の大いなる足掛かりとなるのである。

 純朴な栗毛の青年が、農夫の雰囲気はそのまま、野鳥のように違和感なく森に溶け込み、しかし百発百中の弓矢の腕前で軍の要職を屠っては消えるその姿は、ムート軍を恐怖のどん底に陥れた。

 これが、後に『竜を狩る雀』の異名を取る、狙撃手ビクターの伝説の始まりだった。


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