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八六 高句麗のタムドク

 きららは(さき)に心を操られている。

「もう、いいんだよ。だから……降参して?」

「うん、降参す……」

 土俵下から試合を見上げる銀露(ぎんろ)は唇を噛みしめた。

 ずっときららを見てきた。どれだけ努力してきたか、誰よりもよく知っていた。せわしなく跳んでばかりいて変わった喋り方をし護国意識をもち合わせないが、堅固な信条を貫徹せんと一途に邁進している。全土が注目する大舞台で向かい合い、あっぱれな一騎討ちを演じたかった。

「るとでも思ったかキラっ」

 はっと、銀露は凝視する。

 驚き後ずさる咲へ向かい立ち上がり、きららが眼を腫らしている。

「キラは《火神(ほのかみ)》の遺志を継ぐんだよ、負けてる暇なんかないの!」

 銀露は眼の奥が熱くなるのを感じた。

神聖なる(タプ )歌、(ワイアタ)明々と( リュース)与える( ギーア)!」

 ぼっと、黄色い炎が鎧と化しきららを覆う。

「ピンクいの来ても、焼いちゃえば効かないんじゃない?」

「え、わ、ま、待って……」

 きららは燃えるまま斬り付け、跳びすさられ、追いすがっていく。

 だが咲は逃げてはいない。かわしつつ、小さな弓へ矢をつがえる。

 撃たせまいと肉薄しながら、きららは咲の動きを読み抑えていく。

 と、よけながら咲が唱える。

棺桶(かんおけ)はいらぬ 見えざる糸もて真綿(まわた)はくぐる 朱色(あけいろ)あらば膚色(はだいろ)に冷やす 不老長寿の桃 行燈(あんどん)()暗香(あんこう)(いざな)按摩(あんま)を塗り 水蔘(すいじん) 白蔘(はくじん) 紅蔘(こうじん) (くま)() 麦門(ばくもん) 葛根(かっこん) 冬虫夏草(とうちゅうかそう) 千古の泉に()ぎて優れよ (まと)いて立てや薬食同源(やくしょくどうげん)

「万能治癒だね。どうするの、自分にかけて体力回復して……」

 咲が弓を放し両手に矢を構える。

「仁、あげるね。孝、ほしいな」

 そして、炎上するきららへ跳び込んだ。

 銀露は目を疑い、会場も騒然とし、陽波(ひなみ)が青ざめ跳び出した。

 その前へ倒れ伏し、悶え喘ぎながら、咲はきららを指さした。

 火を消し泣き伏し、降参すると喘いだところで、立ち尽くす。

「ふむ、そこまで。勝者、蒼泉咲」

 銀露は座り込んでいた。陽波に支えられ、覇術を解いた咲がきららへ歩み寄る。

「ごめんね、ひ、卑怯だよね」

「……ううん。それより火傷、治すの集中しなきゃ」

「ありがと。あ、あのね……きららちゃん、強いね」

「咲ちゃんだよ。ピンク当てるためとは言えだ、なんで火に入れるの⁉」

「え、だって、生き残るには……」

 陽波がきつく眼を閉じるのを、銀露は見た。



 同刻、高句麗(コグリョ)界へそびえる遼東(ヨドン)城。

「髄醒顕現『天孫聖朝武魂チョンソン・ソンジョムホン』!」

 齢八一、高句麗界が誇る〈三火烏(サムファヲ)〉にして遼東城を治める大将軍《大武神》姜以式(カン・イシク)青藍(せいらん)に光り輝き、伝統ある青い薄片鎧を固め、青藍に織るマントをはためかせ跳躍し、青藍に渦巻く神威を纏わす偃月刀を振りかぶり、斬りかかる。

 巨大な剣を振り抜かれ、弾かれる。

 弾いたのは、黄華国が誇る〈五龍神将〉大将軍《鎮国武成王》黄飛虎(こう・ひこ)である。

 左腕を槍へ変え、突き刺しにくる。

 左脚を鞭へ変え、打ち割りにくる。

 左翼を鎌へ変え、斬り裂きにくる。

 受け流し、絡め取り、跳ね上げ、持ち替え踏み込み斬り付ける。

 右脚を錘に変え叩き込まれ、火花を振り撒いて吹き飛ばされる。

「歳は取りたくないな爺さんよ、そなたはわし一人に抑えられる! さすれば央伯侯(おうはくこう)らを止められる者はおるまい、永らく難攻不落と謳われし遼東城もついに……」

「寝言はいかんのう。よう見んか」

 ごっと、黄飛虎の右腕である剣が砕け散る。

「最初の一撃が効いとったか、さすが熱いぜ」

 豪快に笑い、黄飛虎が飛び上がっていく。空いた視界には、体高五〇メートルという麒麟を伴い飛来し、建物を容赦なく破壊しながら少女武官の淵傑多(ヨン・コルタ)らを襲う、将軍《央伯侯》鄧九公(とう・きゅうこう)が映る。だが助けに行けない。

