2話
――――――走る、走る、走る。
志郎と人々はカザネが戦っている方向の反対に向かって逃げ続ける。
路地裏を走り抜け、大通りを通り、車道を駆け抜けていく。
既にパトカーのサイレンは聞こえているが、未だに警察官の姿は見えない。
「くそ……まだ安全なところじゃないのか」
悪態をつく志郎。途中走れない人が出れば、その人をおんぶして逃げていた。
「急げ! 急げ!」
長い時間を走ったように感じながらも走り続ける志郎達。走り続けてようやく彼らはパトカーの姿を見つける。
「やった助かるぞ!」
誰かがそう言った直後、道路に止まっていたパトカーは、勢いよく吹き飛びビルに突っ込んでいく。
呆気にとられて声も出せない志郎。しかし状況は変わらない。
ビルに突っ込んだパトカー中のガソリンが引火して、ビルは勢いよく火事となる。
そこには燃えるビルを背に八人のNSD党戦闘員達が、避難している人々に襲いかかっている。
「うわあああぁぁぁ!」
「声を出すな!」
逃げている人の一人が無意識に悲鳴を上げる。志郎は声を抑えようとするが、NSD党戦闘員に気づかれてしまう。
「ハイル! ハイル!」
逃げていた人々を見つけたNSD党戦闘員が、声を上げて志郎達に向かって走ってくる。
近づいてくるNSD党戦闘員を見て、志郎はいの一番に前へと出る。
そして近づいてきたNSD党戦闘員に、志郎はパンチを叩き込む。
鍛えられた二メートル近い身体から繰り出されたパンチは、NSD党戦闘員の体勢を崩すことに成功する。
しかし前からは何人もの戦闘員が近づいてくる。
「いいから逃げろ!」
必死な形相をした志郎の叫びを聞いた人々は、慌てて一目散に逃げ出す。
人々が逃げたのを確認した志郎は、ゆっくりと前に視線を向ける。
「ふん、貴様のような勇敢な奴はNSD党に相応しい! 逃げた奴らは処刑し、貴様は改造し我が党の一員としてくれよう」
一人のNSD党戦闘員が志郎の行動を褒め称える。
しかし当の志郎は、不機嫌そうな表情でNSD党戦闘員に殴りかかる。
無言で放たれた志郎の拳は、NSD党戦闘員の顎を撃ち抜く。
――――――心地よい肉の叩く音が鳴り響く。
だが渾身の一撃を受けたNSD党戦闘員は、蚊が止まったかのように顎をかく。
「良いパンチだ、しかし我々は旧人類とは違うのだ!」
何もなかったかのように、志郎を殴り倒すNSD党戦闘員。
一撃を受けた志郎は、勢いよく地面に倒れ込んでしまう。
NSD党戦闘員の攻撃を受けて口の中を切ったのか、志郎は口から血溜まりを吐き捨てる。
刹那、志郎は腰に携帯している拳銃を抜くと、一番近いNSD党戦闘員の目に向けて拳銃の引き金を引く。
連続して銃声が道路に響き渡る。
しかし放たれた銃弾は、NSD党戦闘員の手によって掴まれた。
「……っ」
「いい判断だ、一番脆い目を狙って、射撃できる旧人類は少ないぞ」
銃火器が効かないNSD党戦闘員であるが、柔らかい目や口内は別である。それを狙って志郎は射撃したが防がれてしまう。
NSD党戦闘員達は倒れている志郎を三百六十度囲んでいき、ジリジリと圧倒するように近づいていく。
圧倒的な戦力差があっても、志郎の目は絶望に染まってはいない。なぜなら生きることを、復讐をすることを諦めていないからだ。
「いい目ね、私好みよ」
――――――女の声が響き渡る。
声を聞いた志郎、NSD党戦闘員達は周囲を見渡すが、どこにも女の姿はない。
「失礼ね、ここよ」
女の声がした方向に、その場に居た全員が視線を向ける。するとビルの屋上に座るセーラー服を着た少女の姿があった。
ふわりとセーラー服を着た少女はビルの屋上から飛び降りる。
それを見た志郎は唖然とするが、すぐさま立ち上がるとセーラー服を着た少女の落下地点めがけて走り出す。
しかしセーラー服を着た少女は、重力に逆らうようにフワリとゆっくり着地する。
「なに!?」
予想とは違い、ゆっくりと降りてきたセーラー服を着た少女に、驚きを隠せない志郎であった。
「あら、復讐の炎を宿してるわりに優しいのねお兄さん」
志郎の顎をクイっと上げるセーラー服を着た少女。そのまま彼女は志郎の目を覗き込む。
(何だ、この女の目は……)
近づいてくるセーラー服を着た少女の顔は、顔立ちが整っていた。しかし逆に整いすぎてまるで人間味が一切感じられない。
目を見られ続ける志郎は逆に、セーラー服を着た少女の目を覗き込む。
彼女の目は紅く、その眼力の強さは儚げな見た目に反して断固たる意志を持っていた。
そんなセーラー服を着た少女の目を見た志郎は、すぐにまともな人間ではないのかと疑問に思う。それ程までに彼女の目からは、威圧感を感じさせるのだ。
「貴方、力が欲しくない?」
「なに?」
「復讐するための力が欲しくないかしら、と言えばいいの?」
セーラー服を着た少女の言葉に、志郎はピクリと反応してしまう。それを見た少女はサディスティックな笑みを浮かべる。
