表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

マジカル・バレット!

作者: 織田遥季

 これは読者諸君の住む世界とは別の世界の少女のお話。

 とあるエルフの村に住む彼女は、魔石屋の娘としてこの世に生を受けた。

 少女の名はローズ・ブロッサム。父は人間で、母はエルフ。ローズは幼い頃に母を失っている為、母の声すらも憶えてはいない。それでも、それなりに幸せな毎日を村で過ごしていた。

「ローズは魔結晶を創るのが上手いなぁ」

 父が初めてそう言ったのは、ローズが六歳の頃だった。

 実際幼いローズの創った魔石は、既に商品として店に並べるには充分すぎる程のクオリティを備えていた。

 そして、それから十年。

 魔結晶の創造以外に長所と呼べるものを見つけられなかったローズは、嬉々として唯一のアイデンティティを伸ばし続けた。父の魔石屋を継ぐという夢の為に。


 そんなある日のこと。

「ブロッサムの魔石屋はどこだ」

 村でローズに話しかけてきたのは、馬を引き連れた仏頂面の騎士だった。

「ブロッサムの魔石屋に用があるの?」

 単刀直入にローズが問うと、騎士は「そうだ」とだけ答えた。

 こんな辺境の村に他所から人が——ましてや騎士が来るなんてことはそうそうない。

 その上、知名度の高くない父の店が目的だというのだからローズは内心で大層驚いた。

 しかし、騎士が魔石を武器の強化などに用いることも当然ローズは知っていた。その為、騎士が魔石屋に来ること自体に違和感はない。

——きっと、村に来る商人にでも店の話を聞いたのね

 そう結論付け、ローズは目の前の騎士を店まで連れていくことに決めた。

「わかった。それなら私が案内してあげるから、着いてきて」


 ローズの実家である魔石屋は、辺境の村の中でもさらに外れた場所にある。

 父曰く、魔素の質が高い土地を選んだ結果だそうだ。

「それで、騎士様はどこでウチの魔石屋を知ったわけ? 商人から聞いた?」

 魔石屋に着くまでの閑散とした道中でいかにも興味津々といった様子のローズが訊ねると、騎士は分かりやすく面倒そうにため息をついた。

「教える理由がねぇ」

「は?」

 思いがけない返答にローズは一瞬戸惑ったものの、追ってすぐに怒りが追いついてくる。

 要するに、なんでも聞いてくる知りたがりの面倒なガキ扱いされているという理解に至ったのだ。

「アンタなに? その態度。私だって魔石屋までわざわざ案内してやってんだからさ、そのくらいは教えてくれたっていいんじゃないの?」

 ローズが物怖じせずに噛みつくと、騎士は少しばかり驚いたようだったが、すぐ元の無愛想な表情に戻ってしまった。

「……魔石屋のことは十年以上前に王都で知った。これで満足か」

 十年以上前、という言葉が少々引っかかったが、ローズはそれよりも騎士の態度の方が気にかかった。

「一々癪に障る言い方するじゃない。騎士ってみんなそうなの?」

「んなわけねぇだろ。それよりガキ。武器持った相手に生意気言うのはやめとけ。最悪殺されるぞ」

 騎士は忠告は最もだが、今この場では苛立っているローズの神経を逆撫でるだけだった。

「なに? 騎士ともあろう者が脅しのつもりかしら。言っとくけど恐くないから」

 キッパリと言い放ち、ローズは騎士を睨みつける。

 ローズは騎士のことを完全に敵として認識していた。

「んなこと言ってんじゃ……」

「着いたわよ。お父さ~ん! 客よ、客!」

 騎士の話を遮り、ローズが魔石屋の扉を開ける。

 少し待つと、騒がしい知らせに答えて店の中からロケットペンダントを着けた穏やかそうな男が姿を見せた。

「ローズ、客じゃなくてお客さんだろう……って、カイルか?」

 目を見開き、ローズの父が騎士を指さす。

 騎士は仏頂面のままで軽く手を上げて応えた。

「よお。老けたな、ユズリハ」

「……え? 知り合い?」



「じゃあ、父さん達は話があるからローズは店番を頼むよ」