 影が、城全域へと広がっていく。

「ん、うそ……」

「おわっ、待った、やりすぎだって!」

「身どもたちではどうにもできない、全軍を退避させねば……」

 黄飛虎が雄黄(ゆうおう)に眩く覇力を噴き上げ、右腕を掲げ上げている。

「もっと熱くなろうぜ、止めてみな!」

 天を埋めんばかりの鉄球を生み出され、重力もろとも放り込まれる。

 姜以式は神威を高め振るかぶるも、一足早く、若者が跳躍していく。

青丘(チョング)の鎧」

 鉄球が震えたように見えた。

「髄醒顕現『馬頭鬼空大力マドゥグィゴンデリョク』!」

 打てば響くように、体高四〇メートルに達する馬頭の巨人が体当たりし、体長一八〇メートルに達する岩肌の巨獣が体当たりし、翼開長一〇〇メートルに達する三足の巨鳥が体当たりし、鉄球を東側へ突き飛ばす。将軍《馬頭(めず)牟頭婁(モドゥ・ル)、山忠が使役する岩亀、朱雀を打ち落とし舞い戻った碧珠(ピョクス)である。

 轟音が暴れ悲鳴がこだまする。

 そばへ降り立つ若者へ、姜以式は笑いかける。

「風の巫女に負けず劣らずですな、それでこそ」

 若者は背が高くたくましく、纏うは外套のような橙色の布に肌色の綿を挟み、外側から(びょう)を打ち内側に小札(こざね)を留めた鎧、綿甲(めんこう)である。テングリ国に生まれ開京(ケギョン)界でも使われる鎧であり、若者が纏えば触れたものの質量を自在に増減させる。

「高句麗を統べるべき勇者です」

「しかし、いくら軽くしても私だけでは飛ばせない。念話するや打てば響くように協力してくれた、お三方のおかげです」

「ご指示が優れたればこそ。(こと)飛ばす先です」

 飛ばした東壁では、韓殊(ハン・ス)姜桓楚(きょう・かんそ)らが戦っていた。

 鄧九公や姜桓楚ら〈五行侯(ごぎょうこう)〉は強烈な害毒に侵す〈五悪陣〉を敷いて城を呑み込んできたが、韓殊が高句麗軍をことごとく加護し無効化している。

 よって寄って集って狙われていた。

 韓殊には覇力甲を固め跳んで斬り込む以外に攻め手がなく、さらに風害を司る姜桓楚と巨大な青い麒麟、聳孤(しょうこ)が暴風を撒き散らしながら戦うため、周辺の建物が倒壊して山積し、味方が援けに行きづらかった。

 そこを天を埋めんばかりの鉄球がかすめた。

 なまじ大きい聳孤は避けきれず、瓦礫とまとめて突き落とされ、韓殊が将兵を指揮し攻め返していく。鉄球を(げき)へ変え、いよいよ興奮する黄飛虎が稲妻のごとく斬り込んでくる。

 ばっと、姜以式は横薙ぎに神威を奔らせ、突き飛ばす。

太子殿下(テジャヂョナ)、しばし央伯侯をお任せできますか」

はい、大将軍(イェー、テジャングン)!」

 がっと、若者は右腕を地面と平行に上げ直角を作り鎖骨へ打ち込み、頭を下げるや身をひるがえし駆け込んでいく。だが鄧九公は髄醒覇術を使う熟練した将軍であり、若者はまだ中級武官である。

 黄飛虎が尾を()へ変え、猛烈に矢を撃ってくる。

「……歳を取ると涙腺が緩んでいかんのう」

 振り向きもせず神威を振り上げ消し飛ばし、誇らしき背中へ呼びかける。

「名乗られよ!」

大高句麗(テェゴグリョ)太子( テジャ)高談徳(コ・タムドク)、天孫の地を侵す全て害悪を退けん! 誇り高き高句麗(コグリョ)軍よ聴こえるか、高句麗国は夢だ! 我らは虐げられ侵されるために生まれてきたのではない、尊厳を取り戻さねばならぬ! 記憶にない昔日より、途絶えることなく脈々と民族の血に受け継がれる、大高句麗の魂を結実させるのだ! 建国するのだ! 成し遂げるまでは決して諦めぬ!」

「「うぉおおおーっ‼」」

 老雄は熱涙を流した。



 談徳(タムドク)は七つの鎧を使い分ける。

挿絵(By みてみん)

