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八七 武人時代、脈動す

聖朝(ソンジョ)の鎧」

 だっと、談徳(タムドク)は銀白に輝き、苛烈なまでの膂力をもって刺突する。

高句麗(コグリョ)の尊厳は取り戻す、邪魔するなら去れ!」

 払いのけ斬り付けようと迎撃する鄧九公(とう・きゅうこう)を、まともに払いのけることすら許さず弾き飛ばし、息もつかせず突いて突いて突いて押し込み踏み込み、突いて突いて突いて押し込み踏み込み、突いて突いて突いて押し込み踏み込みをくり返し、防戦一方となるを強いて押し込んでいく。

 高句麗軍の士気はいよいよ高い。

「くっ、なんと危険な(おとこ)か。故にこそ、そなただけは断じて……」

 にわかに鄧九公が大きく跳びすさる。同時に巨大な風圧が落ちてくる。

「即位させてはならぬのだ!」

 体高五〇メートルにも及ぶ麒麟の蹴踏(しゅうとう)である。

「ふざけたこと言ってんじゃねえ!」

 阿石慨(ア・ソッケ)が五メートルある石の体で突っ込み、逸らす。

 次なる蹴りが唸りくる。淵傑多(ヨン・コルタ)も唸りながら覇力を籠めに籠め、麒麟の平衡感覚を一気に損なわせ、明後日の方向へ激しく振り抜かせ、バランスを失わせる。

 巨体が前のめっていく。

「高句麗の皆が望んでるんだよ、太子殿下(テジャヂョナ)に即位してほしいって!」

「愚か。身内さえ良ければいいのか、だから戦がなくならぬのだ!」

 鄧九公は湿気を高めに高め、淵傑多の霞をうち消し平衡感覚を戻させ、踏みとどまらせる。

「では家畜でいろと言うのか」

 どっと、談徳は鄧九公へ突きかかる。振りかぶられる。

 ばっと、舞夢(ムモン)が談徳の前へと飛び出し、斬り倒される。

 がっと、談徳は舞夢を突き破り、鄧九公を刺し貫いた。

「なん……だとっ」

 斬られ、ちぎられた舞夢が出血していない。

「私の体は紙ですから。これでお分かりでしょう、ただの紙にさえ将軍を討つ力が宿る。なぜなら、手を取り合い尊厳を取り戻さんと戦う我らは、いくら傷付こうと痛くなどないからです」

「これが高句麗の士魂だ」

 談徳は槍を引き抜いた。



 遼河(ヨハ)江、西岸へ広がる畜生道の霧中。

 返り血にまみれ踏み出していく、半人半獣の二将がいる。獰猛なる肉食獣を討って討って討ちまくり、ついに畜生道の主を視界へ捉えた、義虎と煌丸(きらめきまる)である。

 消耗していた。

 一日中ほとんど休まず考え続け、戦い続けている。

 だがその前には、草食獣が並び立ち塞がっていた。

 義虎は止まった。あるシマウマから目が離せない。

「勝さん……」

 シマウマの首には、大切な腹心がいつも巻いているバンダナが残っていた。



 開京(ケギョン)界、界境へそびえる関弥(クァンミ)城へと至る浜辺。

「世直しの計画さ、変えようぜ」

 朱剣虎(チュ・ゴムホ)は意を決し、馬を並べる魏光龍(ウィ・グァンリョン)へ告白した。

「急にどうした、猛虎に何か吹き込まれたかっ」

「とりま聴きな、猛虎の人脈で光が差すんだよ」

 剣虎(コムホ)隊は義虎と別れてから、負傷している骨羅道(ゴルラド)を保護した真武(チン・ム)軍と合流し、密友(ミルウ)島を出港して半島へ上陸した。そして関弥城を遠巻きにしながら陣を立て直す骨羅道軍へと合流すべく、光龍(クァンリョン)隊とも合流し西進していた。

