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そして、何者にも成れない筈の青年と、消える筈のプリンセス②


 寡兵での王都潜入作戦は、そう簡単に可決されたわけではない。

 ユウ小隊は精鋭揃いだったが、それでも敵陣内で孤立すればただでは済まない。

 まして、他の隊員はともかく、ユウは全く戦えないのだ。

 すっかり軍師扱いである彼が自ら隊を率い、危険な敵陣に赴くことには反対も多く、特に石頭のヤギン将軍が頑として譲らなかった。

 ユウも最初は、何とか彼を説得しようと言葉を探したのだが、元々対人経験が少ないのだ。

 下手に言葉を重ねると、


「……そんなに都に入りたがるとは、お主、何か事情でもあるのか? 場合によっては聞くが、個人的な事なら認められぬぞ」


 こうして疑われて結局深くは語れず、その都度会議が流れて振り出しに戻る。

 そんな日々がしばらく続いていた。


 数日前、その日もユウ隊の潜入作戦は採用見送りとなり、王都奪還の作戦会議は進展の無いまま、一度解散となった。

 ユウも一旦、隊の天幕に戻り、会議の結果について隊員たちと共有することになったのだ。

 潜入作戦は隊としての提案ということで、隊員たちは当然、ユウが王都に入りたがっていることを知っていた。

 その理由も、無論のことである。

 少なからず隊長を慕っている彼らは、ユウの要望が通らなかったとの報せを受けると、一様に残念そうな顔になった。


「んー、まぁ、そうよねぇ。都に敵のお姫様がいる……なんて、作戦会議で言い出せるわけもないものね」


「でも、そこまでの理由が無ければヤギン将軍は納得してくれないだろうな。聞いた俺たちだって、正直眉唾だが」


「あら、でも私は好きですわよ。物語で憧れたお姫様が近くにいるから、会いに行きたいだなんて、素敵な話じゃありませんか」


 ユウ隊の隊員たちは、伝え聞いたプリンセスのことを想いながら、口々に言い合った。


 緒戦を経て成長し、自分を慕う部下たちの姿を見たユウは、いつしか彼らの前で秘密を抱え続けることに、いたたまれない思いになっていた。

 そのため折に触れて、ビクター、ユリマ、カルド、マリアンナの四人だけに、ユウは自分の本当の出自と、現在の目的について話していたのだ。

 勿論口外厳禁だったが、そのため彼らは既に、ユウが何者であるのか知っていた。

 物語の登場人物としての自分たちのことや、その潜在能力について予備知識を持っていたことも含め、全てを聞かされた隊員たちは、しかし然程不信感も疑問も持つことなく、ユウに変わらぬ忠義を誓ってくれたのだ。

 だが、まずは疑われるものと思っていたユウは、あっさりと自分の話を聞き入れた部下たちに、戸惑いを隠せない様子だった。


「……あのさ、皆。自分で言っておいてなんだけど、よく信じたね。異世界の話とか、俺のやってたゲームや読んでた物語の事とか……」


 そもそもどうやってこの世界に来たのか、ユウは自分でもわからないのだ。

 話す本人すら根拠を用意できないのに、しかし隊員たちはユウの身の上話、現在の状況を事実として受け入れていた。

 というより、彼らからすれば、既に疑う余地など無かったのだ。

 隊員たちは顔を見合わせると、それぞれ困ったように笑って見せた。


「もう、カルドが眉唾とか言うからよ。まぁ、あたしも驚きはしましたけどね」


「はは……話の現実性はともかく、姉さんも俺も隊長を疑いはしない。現に、俺たちはこうして強くしてもらったしな」


 ユリマ、カルド姉弟は、ただこうして純粋に信じ、


「カルド様の言う通り、私たちは隊長さんに才能を見出してもらったんですから。隊長さんがどこから来た方であろうと、感謝は変わりませんわ」


 マリアンナは素直に感謝して寄り添い、


「そもそも、おいらたちからすれば隊長の世界の方がよっぽど物語だべ。というか、異世界なんて、そこに住んでる人以外からすれば全部物語だべよ。たまたま隊長の出身が本の向こうってだけだべ。びっくりするけど、起こっちまったらそれは事実だぁ」


 ビクターは案外と、発想が柔軟だった。

 実際、隊長の力で才能を開かれ、困難な戦局を超えてきた隊員たちはそれぞれの解釈でユウの言葉を聞き入れ、それが事実であると疑わなかったのだ。

 だから、ユウが会いたい人がいると自分の願いを告げれば、隊員たちはその想いを信じ、喜んで協力を約束してくれた。

 勝手を知る場所とはいえ、異世界に身一つで放り込まれた身として、仲間たちのこの優しさは、心底涙が出る思いだった。


「み、みんな……ありがとう……」


「あぁっ、こら、隊長さん、泣くんじゃないの。今は良いけど、お姫様の前でそんな顔、見損なわれちゃいますよ」


「えぇ、えぇ、ユリマさんの言う通りですわ。いくらでもお膳立てしますし、私たちのお手柄は好きに使って宜しいですから、何としてもレーゼ様を射止めてくださいませね」


 特に女性陣はかなり乗り気だった。

 何せ、シンボルシリーズは、文化の時代的には中世期だ。娯楽の幅が狭い世界で、吟遊詩人が運んでくるロマンスや甘い詩歌は若い娘たち共通の楽しみだった。

 まして、その登場人物が実際にいて、それに想いを寄せる知人など、彼女たちには恰好の餌である。

 そのため、どうにかしてユウを帝国の姫君、レーゼに会わせようと頭を捻ってくれていたのだが、


「う、うん、ありがとう。でもその前に、作戦を会議で通さないと。何かいい案、あるかい?」


「う」


「それは」


 彼女らはいかに優秀でも一兵卒だ。作戦に意見できる立場ではない。

 戦いにおいて部下たちは優秀だが、内政関係に対しては周りに頼れる人もなく、ユウはどうにか一人だけで、己の立てた策を会議で採用させなければならなかった。


「んー、そんな眠たいことやってないで、おいらたちだけで適当に暴れてきてもいいじゃねぇかな、隊長さん。騒ぎ起こさずに数人バラすくらい、おいらとカルドさんとマリアンナさんで朝飯前だべぇ、やっちまうべぇ」


