骨折
初投稿です。よろしくお願いします。
痛みと引き換えに病院で思いやりのある看護師に世話をしてもらえる。あるいは毎日彼女がお見舞いに来てくれる。
そんなささやかな幸せを期待していたというのにその邪な考えが良くなかったのか、骨折による人生初の入院というビッグイベントは最新の医療技術の前にちゃちゃっと消えた。
晴れた冬の昼下がりの交差点で信号待ちをしていた僕の背中に、自転車に乗った買い物帰りの太ったおばちゃんが猛スピードで突撃して来たのだ。
僕は吹き飛ばされてクルッと半回転し、左手に全体重をかける形で着地した。
背中と左腕が酷く痛かった。レントゲンによると背中は単なる打撲で、左腕は骨折だった。折れた骨は橈骨骨折と言うらしい。でも骨の名前なんて何でもいい。名前が何でも痛い事には変わらない。
僕の最新のギブスは痛みに反してとてもコンパクトで、肘の下5cmから指の付け根までを覆う物だった。腕を首から吊るす必要はない。肘は曲げられるが、手首と指はほとんど動かない。
これくらい、骨折というイメージからすると大したものじゃないだろう。みんなもっと大きな骨をポキっと折っても松葉杖やなんかで生活している。
でも骨はしくしくと痛い。
自転車おばちゃんめ。体重を聞いてやるんだった。
ぐったりとした気分で病院から歩いて帰ってきたその土曜の夜、彼女がやって来た。
その夕方は元々デートの約束をしていて、いつまで待ってもやって来ない僕の携帯に『一時間待ったけど帰るね』と簡潔なメッセージが来たので、病院にいた僕は事の顛末を返信してあった。
「どれぐらいって?」
彼女の第一声はメッセージと同じく簡潔だった。いつもと同じ。雑。
「胡散臭そうな医者が、人によるね、二ヶ月くらいかなって」
「利き腕じゃなくて良かったじゃん。ギブスじゃなくて、ギプスね」
偉そうにほざくのでムッとしてしまった。
確かに利き腕じゃない。けれど、彼女が何日も痛みを我慢するわけじゃない。
彼女が恨めしかった。
結構な時間を経て僕の一方通行ではない『お付き合い』の状態になってから、彼女はようやく打ち解けて本性を現した。
僕に対する態度も話し方も何もかもが雑になった。当然のように心配も思いやりも気遣いも全く、無し!
彼女の雑スキルは世界最高レベルだ。
『治るまでどれくらいかかりそうなの?』とか『痛かったでしょう』とか『何か手伝えることないかな?』なんて全然聞いてくれない。
心配なんて言葉は辞書に無いのだ。
当初思っていた『丁寧で勤勉で頭の回転の速い美人さん』はどこへ行った。
少なくとも『丁寧』は遠く旅に出たっきりだ。
ひどいよ。
雑が過ぎるよ。
僕は今は君の彼氏で危機的状況なのに。骨が痛いのに。
僕を大事に思ってくれているのは分かっているけれど、悪気がないのはわかっているけれど、そんな言い方なんて理不尽過だよ。
理不尽の中でみんな生きている。僕にとって時に好ましい彼女の簡潔さは時に理不尽だ。彼女にとって僕の何が理不尽なのかはわからない。
わからない事は沢山ある。
考えるのは面倒だ。