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一般人、巻き込まれる③


 ユウの初陣は、案の定惨憺たる結果に終わった。

 敵となったのは、知っての通り帝国の斥候兵であり、逃がさないようにとアンリ軍の兵たちが取り囲み、後は精鋭が止めを刺すばかりという状況だった。

 そこまでのお膳立てが成された上で、ユウは初期装備の鉄剣を握らされ、アレスたち数名と共に、あわよくば敵を捕らえて捕虜にしようという目論見で、その掃討に臨んだのだが、


「ユウ、何してる! そいつが最後の一人だ、何とか応戦して、無力化するんだ!」


「そ、そんな事、言われても……!」


 今日初めて戦場に出る一般人に、そんな作戦を遂行しろなど無理な話である。

 ユウの相手は既に追い込まれ、血塗れの死に体だった。だから、生まれて初めて握る剣でも、何とか攻撃を受けることくらいはできた。

 素人目にも、相手の男の動きは遅く、既に息も絶え絶えの様子だった。ほんの一握りの勇気があれば、ユウにも止めを刺すくらいはできたかもしれない。

 だが、そんな状態の人間に剣を向けるなど、普通の現代人にはできよう筈もないのだ。

 いつしかユウは、必死に抵抗する相手の前で剣を取り落とし、逆に自分が殺されてしまいそうになったのだが、


「っ……仕方がないっ。ユウ、動くな……?」


 見かねたアレスが加勢しようとする前に、敵の兵士は力尽きた。

 ユウに一矢報いようと剣を振り上げたのが、最後の力だったのだ。

 兵士の体は大きく揺らぎ、剣と一緒に全身をユウの前に倒れ込ませて、そのまま息を引き取った。


 そうしてユウは、初めて人の死を目の前で目の当たりにし、そして己の死が目の前に迫る感覚を知った。

 そして、それを自覚した途端に動けなくなる己を知った。

 ゲームでは、何もしていないのに敵が死んでくれることはない。たとえHPが残り一の死に体でも、零にならない限りキャラクターは元気に動いて戦うのだ。

 だが、先の兵士は、出血でじわじわと体力を失い、誰かの剣に掛かる前に死んだ。

 確かに、先に見たのは、本物の人の死だった。

 そう思い知ったユウに、最早当初の浮かれた気分は残っておらず、周囲の期待の眼差しもまた、失望か、さもなくば憐憫に満ちたものに変わっていた。


「ふむ……ハイネスの無双の技も、今や絶えたか。残念なことだ」


「新しい戦力と期待していたのですが、期待外れでしたね……」


 そう言って、ヤギン将軍以下、アレス直属の戦士たちは、やがてユウへの関心を失っていった。

 当然のことだ。そもそも、自分はハイネス卿の孫ではないのだから、とユウは自虐した。

 本来、この物語でプレイヤーの分身となるアバターは、アンリ先王の代よりヤギンと共に国を守ってきた猛将ハイネスの孫で、その武術を継承しているという設定だった。

 ユウも同じ触れ込みで軍に加入したようだが、当然武器の訓練など受けていない。同じような戦いなど、できる筈もないのだ。

 それでも密かに憧れていた異世界転生を果たし、一瞬でも何かをと期待していたユウは、この世界でもうだつの上がらない自分を、一人で嘆いていた。

 そうして、人気の無い砦の入口で、一人座り込み、俯いていると、


「やぁ、ユウ。元気かい?」


「うわ、アレス……王子」


 後ろから、爽やかな声が掛かった。

 振り向くと、回廊には何やら木箱を抱えたアレスと、その後ろでは美しい少女が微笑んでいる。

 アレスの後ろにいる蒼い髪の少女は、彼のフィアンセであるビアンカ嬢だ。

 辺境の小貴族の生まれであるが、ひょんなことからアレスとは幼馴染として親交を深め、今や婚約を結んだ間柄だった。

 二人とも、味方を鼓舞するための戦装束ではなく、質素な作業着を纏っていたが、正に春風のように涼やかな気品を纏った姿は、一目で只者ではないとわかる麗しさだ。