そんな二人の間を割くように、NSD党戦闘員が襲いかかってくる。
「ちぃ!」
襲いかかるNSD党戦闘員の攻撃を志郎は回避すると、セーラー服を着た少女の手を取ってその場から逃げ出す。
「こっちだ! 来い!」
大通りから狭い路地に向かって走る志郎とセーラー服を着た少女。さらに二人を追うようにNSD党戦闘員達が走って行く。
路地に置かれているゴミ箱を倒して、NSD党戦闘員が追ってくる時間を稼ぐ志郎。
そして路地裏に逃げた二人は、何とか撒くことに成功した。
「はぁ……はぁ……はぁ、おい、大丈夫か?」
「……」
「せめて反応ぐらいしてくれよ」
セーラー服を着た少女に声をかける志郎であったが、彼女は握っている志郎の手をジッと見つめたままで何も言わない。
「ごめんなさいね。無理やり人に触られるのなんて初めてだから……」
「チッ、人聞きの悪いことを言うな」
「あら、事実でしょ?」
そう言うとセーラー服を着た少女は、志郎に握られた手を意図的に見せつける。
掴んでいる手を見せられた志郎は、すぐにセーラー服を着た少女の手を離す。
手を素早く手を離した志郎を見て、セーラー服を着た少女はまるで猫のように笑みを浮かべる。
「何が可笑しい?」
「いえ、人間ってホント面白いわね、同一人物なのにこんなにも側面があるなんて。アイツみたいだわ」
セーラー服を着た少女は笑いながら志郎の周りを歩く。しかしすぐさま彼女は、別の方向に視線を向ける。
直後、八名のNSD党戦闘員の集団が現れ、志郎とセーラー服を着た少女を取り囲む。
「ようやく見つけたぞ」
志郎達を囲んだNSD党戦闘員の集団から、リーダー格と思われるムチを持った戦闘員が前に出てくる。
「逃げ切れるか……!」
「あらどうして逃げるの?」
セーラー服を着た少女の発言を聞いた志郎は、驚いて一瞬動きを止めてしまう。
同じく発言を聞いた戦闘員達も目を丸くする。
「ねえ、貴方名前は?」
「志郎、北川志郎だ」
「ねえ志郎、力が欲しい? 復讐を遂げられる力が」
「欲しい……」
志郎の言葉を聞いたセーラー服を着た少女は、楽しそうに笑みを浮かべる。そして懐からバックルを取り出すと、志郎の腰に五個のユニットが付いたバックルを装着させる。
志郎の腰に装着されたバックルからは、白のベルトが生成され志郎の腰に巻き付いていく。
「おい……!」
「動かないで」
セーラー服を着た少女は有無を言わさずに、蜘蛛の紋章が刻まれたカプセルを取り出しスイッチを入れる。
「スパイダー!」
カプセルから音声が響く。その後、セーラー服を着た少女は、カプセルをユニットに装填する。
「リーディング!」
バックルから音声が鳴り響くと、セーラー服を着た少女は志郎から距離をとる。
その直後、志郎の影から五匹の蜘蛛がゆっくりと現れる。
五匹の蜘蛛のうち、一匹は志郎の胸に飛びつき糸を吐く。そして残りの四匹は志郎の両手両足に飛びついて糸を吐き出していく。
全身を糸に包まれる志郎。そして志郎の身体は蜘蛛の意匠を持つ姿へと身体を変わる。
今の志郎の姿は頭には前後左右に二対の目、身体は蜘蛛を模した赤と青のツートンカラーであった。
「なんだこれは……」
胸、両手、両足に蜘蛛の紋章を持つ姿に変身した志郎は、今の自分の姿に驚きを隠せないでいた。
驚きを隠せないでいたのは、NSD党戦闘員も同じであった。
まるで組織の――NSD党の幹部である怪人のような姿になった志郎を見て、彼らに根源的な恐怖と畏怖の感情が沸き起こる。
「そんなことはどうでもいいじゃない。貴方は復讐できる力を得た、それだけよ。さあ戦いなさい、存分に力を振るいなさい」
そう言いながらセーラー服を着た少女は、笑みを浮かべつつNSD党戦闘員達を指差す。
「くっ……どうせ虚仮威しだ! 行くぞ!」
一人の戦闘員の号令に従って、NSD党戦闘員達は志郎に向かって襲いかかる。
常人の反射神経では反応できないスピードで志郎に向かってくるが、姿を変えた志郎は容易く反応する。
近づいてくるNSD党戦闘員に向かって、志郎は反射的にパンチを顔面に叩き込む。
凄まじい音と共に、強化されたパンチを食らったNSD党戦闘員の身体は、そのまま吹き飛んでいき壁にめり込む。
「何……!?」
「ヒィ!」
殴り飛ばされた仲間を見て、反射的に動きを止めるNSD党戦闘員達。
その隙に志郎は姿勢を低くして走ると、一番近くに居たNSD党戦闘員を殴り倒す。
骨の折れた鈍い音と共に、志郎に顔面を殴られたNSD党戦闘員はピクリとも動かなくなる。
また一人仲間が倒されたのを見た六人のNSD党戦闘員達は、恐怖からか一歩、一歩と後ずさっていく。
(この力……これなら天魔忍者や他のヒーローの力を借りなくても戦える!)
動かなくなったNSD党戦闘員を見た志郎の内には、力を得たことによる高揚感と、家族を殺した怪人に復讐の炎が渦巻いていた。
「貴様……一体何者だ!?」
「彼の名はアトラナート、知るのはそれで十分よ」
セーラー服を着た少女は淡々と告げる。