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一般人、巻き込まれる②


 その名はそのままアス大陸の東端を意味するアスエイジの砦は、背後を絶壁に守られた砦であり、アンリ王国の最後の砦だった。

 エキュの話によるとアンリ王国は現在春ということだったが、木々も乏しく、荒波の音が絶えず聞こえるこの場所は、実際の気温もそうだが何となく寒々しい空気が漂う。

 プレイヤーの分身となるアバターは、元騎士にして育て親だった祖父の死をきっかけに、ムート帝国の侵攻を前に劣勢となったアレス王子の加勢に駆けつける、という切り出しで、サーガの物語に参加するのだ。

 ユウにとっては何度となく繰り返したこの流れだが、


「細かい経緯はお聞きしたのですが……そういえば、勇士様のお名前をお聞きしておりませんでした。アレス様にお引き合わせする前に、わたしにもお教えいただけますか?」


 ゲーム中は会話を飛ばせてしまえたので、エキュの台詞は妙に新鮮に感じた。

 ゲーム内では彼女のこの台詞と共に、名前を入力したり、アバターの姿を決めたり、初期設定を済ませたりするのだ。

 といっても、ユウは名乗る以上にすることがない。エキュに連れ出される前に、詰所の鏡で自分の姿を確認してみたが、そこには確かに見慣れた、取り立てて格好もよくない一般日本人な自分の姿が映っていた。

 ただ、少し幼くなっていたように思った。

 思えば、アバターの初期年齢は十七歳だ。ユウは本来二十五歳だから、そっくり八年若返ったのだろうと、すぐに理解が追い付いた。

 同時に、ユウは完全に状況を理解したのだ。

 散々見慣れた人の顔、聞きなれた地名。若返った自分。

 どうやら自分は、所謂異世界転生、現代のフィクションではお決まりの状況に陥ってしまったらしい、と。

 ユウは薄々、そこまで気付いてはいたが、エキュの案内で彼に引き合わされたことで、朧気だった理解は簡単に確信まで辿り着いていた。


「はは、本当にいるよ」


 ユウは少し長い廊下で、何度か小間使いと兵士が物珍しそうにこちらを見てきた辺りから、得も言えぬ緊張感と、微かな気分の高揚を感じていた。

 元々、散々惚れ込んで百ではきかない程プレイしたゲームの世界だ。その中に入り込んだとなれば、ファンとしては否応なく気持ちが昂ってしまうものだが、


「……君、どうかしたのかな? 顔が随分、赤いようだけれど」


 案内された扉の向こう、指令室の大きな卓の前で待っていた人物の顔を見るなり、ユウは叫びだしたくなっていた。

 短いが、上品にさらりと流した赤い髪、甘くもどこか勇壮な、整った顔立ち。

 現実では、目にする機会のない理想の王子様といった雰囲気の、この世界の主役、プリンス・アレスの姿だった。


「初めまして、僕はアレス。このアンリの国王……今亡きディモス王の子だ。君のお爺様の活躍は、そこのヤギンから聞いてよく知っているよ。父を何度も救ってくれたと……都を奪われたこの窮地に、国の奪還の加勢に来てくれたこと、心から嬉しく思うよ。これからは共に戦おう」


 アレスが目配せした先には、いかにも古強者といった風の初老の騎士が、厳めしいしかめ面のまま頷いている。

 軍議の場には他にも、各々武器に鎧にと武装した、主要な戦力と思しき逞しい男たち。後方支援者の長と見える、聡明な瞳の女たちがずらりと揃っている。

 ユウにとっては、全てが見知った顔だ。

 彼らは全員、アレス王子に最初から仕えている騎士たち、もしくはユウより先にアレスに加勢した勇士たちだ。

 強さにおいては玉石混交といったところだが、それでも兵力不足の序盤を支える立派な戦力だった。

 自分は今から彼らと肩を並べ、来るべき戦を共に戦うのだ。

 ユウは最初はあっけらかんと、ゲーム世界に入り込んだ高揚感のまま、無邪気に状況を楽しんでいたのだが、


「……え、戦うって、俺が?」


 自分が戦の場に出る、という話になり、一転してユウは冷静になった。

 戦うと言っても、自分はただの下働きだ。無論武器など持ったことはない。

 それに、銃火器ならばともかく、この世界の文化水準はお決まりの中世ヨーロッパ風だ。その時代の戦いといえば、剣で槍での白兵戦、ファンタジーならば魔法があるくらいである。

 いずれも、地球の現代人には縁のないものだ。

 ユウは一転して怖気づき、慌てて参加の辞退を考えたのだが、


「また、冗談を。そのために来てくれたんだろう?」


「はは、そう言えば、ハイネスの奴……お主の祖父も冗談好きであったな。そんな所は似なくていいのだが、今ばかりは頼もしいものだ」


 アレスとヤギン将軍は、ユウの台詞を冗談だと思ったらしい。周りも苦笑したり、笑ってみたりで、ユウの参戦を早くも歓迎する雰囲気になっている。

 こんなところで、これまたRPGお決まりの、絶対に断れない展開になってしまった。

 ここで、にわかにユウは焦り出したのだ。

 この先の展開はよく知っている。

 シンボルシリーズは世界観の作り込みが強い作品だが、ゲームである都合、ストーリーの展開にはスピード感を求められるものだ。

 そのため、チュートリアルを兼ねたアバターの初陣は、ゲームスタート後間もなくなのである。

 一刻も早くこの場を離れなくては、すぐにでも戦いに巻き込まれてしまうと、ユウは何とか逃げ出す口実を考えていたのだが、


「失礼いたします、至急でございます!」


「どうした」


 伝令の兵士が、慌てた様子で部屋に駆け込んできた。

 あぁ、何度見たことか、この展開、と、ユウは心の中で頭を抱えた。

 それは帝国の斥候が近くに来ており、巡回の兵士と交戦が始まったという報せだ。

 一応、アレスたちはこの砦に潜伏している格好であり、敵に場所が割れてはならない。つまり、斥候を生きて帰すわけにはいかないのだ。

 となれば当然、


「斥候となれば、大した敵じゃない筈だ……丁度いい、君の腕前、見せてもらうよ」


 こうなる。

 ユウはアレスに期待の眼差しを向けられ、周りの戦士たちからも同様の視線で蜂の巣にされた。

 こんな場で興ざめな台詞を言う勇気があるなら、最初から腹を括って戦いに赴けるのだろうが、都会育ちの一般人にそんな気骨がある筈もない。

 かくしてユウは逃げ遅れ、実際のアバター同様、まんまと戦の渦中に巻き込まれたのである。


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