1話
ぼんやりとした白い風景の中、親と思われる男と女が一人、そして男女の子供が一人ずつ椅子に座って団らんを楽しんでいる。
それを離れたところから二十代の男が一人、遠くから眺めている。
見ている男の顔立ちは、男女と比べてどこか面影があるが、どこか憔悴した目をしていた。
「父さん、母さん、それに……みどり」
似ていて当然だ。男――北川志郎と二人の男女は、親子の関係だからだ。
(これは夢だ、父さんも、母さんも、みどりも……殺された!)
しかしこの光景が夢だと、志郎は迷うことなく判断する。
なぜなら父も、母も、妹のみどりも志郎の記憶通りであればこれから死ぬのだから。
この光景は記憶、志郎の最も印象に残っている光景。
かつて家族が殺されたシーン。
次の瞬間、志郎の見る光景は変わる。
先程まで平和であった周囲は、炎によって燃え上がり赤く染まる。
床には首を切られて、苦しみながら死んでいく父の姿。
幼い頃の志郎とみどりの手を繋いで逃げ続ける母。母の表情は恐怖に染まっており、次は自分が殺されることを理解していた。
背後からは黒の軍服を着た男達と、ジャガーの頭と両手に刃を持った怪人が志郎達を追ってくる。
逃げる、逃げる、逃げる、志郎達三人は川の近くまで逃げる。しかし遂に追い詰められてしまう。
恐怖と絶望に染まった表情をする三人。
「我々の行動を見た者は皆殺しだ!」
そう言うとジャガー頭の怪人は、志郎の母の胸を刃で刺す。
「あ……」
悲鳴を上げることも叶わずに、志郎の母は即死する。
「母さん!」
「ママー!」
死んだ母に向かって呼びかける志郎とみどり。しかし死んでしまった母は答えない。
すぐに母が死んだことを理解した志郎は、みどりの手を取って逃げようとする。しかしそれは叶わずに、ジャガー頭の怪人によってみどりの背中は無惨にも刻まれる。
「おにぃ……」
わずかに声を漏らすみどり、しかし最後の声はジャガー頭の怪人によって踏みにじられる。
「ふん、邪魔だ」
粗雑に扱われたみどりを見て血涙を流す志郎。
ジャガー頭の怪物はそんな志郎を見て何も思わずに、腕の刃を振り上げる。
次の瞬間、志郎とジャガー頭の周囲で爆発が起き、ジャガー頭の怪物の動きが止まる。
「ぬ! 何だ!」
志郎はジャガー頭の怪物の隙を見て、死にものぐるいで川に飛び込む。
運良く川に飛び込めた志郎。
しかし川の流れは激しくて、志郎は泳げずに溺れてしまう。
溺れている志郎を見てジャガー頭の怪人は、フンと鼻息をつくと背中を見せる。
「あんな子供すぐに溺れ死ぬ、それよりさっきの攻撃は誰だ!」
「はっ! 報告します!」
軍服の男は右手を上げると、ジャガー頭の怪人に報告する。
それが志郎の覚えている復讐の記憶の最後であった。
十人程入れる程度の小さな隠れ家的なバー。そこには燕尾服を着たマスターが、グラスを磨きながら接客をする姿があった。
そんなマスターは店の端で机に突っ伏して寝ている志郎を一瞥する。
酔って眠る客はマスターにとって珍しくはない。しかしうなされながら眠る客は珍しかったのか、マスターはしばし志郎の様子を見ていた。
「う……糞、悪い夢だ……」
目覚めた志郎の前には、先程まで飲んでいたグラスに入った、オンザロックのウィスキー。
自分の姿を見れば子供時代の身体ではなく、スーツを着た成人男性の姿。
――――――夢を見ていた。悪い夢を。
志郎は迷うことグラスを手に取ると、ウィスキーを一気に飲み干す。
喉が焼けるような感触が志郎を襲うが、それを物ともせずにマスターの元に歩いていく志郎。
「マスター、会計だ」
「大丈夫ですか? 二千円になります」
「ああ、大丈夫だ」
ぎこちない動きで懐から財布を出した志郎は、二千円を取り出すとマスターに手渡す。
渡された二千円が偽札でないことを確認したマスターは、その金を仕舞い込むと「ありがとうございます」とぶっきらぼうに礼を言う。
そんなマスターを背に志郎はバーを出る。
――オオサカシティ、それは日本有数の経済都市にして、多くの犯罪が巻き起こる犯罪都市である。
