八八 遼東城の戦い
標高一〇〇〇メートルを誇る絶壁にそびえる遼東城。
「攻撃せよ!」
西壁は熱狂していた。
金糸雀色の羽織をはためかす《光剣士》恍魅が、黄色い光刃で薙ぎ払う。
赤銅色の羽織をはためかす《宮殿師》南宮適が、朱い光刃で跳ね上げる。
上がるや打ち込み合う。
「見付けたぞ光線剣使い。姫の仇、討たせてもらおう」
「猛虎どのに言ってくれ。弟分の仇、討たせてもらう」
「それはぁ誰だったかな、そう玄武どのに言うがよい」
閃光が張り、力場の削れ合う音が震える。
「「見えざる山 聞こえぬ風 触れえぬ沼 暗黒と光明 流るる宇宙に踊る虚空 謳え 背を押し浮かべて翔け回せ 手を引き這わせて擦り回せ 果てるを知らぬ水底に夢の力場と勲を繋げ」」
突き合い、打ち合い、絡め合い、覇力引斥を気張り弾き合う。
「「うぉおおおーっ‼」」
弾き合う周りでは両兵が喊声を上げ交錯し、南宮適が出現させた宮殿の回廊を出入りし駆け回り、恍魅が出現させた緑色の光線剣を振動させ振り回し、懸命に斬り合っている。
だが高句麗軍が押し込んでいる。
「うむ、十分こちらへ引き付けた」
黄華軍を率いる《西伯侯》姫昌が見定める。
「敵指揮官のおる城楼を制圧せよ」
「御意。五〇、私の周りへ集まれ」
散宜生が兵を伴い、距離の存在を滅し、一瞬にして城楼前へと移動する。
「誠にありがとうございます。と言っておこう」
半数が射られ、凍り付き動けなくなった。
六花、つまり雪の結晶を生み出し手裏剣のごとく放ち、高句麗軍を指揮する《結晶花》李春晶、齢七二という名高い女士官である。
「奥まで討ちにいく手間が省けた故のう」
「ほざけ!」
姫叔昇が鉄の輪を飛ばし拘束しようとする。
李春晶が手をかざす。輪が鉱石のように結晶して止まり、逆走する。
「うげっ、結晶させた物を支配できるんか。だが数撃ちゃどうじゃ⁉」
雷震子が飛び上がり、姫叔昇が刃を振り輪を打ち落とす間に羽ばたき、羽を刃にして連射する。
ことごとく結晶し逆走する。
「どうもならぬよ。わしは一人でここを守れる女故のう」
李春晶が一瞥する先には、姫昌が操る体高五〇メートルもの白い麒麟、索冥へ挑む《死竹臣》竹竹と、趙璃玉がいる。竹と瓦を矢のように撃ち込みながら、走り回り跳び回り、飛び交うように蹴り込まれ地面を砕く巨大な蹄を回避しつつ、攻め口を探っている。
竹竹が姫昌からも索冥からも死角となる場所へ回ったと認めるや、趙璃玉が瓦を連射する。索冥が振り向けないよう横面を狙っている。
「お、さすが大地神将軍と惹かれ合うだけあって気が利くな!」
「お、お戯れを」
「竹竹矛刺!」
ぐっと、竹竹が覇力をみなぎらす。
ごっと、竹槍が槍衾を作るがごとく巨大な竹林が一斉に突き立ち、反応しようにも反応させず、索冥の大質量を竿立たせていた。
熱気が凌ぎ合い、鋭気が刺し合い、殺気が削り合う。
北壁も等しい。
「大高句麗、万歳! もう勝つしかない!」
「「壮勇‼」」
体高四〇メートルに達する馬頭の巨人《馬頭》牟頭婁は拳を固め振りかぶり、体高五〇メートルに達する黒い麒麟、甪端の顎を殴り上げる。甪端を使役する《北伯侯》崇侯虎が怒り、目を潰しに飛び込んでくるが、牟頭婁は巨体に不釣り合いな瞬発力を唸らせ、かき消えるように背後を取る。