「店番って、客なんて来ても一日に一人か二人でしょ。別にしなくても困らないわよ」

「いいから。頼んだよ」

 そう言い残してローズの父、ユズリハは扉を閉めた。

「なによお父さんったら。騎士の知り合いがいるなんて知らなかったわよ……しかもあんな奴!」

 部屋の前で一人憤慨する。思えば、ローズは父の過去の事を全然知らなかった。聞いても、これまでなんとはなしにはぐらかされてきた気がするのだ。

「……盗み聞きしよ」

 店番をサボることに決めたローズは扉に耳を当てた。

「最近、魔法を用いた犯罪が増えてることは知ってるか」

 扉の向こうから聞こえてきたのは騎士、サー・カイル・グレイマンの声。

 その内容は、魔石屋の店主にするには随分と物騒な類の話であった。

「ああ。そういう話は旅の商人から聞くようになったな。野党なんかも増えているから、この村に来るのも難しくなってきたと」

「そうだ。特に問題になってんのは、王都から離れて孤立した集落への襲撃。事態はかなり逼迫した状況だ」

 カイルの話に、ユズリハは少なからず驚嘆と不安の唸り声を上げる。

「君がそこまで言うとは余程だな。しかし、そこまで犯罪が増えているとなると、なにか理由があるのだろう?」

「だろうな。だが、腹立たしいことにその理由がなんなのか具体的に分かってねぇ。今、俺たち騎士団に出来るのは目の前の犯罪に対処する事だけだ。正直、後手を踏んでる」

 険しい表情を浮かべるカイルの口から出るのは悪いニュースばかり。だが、この騎士がそんな事を言うためだけにここに来た訳では無いことをユズリハは理解していた。

「そこでだ。俺たち騎士団からユズリハ。お前に提案がある」

「提案、か」

 なにやら物音がしたので、ローズは扉を小さく開いて室内を確認する。

「なに……あれ」

 すると部屋の中では カイルが懐の鞄から黒色の小さなピストルを取り出していた。

「御三家の一つ、イザナギ家が創った魔法銃だ。周囲の魔素で集めてそれを弾丸として放てる。お前にはこれを使って、クソ悪党共と戦って欲しい」

 予想だにしていなかったカイルの言葉に、ローズは大きな衝撃を受けた。

——戦う? お父さんが? どうして

 そんな疑問がローズの脳内で渦巻く。

「……なぜ、僕なんだ」

 ローズの意識が再び室内へと集中する。気持ちを代弁するかのように、ユズリハが問いかけたからだ。

「分かってんだろ。魔具を扱えるのは御三家とか呼ばれる血筋の人間だけ。そしてその内の一つ、魔素の扱いに優れるブロッサム家。お前がその末裔だからだ」

 魔具、ブロッサム家、末裔。知らなかった事実の連続に、ローズの意識は混乱を極めていた。

 されど、室内から視線を逸らすことも、ましてやここから立ち去ることも決してしない。

 きっとこれは自分が知るべき真実なのだと、心で理解していたから。

「それでも僕である必要はないだろう。ブロッサム家の人間が良いだけなら本家に頼めばいい。僕はブロッサム家から勘当された身だ。騎士団と僕が共闘することに、本家はきっといい顔をしない」

「だろうな。だが、んな事はどうでもいい。お前でなけりゃいけねぇ理由はもっと根本的なところにある」

 そう言ったカイルは、先程よりも少し深刻そうに眉間に皺を寄せていた。その目はユズリハを捉えてこそいるのものの、何か別の物を睨みつけているかのようにローズは感じた。

「……恐らくだ。恐らくの話だが、ブロッサム家に敵を唆してる奴がいる」

「なっ!?」

 ユズリハが思わず椅子から立ち上がる。それから暫く言葉を探して、数秒後にようやく声を取り戻した。

「それは……本当か?」

「なんで俺が嘘つかなきゃいけねぇんだよ。理由がねぇだろうが」

 多少苛立ったようなカイルの答えにユズリハは冷静さを取り戻し、再び席に着いた。

「それもそうだな……すまない。確かにそれなら僕が適任か」

「そういうことだ。敵の知っている情報を総合してブロッサム家に行き着いたわけだが……その点、エルフと駆け落ちして勘当されてるお前は容疑者から外れる。個人的にも信頼がおけるしな」