聖朝(ソンジョ)の鎧」

 高句麗界を象徴する薄片鎧(はくへんがい)を纏い、筋力を上げ跳躍し叫びながら、巨大なる麒麟の喉もとへ突きかかる。轟然と角を振り下ろされ打ち落とされる。

華夏(ファハ)の鎧」

 明光鎧(めいこうがい)を纏い、覇力噴を地面へ撃って衝撃を和らげ着地する。

戦国(チョングク)の鎧」

 大岩のごとき蹄が落ちてくる。当世具足(とうせいぐそく)を纏い、速力を上げかわしきる。

武人(ムイン)の鎧」

 突き上がる噴煙を破り、尖った瓦礫が飛び散ってくる。魚鱗甲(ぎょりんこう)を纏い、衝撃を無効化して受け流すも、次なる蹄を蹴り込まれ叩きのめされ、点在する味方の間を吹き飛ばされ蔵へ激突し、粉微塵に崩れられ埋もれてしまう。

青丘(チョング)の鎧」

 綿甲(めんこう)を纏い、瓦礫を軽くし払いのければ、弓隊に狙われている。

源平(ウォンピョン)の鎧」

 火矢を射かけられ避けるも、蔵が壊れ飛び散った油へ燃え移り炎上される。大鎧(おおよろい)を纏い、火耐性を得て突破し、弓隊を斬り崩す淵傑多(ヨン・コルタ)ら加勢する。地面が揺れ、麒麟が突進してくる。

兵馬(ピョンマ)の鎧」

 体高五メートルという石の阿石慨(ア・ソッケ)の掌へ乗り、麒麟の眉間へ投げ上げてもらう。そこには淵傑多が霞を集中させ、視覚を狂わせ痛覚を鋭敏化させている。談徳は槍をしごき咆哮し、黄土色の皮革(ひかく)による甲片(こうへん)を黄緑の紐で綴り白い布で縁取り裏打ちする、太古の黄華国で用いられた小札(こざね)鎧を纏い、自らは状態異常にかからなくしながら突き立てる。

 麒麟が絶叫し、竿立ってくる。

 踏ん張り引き抜き、突き刺し、また引き抜き、突き刺し、さらに引き抜く。

 鄧九公が飛び込んでくる。大刀を打ち込まれ、打ち返すも弾き落とされる。

 怪しんで見れば、湿気を張り巡らせ結界とし、霞にかかるのを防いでいた。

 談徳は落ちていく。

「私がお救いします」

 紙吹雪が集まり掬い取られる。降りながら紙は固まり、少女となる。

 かつて、売春宿へ売り飛ばされようというところを救い出し、今や若干十六にして姜以式(カン・イシク)の側近まで登り詰めた初級武官・白舞夢(ペク・ムモン)である。

 赤面してしまう。

 そして改めて誓える。

 舞夢(ムモン)に支えられ立ち上がる。淵傑多や阿石慨も駆け付けてくる。

「勝つぞ。勝って必ずや取り戻すのだ、高句麗の尊厳を!」

「そこまで尊厳が大切か。従属し平和に生きるを捨て……」

 鄧九公が降り立ち相対してくる。

「数えきれぬほどの友を惨たらしく死なせてもか⁉」

「そうだ」

 かっと、談徳は眼を見開く。

「己を含めどれだけの友が腕をもがれ、目を穿たれ、(はらわた)を引きずろうとも戦い続ける! たとえ老人や子供さえことごとく血を流し尽くそうとも、最後の一人が倒れきるまで断じて高句麗の魂は屈しない! 何故か分かるか⁉」

「分かりたくもない、だが一つだけ誰もが分かることがある」

 睨み据えてくる。

「そなたが史上最悪の暗君となることだ」

 語気を突き上げ指さし踏み出してくる。

「非力な民を惑わし虚しき理想を強要したあげく、一人残らずのたうち回って死ねなどと、それが悪魔をも超える暴論であると分からぬならば、そなたは古今東西の誰よりも王となってはならぬ外道に他ならぬ! 相違あるか⁉」

「ああ相違ない!」

 ざっと、談徳は微塵も揺らがず踏み出していく。

「私は外道となってでも尊厳を勝ち取らねばならぬ。何故なら、今のままでは家畜となんら変わらぬからだ。弱いからといたぶられ、正当性なく搾取され、極貧にさいなまれ、血涙を涸らし愛する我が子を売らざるを得ぬ家も少なくない……おかしいだろう! 論じて変わらぬから戦うしかない、己が生活は己で守るしかない、今さら何をどれだけ犠牲としようが成し遂げるしかない。全ては……」

 ごっと、烏の濡羽(ぬれば)色に覇力を噴き上げる。

「次代の高句麗を民が平和で自由な世とするためだ!」

「家畜のままであろうと安寧を望む民とていようが!」

「それのどこが安寧か!」

 ぐっと、義虎と語り合ったことを想い出す。

 人間社会の奴隷である大将軍は、その(しがらみ)をぶっ壊そうと戦っている。

『民へ感激を授け得る御方こそ、慈愛という、王の器をおもちなのだと』

「私は真なる安寧をもたらすため、全て怨念を引き受ける大王(テワン)となる!」

 ここに、談徳は宣言した。

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