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二 孫悟空へ挑む

 瞳の暗い少女がいた。

 少女は自分の名前を知っていた。だが他のことは知らなかった。

 さまよった。襲われ、戦った。それだけが続いた。

 ある時、ある戦人の噂を耳にした。そして思った。

 自分とそっくり。

 瞳は明るくなっていた。



 目玉をくりくりし、碧は新たなる舞台を見下ろした。

 義虎率いる大和軍、その数二〇〇〇。悟空率いる黄華(おうが)軍、その数八〇〇〇。両軍は横に五つの陣を敷き混戦している。

 中央の陣。一騎討ちする両大将も混戦する両兵も、拮抗している。

 右端の陣。藤色の霞と銀密陀(ぎんみつだ)色の霧が混ざり合い、拮抗している。

 左端の陣。巨大な岩亀と巨大な白龍がしのぎ合い、拮抗している。

 右方の陣。宝石化する豚の獣人が大和兵を蹂躙し、危険を極める。

 左方の陣。液状化する有髪の僧が大和兵を蹂躙し、危険を極める。

「二人一組で左右に分かれてはどうかな」

 妖美が前髪をかき上げ、皆が頷く。

「敵との相性で組み分けよう、皆の覇術を教えてくれたまえ。身どもは、闇の〈自然種〉さ」

「ボクは、剣圧の〈強化種〉だよ」

「俺のは、猫又の〈召喚種〉だぜ」

「ん、風の自然種」

 碧と組んで僧侶を抑えにいくこととなった妖美が加えて言う。

「突入したあとは〈念話(ねんわ)〉して連動したいね、誰か使えるかい」

「ボクできるよ、登録させて」

 念話とは、繋いだ者および繋がれた者が念じれば、声に出さず、距離に関わらず通信できるようになる能力である。繋いだ者が中継し、繋がれた者同士で通信することもできる。なお、これらは術者があらかじめ登録した者にしか適用されない。

 揃って覇玉をかざし近付け、登録し終えて麗亜が唱える。

紐付(ひもづ)けよ こきりこの閑古鳥(かんこどり) 東河(とうが)(うべな)い 西都(さいと)を鳴らす 南冥(なんめい)をたゆたい 北陸(ほくろく)を運ぶ 時よ空よこれ欄間(らんま)と知るがいい」

(みんな聞こえる?)

((おう))

「ん、いざ出陣!」

「「おう‼」」

 碧は駆ける鞍上(あんじょう)でぴょんぴょんし、突貫していく義虎を見上げる。

 __わーは身をもって知っとるよ。

 守ってくれる人などいない。恵まれた体躯も、知識を得る術も、休める場所もありはしない。卑怯な手でもなんでも尽くして尽くして尽くしきらねば、一切合切の容赦なく、血の吹き溜まりの一滴へと引きちぎられる。

 そんな環境を生き残ってきた者は、強い。

 __ついに一緒に、戦える。



 __ついに来たね、戦力よ!

 義虎は胸をかき狂喜乱舞した。

 (みことのり)が届き、自分の旗下へ戦場実習生が配属されると知ったのは、三ヶ月あまり前となる。打てば響くように暗殺される可能性を疑い、自ら密かに国中を飛び回り、実習生候補の人となりを調べ上げた。

 陰謀の臭いがぷんぷんした。

 (わら)った。

 __さようなことより膨れ上がるんだぞ、使える駒が三倍に!

 優秀であろうと素人なので、人を斬る心構えから戦術うんぬん、そして大和国の正体とそのかわし方まで、一から教え込まねばならないだろう。正直に言って面倒くさい。しかし、何を犠牲としてでも叶えずにおられぬ宿願のため、戦力は貴重である。

 ふっと、瞳を色薄めていく。

 __必ずや叛逆(はんぎゃく)を成し遂げる。

 がっと、火花と金属音を弾かせ、義虎は突っ込み悟空と武器を交差する。押しのけられる。それを逆用し翼をさばき、死角へ回るや斬りかかり、宙返りしてかわされ、かわす軌道で打ち込まれ、顔を逸らしかわしつつ、刃を突き出し打ち払われ、払われるまま離れ一回転して叩っ斬り、押しのける。

 ぎっと、牙を噛みしめる。

 __義虎は奴隷。この腐りきった人間社会の。

 己の心を護るため、人の心などとうに捨てた。

 __叛逆する……隷属させ拷問し続け、愛する人々を残虐非道に強奪しまくりやがった大和朝廷を、あの弱かった義虎が叩っ斬る! 叫喚せよ、叩き上げたこの武力に! 狼狽せよ、磨き上げたこの智力に! 絶望せよ、築き上げたこの心力に! 底辺たる奴隷兵から頂点たる大将軍まで身一つで這い上がりし《猛虎》が力、熱しに熱しさらに熱して一滴たりとも余さず搔き集め凝り固め叩き付け灰塵の一欠片すら残るを許さず叩っ斬り伏せてくれるわあっ! ……血沸き肉躍るでしょうがよ?