 この時、カイルの視線が逸れていたことに気づいてユズリハは小さく口角を上げた。

「それは光栄だね。だが、すまない。返答は少し待ってくれないか……今の俺には、大切な娘がいる」

 ユズリハの返答に、カイルは軽く目をつぶりため息をつくと立ち上がった。

「まあ、お前ならそう言うだろうと思ってた。こっちこそ急に押しかけて悪かったな……ただ」

 カイルが扉の方をちらと見やる。瞬間、ローズはカイルと視線がぶつかったように思えた。

「覚えとけ。当たり前だがこの村が標的になる可能性だってある。お前の娘も独り立ちするにはいい歳みてぇだしな」

「……ああ」

 父親の苦悩が詰まった力ない返答に、カイルは若干の苛立ちを覚えつつ部屋の外へと出る。

 そこにローズの姿はなかった。


 その日の晩。ローズとユズリハは二人で食卓に着いていた。

「どう? お父さん。味が濃すぎたりはしないかしら」

「大丈夫だよ。ローズの作ったシチュー、すごく美味しいよ……本当に、上手くなった」

 感慨深そうなユズリハの言葉に、ローズはなんとなく理解した。きっと、父は行くのだと。

 まだローズ自身、整理はついていない。

 だが、父が決断するのであれば、それを後押しする決意ならできていた。

「ねえ、お父さん。私、もしもお父さんがいなくたって平気よ」

 唐突にそう切り出したローズの表情は微笑みを湛えていて、声は気丈に、努めて明るく発されたものだった。

 だが、男手ひとつでずっとローズを育ててきた父に哀しみを隠しておくには、幾らか至らない。

「……ローズ」

 ユズリハの呼び掛けには応えず、ローズは必死に言葉を紡ぐ。今の彼女には、それができる精一杯だった。

「この店だって私が護っておくわ。だから……だからね、私のことは気にしないで……行ったって、いいのよ」

 いつの間にだろうか。ローズの声から快活な雰囲気は消え失せ、瞳には大粒の涙が浮かんでいた。

 だけど、笑顔だけは必死にそのままで。大好きな父と袂を分かつのだ。せめて、笑顔で戦いへと送り出してあげたかった。

「ローズ……すまない」

——違う、違うの、お父さん

 こうして、親子で過ごす最後の夜は終わりを告げる。

 そのはずだった。

 突如、轟音と共に思い出の詰まった二人の家の壁が崩壊する。

「なにっ!?」

 ローズが困惑の悲鳴を上げると同時に、烈火に包まれた大きな腕のようなものが瓦礫の間から少女を掴まんと伸ばされる。

 あまりに突然の事で、ローズは反応出来ない。このままあれば、ローズの身体に火が燃え移ることは必然であった。

 そう。このままであれば、の話だが。

「ローズっ!」

 この唐突な非常時において、父は強くあった。

 雄叫びにも思える声と共にユズリハはローズを跳ね除け、娘を庇う。

 されど、その勇敢なる行為はローズにとっての救済であると同時にユズリハの身が焼き尽くされることを意味していた。

 必然、床に転がったローズの目には火炎に包まれた父の姿が映し出される。

「お父さんッ!」

 父を救わんと、ローズが立ち上がる。

 しかし全身が焼き尽くされる苦痛の中にあって、ユズリハは未だ父としての責務を放棄してはいなかった。

「くる、な! に、げろ……ローズ!」

 父の言葉によってローズはようやく状況を理解する。自分がユズリハのもとへ駆けたところで無駄死にするのみという理不尽極まりないこの状況を。

 ローズは強く奥歯を——或いは己の無力さえも——噛み締める。

「……お父さん、愛してる」

 一粒の涙と共に言い残して、ローズは駆け出す。炎と瓦礫に包まれた、愛着あるこの家の外へと出るために。

「ロー……ズ……」

 地獄のようにも思える耐え難い炎熱の最中にあるユズリハ。彼の瞳が最期に映したのは、気高く美しい娘の背中であった。

——どうか、幸せに


「ハァッ!」

 まさに火事場の馬鹿力と言うべき脚力で、ローズがひしゃげた扉を蹴り開ける。

 外界から到来した夜風と夜闇に体を包まれ、ローズの意識は僅かばかりの平静を取り戻した。

