4話
凄まじい轟音が志郎達の耳に届く少し前、天魔忍者カザネとコウモリ怪人は、激闘を繰り広げていた。
既に地面には何人ものNSD党戦闘員が倒れており、カザネの実力が只者ではないことを伺わせる。
しかし現場に居たNSD党戦闘員を全員倒した代償は重く、カザネは息も絶え絶えの状態であった。
「ふん、さすがの実力といったところか、天魔忍者! しかしこの私を倒すには未熟!」
疲れた様子のカザネとは対照的に、ビルの上に立つコウモリ怪人は余裕満点であった。
「くっ……戦闘員を弾除けに使ってこちらを消耗させて……彼らは仲間ではないんですか!?」
「ふん、奴らは所詮組織の中でも下っ端、俺が勝つためになら喜んで犠牲になるわ!」
カザネの言葉に身を翻して返すコウモリ怪人。それはNSD党の歪さをカザネに理解させるには十分な言葉であった。
「なら……天魔忍法・竜巻地獄!」
NSD党を野放しにしてはいけないと決心したカザネ。すぐさま右腕を上げて得意技を放つ。
カザネが右腕を上げると同時に、巨大な竜巻がコウモリ怪人にめがけて放たれる。しかしコウモリ怪人はビルから飛び立つと、自由自在に空を飛び竜巻を回避していく。
そのまま距離を詰めたコウモリ怪人は、カザネの無防備な腹に蹴りを叩き込んだ。
「が……!」
勢いよく放たれた蹴りを受けたカザネ。彼女は膝から倒れると口から物を吐き出しかける。
「ふん、無様な姿だな天魔忍法! 貴様を倒し改造人間改造して、他のスーパーヒロイン達も倒してくれる!」
そう言うとコウモリ怪人は、倒れているカザネに近づいていく。
このままでは自分は人間でなくなってしまう。そう思ったカザネの表情は恐れの色に染まっていく。
カザネの表情を見たコウモリ怪人は、愉悦の表情を見せるとわざとカザネを怖がらせるために、ゆっくりと歩いて近づいていく。
次の瞬間、どこからともなく蜘蛛の糸が飛んできて、コウモリ怪人を邪魔する。
「なに!?」
「え……だれ……?」
邪魔されたコウモリ怪人は怒りを隠せない表情で、助けられたカザネは他のスーパーヒロインが来たのかと安心したような表情で、蜘蛛の糸が飛んできた方向を見る。
視線の先にはビルの壁に立つ、アトラナートに変身した志郎の姿があった。
「何者だ貴様!」
「アトラナート、復讐者アトラナート」
志郎はそう言うとビルの壁から飛び降りて、コウモリ怪人とカザネの間に着地する。
地面に降り立った志郎は、すぐにカザネを優しく立ち上がらせる。
「立てるか?」
「は、はい」
コウモリ怪人とは別の異形の姿に、落ち着きのない様子のカザネは立ち上がると志郎から距離をとる。
「あ……ごめんなさい」
しかし自分のしたことが相手を傷つけると気づいたカザネは、頭を下げるのであった。
「いやいい、それより天魔忍者お前は下がっていろ」
「いえ! 私も戦います」
「その体でか?」
志郎の言葉にカザネは自分の身体を見る。既にレオタード状のコスチュームは何箇所も破れており、男の劣情を湧き立てるには十分であった。
自分の身体を見直してカザネは、今の自分が人前で戦える恰好でないことをようやく理解する。
「すいません、下がらせて頂きます……」
「ああ、気にするな」
「私が気にします! できたら……見ないでください」
助けてくれた恩人の前とはいえ、破廉恥な格好で居ることに羞恥心を覚えたカザネは、肌が見えている箇所を両手で隠す。
「何をごちゃごちゃと!」
志郎とカザネが話していると、後ろからコウモリ怪人が襲いかかってくる。しかし志郎とカザネは即座に反応をする。
志郎は振り向きコウモリ怪人の突撃を回避し、カザネは素早く後方へと距離をとる。
「後は任せろ!」
「ありがとうございます!」
素早くコウモリ怪人の身体を両手で掴んだ志郎は、そのままコウモリ怪人を地面に何度も叩きつける。
「貴様離せ……」
「嫌だね!」