 ユウはゲームのキャラクターを呼ぶ勢いで、呼び捨てにしそうになったのだが、不思議と敬称は自然と口から出た。そうさせられた。二人にはそんな雰囲気があった。

 そうして、ユウは再び実感した。

 あぁ、やはり彼らは自分とはものが違うのだ。彼らと並んで何かをしようなど、ひどい思い上がりだったのだ。

 異世界転生。ユウは密かに憧れていた状況ではあったが、自分の無才が何か変わったわけではない。

 それがサーガの英雄たちと並んで何をするつもりだったのだ、と。

 現実世界の苦い記憶と共に、より暗い気分を思い出したユウは、返事もできずに俯いたのだが、


「……人には、向き不向きがあるものさ。先の戦いのことは、もう気にするんじゃない。君がここに来てくれてうれしいのは、今でも変わっていないんだよ」


「え……?」


 アレスは無礼を咎めるでもなく、荷物を置いてユウの隣に座ると、そっとその肩に手を置いた。


「知っての通り、このアンリ王国は斜陽にある。父が死に、王都が落ちたあの日、臣下も、民たちも、大勢がこの国を離れた……当然だ。多くの人は生きるために働き、戦っている。死地にある国を立て直そうとわざわざ留まってくれる者は、そう多くない。僕の下からも、沢山の人が離れていったけど……それでも君は来てくれた。涙が出る思いだよ」


「……自分の意思じゃ、ないんですけど」


 屈託のない笑顔に、ユウは自嘲っぽく笑って答えた。

 実際、ユウはどうして自分がここにいるのかも、わかっていない。

 本来のアバターも、祖父の言いつけで馳せ参じただけで、アレスの人となりについては知らずに、彼の下に仕えた。そういう設定だ。

 いずれにせよ、主体性なく軍に参加することになったという点では、ユウと変わらない。華々しい初陣を飾る本来のアバターならともかく、何の役にも立たない自分を司令官たるプリンス自ら、こうも有難られると申し訳なくなってくる。

 ユウはやがてアレスの顔を直視できなくなり、所在なさげに視線を泳がせるしかなくなっていた。

 目を逸らされたアレスの声は、しかして優しく、明るいままだ。

 性根の底から明るいこの王子は、さして親しくもないユウに、変わらず励ましの言葉をかけ続けた。


「何でもいいさ。それこそ、君は自分の意思で逃げ出すことだってできたんだ。今だって遅くない。それでも、君はまだここにいてくれている。それだけで、僕たちにとっては喜ばしいことなんだよ。僕たちの故郷に、味方としていてくれるだけでも、ね」


 そこでようやく、ユウはアレスの顔を再び見ることができた。

 澄んだ青い瞳も、明朗な声も、裏表を全く感じない、純真で誠意に満ちたものだ。

 正直、後に王として、為政者として立つ者としては、満ち溢れんばかりのこの善良さは相応しくないかもと、ユウは一般人なりにも感じてしまう。

 それでも、これまでも、これからも、多くの人々がこの真っ直ぐな瞳に惹かれて集い、多くの伝説を遺していくのだ。

 やがて、その人にこんな言葉をかけてもらえるのは、とても光栄なことなのかもしれないと、ユウは思い直してきた。

 どうして自分が、この世界にいるのかはわからない。

 それでもこうしてアレスと出会い、成り行きとはいえその仲間になれたことは幸運なことなのかもしれない、と。

 心境の変化で、知らず知らずユウの顔色は明るくなっていたらしい。それを見たアレスは満足そうに微笑むと、立ち上がった。


「ところで……仕事ついでに君を探していたんだ。頼みたいことがあってね。ついてきてくれるかな?」


「俺に、ですか」


「あぁ、君が適任だと思うんだ。会わせたい人たちがいてね。彼らを助けてほしいんだ」


 ユウは首を傾げた。

 何の取り柄もない自分に頼み。それも、傑物揃いのアレスの部下を助けろと。

 彼の下に集う勇者たちの中に、凡才極まる自分の手助けが必要な人物などいただろうかと、ユウは眉間に皺を目一杯寄せて考えたのだが、心当たりが付く前に、アレスが腕を引っ張ってきた。