殴り落とす。
甪端が蹴り込んできて受け止める。肩をぶつけ合い押し込み合う。
崇侯虎は覇力甲を間に合わせ、猛烈な打撃に耐えて反攻していた。
ところで、北壁を守る武官は一人しかいない。
《早衣卿》杜祠呉である。
だが崇侯虎が連れてきた《妖豚》朱子真の操る岩豚や《妖羊》戴礼の操る岩羊、さらに《妖犬》楊顕の操る岩犬をまとめて相手取り、一方的に打ちのめし追いやっている。
獣人たちが巨獣を使役する、という『原因』がある。
よって巨獣たちが突進する、という『結果』がある。
杜祠呉はこの因果関係を改ざんする。
順接を逆接へ変える。
つまり、獣人たちが使役するにも関わらず、巨獣たちは突進するどころか反転し逆走して黄華軍へ襲いかかる。すなわち、使役しようと念じれば念じるほど使役できなくなり、どんどん暴走させていくこととなる。
中央も等しい。
「「うぉおおおーっ‼」」
《大武神》姜以式と《鎮国武成王》黄飛虎がけたたましく打ち合っている。
そして太子・高談徳は淵傑多、阿石慨、白舞夢と協力して奮闘し、敵将軍である《央伯侯》鄧九公へ重傷を負わせることに成功した。
鄧九公へ仕える武官たちが主君を助けんと走るが、彼らを迎撃していた兄妹武官が行かせない。
兄、木林森は森を生み出す。
妹、木校梅は梅林を育てる。
森は召喚種であり、召喚できる限界が定まっているが、敵の密集具合や進行方向を見定め、規模と場所を限って召喚していけば効果的に妨害できる。
梅林は自然種であるが、術者の覇力を糧にし発現するのみならず、敵の覇力を吸い上げ成長するという特異性を有する。従って、黄華軍が鄧九公を救わねばと必死になり覇力を使えば使うほど、梅林がより拡張し妨害することとなる。
南壁も等しい。
碧色に集う風圧が唸り疾走する。
空色に光る剣圧が叫び突進する。
並び、交わり、高め合い、蜜柑色に逆巻き轟く業火へ衝突し、爆発する。
《風の巫女》鳥居碧と木村麗亜が必死に《毘沙門天》李哪吒へ喰らい付く。
「髄醒顕現『南護火霊朱雀』」
《朱雀》火霊は朱雀を舞い上がらせ、翼開長を実に三五〇メートルまで巨大化させ、そして轟々と燃え上がらせる。その下には体高五〇メートルに及ぶ朱い麒麟、炎駒が立って同じく燃え上がっていく。
「主君、ご無事で安心しましたある」
「小霊、策が始まるまで敵を削るぞ」
碧に兵たちもろとも突き落とされた《南伯侯》鄂崇禹が、碧珠に追い討たれながらも体勢を立て直し、雲と化した下半身を広げて乗せ、半数を超える兵を救い舞い戻っていた。火霊はそこへ降り立ち背中合わせになっている。
「ふ、怪獣大戦という構えですね」
「はい碧珠さま、血が騒ぎますね」
翼開長一〇〇メートルに達する三足烏となった《烏巫堂》皇甫碧珠が朱雀へ相対する。その下には体高三メートルある紅熊、七メートルある紫熊、一五メートルある蒼熊と、操る《熊女》紅紫蒼がいる。
かつて二人は多くの修羅場をともにしてきた。
「一の段・天巫天運」