そのまま志郎はコウモリ怪人の身体を振り回すと、勢いをつけて地面に叩きつけた。
躊躇なく地面に叩きつけられるコウモリ怪人。
その直後コウモリ怪人は、体を掴んでいる志郎の手を無理やり離すと、空に飛び立つのであった。
「逃さん!」
空高くに飛ぶコウモリ怪人を見て、志郎は即座にジャンプする。しかしジャンプしても高度が足りず、志郎の手はそのまま空を切る。
「ははは! 飛べないのは悲しいなぁ!」
「ならこれはどうだ?」
そういう志郎は腕から蜘蛛の糸をコウモリ怪人に向かって放つ。発射された蜘蛛の糸は、コウモリ怪人の身体に命中すると、志郎の身体を宙吊りにする。
「言ったはずだ、逃さんと」
殺意を込めた視線をコウモリ怪人に向ける志郎。その視線を見たコウモリ怪人は恐怖を感じた。
「ならこうだ!」
コウモリ怪人は宙吊りになっている志郎を、そのままビルに叩きつけようとする。
目の前に迫ってくるビルを見て志郎は避けようとするが、避けることは叶わずに志郎の体はビルに叩きつけられる。
志郎が叩きつけられたビルからは、粉塵が立ち込め志郎の姿を隠す。
「ヒヒヒ、どうだ! 飛べない者よ!」
笑うコウモリ怪人。直後、煙の中から飛び出してきた志郎に、コウモリ怪人は反応できなかった。
「はあああぁぁぁ!」
コウモリ怪人に空中でタックルをした志郎は、そのままコウモリ怪人と一緒にビルの壁に着地する。
ビルの壁に立った志郎は、そのままコウモリ怪人の身体を掴んだまま、ビルの壁を駆け上がっていく。
ビルの壁を走り抜け、屋上にたどり着いた志郎は、コウモリ怪人を床に叩きつけようとする。
しかしコウモリ怪人は、なんとか逃げ切り志郎との距離をとる。
志郎とコウモリ怪人は距離をゆっくりと詰めていき、そして互いに殴り合い始める。
殴り合う志郎とコウモリ怪人、互いに攻撃しては回避するその動きは、もはや常人にはついていけないものであった。
しかし徐々にその均衡は志郎の方へと有利になっていく。
「貴様、何が目的で我々に歯向かう!」
「簡単な話だ。二月二日北川夫妻とその娘みどりを殺したのはお前たちか!?」
「し、知らない! 俺にそんな情報を知る権限はない!」
不利になったコウモリ怪人は、少しでも時間を稼ごうと志郎の目的を探る。しかし志郎の問いかけに、コウモリ怪人は答えられなかった。
もはや用は無くなったコウモリ怪人に、志郎はまるでゴミを見るような視線を向ける。
素早くベルトについたカプセルを押し込む志郎。
「スパイダーフィニッシュ!」
ベルトから音声が鳴り響く。それを聞いたコウモリ怪人は、根源的な恐怖を抱いたのか後ろを向いて逃げした。
「逃がすと思うか……?」
背中を向けて逃げるコウモリ怪人に向かって、志郎は躊躇なく飛び蹴りを叩き込んだ。
「ううう……うわあああぁぁぁ!」
飛び蹴りを受けたコウモリ怪人の背中に蜘蛛の紋章が浮かび上がると、コウモリ怪人は苦悶の声を上げて爆発する。
炎が燃える中、手がかりが入らなかった志郎は不機嫌そうに地団駄を踏む。
「あら、不機嫌そうね?」
志郎以外誰も居なはずのビルの屋上に、女の声が響き渡る。すぐさま志郎は声のした方向に視線を向けると、そこにはセーラー服を着た少女が立っていた。
「何故ここに? いやそれよりお前は何者だ?」
先程まで居なかった筈のセーラー服を着た少女に、怪訝な視線を向ける志郎。しかしセーラー服を着た少女は、そんな志郎の視線を容易く受け流す。
「そんなことどうでも良いじゃない。いえ、名前を知らないのは不便ね、名乗りましょう私の名前はゆり、比良坂ゆりよ」
ゆりと名乗った少女は楽しげに笑う。その顔は人とは思えないほどに美しかった。
「ふん……勝手にしろ」
そう言うと志郎はビルの屋上から飛び降りる。しかしアトラナートとなった志郎には高層ビルから飛び降りても、全く問題はなかった。
蜘蛛の糸をまるで自分の手足かのように自由自在に扱い、志郎は摩天楼を縦横無尽に行く。