「まぁ、いいから。こっちだよ」


 そうして、ユウは手を引かれるまま、砦の一室に案内された。

 最初にユウがいたのと同じつくりの部屋はやはり詰所のようだが、こちらは待機中、休憩中の兵士たちでそれなりに賑わっている。

 ユウが案内されたのは、その中でも一際静かな一角だ。

 長方形の卓を囲んでいるのは、男女二人ずつの四人組。

 全員、面持ちは暗く、どこか緊張しているのか、皆が肩肘張った様子だった。

 俯き加減だったのでユウも最初ははっきりと顔がわからず、それ故最初は彼らが何者なのかわからなかったのだが、


「あっ、アレス王子様!」


「お待ちしておりました」


 アレスに気付くなり全員慌てて立ち上がり、びしりと背筋を伸ばした拍子に、はっきりと顔が見えるようになった。

 瞬間、


「ああっ、お前たちはっ!?」


 つい、ユウは叫んでしまった。

 勿論、全員知っている顔。それも、この四人はある共通点を持つ事から、SFSのプレイヤーの間では有名な部類だったのだ。

 当然、聞いている本人たちには怪訝そうな顔をされたが。


「ユウ、彼らを知っているのかい?」


「え? い、いえ……そ、それより、この人たちは?」


 ユウは慌てて苦笑を作り、その場を誤魔化した。

 こう、知っている顔を見る度にいちいち反応してしまうのは問題だと、ユウは密かに自戒した。

 それに、ついキャラクターを呼ぶ勢いでお前たち、などと言ってしまったが、これもよくない。うっかり王侯貴族の前で同じ反応をすれば最悪打ち首だ。

 今後はくれぐれも態度に気を付けるようにと自分に言い聞かせ、ユウはさっさと空気を変えるべく、アレスに話の続きを促した。

 アレスは一瞬首を傾げたがすぐに気を取り直したようで、ユウに改めて四人組の紹介をしてくれた。


「彼らは近隣の村や、戦果に呑まれた町から来てくれた義勇兵なんだ。でも君と同じで初陣が振るわなくてね……ただ僕は、彼らから何か特別な力を感じるんだ。ただの後方支援では終わらない程のね」


「はぁ」


 ユウはそっけない返事をしたが、内心では心底感心していた。

 なるほど、この王子様は本当に、人を見る目がある、と。

 彼らは確かに、ただの留守番では役不足も良い所だ。その才能を初陣で見抜くとは、この時点から後の名君の才能が滲み出ている。

 ただ、そんな彼らをここに集め、そして自分と引き合わせたのはどういう事なのだろうと、ユウは思案した。

 初戦の失敗で落ち込む彼らに激励をするだけなら、アレスが声をかけるだけでもいいではないか、と。

 今度はユウが首を傾げてアレスを見返すと、彼は整った顔を微笑ませたまま、


「そこでね、君には彼らを率いて、遊撃部隊を作ってほしいんだ」


 さらりと、そう言ったのだ。


「……は?」


 当然、ユウの口からは声が漏れる。

 率いてと、つまりは彼らの隊長として部隊を作れと、この王子様はそう言ったのか。

 言葉の意味がわかるにつれ、ユウは戦慄と、そして興奮が入り混じった、複雑な感情に支配されていった。


 この四人組は、SFSにおける最強キャラクター四人衆。

 ユウが導きを任された部下たちは、最初こそ振るわない代わりに、育て方を知ってさえいれば最終的には主人公や名高い英雄たちの株すら奪ってしまう、大器晩成、金の卵、眠れる獅子の集まりだったのだ。


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