表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/18

焦り

 付き合っていないと言われた後も、僕たちは相変わらずデートをして、彼女は度々僕の部屋に泊まった。

 でも、僕から誘わなかったら、もう彼女からは誘われないような気がしていた。

 前と変わらぬ付き合いが続いている事自体に焦りが募っていった。


 彼女の部屋にあるのは何なのか。

 彼女の罠なのか。彼女の罠なら喜んで行こう。


 痺れが切れて彼女が「今日の所は、」と言いかけるのを遮るように「今日は部屋に行く」と宣言して粘り強く、僕にしてはグイグイ行って『抜き打ち、彼女のお宅拝見!』ってな具合でその夜初めて彼女の部屋に行った。



 警戒心が物凄かった。秘密は何だろう。

 僕も緊張して足が竦んだ。

 わー怖いー!


 彼女はドアの前で高らかに宣言した。

「中に入るのならば絶対に他の人に言わないで下さい。言ったら、わからないようなジワジワと効いて死ぬような毒を飲ませます。あなたの部署も私の部署もすぐには変わらないでしょう。私はあなたが私の会社に来る度に毒を盛ることができます。確実に」


 彼女が言うのならそうなのだろう。ぼんやりと思った。


 僕は蜘蛛の罠にかかった羽虫なのだろうか。これから毒を盛られて栄養をチュッと吸われるのだろうか。

 でも、毒を持っているのならば彼女がその気になればいつでもどこでも、僕の部屋でだって僕を殺せたはずだ。ここで告げる意味がわからない。

 部屋にあるのは何なんだろう?・・・わからない。


 わからないけれど、今夜ジワジワ・タイプではなくてスグキク・タイプの毒を飲まされるのかも知れない。

 ジワジワしか持っていないけれど、今夜ジワジワをまとめて飲まされるのかも知れない。


 最新型の携帯電話を使っている。当面のお金には困っていなさそう。

 大きな借金か。・・・生命保険か?



 わからない。


 わからない事はいっぱいある。

 考えるのは面倒だ。



 わー怖いー!と心の中で叫び声を上げながらも必死で何でもない風をよそおって、ドアが開かれるのを我慢強く待った。

 僕に全く引く気がないのを見て取り、彼女はしぶしぶと秘密のとびらを開けた。




 部屋に足を一歩踏み入れる前、玄関先でもう分かった。

 彼女の部屋は散らかり放題だった。


 きっと僕の片付けられた部屋に来るたびに、時々僕の手作り料理を振る舞われるたびに、この部屋を思いながらビクビクしていたに違いない。


 彼女がそっと目を合わせて来た。

 僕が思い当って我慢を押さえ切れず、笑わないように口をむにゅむにゅさせているのを見て彼女も瞬時に悟り、一緒に笑った。



 緊張をして損をした。

 こんなの他人に言わなければいいだけだ。

 いいさ、かわいく笑ってる。


 部屋は確かにワンルームで狭かったけれど、そう汚くはなかった。少々ほこりがあって、後は散らかっているだけだった。

 こう言っては悪いけれど、『彼女』と言うオプション付きなら十二分によろしかった。



 散らかっていた。

 服があちこち。洗濯物は干すけれど乾いた洗濯物は畳まない、棚に入れない。布団は敷きっぱなし。

 小さなローテーブルの上に郵便物が積み重なっていた。後は色とりどりのマジック、何かのキャンペーンの応募シールやハガキがあってテーブルが埋もれていた。

 キッチンは小さな流しと同じく小さな冷蔵庫。あとはユニットバスのようだ。



 着替えるからトイレに行くか向こうを向いていて下さい、あと、冷蔵庫の飲み物を淹れて飲んで下さいね、と言われた。

 僕の部屋に泊まる時は服を脱ぐのに、自分の部屋で着替える時は見られたくないらしい。まあ、女はそんなものだろう。


 トイレを借りたらバスルームだけ別人の部屋のように素晴らしく綺麗だった。鏡もトイレもピカピカ。

 鏡の前には歯ブラシと歯磨き粉。浴槽の隅にバス用の洗剤とたわし。

 手を洗う石鹸とかシャンプーやリンスが見当たらないと思ったら、子供向けの髪も体も顔も洗えるものがぽつんと置いてあった。どうやら手もそれで洗うらしい。

 女性なのにリンスも洗顔フォームも使わないのかと驚いた。

 彼女らしい。効率的。仕事と同じ。

 睡眠じゃなくて、このシャンプーが美肌の秘訣だったのかも知れない。


 トイレを出たら彼女は部屋着というかパジャマに着替えていて、洗濯物をごそごそと壁際に押しのけていた。片づける、という選択肢は無いようだった。



 僕はローテーブルの上にある雑多なものをそっと脇にどけて、冷蔵庫を見に行った。

 冷蔵庫の横にはマグネット式のフックが二個。それぞれにビニール袋がぶら下がっており、片方にはビールの空き缶がたくさん。もう片方は空だった。今朝は可燃ゴミの日だったのだろう。

 冷蔵庫の正面にはマグネットがついていて、何かのキャンペーンの応募シールがたくさん留められていた。


 シンクの横に湯沸かしケトルとマグカップ、ビールのおまけでついてくるようなグラスがいくつか。それ以外何も無い。

 電子レンジも無い。電子レンジが無くてどうやって生きているのだろう?

 キッチンも物が少ないからバスルーム同様に散らかっていない。



 二人で笑ったのに、でも、毒についてはまだちょっとだけ疑っていた。

 冷蔵庫の中にはビールがたくさん、お茶とインスタントコーヒー。

 ・・・冷蔵庫に、インスタントコーヒー。

 こういう時の為にコーヒーに毒を仕込んでいるのかも知れない。

 でも、コーヒーを飲む人はちょっと前に買ったような電気ケトルを置いているのかな。

 僕にしては頭をフル回転させてコーヒーを避けてお茶を選んだ。

 彼女の分も入れて彼女が飲むのを待たずに先に飲んだ。


 彼女も何事もないように飲んでいた。

 何事もないお茶だった。

 言う程の事は無かった。


少しでも面白いと思ったらブックマークや↓の星の評価をお願いします。作者がニヤニヤします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