ネオンの輝く高層ビルの間を、軽く酔った志郎は問題なく歩いて行く。
(いつ見ても見た目だけは良い街だ、このオオサカシティは……)
志郎は嫌悪感を含んだ目で、そびえ立つ高層ビルを見る。
――喧騒、笑い声、怒号、いたるところから声が響き渡り。オオサカシティは夜とは思えないほどに騒がしい。
オオサカシティでは昼はサラリーマン達が働き、数え切れない金を動かす。そして夜では無法者達が、己の欲を満たすために悪事を働く。
左を見れば高級車に乗って高級レストランに向かう富裕層。右を見れば歯車のように働くサラリーマンを恫喝するチンピラ達の姿。
(助けなくてもいいか……)
本来であれば路地裏にさえもネオンの光が差し込み、眩しいほどに明るいオオサカシティだが、光あるところに影がある。
恫喝されているサラリーマンが通ったところは、裏の住人たるマフィアやギャングの領域である道だ。
(警察も基本干渉しない道を使ったんだ、自業自得だ)
腰に携帯している拳銃を軽く触ると、志郎はサラリーマンを見なかったことにした。オオサカシティでは犯罪はよく起こるため、拳銃は免許制となっている。志郎は免許を所持して、合法的に拳銃を持っている。
表の道でチンピラが同じように恫喝すれば、警察が飛んできて瞬く間に逮捕されるだろう。
それがオオサカシティの掟だ。
――唯一つの例外を除けば。
次の瞬間、耳をつんざくほどの爆発が起き、建物がまるで玩具のように倒壊していく。
爆発音を聞いたオオサカシティの住人たちは、表も、裏も関係なく悲鳴を上げて逃げ出す。
――これは唯一の例外による狼煙。
「ククク、欲を享受する愚かなる旧人類共よ。今日こそ我々NSD党の支配下となれ!」
そう叫ぶのはコウモリのような見た目の怪人――コウモリ怪人だ。
NSD党――旧ナチスの残党が結集した秘密組織で、組織以外の人間を旧人類と罵倒する悪の組織である。
「ゆけぇ! 戦闘員達よ!」
「ハイルNSD!」
コウモリ怪人の命令に従って、黒いガスマスクと黒ずくめのスーツを着た改造人間――NSD党戦闘員達が逃げ遅れた人々に襲いかかる。
怪人とNSD党戦闘員の力は強く、火器を装備した警察でさえも歯が立たず、重装備の自衛隊が出動しないと太刀打ちできない。
「チッ……」
NSD党の暴虐を見た志郎は舌打ちをすると、すぐさま逃げ遅れている人々に向かって走り出す。
「ひ……やめてくれ」
男性の首を掴むNSD党戦闘員が、掴んだ男性の首の骨を折ろうとするが、拳を叩き込んだ志郎によって邪魔される。
不意打ちの一撃を食らったNSD党戦闘員は、そのまま地面に倒れるがすぐに起きようとする。
「おい、逃げるぞ」
「は、はい!」
男性を立ち上がらせた志郎は、男性を逃がそうとする。
しかし志郎一人では、圧倒的に人手が足りない。
(このままだと全員殺される……)
最悪の状況をイメージする志郎。
次の瞬間、爆発と共に夜の暗がりから何者かが着地する。
「何奴!?」
コウモリ怪人の問いかけに、何者かはポーズを決めて答える。
「天魔忍者カザネ推参!」
月光が差し込み何者かを照らし上げる。
大きな二つの山のラインが見えるレオタード状の服に、マフラーを首元に巻き、赤色の髪を肩まで伸ばした少女――カザネは名乗り口上を上げる。
カザネの口上を聞いたコウモリ怪人とNSD党戦闘員達は驚き動揺が走る。
すでにNSD党はカザネを含むスーパーヒロイン達によって、何度も企みを阻止されているのだからだ。
「天魔忍者だ! 天魔忍者が来たぞ!」
カザネの姿を見た逃げ遅れた人々は、嬉しそうに歓声上げる。
「皆さん今のうちに逃げてください」
「ありがとう、天魔忍者!」
カザネの言葉に従って、NSD党戦闘員に襲われていた人々は立ち上がり逃げ出す。
「急げ! こっちだ!」
逃げ出す人々を見た志郎は、人々を安全な所へ逃がすために先導して走り出す。
走る志郎の背後では、カザネがコウモリ怪人とNSD党戦闘員との戦いを始めていた。