三足烏が朱雀へ飛びかかる。巨大な翼ではたき落としにくる。その風圧により軌道を逸らし、十二本の鉤爪を開き、横腹へ突き立て絶叫させる。自らが突っ込んだ風圧により、炎は逸らしている。そこへ跳びかかる炎駒が鋭い角を打ち込んできて、ぐらつく。怪力を誇る蒼熊が脚へ組み付いている。紫熊に投げ上げられ、速力を誇る紅熊がその背へ着地し駆け上り、横面をひっかきにいく。朱雀に鉤爪を放り込まれ追い払われる。すかさず三足烏が朱雀の喉もとを目がけ突きかかれば、鋭い嘴を突き込まれ弾き合う。下では炎駒が蒼熊を蹴り伏せ、紅熊を突き飛ばし、紫熊に絡め倒される。
「負けずにこっちも怪獣合戦だべ!」
「とか叫んどれば隙ができるのじゃ」
《山男》嶺森山忠の動かす岩亀には、鄂崇禹の側近を務める白蛇の獣人《妖蛇》常昊の動かす岩蛇が絡み付く。
「いける。第三、第四隊は右へ回り込め!」
「「壮勇‼」」
楊輝和は光学迷彩を操り味方の配置を錯覚させ、大小の石を飛ばしてくる鄧嬋玉や竜鬚虎、そして敵兵を惑わせ空振りさせながら包囲していく。
「悲しいじゃないか、せっかく美しい乙女と戯れていたのに。せめて」
偃月刀一閃、胈又妖美は黄天化を押しのける。
「訊かせてくれるかな」
「戦術以外は応えよう」
トパーズと化し燃え上がる鉄球、双錘を振り上げ放り込まれ、右へ左へかわしつつ触れぬように覇能を発動し、炎を〈覇力吸収〉して弱らせ、打ち込んで弾き踏み込んで鍔ぜり合う。
「五悪陣は無効化され各所は拮抗し単なる消耗戦となっている。まあ城攻めとはそういうものだから……なんて軽視するのは」
ぼっと、闇へ呑み込むや弾き出す。
「美しくないよね」
黄天化は嗤った。
「進め、突き落とせ!」
東壁も白熱していた。
「大高句麗が誇る気高き早衣たちよ、侵略者を許すな、殲滅せよ!」
「「壮勇‼」」
将軍《早衣監》韓殊が兵を鼓舞し、大刀を奔らせ轟かせ斬り進む。
早衣。一切の見返りを求めず、髪を刈り山へ籠り心を澄ませ、高句麗界を守護する力を磨く修行者たちであり、戦があるたび軍へ加勢する。
「想い出せ、橋忠産や周兆たちがいかなる最期を遂げたかを!」
「「壮勇‼」」
両人とも護国の志を違えず貫き、壮絶に命を燃やし尽くした。
眼に焼き付け、生き残って戦う早衣たちの士気は絶頂を突く。
対する黄華軍には超魂使いもいるが、眼中になしと突き崩す。
「祖国を護るぞ!」
「「壮勇‼」」
韓殊は全高句麗兵へ加護を施し、害悪や衝撃を無効化している。真っ先に倒すべしと集中攻撃されていたが、談徳の機転により巨大な青い麒麟、聳孤を突き落とされた《東伯侯》姜桓楚へ対し攻勢へ転じている。
「喰らえ、人間大手裏剣!」
高く跳び、敵中へ深く飛び込む《早衣尉》網切鍛極疾は、ばねと化す両腕を広げて伸ばし、両脚を合わせ胸から下をまとめて大きなばねと化し、その丸かる形状を下から順に消し去る生み出すを交互して、高速回転して敵を蹴散らしていく。
「そこにいたか臆病者めが」
韓殊も強靭なるダチョウの下半身を踏ん張り跳躍し、三日月を描くように大刀を振りかぶり、兵を統率しに下がっていた姜桓楚へ叩き込む。受け流され、槍を突き出してくる兵を一閃する陰から双剣をくり出され、跳ね上げ、打ち付け振りきり押し倒し、立て直す暇を与えず振り抜き右の剣を弾き飛ばし、飛ばす流れで頭を蹴り伏せる。
伏せたが、そのまま回って離れ立ってくる。
「まんまと嵌まってくれたな。鳴らせ!」
騒々しく鐘を連打される。鼓膜が痛む。
そして、韓殊は言わされた。
「おのれ……」