6話
志郎がアトラナートとしての力を手に入れた翌日の昼、スーツ姿の志郎は探偵事務所でお湯を沸かしながら、普段傍受しているオオサカシティ市警の警察無線を聞いていた。
しかし今の時間は軽犯罪しか起きていないのか、警察無線の内容はありきたりなものばかりであった。
「今日もオオサカシティは騒がしいな」
手を口元に当てながら志郎は、警察無線を切り替えながら聞き続ける。そんな志郎の背後で電気ケトルがお湯の湧いたことを知らせる。
警察無線を傍受している機械に繋がれているヘッドフォンを、耳から外した志郎はヘッドフォンを机に置くと、電気ケトルに向かっていく。
「ふーふーふふーふふふーふふー」
第九を口ずさみながら志郎は棚からカップラーメンを取り出すと、包装を破り捨てカップラーメンを開封する。
開けられたカップラーメンは、安価で有名な大衆向けのカップラーメンで、一人暮らしの男性がよく買うものだ。
カップラーメンの準備を負えた志郎は、電気ケトルを持ってくるとカップラーメンにお湯を注いでいく。そして蓋をすると三分後にタイマーが鳴るようにセットする。
暇になった志郎はスマートフォンを片手に、何か事件が起きていないかSNSでチェックを始める。
SNSのニュースアカウントから発信される情報は、どれもスポーツや政治家のことなどばかりで、志郎が関心を持つものではなかった。
志郎がSNSを巡回している内に、三分経ったのかタイマーが時間を知らせる。
「ん、出来たか」
スマートフォンを置いた志郎は、カップラーメンの蓋を開けると大量の湯気とともに、醤油味の匂いが志郎の鼻をくすぐる。
引き出しから箸を持ってきた志郎は、両手を合わせてカップラーメンを食べようとする。
「さて、いただき……」
「緊急連絡、十三淀川方面にて銀行強盗が発生。現在死傷者は十名以上」
しかしカップラーメンを食べようとする志郎の耳に、十三方面の警察官に向けて警察無線の情報が入る。
警察無線を聞いた志郎はすぐさま箸を机に置くと、手元に置いておいたアトラナートバックルとスパイダーカプセルを手に取り立ち上がる。
「あら志郎、それはどうするの?」
「勝手に食っていいぞ」
カップラーメンを指差すゆりに向かって、志郎はぶっきらぼうに答える。そして志郎はアトラナートバックルを腰に装着すると、スパイダーカプセルを起動させる。
「スパイダー!」
スパイダーカプセルから起動音が鳴り響くと、志郎はアトラナートバックルにスパイダーカプセルを装填する。
「リーディング!」
アトラナートバックルから承認音が鳴り響くと同時に、志郎の背後に五匹の蜘蛛が何処からともなく現れる。
そのまま五匹の蜘蛛は志郎の身体に装着されると、蜘蛛の糸を大量に吐き出し、志郎の身体を包み込んでいく。
「志郎、これを持っていきなさい」
気だるそうな表情をしたゆりはそう言うと、志郎に飛蝗の紋章が刻まれたカプセルを手渡す。
「なんだこれは?」
「バッタカプセル、貴方の力になるはずよ。それじゃあ行ってらっしゃい」
「ありがとう、行ってくる」
そう言うと志郎はバッタカプセルを仕舞うと、素早く窓から飛び出すのだった。
天にそびえるように高く建築されたビルの合間を縫うように、蜘蛛の糸を巧みに使って志郎は移動していく。
そして数分も経たずに十三へ到着した志郎は、ビルの壁に張り付いて周囲を見渡す。すると何台ものパトカーが一台の大型トラックを追っているのが見える。
すぐにそれが警察無線で流れていた銀行強盗だと判断した志郎は、ビルの壁を壊さないように蹴ると、摩天楼のジャングルを自在に飛び移っていく。
「よっと、はっ」
まるで振り子のように移動していく志郎は、アトラナートの強靭な膂力を余すことなく利用して追跡しているパトカーを追い抜いていく。
パトカーを追い抜いた志郎はそのまま、逃走している大型トラックの屋根に張り付く。
「なんだコイツは!?」
大型トラックの上からした異音に気がついた銀行強盗が、助手席の窓から顔を出して屋根の様子を覗く。そして大型トラックの屋根にいた、異形の姿をした志郎の姿を見た銀行強盗は、驚きを隠せず即座に拳銃を撃つ。
銃声と共に放たれた銃弾は志郎の額に向かって飛んでいくが、銃弾は変身した志郎の肉体を貫通することなく、ぺちゃんと潰れてしまう。