 笑い、剣虎は挙げた。

 奴隷から出た開京界《三壁上(サムピョクサン)》の一柱、大将軍《風伯(プンベク)司空骨羅道(サゴン・ゴルラド)

 瑞穂国(みずほのくに)の遺臣《天手力雄(あめのたぢからお)立山剱岳(イプサン・ゴムアク)

 その縁深き将軍《地夜叉》真武の率いる軍隊。

「味方にできるかもしれん」

「……完璧に集っているぞ」

 剱岳(コムアク)や真武には早めに接触し勧誘する必要がある。

 少なくとも骨羅道はすでに、義虎と真の友になっているという。開京界へ反旗を翻し勝利するためどう暗躍するか、剣虎らと共闘できるならどう動くか、義虎が策を練り上げ託したらしい。剣虎はその策を残らず聴いた。

「よく考えられとると思う」

「実現すれば誠に心強いが」

 義虎さえ来なければ、骨羅道はただの一人で関弥城を落としていただろう。将軍である《大地神》姜義建(カン・ウィゴン)と《天夜叉》高武(コ・ム)が万の軍勢を率い守っていた、高句麗界の南部一帯を支える大要塞をである。

 それほどの戦力が加入すればどうなるか。

 ちょうど、先ほど報せが入った。

 いま一人の三壁上であるコモドドラゴンの獣人《雲師(ウンサ)桓龍開雲(ファン・リョンケウン)が、高句麗軍総大将である《地獄仏》乙支文徳(ウルチ・ムンドク)を目指し開戦した。

 南部戦線における最激戦地となるのは目に見えている。桓龍開雲がこの戦線を放棄すれば、侵攻せよという王命へ背くこととなる。それでも放棄するとしても、するに先んじて乙支文徳と会談し講和せねばならず、多くの時を要する。

 つまり、桓龍開雲は動けない。

 よって、敵となるのは最後の三壁上にして最も倒すべき元凶のみとなる。

 《雨師(ウサ)劉炉祟(ユ・ロスー)である。

「そこまで上手くいくのか」

「猛虎軍と連携すれば……」

「急報です!」

 剣虎が熱を噴かんというところで、光龍の忠僕である羅光忠(ナ・グァンチュン)が駆け込んできた。ひどく混乱しているように見えた。そして聞いて、叫び散らしたいほどに混乱させられた。



『王政を滅せよ』

 劉炉祟(ユ・ロスー)は命じた。

『都から出陣した将兵ことごとく、反転して都へ走れ』

 謀反である。

『義挙である。誰もが胸に秘め嘆願してきた夢ではないか。浅学非才にして社会を機能さすに値せずなどと我ら武臣を侮蔑し嘲弄(ちょうろう)し拷問し、そして力も罪もなき民を脅制(きょうせい)し搾取し惨殺し、偉大なる祖先たちが血と汗を尽くして築きまた護ってきた親愛なる開京(ケギョン)を腐らせし、邪佞(じゃねい)鼠輩(そはい)放伐(ほうばつ)しよう。暴君を廃し、乱臣を斬り、あるべき尊厳と安寧を掴み取るのだ』

 叛逆へ加担せよと言っている。

 だが謳う文句は武臣たちの本願を突いている。

 そもそも都から出陣した将兵の大半は、劉炉祟が掌握している。

 __先手、打たれちまったぞ!

 剣虎(コムホ)は歯ぎしりした。

「加わるしかねえわな」

 義虎の策が破綻した。

 それは、劉炉祟に従う《虚空夜叉》氷武(ピン・ム)ら都軍が高句麗軍と開戦し、背を見せれば追い討たれるため容易には戦場から動けなくなることで、都に残る劉炉祟がほぼ孤立するのを待ってから、義虎の根回しにより背を見せても追い討たれない剣虎らが反転し、都へ攻め上るというものだった。