 如意棒が伸び鋭く突き込まれる。

 偃月刀一閃、叩き斬る。

 __叛逆しきるため君には修業させてもらうよ? されど、いま一つ。

「きききっ、さあ天にも(ひと)しき俺さまを、楽しませられっかな骨虎(ほねとら)よぉ」

 悟空が金密陀(きんみつだ)色に光り輝く。

 __今日こそは天才に勝つ。

 がっと、火花と金属音を弾かせ、義虎は斬り込み打ち付けられ放り飛ばされる。

髄醒(ずいせい)顕現『七二闘戦勝仏しちじゅうに・とうせんしょうぶつ』!」

 ごっと、大将軍《斉天大聖(せいてんたいせい)》孫悟空の覇力が爆発する。

 ぎっと、義虎は天才という越えたい絶壁を睨み付ける。

 単純に勝ちたい。

 右の一つしかない、眼球を沸騰させる。かつて潰され腐り落ち、今は赤く硬く何も見えない左眼の、ぎらつく赤で、潰した相手をまっすぐに刺す。

 その先では、悠々と金色の毛並みを輝かせ、冠の羽根飾りを長く二本なびかす、悟空の壮麗な鎧姿が神々しさを増していく。尾の毛が幕のごとく広がり、払子(ほっす)のごとく波打つ。肩の毛が帯のごとく伸び左右を繋げ、後光のごとく円を描けば、そこから毛を抜き吹いてくる。

「二〇から二三番、三三番は四つだ、変われ!」

 黄龍(おうりゅう)天馬(てんま)雲雀(うんじゃく)霊亀(れいき)

 金色の毛が山のような龍、馬、鳥、亀の四霊獣へ変化する。

 どっと、巨大な黄龍が強烈な風圧を振りまき飛翔し、巌のごとき牙で穿ちにくる。

 かき消した。

 義虎が喉をかき斬っていた。

「才能は素質かける努力だよ」

 しかし黄龍がもとの毛へ戻り落ちていくより先に、義虎は無理やり体をひねり、すぐさま気張って逃げさせられる。

 毒蜂である。

 黄龍の巨体へ隠れていた四匹が、時速五〇キロで突撃してくる。ばっと、振り向きざまの一刀、小さく速い毒蜂を一匹、寸分違わず切り捨てる。間、髪を入れぬ目にも止まらぬ太刀さばき、二匹目を貫きにいく。貫けない。三匹目が目を刺しにくる。間一髪かわしたところへ、巨大な天馬の角が襲いくる。

「きききっ、惚れ惚れすんだろ、俺さまの手際のよさに」

「うぃー、否めん」

 偃月刀の柄を盾にし直撃は避けるも、腕をもがれるような打力に蹂躙され、轟音と衝撃をまき散らし、再び地面へえぐり込まれる。

「それでもすぐ立つ、ってのも見切ってんぜ骨虎」

「故に待ち伏せとる、ってのも見切っとるよ石猿」

 偃月刀と如意棒(にょいぼう)がぶつかり合い、火花が爆ぜる。

「七二番、変われ!」

 にわかに如意棒が天をも貫く柱と化し、地をも沈めんばかりの重量に問答無用で炸裂され、義虎は戦場の端まで飛ばされる。巨大な霊亀が待ち受けのしかかってくる。満身で羽ばたき切り返しかわした頭上へ、巨大な雲雀の鉤爪が迫りくる。

「見切っとるよって言ったよね」

 ざっと、義虎は鉤爪を蹴り付け踏み台に、電光石火、悟空の懐へ斬り込んだ。

「見切ってんぜって言ったよな」

 ごっと、如意棒が偃月刀ごと義虎の肋骨をへし折り、心臓の位置を貫かせた。



 帝都。

 琥珀里(こはくのさと)より北東へ三〇〇〇キロ、金剛里(こんごうのさと)が魅せる壮大なる金剛都(こんごうのみやこ)。その中部へ広がる高楼の整然たる城下町、その中央へ構える寝殿の荘厳たる宮廷、その中心へそびえる天守の雄麗たる〈将軍閣〉最上階。