「ちょっとビクター、あんたいつの間にそんな物騒になったのよ。あと、何でわたしが人数に入ってないわけ?」


「だって、ユリマの魔法はいちいちゴロゴロバリバリで派手すぎだぁ。そんなんじゃお姫様まで逃げちまうべ。おいらもお姫様に会いたいし、ついでにお近づきに……あ、冗談だべ。カルドさん、マリアンナさん、その顔やめるべ。隊長さんも怖いべぇ」


 元々お目付け役の二人に、想い人を狙われたユウも流石に表情が険しくなったが、ビクターの気持ちがわからないわけではなかった。

 何せ、首脳陣の動きが遅いのだ。

 ゲームであればプレイヤー一人の一存で全ての動きが決まるのだが、ユウはこんな所でも、この世界が一つの現実であることを実感させられていた。

 特に、気の優しいアレスと、頭の固いヤギン将軍の相性が絶妙に悪いのだ。

 アレスは寛容で、それ故周りも意見がしやすいのだが、その分意見を精査するヤギン将軍の目が非常に厳しい。

 歴戦の経験からなる合理的な判断なのだろうが、それでも何とか彼を納得させなければ、作戦案は軍議で取り上げられる事さえない。提案している小隊潜入作戦も、議題に上げてもらえるまで丸三日の説得を要した。

 このままでは王都攻略の開始がいつになる事やらと、ユウ隊の面々だけでなく本隊の兵士たちも悶々とし、日に日に疲労が嵩んでいく状態だったのだ。

 そしてそれは、他ならぬ首脳陣もまた、同じことだった。


「あの、もしもし……夜分遅くに、失礼しますわ」


「はい……え、ビアンカ様? どうしました、何故こんなところに」


 天幕の外から声をかけてきたのは、既に寝間着に着替えたビアンカ嬢だった。

 寝間着といっても戦時中だ。急な敵襲や来客にも対応するため、寝具というよりは鎧のインナーのような格好であり、軽装ではあったが無防備さはない。

 そんな状態で突然の来訪ということで、ユウ隊は当然面食らい、全員慌てて頭を下げながら彼女を天幕に招き入れた。

 ビアンカは歓迎に笑顔で応えてくれたが、どうしてかその表情は少し緊張している。

 ぼんやりと、ユウは嫌な予感を感じていたが、まず彼女が口から出したのは一つの吉報だった。


「アレス様から伝言なのです。ユウ様の作戦なのですけど、ご自身の一存で採用したいと……ヤギン叔父様を何とか説得したいから、知恵を貸してほしいとのことでしたわ。このままだと徒に時間を浪費するだけですし、私も叔父様に口利きさせてもらうつもりです」


「ほ、本当ですか? それは、やった……!」


 アレスの協力も嬉しかったが、ビアンカの加勢はユウにとっては大きな意味があった。

 ヤギン将軍はビアンカの叔父であり、妻子の無い彼は姪のビアンカを溺愛し、彼女の我儘には弱かった。

 そのままでは融通が利かず、大抵の提案も却下してしまうか吟味に時間をかけすぎる将軍を持ちながら、これまで軍議が破綻しなかったのにはビアンカの存在も大きかった。

 アレスが聞き入れ、ヤギンが吟味し、ビアンカが頑固な叔父を丸めこむ。それが、アンリ軍の作戦が採用されるお決まりの流れだった。

 本来は、ただ設定上の話であったが、実際に成功パターンに自分が嵌まったのを思うと、得も言われぬ喜びがあるものだ。

 ユウは、ついに大願への一歩を得たと、内心では表情以上に喜んでいたのだが、


「あの、ユウ様……盗み聞いてしまったのですけど」


「はい? 何を」


「ムートの姫君とは、あのレーゼ様のことですわよね? 彼女がハルジアにいるとは、一体どういうことですか? お聞かせいただきたいのですけど」


「………」


 直後、こうして水を注された。

 ユウは、何かが上手くいったと思えば、直後に何かの邪魔が入る性質の持ち主だった。

 許嫁同様、ビアンカは気の優しい人物であったが、敵国の姫君の名が会話に出てくれば流石に無視もできない。

 まして、そんな者と通じると思しき人間の策を、軍議で推すことはできないだろう。

 そしてビアンカの口利きがなければ、ヤギン将軍は自分の策を吞んでくれない。

 この時点で、ビアンカの信用を得るより、ユウには選択の余地はなかったのだ。


「……あの、本当に、内緒で」


「はい……でも勿論、内容次第です。どうぞ、お話しになって」


 かくして、思わぬところで秘密が露見し、ユウは軍内に予期せぬ味方と、同時に不穏分子を抱えてしまったのである。



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