「俺は警察でも何でも無いが……人に銃を撃つやつはまともじゃないと判断できる」
「ま、ま……」
そう言うと志郎は、問答無用で助手席に乗った銀行強盗を、落とさないように配慮しながら殴る。
「がっ……!」
悲鳴を上げて気絶する銀行強盗。そのまま志郎は銀行強盗を車内に放り込む。
「どうした!」
車内では運転席にいた銀行強盗が焦ったような声を上げる。そして大型トラックを操縦している銀行強盗は、相棒が気絶していることに気がつく。
「おい、なにがあった!」
相棒を問いただす銀行強盗であったが、気絶している相棒はなにも語らない。
大型トラックの屋根を確認せずに、逃走を続ける選択肢は銀行強盗にはなかった。
前を見ながら気をつけて運転席の窓から半身を乗り出すと、そこにいたのは蜘蛛の異形の姿をした志郎であった。
「ひぃ!」
悲鳴を上げながら銀行強盗は即座に拳銃を連射する。
連続して響き渡る銃声。
放たれた銃弾は志郎の身体に命中するが、貫通することはなかった。
「ば、化け物め!」
「化け物でいいさ。はぁ!」
銀行強盗の言葉を右から左に聞き流した志郎は、銀行強盗の腹に拳を叩き込む。
運転手の意識が無くなったことで、暴走を始める大型トラック。
すぐさま志郎は大型トラックの前方に移動すると、大型トラックの進行方向に向かって、腕から蜘蛛の糸を大量に吐き出す。
吐き出された蜘蛛の糸は、まるでネットのように形作ると、大型トラックを受け止めるのだった。
「これで一件落着か……」
大型トラックが停止したことを確認した志郎は、大型トラックから降りる。そしてそのまま事務所に戻ろうとするが、ふと大型トラックの荷台が目に入る。
――銀行強盗をするにしては大層な大きさだな。
逃走用に使われていた大型トラックを見て、志郎の最初に出てきた感想であった。
だからこそ志郎は大型トラックの荷台の扉を、無警戒に触れてしまう。
次の瞬間、大型トラックの荷台の扉が吹き飛ぶ。
「がっ!」
飛んできた大型トラックの扉に、志郎はそのままふっ飛ばされてしまう。
すぐさま志郎は自分を下敷きにしている重量のある扉を持ち上げると、大型トラックの荷台の中に視線を向ける。
「なにが起きた……?」
大型トラックの荷台の中には、サソリの意匠を持った怪人――サソリ怪人が立っていた。
サソリ怪人は右手がハサミとなっており、後頭部にはサソリの尾が伸びていた。
「シュシュシュ貴様か、我らNSD党に歯向かうアトラナートというのは」
サソリ怪人はそう言うと、大型トラックの荷台から出てくる。
「なるほどな、この銀行強盗自体が貴様らNSD党の作戦だったわけか」
「その通り! アトラナート、貴様がこの銀行強盗を止めにに来れば、俺が始末する。来なければ腰抜けとしてプロパガンダする作戦だ」
――そこまで聞いてないんだがな……。
志郎は内心そう思いながらも、なにも言わずにサソリ怪人の言葉を聞いていた。
「ならお前たちNSD党の作戦は失敗だな」
「なにぃ!?」
「お前に俺は倒せないからだよ」
そう言うと志郎は地面を蹴ると、サソリ怪人との距離を詰めていく。そして回し蹴りをサソリ怪人に向かって叩き込もうとする。
だがサソリ怪人は志郎の繰り出した回し蹴りを、右腕のハサミで受け止める。
「シュシュシュその程度か、アトラナート。次は俺の番だ!」
サソリ怪人は後ろに下がると、口から人間一人をずぶ濡れにするほどの量の液体を吐き出す。
直感的に吐き出された液体が危険だと判断した志郎は、即座に吐き出された液体を大きく回避する。
空を切った液体は地面に命中すると、一瞬にして地面を溶かして大きな穴を開ける。
「これは、溶解液!?」
「その通り。俺様の分泌する溶解液は、人間を瞬く間に溶かす!」
サソリ怪人の言葉を聞いた志郎は、背筋が凍るような感覚を覚える。
しかしすぐさま感じた寒気を振り払うように、志郎は雄々しく両手を広げるのであった。
互いに見合って間合いをとる志郎とサソリ怪人。周囲にはパトカーのサイレンが鳴り響くなか、二人は沈黙を守っていた。
だが二人の沈黙を破るように、一陣の風が吹き荒れる。
「天魔忍者カザネ、ここに見参!」