「猛虎は滅ぶ」

 地の底より響く閻魔(えんま)のごとき声が染み渡る。

 黒々と髭を波打たせ、大将軍《閻魔》の巨躯がゆっくりと上座を立てば、居並ぶ国威の将軍たちは、意図せず背筋を張り詰めていた。屈強なる獅子の獣人、大将軍《火之迦具土(ひのかぐつち)》が問う。

「あの猛虎がまことに死するか」

「相手は楽園に祝福されし斉天大聖。これまで猛虎はあらゆる魔導書(グリモワール)妖術(ブルへリア)を挑み、ことごとく黙示録(アポカリプス)福音(エヴァゲリオ)(はら)われてござる。武でも智でも及ばぬ大天使に、堕天使たる猛虎はいかにして勝ちましょう」

 くちばし状の仮面を付ける将軍《禍津日(まがつひ)》も首をかしげる。

 と、モヒカン刈りを整える将軍《孔雀明王(くじゃくみょうおう)》がサングラスの奥で笑う。

「やつぁ闇の人脈ってのを抱えてんだとよ姉ちゃん、改造人間ってな噂も聞くしなぁ。とんでもねぇ隠し玉があんだろうさ」

「意図的に隠蔽しておるとあらば」

 火之迦具土が、幼げな顔に似合わぬ傷を奔らす将軍《浄玻璃(じょうはり)》へと目を向ける。

「猛虎は周到に、我らの裏をかく(はかりごと)を進めておるとも取れる。沙朝(さあさ)よ、かつて猛虎と同じ隊にいたそなたには、あやつの胸中が読めるか」

 禍津日に、孔雀明王に、沙朝の小柄は注視される。暗がりへ浮かぶ閻魔の隻眼を一瞥し、沙朝は静かに口を開く。

「あの子は人であることを捨てました」

 虚ろな眼を沙朝は伏せる。

「その隻眼は汚濁せし深淵をも見透かします……敵にしたくはない」

「故に敵とせずに消す」

 燃ゆる眼を閻魔は光らす。

 大和朝廷には義虎を始末せねばならぬ理由がある。

 だが罪人ではない者を勝手に処断すれば、彼らへ敵対する勢力に付け入る言い分を与えてしまう。そこで義虎が討ち死にするよう世界中の死地へ送り続けてきたが、生き残られ、そして大将軍まで上られてしまった。

 時ここに至り、朝廷は本気で義虎を嵌め殺しにいく。

「猛虎へ宛がいし新兵は四人、すなわち謀は四つある」



 義虎が引いていく。

 天馬が義虎を追う。

 巨体が義虎を隠す。

「斬る」

 にわかに天馬の巨体が霧散する。目にも止まらぬ速さで斜めに回転しながら刹那にして喉を斬り裂き、煙を突き抜け、赤き翼を雄々しく広げ、義虎が空へ舞い戻る。

「ん、なぜに……」

「あの深手であれだけ動けるか、かね」

 大和兵へ混ざり前線へ急いでいた碧は急停止する。不意に横手の空間が藤色に揺れたと思えば、烏帽子(えぼし)にみやびな狩衣(かりぎぬ)を纏い、髭を整え扇をあおぐ男が騎馬して出現してきた。

「猛虎が腹心、上級武官《幻君(まぼろしのきみ)藤村勝助(ふじむらかつすけ)なのだな」

「美しい……お初にお目にかかります、身どもたちが戦場実習生であります」

 勝助は騎兵を動かし、三人を囲んで守らせた。

「ん、もち場、空けとるんですか」

「相手には幻の吾輩を見せ一騎討ちさせておるのだな。さて、猛虎がいまだ動ける仕掛けを含めた石猿討滅を成す策、その方らにも頼むのだな」

 聴いて碧たちは動き出し、勝助が義虎へ念話する。

(作戦準備を完了したのだな)

(うぃー、反撃開始するよ?)

 かっと、義虎は眼を見開く。

 __とくと味わえ、非才の恐ろしさを。

「なんで心臓刺しても倒せんか訳ワカメって顔しとるね?」

「なんで天馬ちゃん一蹴できる余力まであんだ? ってのも追加してやるぜ、ありがてえだろ、ほれ答えろや」

「うぃー、最高機密(トップシークレットぅ)

 無駄にかっこ付けて発音し、猛虎は身構える。

 __天才の君は知っても理解できんでしょう。

 碧たちの初陣(ういじん)が今、始まった。

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