 しかし、氷武らは高句麗軍と戦わずに引き返す。

 そうして決起すれば間違いなく成功するだろう。

 《雨師(ウサ)》劉炉祟にとって、開京界にある目の上のこぶは《雲師(ウンサ)桓龍開雲(ファン・リョンケウン)のみである。真武(チン・ム)など自らの傘下にない将軍も数人いるが、集まっても自軍を脅かすほどにはならない。まともに戦えば勝てないだろう《風伯(プンベク)司空骨羅道(サゴン・ゴルラド)とて、奴隷である以上、命じるだけで好きなように御せると思っている。

「じき狸おやじが開京を私物化する……」

 __想定しきれんかった。

 桓龍開雲が開戦するのを待っていたのは、剣虎と義虎だけではなかった。

 むしろ、加えて氷武らも開戦するのを待った虎たちは、待ちすぎていた。

 よもや、文臣に蔑まれず逆に恐れられる唯一の武臣にして、すでに実権を握る劉炉祟がそのうえ王座まで()げ替えようと企むとは、虎たちをもってして考え付かなかった。

 幼馴染の温源(オン・ウォン)が来て訊いてきた。

「加わらんだら、どうなるが?」

「目ぇ付けられるわ、敵として」

「たて突かんでさ、傍観しとるだけでも付けられんか゚け?」

 頭脳を務める星巫祚(ソン・ムージョ)が羽扇を振った。

「付けられるでしょうねえ。狸さんにしてみますと、迎合してくれない方々には、いずれドラゴンさんと合流しまして、反乱鎮圧すべしと攻めてくるという疑いを抱かざるを得ないわけです。従いまして、敵となり得る芽は育たぬうちに摘んでおこうとなさいます。つまり?」

「狸が俺らを殺しにくるんよ」

 剣虎は光龍(クァンリョン)を振り向いた。

「形だけ加わっといて狸の寝首をかく機を伺おう」

「いや危うい、急ぎ雲師(ウンサ)大将軍へ合流すべきでは」

「いや危うい、狸と全面対決すれば地獄を見るぞ」

三壁上(サムピョクサン)が二人いてもか」

「思い出してみ、狸は誰と組んどる?」

 ぞっと、皆が納得せざるを得なくなる。先ほど剣虎は、義虎軍と連携すれば上手くいくと言おうとした。大和軍と連携しようなどと言うつもりは断じてない。では大和国を支配するのは誰か。

 《閻魔(えんま)富陸毅臣(とみおかたけおみ)である。

 なぜ《海神(わだつみ)仙嶽雲海(せんがくうんかい)は島へ流されたか。

 なぜ《雷神(いかづちのかみ)雷島片信は(かみなりじまかたのぶ)討ち死にしたか。

 なぜ《風神(プンシン)皇甫崇徳は(ファンボ・スンドク)討ち死にしたか。

 個々の到達し得る戦力の限界を淘汰し現人神(あらひとがみ)とさえ謳われ、広く民に慕われ各々の国家を一身に率いた〈三大神(みつのおおかみ)〉が、なぜことごとく負かされたのか。

 ちっと、剣虎は眼を閉じた。

「生き延びんと世直しするどころじゃねえよ」

 __お前はずっとそうしてんだよな……義虎。

武人(ムイン)時代(シテ)

 と、巫祚(ムージョ)が天を仰いだ。

 剣虎は止まった。そして同胞と揃って注視した。

「こたびの逆乱が成りました以降は、武人の人権や地位を尊ぶという意に沿って下さらない方が出てこられますと、これまでの仕返しとでも言いましょうか、文臣はもちろん国王であろうと何度でも排斥しまして、武臣が主軸となり朝廷を動かす時代となるでしょう……武力にものを言わせるわけですから、血で血を洗う秩序なき古代へ逆戻りするやもしれません。ですが、たとえそうした危険と隣り合わせでありましても」

 ぐっと、一様にして頷き合った。

 いずれは自分たちの力でやるつもりであった。すでに永く待った。

「血沸き肉躍るよな」

 剣虎は言いきった。

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