 しかしそれも束の間。未だ緊張状態にあったその耳は背後から聞こえてくる足音を捉えていた。

「誰っ!?」

 慌て振り返ったローズの両眼に映ったのは、二階建ての家屋ほどもある巨躯に猛火をまとった亜人であった。

 頭部に大きな二本角を持つその姿は、世界に数十人しかいないと言われるオーガのものだ。

「なんで……なんでオーガがここにいるのよ……!」

 あまりの威圧感に、抵抗する手段を持たないローズは思わず後ずさる。

 しかし背後で轟々と燃え盛る炎が逃げ場など無いことを知らせていた。

「娘を逃がしたか、ユズリハ・ブロッサム……素晴らしい最期だ」

 低い、地鳴りのような声がオーガの口から発される。

 逃げるべきだとわかっていた。されどローズは鋭い双眸に捕らえられたように脚がすくみ、その場から動くことが出来なかった。

「だがすまないな。俺はこの娘を殺す」

 ローズが認識するよりも早くオーガが剛腕を振るう。

「へ……?」

 だが、その一撃がローズに届くことはなかった。

「なにやってんだボケがァッ!」

 罵声と共に馬に乗って現れた騎士、カイルがローズの服の襟を掴み投げたからだ。

「がッ……! ゴホッゴホッ!」

 首を締められた上に地面に体が叩きつけられたローズは当然、苦悶の声を上げる。暫く呼吸を整えたのち、ローズはカイルを思いきり睨みつけた。

「アンタっ……! もうちょっと優しく助けられないわけ!?」

「あ? 助けてやったんだから感謝しやがれクソガキ!」

 悪態をつきつつもカイルは騎士らしく、ローズを背に守るような立ち位置をとる。

 そして数々の戦場をくぐり抜けてきた歴戦の猛者はそれと同時に敵の分析をも開始していた。

「炎魔素を扱うレッドオーガか……怪力は面倒だが炎さえ消しちまえば大したことねぇな。おいガキ! ユズリハはどうした!」

 返事はない。

「おいガキ!」

 苛立ち振り返ると、そこには悔しそうに歯噛みし大粒の涙を流すローズの姿があった。

「おい……まさか」

「そうよ。お父さんは、ユズリハ・ブロッサムは死んだ! ……私を、庇って」

 ローズの小さな掌が地面を抉り掴む。

 やり切れない程の哀しみが、まだ若いローズを襲っていた。

「……そうかよ」

 それ以上の言葉をかけることはなくカイルは敵であるオーガに向き直る。

 瞬間、オーガは全身の毛がよだつような恐怖を感じた。

「おい、デカブツ」

 なぜならその瞳には——

「テメェは今からここで死ぬ」

——深く、静かな怒りを映し出されていた

 カイルが剣の柄に手をかけるや否や、馬が走り出す。狙うは大きく空いた脇腹。居合での一撃で仕留めにかかる。

「ぐ……うおぉ!」

 半ば金縛りじみた威圧感から必死に抜け出し、オーガは炎でカイルを牽制する。

 舌打ちをしたカイルは手網を引き、馬を方向転換させ炎を避けた。

「炎が厄介だなクソが! ユズリハさえ生きてりゃこんな雑魚ぐれぇどうにでもなったもんを……!」

「おっさん、あの銃を貸して」

 声のする方を見ると、いつの間にかローズがカイルの隣に立っていた。

「あ? おっさんじゃねぇクソガキ……使えんのか」

「知らないわよそんなの。だけど私もブロッサム家ってやつの血を引いてるんでしょ? なら使ってやるわよ、やってやる……私がやらなきゃ、誰がやる!」

 その瞳は既に決意を終えた、騎士の瞳をしていた。

 カイルは小さく笑い、懐に忍ばせていた魔法銃をローズに投げた。

「そいつは魔素を弾丸に換えて放つ。水の魔素だ。ブロッサム家には周囲の魔素を集める力がある。水の魔素をあのデカブツに向かって撃て」

 振り返ることなくそう言って、カイルは馬を下りて剣を構える。

「……しくじんなよ。ガキ」

「当然!」

 ローズは奥歯を強く噛み締める。

 魔素の扱い方なんて、ローズは知らない。だけど、父の仇を前にして出来ないなんて自分自身が許せなかった。

「水の魔素を……集める……!」

 その想いに呼応するように、炎が燃え盛るこの環境下で決して多くないはずの水の魔素がゆっくりとマガジンに収束を始める。

「なにかしてくるか!」

 ローズが魔素を充填させるよりも早く、オーガが爆炎に包まれたその巨体で仕掛けてくる。

「そっちから来てくれんなら楽だなぁおい!」

 カイルが体勢を低くして駆け出し、オーガが反応するよりも早く大木のように太い足首を斬る。

「グウゥッ!」

 オーガは低く唸ると突進したままの勢いで転倒した。その頭部はローズの程近く、さらに一直線上で結ばれた位置にある。

 条件は整った。

「撃てぇ!」

「言われなくても……!」

 オーガが顔を上げる。すると、そこには水の魔素を信じ難いほど大量に纏わせたピストルの銃口があった。

「撃ってやるわよクソ野郎!」

「この環境下においてここまでの水の魔素を集めただと……!? ありえん!」

 そう。通常であれば、火に囲まれたこの場所では水の魔素を見つけることすら難しい。

 しかし、今確かにローズは尋常ではない量の水の魔素を集結させていた。

 それは何故か。答えは簡単だ。彼女のにとってその行為が唯一のアイデンティティと酷似していたからだ。

 魔結晶とは、周囲の魔素を集め、練り上げた純粋な魔素の塊の事を指す。

 であれば当然、元来才能のあった魔結晶の創造という長所を十年以上伸ばし続けたローズにとって、魔素を集めるなど赤子の手をひねるよりも容易なことであった。

「死ねぇぇぇぇぇ!!!」

 怒りに塗れた叫びと共に、ローズが引き鉄を引く。発射の衝撃によりローズの華奢な肩は弾きあげられ、銃口がぶれる。

 そして小さなピストルから放たれた水の魔弾は、オーガの頭部を掠めた。

——しくじった

 ローズの脳裏に絶望の言葉が過ぎる。だが——

「これで充分だ」

 この短時間で魔結晶と化していた弾丸がオーガの皮膚を抉りとる瞬間、弾けたように水の魔素を放出する。

 魔素は水流から渦、そして水の龍へと変化し、オーガを炎ごと呑み込んだ。

「すごい……」

「よくやったクソガキぃ……トドメだ」

 脚にバネでも入っているのかと疑いたくなる程の跳躍力で、カイルがオーガの眼前へと跳ぶ。

「これで終わりだゴリラ野郎!」

「やめろぉぉぉ!!!」

 抵抗の断末魔を上げ、オーガの首が胴体から切り離される。

 その一閃はあまりに速く、ローズは勿論オーガですらも一瞬、斬られたことに気がつかない程だった。

 そしてユズリハの仇の首は、地に堕ちる。

「終わっ……た……」

 それを見届けると同時に、ローズの意識は暗転した。



「おいクソガキ、タラタラしてんじゃねぇ。さっさと行くぞ」

「うっさいわね。思い出が詰まった家の跡で物探してんだからちょっとくらい自重しなさいよクソカイル!」

 次の日、瓦礫の山となった魔石屋を二人は訪れていた。

「グレイマン様だろうがボケ。俺だって暇じゃねぇんだよ。あんまナマ言ってっと置いてくぞ」

「はいはい。いいからちょっと待ちなさいって……あ、あった!」

 そう言って、ローズは瓦礫の中からなにかを拾い上げる。

 太陽の光に反射するそれはローズの父、ユズリハがいつも身に着けていたロケットペンダントであった。

 嬉しげにも、悲しげにも見える笑顔でローズがペンダントを開く。

 すると中には美しいエルフの女性の写真があった。

「……お母さん」

 小さく呟き、ローズは晴れ渡った空を見上げる。

 瞳はわずかに潤んでいた。

「気ぃ済んだか。いいかげん行くぞ」

 どこか穏やかな声色のカイルに言われ、ローズは腕で目を擦る。

「そうね。そろそろ行かなきゃ……騎士になって、お父さんを殺した真犯人を見つける為に、ね」

「私怨丸出しじゃねぇか。なれたとしてもクソ騎士だな」

「あら、悪い?」

「悪ぃに決まってんだろ。ま、好きにしろや」

 かくしてハーフエルフの少女は踏み出した。

 数奇なる冒険への、第一歩を。

連載になるかは未定です。

続きが気になる人は是非感想ください。

書くかもしれません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